Dr. TAIRA のブログII

環境と生物、微生物、感染症、科学技術、生活科学、社会・時事問題などに関する記事紹介

医者が拡散するCOVID-19の誤情報

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19 パンデミックは、この病気と原因ウイルスに関する研究を加速化し、日進月歩の新規情報が専門家のみならず、一般人にも素早く届く環境をつくり出しました。有名学術誌上の論文のオープンアクセス化やプレプリントサーバーへの査読前原稿の投稿の激増が、COVID-19 情報の更新と議論に拍車をかけたのは間違いないところでしょう。

一方で、玉石混合の一次情報の上に、ソーシャルメディアやマスコミによるバイアスのかかった二次、三次情報が加わって、明らかに誤情報と思われるものが多く飛び交うようになったのもコロナ禍の特徴です。特にワクチン、治療法、マスクに関する COVID-19 の誤った情報が、様々な専門分野の医師によって発信され、フォロワーによって拡散されるという現象も起こっています。

これらの誤情報の罪なところは、たとえば反コロナ、反ワクチン、反マスクという風潮を、特に SNS 上の in-group でつくりだし、高速で拡散させ、その誤情報も信じた人々を健康障害のリスク(場合によっては命の危険性)に曝してしまうことです。このように、コロナ禍でのいわゆるインフォデミックは世界で大きな問題となっています。

日本では、特に PCR 検査などに関して独自の誤謬やデマ情報が拡散する事態となり、現在に至るまでの様々な感染対策にまで深い影を落としています。ワクチンやマスクに関しても世界におけるデマ拡散と同様な傾向があります。

今回、米マサチューセッツ大学公衆衛生健康科学部の研究チーム(Suleら)は、医師によって COVID-19 に関する誤情報がSNS上でどのように発信されたかを分析した論文を発表しました [1](下図)。Sule 論文は、全米の様々な専門分野の医師が、大規模なソーシャルメディアやその他のオンライン・プラットフォーム上で、ワクチン、治療法、マスクに関する COVID-19 の誤った情報を広めており、その多くがフォロワー数に基づいて広い範囲に拡散していたとしています。

ここで、Sule 論文を紹介するとともに、日本の医師たちによって発信された誤情報についても振り返ってみたいと思います。

1. Sule 論文の概要

この論文によれば、2023 年 1 月 18 日現在で確認されている COVID-19 関連の死亡者数 100,000 人以上のうち、約 3分の1は、公衆衛生上の勧告に従っていれば予防可能であったと考えられています。したがって、社会的信頼性が高い医師が、ソーシャルメディアやその他のインターネット上のプラットフォームで COVID-19 に関する誤った情報を広める行為は、専門的、公衆衛生的、倫理的な大きな懸念があるとしています。

本研究では、ワクチンが利用可能になった後に米国在住の医師が広めた COVID-19 の誤報の種類、利用されたオンラインプラットフォーム、誤報を広めた医師の特徴を明らかにすることを目的として、誤情報の分析を行ないました。

誤情報の定義は、COVID-19 感染の予防と治療に関する米国疾病対策予防センター(CDC)のガイドラインを用いて行ないました。対象メディアとして、使用頻度の高いソーシャルメディアプラットフォーム(TwitterFacebookInstagram、Parler、YouTube)およびニュースソース(The New York Times、National Public Radio)の構造解析を行いました。さらに 4 つの主要プラットフォームにおける各医師のフォロワー数を抽出して伝達範囲を推定し、メッセージの質的内容を分析しました。

研究チームは、2021 年 1 月から 2022 年 12 月の間に米国在住の医師によって発信された COVID-19 の誤情報、および発信源である医師の免許取得州と専門医を特定しました。その結果、COVID-19に関する誤報を広めたのは、国内の全地域にまたがる 28 の異なる専門分野の 52 人の医師でした。

一般的な誤情報のカテゴリーには、ワクチン、投薬、マスク、その他(すなわち陰謀論)が含まれていました。42 人(80.8%)の医師がワクチンの誤情報を投稿し、40 人(76.9%)が1つ以上のカテゴリーで情報を広め、20人(38.5%)が 5 つ以上のプラットフォームに誤情報を投稿していました。

特定された主なテーマは、(1) ワクチンの安全性と有効性に異議を唱えるもの、(2) 科学的根拠および/または米国食品医薬品局(FDA)の承認がない医療を宣伝するもの、(3)マスク着用の有効性に異議を唱えるもの、(4) その他(根拠のない主張、たとえばウイルス由来、政府の嘘、その他の陰謀論)でした。

この研究では、COVID-19 の誤った情報をソーシャルメディア上で広めた、様々なサブスペシャリティを代表する全米の医師の主張について、広範で不正確であり、潜在的有害であると示唆しています。その上で、医師による誤った情報の伝播に関連する潜在的な害の程度、これらの行動の動機、誤った情報の伝播に対する説明責任を改善するための法的および専門的手段を考えるために、さらなる研究が必要であると述べています。

Sule 論文によれば、米国医師会などの全国的な医師団体は、COVID-19 の誤報を広めた医師に対する懲戒処分を求めているようです。しかし、医師が患者との面会以外でCOVID-19の誤報を広めるのを阻止するのは困難であるとしています。また、免許委員会がインターネットを監視するためのリソースを確保できないことや、誤った情報を広めた医師を懲戒する権限を医師会が持つことに対して、州政府当局が異議を唱えることなどが、行動を制限しているのかもしれない、と述べています。

科学的証拠は、実践やガイドラインに情報を提供するために蓄積された研究に依存し、その証拠はその時点で入手可能な最も質の高い研究に依存します。しかし、時として論文に証拠としてあげられた事実自体が間違っている場合もあります。Sule 論文では、この例として、最近のコクラン・レビューを挙げています。すなわち、このレビューが「マスク着用が呼吸器系ウイルス感染を減少させないことを決定的に示した」と誤解され、マスクは「効果がない」とする主張を裏付けるために使用されました。

論文では、政府当局による誤謬の例も挙げられています。連邦捜査局とエネルギー省は、COVID-19 ウイルスは実験室からの漏えいの結果であるという説を議会に提出しました。しかし、科学的証拠と国家情報長官室からの最新の報告書は、実験室からの漏えいを示す証拠がないことを示し、ウイルスの起源は人獣共通であることを支持しているとされました。こうした従来の理解に対する最近の挑戦は、結論が導き出されるプロセスの透明性と再現性の重要性を浮き彫りにしていると Sule 論文は述べています。

論文で強調されていることは、COVID-19ガイドラインの科学的根拠の状況は、パンデミックの経過とともに急速に進化しており、本研究はその時期の断面を表しているにすぎないということです。したがって、Sule 論文での見解も時間が経てば、変わりえることもあるということです。たとえば、ワクチンの有効期間など、予防や治療法に関する現在の科学的証拠は、研究調査期間中の証拠のとは異なる可能性があると述べています。

以下、この論文で取り上げられているワクチン、投薬、マスク、その他の誤情報について、日本の医師による誤情報、誤謬についても含めて見ていきましょう。

2. ワクチンに関する誤報

誤報として最も多いものの一つが COVID-19 ワクチンに関するものであり、COVID-19 のまん延防止に効果がないという「誤った」情報が医師たちによって流布されました。これは世界的な傾向であり、日本でもこの手の誤情報が飛び交いました(いまなお多いです)。

Sule 論文で指摘していますが、この場合の一般的な手法は、ワクチン接種者と未接種者別に陽性症例率を数え、陽性症例のほとんどがワクチン接種者であると主張するやり方です。論文では、この主張は技術的には正しいが、ワクチン接種者の方がはるかに多く、ワクチン接種の人が感染している割合の方がはるかに高いため、誤解を招きやすいとしています。

論文では触れていませんが、正確には、COVID-19ワクチンは、発症予防効果や重症化・死亡リスクを下げる効果があるものであり、感染の予防効果は弱いと解釈すべきでしょう。ウイルスの免疫逃避能力獲得とともに、ブレイクスルー感染が次々と起こっているからです。

Sule 論文では、ワクチンに関する誤情報として多かったのが、COVID-19ワクチンが有害であるという主張だと述べています。科学的根拠のない主張として、ワクチンが不妊症、免疫系への回復不能な損傷、子どもの慢性疾患発症リスクの増加、がんと死亡リスクの上昇を引き起こすというものを挙げています。

論文でも言及されているように、米 CDC は、COVID ワクチンによる死亡はきわめてまれであることを報告しています(2023年1月現在、米国で6億回以上接種されたのに死亡者はたったの9人)。そして、使用頻度がはるかに低いジョンソン・エンド・ジョンソン社のCOVID-19ワクチンだけが原因であることを確認しているとしています。

しかし、mRNAワクチンの接種後死亡が多いことは周知の事実であり、日本ではこれまで約 2000 件の死亡例が報告されています。そのうち、ワクチン接種との因果関係が否定できないとされたものは2件です。上記の CDC の報告は、接種との因果関係が認められたものに限られており、接種後死亡であればはるかに大きい数字になると思われます。CDC は、ワクチン推進とワクチン中心の感染対策の立場であることを考慮しなければなりません。

これも論文では出てきませんが、ワクチン接種の副作用として明確に認められているものに、心筋炎があります。この症例はきわめてまれとされていますが、次々と出てくる研究報告は、実際には発症していないだけで、ミクロな心筋細胞への影響があるのでは?と想像させるものです(→mRNAワクチンは接種者全員の心臓を傷つける? )。

3. 投薬に関する誤報

COVID パンデミック下で、最も顕著に宣伝された 2 つの薬剤が、イベルメクチンヒドロキシクロロキンです。Sule 論文は、これらはランダム化臨床試験において COVID-19 感染症の治療に効果がないことが判明していると、文献を挙げて指摘しています。

論文でも述べられているように、未検査の薬で患者の治療がうまくいったという個人の逸話的な経験は、安全性と有効性の主張を裏付けるためによく使われてきました。たとえば、未検査の薬を投与される前は患者の状態は改善しなかったが、治療を開始したら患者は回復した、というようなものです。多くの医師が、イベルメクチンが死亡率と入院を減少させ、回復とウイルス除去までの時間を増加させたと主張する記事へのリンクや、多くのスクリーンショットを投稿しました。

Sule 論文では、イベルメクチンに関する査読付き論文も見られるが質の高い生物医学雑誌に掲載されたものはないこと、FDA は COVID-19 の治療にこれらの薬剤を使用することを承認していないこと、引用された論文のうち少なくとも  1つはデータの誤った解釈により撤回されていることなど、指摘しています。この論文撤回については、本ブログでも取り上げてきました(→イベルメクチンを巡るCOVID-19医薬品研究の課題)。

しかし、イベルメクチンはメーカーにとっては儲からない既存薬です。ワクチン戦略は国策として進められてきましたし、多くの研究者が研究資金面でワクチンメーカーとつながりがあります。これらを考えると、少なくともワクチン推進派によるイベルメクチンによる攻撃はちょっと異常ではないか?と、個人的には強い違和感をもちます。

加えて、mRNA ワクチンを否定的に捉える、あるいは既存の治療薬に関する論文は、たとえその内容が事実であったとしても、著名な学術誌には掲載却下されやすいという状況も考えておかなければ行けません。

4. マスクの有効性への異論

マスクの効果に関するデマ情報もきわめて多いです。私は、パンデミック当初から、マスクに効果なし、意味がないと主張していた医者や大学教授を何人か覚えています(→新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果)。Sule 論文では、マスクの有効性に関する誤った情報を広めた医師の多くは、マスクを否定的に描いていたと述べています。主張の中心は効果がないこと、有害であること、あるいはその両方です。一例としてコクラン・レビューが挙げられています。

上述したように、コクラン・レビューは「マスク効果なし」の証拠を提示したとして、広く引用されました。このレビューで検討された研究情報のほとんどは、パンデミック以前に行われた研究に基づくものでしたが、マスクは呼吸器系ウイルス感染の拡大を防ぐことはできないと明確に結論づけられたと、レビューの著者らは主張しました。さらに、マスク着用が義務化されている地域で感染者が増加しているというデータに基づいて、義務化は感染拡大を遅らせる効果はなかったと、著者らは述べました。

しかし、これらの解釈が誤りであったことは、当のコクランの編集委員会からも指摘されました。このあたりの経緯についえは、先のブログ記事(→「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り)でも紹介したとおりです。

Sule 論文は、マスク着用がもたらす影響として、「医学的影響、社会的影響、発育への影響などが指摘されたが、いずれも根拠はなかった」と述べています。医学的影響として主張されたのは、マスクを着用することで酸素が制限され、二酸化炭素の吸入量が増加したり、マスク着用者が細菌を吸い込んでしまうというものでした。これらの医学的悪影響については、これまで報告がありません。

社会的影響や発育への影響については、多くの医師が、子どもへの悪影響と学校でのマスク着用義務に焦点を当て、マスクは社会性の発達を妨げると主張し、子どもたちにマスク着用を義務づけることは一種の児童虐待であると主張しました。Sule 論文はこれらについては証拠がないと断じています。日本でも社会発達阻害に関する同様な主張がありますが、憶測の域を出ておらず、証拠はありません(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?)。

そもそも、マスク着用による子どもの社会的発達への影響を検証したり、証拠を得ることは、きわめて難しい試みであり、ランダム化比較試験を実施することも容易ではありません。マスクによる感染対策を否定するために、想像で社会的発達への阻害を持ち出すようなことであれば、反って感染症による子どもの命と健康のリスクを高めるようなもので、無責任と言えるでしょう。

5. 陰謀論 

この誤報カテゴリーには、国内外の政府や製薬会社に関連する、いわゆる陰謀論が含まれています。Sule 論文では、政府に関する説には次のようなものを挙げています。

(1) COVID-19 の大流行は政府高官によって計画された、いわゆる「プランデミック」である

(2) 政府および公衆衛生当局が、ヒドロキシクロロキンの有効性など COVID-19 に関する重要な情報を国民に隠し、ウイルスをより深刻に見せるために統計を改ざんし、政府のメッセージに異議を唱える情報を検閲した

(3) SARS-CoV-2 は中国の研究所から漏出して広がったもの、あるいは人為的改変ウイルスである

上記の (2) は、製薬会社のビジネス戦略に関連する説です。イベルメクチンやヒドロキシクロロキンは安価で入手しやすい既存薬であったため、製薬会社がこれらの使用を思いとどまらせる役割を果たしたというものや、製薬会社はより斬新で高価な治療法の普及によって利益を得たというものなどです。さもありそうな話ではありますが、真相は闇の中です。

上記の (3) は、Sule論文では述べられているように、米エネルギー省や FBI、共和党などが真相解明を提言していることでもあり、単なる「陰謀論」レベルの話ではなくなっています。このウイルスが出現した当時のことやウイルスの性質を考えると、確かに疑わしいことがたくさんあります(→新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える)。

しかし、第一線で活躍中の研究者や専門家は、概ねこのウイルス漏出説・人工ウイルス説に否定的です。生物学的にそれは否定できるという主張があります [2]。とはいえ、現役の人たちにとっては、この陰謀論を後押しする主張をすることは、研究者生命を失いかねないことであり、むしろ当然のことでしょう。

6. 日本独自の誤情報

日本独自に広まった、あるいは特に多い誤情報の一つとして、「PCR 検査の精度は低い」、「検査拡大は医療崩壊させる」という、PCR 検査抑制論に関するものがあります。不幸なことに、厚生労働省、政府系専門家会議、関連学会、医療クラスターの医師などがスクラムを組んで、この手の誤情報を拡散してきました。世界広しと言えども、この PCR 検査に関する誤謬と言うか、詭弁と言うか、誤情報発信は珍しいです。

詳細については過去のブログ記事でも何度も述べてきましたが(例:→PCR検査をめぐる混乱再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈 )、上述したように、日本の誤情報発信は個人に留まらず、組織的であることに特徴があります。たとえば、県医師会なども堂々とホームページ上で述べていました(→PCR検査の精度と意義ー神奈川県医師会の見解 )。

パンデミックが進行するにつれて、検査が間に合わなくなり、手軽な迅速抗原検査(RAT)が多用されるようになりました。いまは、PCR 検査をすることも少なくなり、自宅でも病院でも RAT で診断というのがほとんどです。RAT は PCR に比べると精度が低いですが、はるかに多用されています。しかし、あれだけ PCR の精度について揶揄していた人たちは RAT の精度についてはダンマリです。「PCR 検査の精度は低い」、「検査拡大は医療崩壊させる」というのが、いかに詭弁であったかということがよくわかります。

厚労省や専門家が発信していた誤情報と言うか詭弁の一つとしてはマイクロ飛沫感染があります。COVID-19 は空気感染で伝播・まん延していくことは当初から指摘されており、それが世界的な常識になった後でも、厚労省は長らくそれを認めませんでした。代わりに出てきたのが、マイクロ飛沫感染という世界でも使われていない奇妙な言葉です(→新型コロナの主要感染様式は空気感染である)。専門家が、テレビなどで、この言葉を使ってCOVID-19 の伝播を説明していたのを何度も耳にしました。

PCR 検査抑制とともに空気感染に関するリスクコミュニケーションを適切に行なわなかった権威筋の不作為は、コロナ被害を余計に拡大してしまったと言えるでしょう。これは、今年になってからの厚労省文科省の脱マスク推進にも言えることです。まさに、Sule 論文が指摘した COVID-19 に関する誤った情報を広める行為は、専門的、公衆衛生的、倫理的な問題があるということを、日本は権威側がやっているわけです。

さらに、日本の医師が盛んに唱える誤情報とも言えるものとして免疫負債があります(→免疫負債?)。このところの様々な感染症の増加を「コロナ禍で感染対策が進み、感染症に罹らず、免疫が低下した結果」ということで説明するものです。元々はフランスの医師が提唱した仮説ですが、提唱論文では何ら科学的根拠は示されていません。したがって、海外では、この説に対してはほとんど懐疑的であるか、他の現象で説明できるという立場の専門家が多いです。

一方、日本の医師たちはこぞってこの仮説に飛びつき、テレビやその他のメディア上で、不確定なことをあたかも当然のように主張しています。代替的説明をする人はほとんどいません。

おわりに

米国の場合は、主にプライマリー・ケアの一部の医師が、COVID-19 に関して誤情報を発信していたという特徴があります。一方、日本の場合は、官庁や大学、研究機関の医師までもが誤謬や誤報(場合によってはプロパガンダ)を繰り返してきたということは注視すべきでしょう。そこから、PCR検査抑制論、マイクロ飛沫感染論、免疫負債論など、世界ではあまり見られない誤情報が生まれているわけです。

もちろん、個人的に信頼している医師や医学系研究者はたくさんいますが、日本全体を覆っている権威側からの誤情報やプロパガンダを見ていると、日本の医学教育に根本的に問題があるのではないかと思えてきます。PCR検査、マイクロ飛沫感染、免疫負債に関する誤情報(あるいは不確定情報)は、あまりにも科学的に幼稚で低レベルであるからです。

引用文献

[1] Sule, S. et al. Communication of COVID-19 misinformation on social media by physicians in the US. JAMA Netw. Open. 6, e2328928 (20223).. https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2808358

[2] Alwine, J. C. et al.: A critical analysis of the evidence for the SARS-CoV-2 origin hypotheses. mBio 14, e0058323 (2023). https://doi.org/10.1128/jvi.00365-23

引用したブログ記事

2023年7月16日 コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

2023年3月12日 「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り

2022年11月20日 免疫負債?

2022年10月29日 mRNAワクチンは接種者全員の心臓を傷つける?

2021年8月27日 新型コロナの主要感染様式は空気感染である

2021年8月5日 新型コロナの起源に関して改めて論文を読み、戦慄に震える

2021年8月4日 イベルメクチンを巡るCOVID-19医薬品研究の課題

2021年5月19日 再びPCR検査の精度と「感度70%」論の解釈

2020年6月20日 PCR検査の精度と意義ー神奈川県医師会の見解

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

2020年3月18日 新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効果

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

メディアも政府も口にしないコロナに毎週人々が感染する

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

先日、エックス(X)(旧ツイッター)のタイムラインに、ジョン・スノウ・プロジェクト(Jons Snow Project, JSPのポストが目にとまりました(以下)。"International Guidance on Preventing Long Covid"というタイトルの記事 [1] の紹介で、long COVID(長期コロナ症)への対策に言及しています。

JSPのホームページは匿名のサイトで少々怪しげな感じはあるのですが、中身はごくまともなことを言っているので、ここで紹介したいと思います。この記事 [1] についてはSNS上でもいくつか引用されています。政府はもとより、大手マスコミもテレビも「コロナを口にしなくなった」いまだからこそ、注視する必要があると思います。

1. ジョン・スノウ・プロジェクトとは?

ジョン・スノウ・プロジェクト(JSP)は、今年2月に設立された米国の任意団体のようです。プロジェクトの目的は、COVID-19に関する情報を提供し、一般の人々や政策立案者が、この病気によってもたらされるリスクと、そのリスクを最善の方法で管理する方法を理解できるよう、消化しやすい情報を提供することである、としています。最新の科学的研究を理解するための記事や論説を配信し、COVID-19が家族、地域社会、職場に及ぼす影響を軽減するために、人々ができる実践的な方法を明らかにし、病気の影響を軽減するワクチンや治療薬の最新の開発状況を把握するのに役立てるとしています。

ただ、JSPの構成メンバーの名前は所属は一切出てきません。インターネットで調べたり、米国の研究者に尋ねたりしましたが、めぼしい情報は得られず、今のところほとんど正体不明と言ったところです。したがって、今のところ、彼ら自身の自己紹介文が唯一知る手段です。その点は割り引いてみる必要があります。

JSP編集グループは、ウイルス(SARS-CoV-2)の特徴、病気の特徴、そしてそれがもたらす課題を予測した優れた実績を持つ人物で構成されていると述べています。メンバーは、疫学、免疫学、微生物学、臨床実践、公衆衛生およびグローバルヘルスの専門知識を有しているとしています。メンバーには臨床医も含まれているようで、その多くは、過去3年間COVID-19患者の治療に携わり、現在は急性疾患と感染による長期的影響の両方に苦しむ患者の治療にあたっていると紹介されています。

JSP編集部の自己紹介文によれば、ボランティアと寄付によってコンテンツを制作しているとあり、編集方針に影響を与えるような政治的、経済的、社会的組織とは一切関係ないとしています。そして自らを、「自分自身と自分の愛する人たちのために、より良い世界を見たいと願い、ボランティアとして時間を捧げている個人で構成されている」と紹介しています。

ちなみに、このプロジェクト名は、英国の医師であるジョン・スノウ(1813–1858年)にちなんで付けられた名前です。J. スノウの名前は、公衆衛生微生物学を学んだ者であれば、一度は耳にしたことがあるでしょう。彼は、麻酔と医療衛生の発展に貢献した医者で、1854年にロンドンで起きたコレラVibrio cholelaeによる感染症の発生原因を追跡したことで、現代の疫学の創始者の一人と讃えられています。

19世紀半ばはまだ微生物の概念が確立しておらず、ルイ・パスツールが、スープが腐るのは空中から落下する微生物が原因として、従来の「生命の自然発生説」を否定した時期の直前です。 この時代にコレラが水を通して発生することを J. スノウが主張したことは、彼の洞察力の高さを物語るものです。

2. プロジェクトが掲げる5つのメッセージ

それでは、JSPはCOVID-19について何と言っているのか、このサイトをみてみましょう。私たちは「COVID-19について語る必要がある」として、5つの基本メッセージを掲げています(下図)。

この5つのメッセージについて、以下に翻訳引用して記します。

1) COVID-19はなくなっていない

COVID-19はメディアで報道されることもなく、政府による説明もないだろうが、それでも毎週のように人々を感染させ、再感染させている。

2) ウイルスは空気感染する

息をすることによって煙のように広がり、感染するのに十分な量を吸い込むのに数秒しかかからない。

3) いかなる感染も重大な問題を生じうる

呼吸困難、疲労、頭痛から心臓障害、免疫機能障害、神経障害に至るまで、感染はあらゆる場合において合併症を引き起こす可能性がある。

4) だれもが脆弱である

若くて健康な人でもそうである。感染を避ける必要があるのは、高齢者や免疫不全の人だけではない。私たち全員がそうなのだ。

5) 私たちはリスクを減らすことができる

私たちは、自分自身と愛する人々を守るために行動を起こすことができる。ワクチン に加えて換気、ろ過、そして高品質のマスクを使用することで、感染のリスクを減らすことができる。

3. 長期コロナ症について

冒頭で述べた「長期コロナ症を防ぐための国際的ガイダンス」という記事では、各国や米国内地域における取り組みを紹介しています。これも翻訳引用して以下に記します。

Long Covid(長期コロナ症)は、急性COVID-19の後に起こりうる200以上の症状につけられた名称である。長期コロナ症は日常生活に影響を及ぼし、症状は数週間、数ヵ月、数年と続くこともある。長期コロナ症の原因は不明であるが、ウイルスの持続性と免疫機能障害が関与している可能性がある。

世界各国の政府は、以前はワクチンのみに頼っていたところもあったが、国民へのガイダンスを更新し、現在では長期コロナ症を避ける最善の方法としてCOVID-19の予防を一般的に推奨している。現在では、ワクチン接種に加えて、屋内でのマスクや呼吸器の使用、空気の清浄化政策などを推奨しているところが多い。

ジョン・スノウ・プロジェクトは、長期コロナ症を防ぐための公式アドバイスについて、いくつかの国と地域を調査した。これらは、特に長期コロナ症を回避する方法について助言している国や地域の一部であり、長期コロナ症防止に以下の対策を推奨している。

フランスやオランダなど、他の多くの国々が、COVID-19を防ぐためにこれらの対策の一部または全部を使用するよう助言しているが、本調査では、健康上の懸念が高まっている長期コロナ症の予防について、具体的な助言を提供している一部の地域を取り上げた。

一般市民は、このようなメッセージの更新に注意を払い、ワクチン接種と先行感染によってリスクを軽減することはできても、長期コロナ症を予防することはできないことを認識すべきである。

おわりに

上述したように、JSPが主張していることはごくまともで、専門家の主張の国際標準とも言えるでしょう。COVID-19の本質が、全身性疾患であること、長期コロナ症をもたらすこと、誰もが罹りうることについてもきちんと焦点が当てられています。上記の表にあるように、長期コロナ症を回避する手段として、世界保健機構(WHO)を含め、各国や地域がワクチンとマスクを中心に力を入れていることもわかります。

この意味で、JSP記事 [1] に日本が言及されていないのはきわめて残念です。長期コロナ症への取り組みが無きに等しいということでしょう。「COVID-19はメディアで報道されることもなく、政府による説明もないだろうが、それでも毎週のように人々を感染させ、再感染させている」という主張は、まさしくいまの日本にも当てはまることです。

日本でどのくらいの人が長期コロナ症になり(なっているのか)、集団的健康障害としてどのくらいの社会・経済活動の負担になっていくのか、大きな懸念事案です。

引用記事

[1] The John Snow Project: International Guidance on Preventing Long Covid. August 7, 2023. https://johnsnowproject.org/primers/international-guidance-on-preventing-long-covid/

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

下水データが示す第9波流行の動向

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

いまCOVID-19第9波流行が拡大しています。しかし、政府はこの感染症の5類移行に伴って、従来の疫学情報を取得・公表することを止めてしまいましたので、国民は第9波流行がどの程度の規模で起こっているのかを正確に知ることができません。テレビでもほとんど伝えません(実際伝えようがない)。一方で、SNS上などで巷から聞こえてくるのが、「感染が増えているようだがどうすればいい? 対応の基準がわからない」という情弱状態におかれた国民や自治体の悲痛な声です。

政府が疫学情報の遮断の代わりに用意したのが地域ごとの主要医療機関での定点把握ですが、これは元々幼児が罹りやすいインフルエンザなどのために小児科を中心とする医療機関の定点での患者数の動向を把握するものであり、幅広く成人が罹るCOVID-19においてはその点ですでにバイアスがかかっています。5類化以降、軽症で受診をしない人(とくにいま流行りのEG.5.1は発熱が主な病態ではない)、検査で確認しない人が大幅に増えていることもあって、各自治体の定点把握というやり方が、はるかに感染力が強いSARS-CoV-2がもたらす流行に追いついておらず、感染の実態を大きく過小評価していることが考えられます。

このような状況に鑑み、厚生労働省はあわてて「新型コロナウイルス感染症に関する住民への注意喚起等の目安について」なる文書を各自治体宛に通達しました [1]。ところが、この文書をよく読んでみると、防疫という観点からはこれまでと何ら変わることなく、もっぱら「医療に負荷がかかっている状況とあわせて、以下の注意喚起を行うことが考えられる」という医療ひっ迫を防止するという視点から書かれていることがわかります。

何と「軽症時や検査、診断書発行等のための救急受診を控えること」と書かれているのです。つまり、病院に負荷がかかるので病院に行くなと言っているわけです。一般人は自分が軽症かどうか判断が難しいし、早期検査、早期治療という感染症治療の原則からもこの文書の言うことは外れていて、結局3年前に問題になった「37.5℃、4日間家で待て」という方針と何ら変わっていないということです。

自分で5類にし、併せて脱マスク方針、「個人の選択を尊重」方針を含めて公衆衛生対策を実質なきものにしておいて、いざ流行が拡大してくると、今度は「病院に行くな」と通達するなど、何をか言わんやです。やることをやらず、困ったら今度は国民の健康を犠牲にするような我慢を強いるとは、全く順序が間違っています。

1. 第9波流行の規模

実際いまはどの程度の流行なのでしょうか。きわめて限られた情報ですが、モデルナジャパンの新規患者数のデータ、および市レベルで実施されている下水サーベーランス(ウイルス濃度測定)のデータを参考にすることができます。

まず、図1にモデルナによる全国のCOVID-19患者数の推移を示します。このデータはJAMDAS(Japan Medical Data Survey:日本臨床実態調査)において「新型コロナウイルス感染症」、あるいは「COVID-19」と病名がついた日々の新規患者の集計値の推移を示しています。これを見ると、第9波は第6波を超える程度で、7月下旬に一つのピークに達し、そこから下がる傾向にあります。

図1. モデルナジャパンサイトが示すCOVID-19患者数の推移.

一方、下水サーベイランスではどうでしょうか。残念ながら、少数の自治体(市)しか実施していないので、あくまでも参考程度にしか見ることができませんが、北海道札幌市(図2)、石川県小松市図3)、兵庫県養父市図4)のデータは現在の流行がきわめて高いレベルにあることを示しています。仙台市でも同様な試みがありますが、生データではなく、感染者予測値として公表されていますので、ここでは除外します。

図1の札幌市ですが、第9波の現在までのピークから判断すると第7波程度ですが、これまでに比べて流行の期間が長く、長期間高濃度のウイルスが排出されていることがわかります。

図2. 札幌市の下水サーベイランスが示すSARS-CoV-2濃度の推移(8月8日更新).

小松市図3)および養父市図4)のデータは、この一ヶ月間でウイルス濃度が急激に上昇し、第8波のピークをすでに超えていることを示しています。

図3. 小松市の下水サーベイランスが示すSARS-CoV-2濃度の推移(8月11日更新).

図4. 養父市の下水サーベイランスが示すSARS-CoV-2濃度の推移(8月10日更新).

上記のように、地理的に離れた三つの自治体のデータが同様の傾向を示していることは、これが日本全体の傾向であるとみなしてもよいでしょう。つまり、第9波は第8波と同様かこれを超える流行の規模だということです。

2. 下水サーベイランスのこれからの方向

下水サーベイライスを行なっている上記3つの自治は、ウイルスの検出率のデータを共有し、感染状況を把握していくための協議会「全国下水サーベイランス推進協議会」を設立することが報道されました [2]。下水のSARS-CoV-2の検出の傾向は、実際の感染状況の傾向と概ね一致することが明らかになっていて、感染初期や無症状など検査を受けていない人の感染も把握できることから、高い精度で迅速にウイルスの広がりをつかむことができるとされています。

この協議会には、アカデミアからは片山浩之教授(東京大学大学院工学系研究科)、本多了教授(金沢大学大学院自然科学研究科)、北島正章准教授(北海道大学大学院工学研究院)が参加するようです。北島氏は「下水調査は無症状の人も含めた感染症の流行状況を把握することができる。下水調査によってさまざまな感染症対策につなげられるよう仕組みをつくりたい」と話しています [2]。彼は国内外でこの分野でリードしています(→下水検査の現状)。

SARS-CoV-2の検出を目的とした下水サーベイランスは、パンデミックが勃発してすぐに提案され [3] 、世界で実証研究が始まりました(→下水のウイルス監視システム)。すでに世界では、COVID-19流行を把握する標準の手段となっています。

日本でも日本水環境学会が「COVID19タスクフォース」を立ち上げ [4]、国の研究事業としても下水サーベイランスが始められましたが [5]、実証レベルに至り、継続している自治体はまだ数が少なく海外並みに全国的なネットワークを構築するには至っていませんこのようななかでも、札幌、小松、養父の三つの市はこれらを先導する実績があり、今回の協議会設立に至ったものと思われます。世界に立ち後れた日本ですが、参加する自治体の広がりに期待したいものです。

ちょっと頼りないのが厚生労働省です。COVID-19の5類移行後の対応についてホームページでも図示されていますが、発生動向の手段のなかに、重層的なサーベイランスとしてカッコ書きで「下水サーベイランス研究等」と示してあります(図5)。世界では、3年前から流行把握の標準手段となっているのに、いまだに「研究等」とは一体どういうことでしょうか。

厚労省所管の国立感染症研究所の報告 [6] を見れば、2020年4月には下水サーベイランスの研究を開始したことがわかりますが、それからもう3年が経過しています。報告書には「2023年4月現在, 地衛研を中心にSARS-CoV-2調査(月1回あるいは週1回採水)を継続している」とあるだけで、実証段階にあるのかどうか、詳細なデータも公表されていません。もちろん厚労省自身が研究を行ったり、研究事業として補助金を出すのは大いにけっこうですが、時間的にはすでに全国的なネットワーク監視レベルに達していなければなりません。

図5. 厚生労働省が示すCOVID-19の5類後の対応.

ちなみに、感染対策の項目に、5類後は「国民の皆様の主体的な選択を尊重し、個人や事業者の判断に委ねる」とありますが、これは何度も指摘していますが公衆衛生対策の放棄にほかなりません。感染症法上では、病気が何類に分類されようとも、公衆衛生の取り組みは維持されなければなりません。文字通り「公衆」なわけですから、そこに前置きとして「個人の判断」はあり得ないわけです。「公衆」の衛生と健康維持のために、当局が何をするかということが問われているわけですが、相変わらず厚労省厚顔無恥ぶりをさらけ出しています。

おわりに

限られた情報ですが、いくつかの下水分析データは、第9波流行が第8波を超える勢いで進行していることを示唆しています。医療機関はそれを実感として、市民や自治体はそれを肌感覚として感じており、情弱状態下で不安感ばかりが増しています。厚労省はあわてて「新型コロナウイルス感染症に関する住民への注意喚起等の目安」[1] を出しましたが、感染拡大防止には何の役も立たないことは上記したとおりです。

そもそも5類感染症でこんな通達を出さなければいけないこと自体がおかしいわけです。言い換えれば、まだ5類にできるはずでもない感染症なのに、自己都合で5類化し、疫学情報の遮断に走ったたために、その矛盾がいま出ているとも言えます。この分だと、おそらく、晩秋から冬にかけては大きな第10波に見舞われるでしょう。

日々更新される研究情報は、COVID-19がきわめてヤバい病気であることを示しつつあります。最新研究では、SARS-CoV-2が核、ミトコンドリアコードの両方のミトコンドリア遺伝子発現を阻害することで宿主のミトコンドリア機能が損なわれ、最終的には臓器不全に陥る可能性が示されています [7]ウイルスが排除され、肺のミトコンドリア機能が回復しても、心臓、腎臓、肝臓、リンパ節のミトコンドリア機能は障害されたままであり、COVID-19の重篤な病態につながる可能性があるとされています。

つまり、COVID-19は呼吸器系の病気というより全身性の疾患であるという認識をさらに強化するデータが蓄積しつつあるのです。罹ってはいけない感染症であり、とくに繰り返し感染することは避けなければいけないウイルスです。

世界保健機構(WHO)のテドロス事務局長は、5月に「COVID19の国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」の終了を宣言した際、暫定的な勧告を出しましたが、今月初めにこれは失効しました。これを更新すべく、緊急委員会は「COVID-19を長期的に管理するための常設勧告」を発行するように促しています(以下)。

引用文献・記事

[1] 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部: 新型コロナウイルス感染症に関する住民への注意喚起等の目安について. 2023.08.09. https://www.mhlw.go.jp/content/001133038.pdf

[2] NHK北海道NEWS WEB: 下水調査で新型コロナ流行把握 札幌市など3市が協議会設立へ. 2023.08.10. https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20230810/7000059898.html

[3] Lodder, W. and de Roda Husman, A. M.: SARS-CoV-2 in wastewater: potential health risk, but also data source. Lancet Gastroentrol. Hepatol. 5, 533-534 (2020). https://www.thelancet.com/journals/langas/article/PIIS2468-1253(20)30087-X/fulltext

[4] 日本水環境学会: 日本水環境学会COVID19特設ページ/COVID19タスクフォース. https://www.jswe.or.jp/aboutus/covid19.html

[5] 内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室: 下水サーベイランス. https://corona.go.jp/surveillance/

[6] NIID国立感染症研究所: 下水中の新型コロナウイルス調査(NIJIs)プロジェクトとポリオ環境水サーベイランスについて. IASR 44, 103–105. 2023.07.27. https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2612-related-articles/related-articles-521/12159-521r03.html

[7] Guarnieri, J. W. et al.: Core mitochondrial genes are down-regulated during SARS-CoV-2 infection of rodent and human hosts. Sci. Trans. Med. 15, published Aug. 9, 2023. https://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.abq1533

引用したブログ記事

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

2021年3月30日 下水検査の現状

        

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

少年たちを手なづけるためのアイドル帝国と性的虐待

カテゴリー:社会・政治・時事問題

"X"のタイムラインを見ていたら、ハリウッド・リポーター(The Hollywood Reporter, THR)がジャニー喜多川氏による性的虐待の問題を取り上げていることに目が留りました(下図)。中を見たら「ジャニー喜多川性的虐待スキャンダルへの対応を非難する国連報告書」という記事 [1] を配信していました。ハリウッド・リポーターは、米エンターテインメント業界の情報を扱う週刊誌などを含むメディアの一つです。

日本公式アカウントとしてハリウッド・リポーター・ジャパンがありますが、こちらは今のところこのTHR記事を引用していないようです。日本語訳記事も見当たりません。日本のエンターテイメント業界の大物として君臨してきた人物による少年タレントに対する性的虐待は、この業界のみならず日本のメディアや政治も揺るがす人権問題としてクローズアップされています。先行して、BBCは関連の記事 [2] を配信しており、このTHR記事でも引用されています。そこでこのブログでTHR記事を翻訳して紹介したいと思います。

以下筆者による翻訳文です。

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日本のポップス界の大物であった故人によって創られた少年グループは、ポップチャートを席巻しただけでなく、スクリーンのいたるところで見られるようになった。その成功は、彼に絶大な権力を与え、8歳の子どもたちへの性的虐待を助長することになった。

国連人権理事会の調査によって、数十年にわたり日本の芸能界で最も権力を誇っていた故ジョニー喜多川が、数百人の少年を虐待し、彼が設立した事務所がいまだにその責任を取っていないという結論が出された。 来日した同作業部会のメンバーであるピチャモン・イェオファントン氏は、日本政府の不作為を批判し、「加害者の透明性のある捜査と被害者の実効的救済を確保すべき第一の義務者 」として行動する必要性を述べた。

ピチャモンによれば、作業部会は、日本のメディアとエンターテインメント業界全体にはびこる「深刻で厄介な問題を目撃した」という。彼は、職場の行動に関する規範やルールが存在しないことが、「性的暴力やハラスメントへの寛容さ」の文化を助長していると述べた。

1931年、ロサンゼルスの僧侶のもとに生まれたジョン・ヒロム喜多川は、幼少期はロサンゼルスと東京を行き来し、1950年代には在日米国大使館で働き始めた。米大使館で働き始めた1950年代、彼はティーンエイジャーを集めて少年グループを結成し、そのグループを「Johnnys」と名付けた。1962年、彼はジョニー&アソシエイツ社を設立した。それは、男性タレントのみを扱うアイドルグループ現象を創り出すことになり、SMAPや嵐のような大スター・グループを生み出した。

今月発売の週刊誌『週刊文春』に掲載された記事には、喜多川と事務所で長年いっしょに働いていた元スタッフの言葉が引用されている。「アイドル帝国の社長が性的虐待をした事例というよりも、これは(芸能界に)デビューする途中の少年たちを手なずけるためにアイドル帝国を作ったという性的虐待者の問題だ」。

3月に放映されたBBCのドキュメンタリー番組「プレデター」に続いて、喜多川の犯罪にスポットライトが当たった「 J-POPの秘密のスキャンダル」(BBC)が放映されたことで、彼の犯罪がクローズアップされるようになった。とはいえ、日本では喜多川氏の行為は公然の秘密であり、週刊誌は報道したが、大手メディアグループはこれを隠蔽してきた。

実際、最初の疑惑は、喜多川がまだ米大使館に勤務していた1965年3月号の『週刊サンケイ』(今は廃刊)に掲載された。1981年4月には『週刊現代』が別の被害者からの報告を掲載している。1990年代に出版されたジャニーズの元タレントによる著書には、虐待の体験談や目撃談が多数掲載されている。

1999年、週刊文春は喜多川による十数人の被害者の生々しいレイプ体験を10回にわたって連載した。喜多川は名誉毀損で出版社を訴え、2002年に東京地方裁判所で損害賠償を勝ち取った。喜多川の勝訴はすべての主要紙によって報道された。この判決は翌年、東京高裁で一部覆され、損害賠償額は大幅に減額された。リベラル寄りの朝日新聞毎日新聞の2紙だけがこの新しい判決を掲載したが、前回の喜多川勝訴のときよりも小さな記事の扱いだった。

日本の大手新聞社はすべて、テレビやラジオのネットワークを含むメディア・グループに属している。喜多川は冷酷なまでに、自身とそのスターにまつわる物語をコントロールすることに長けていた。彼の事務所に所属する人物に否定的な報道をしようとすると、メディアグループ全体がその巨大なメジャータレントへのアクセスを失うことになることは、よく知られていた。

2019年に喜多川が死去した際、当時の野上浩太郎官房副長官は「長年にわたり数多くのアイドルを育て上げられるなど、わが国のエンターテイメント界に多大な功績を残された。心からご冥福をお祈り申し上げたい」と述べた。

BBCのドキュメンタリーが放映され、その後日本のメディアが報道して以来、さらに数十人の被害者が名乗り出た。そして、それまでは週刊誌の匿名証言がほとんどであったものが、ついに名前と顔が明らかになった。

5月、日本で最も知名度の高いエンターテイナーであろう北野武が、喜多川氏の性的虐待スキャンダルについて言及した。カンヌ国際映画祭で、北野武はハリウッド・リポーターに対し、「LGBTQやセクハラについて発言できる時代がついに日本にもやってきた」と語った。彼はさらに、「このような話は(我々の業界では)常にあった 」と付け加えた。

それでもなお、犯罪の重大さと、メディアとエンターテインメント・ビジネスの共犯関係がいかに小児性愛を助長したかを完全に受け入れることには消極的なようだ。  

このドキュメンタリーが放映された直後、米国生まれの日本のタレント、デーブ・スペクターは(日本語で)「記者の執拗な欧米流の正義感や被害者意識と、実際の事件関係者とのトーンの違いに驚いた」とツイートし、「そんなに気になるなら、なぜ喜多川が生きている間に報道しなかったのか」と疑問を投げかけている。

日本のテレビの別のレギュラーはさらに踏み込んだ。デウィ・スカルノは先月、ツイッターで国連グループの来日を批判し、喜多川について「自分の所属事務所の子供たちを自分の子供のように可愛がっていた」と述べ、彼への批判は「日本の名誉を傷つけている 」と付け加えた。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

私事ですが、私が最初にジャニーズを聴いたのは、初代ジャニーズがテレビで歌っていた頃だと記憶しています。あおい輝彦のヴォーカルが印象的でした。とはいえ、いわゆるアイドルグループの音楽に触れていたのはフォーリーブズが出てきた頃までで、その後はあまり興味がなく聴かなくなりました。

一つは、週間サンケイが「ジャニーズ売り出しのかげに」と題した記事で、ジャニー喜多川氏の「みだらな行為」を報じたことです [3]。通っていた中学校ですぐに話題になり、ジャニー氏は自らの小児性愛のために若い子を集めているのではないかと噂したことを覚えています。翌年からロックバンド活動を始めるようになってから、アイドルには益々興味がなくなり、もっぱら聴くのは洋楽のみで、邦楽はグループサウンズくらいだったと思います。

それから約20年後、元フォーリーブス北公次氏の実名による告発本出版に触れて、やはり「ジャニーズはそういうところなんだ」と確信をもちました。ずうっと以前にバンド仲間から、ジャニーズ批判は業界では御法度ということも聞いていましたので、この問題の根の深さを感じました。

今回の国連人権委員会の来日の目的は、日本の数ある人権問題の一つとして性的虐待を取り上げたものです。日本のエンタメ業界の「性的な暴力やハラスメントを不問に付す文化」に言及しながら、コンプライアンス体制を整備するために「透明な苦情処理カニズムを確保することが必要」と求めています [4]

このように、欧米のメディアに大々的に取り上げられ、国連人権理事会からは、この人権問題の是正を求められながら、一方の日本の業界や大手メディア、そして政治の動きはいまひとつです。ジャニーズ問題は業界の音楽家の発言にも波及していて、これをおもしろおかしく取り上げる記事 [5] もありますが、事は重大な人権問題であり、日本の関連組織やメディア、そしてエンタメの視聴者がこれにどう向き合うかが問われているということです。

引用記事

[1] Blair, G. J.: U.N. Report Blasts Response to Johnny Kitagawa Sexual Abuse Scandal. The Hoolywood Reporter August 7, 2023. https://www.hollywoodreporter.com/news/general-news/johnny-kitagawa-sexual-abuse-scandal-un-report-123555831

[2] Azhar, M.: Japan’s J-pop predator - exposed for abuse but still revered. BBC News Maarch 6, 2023. https://www.bbc.com/news/world-asia-64837855

[3] 山口紗貴子: ジャニーズ性加害報道、最初は「1965年」雑誌や書籍の追及はなぜ見過ごされたか. 弁護士ドットニュースコム 2023.05.12. https://www.bengo4.com/c_18/n_15987/

[4] 日本経済新聞: ジャニーズ性加害問題「深く憂慮」 国連人権理事会. 2023.08.04. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE037DY0T00C23A8000000/

[5] 仁科友里: 山下達郎松尾潔氏とのケンカが“まるで噛み合ってない” ジャニーズ性加害問題への二人のヤバイ言い分. 週刊女性PRIME 2023.07.16. https://www.jprime.jp/articles/-/28626?display=b

        

カテゴリー:社会・政治・時事問題

エリスとよばれるCOVID-19ウイルスEG.5.1がまん延

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

いま日本ではCOVID-19の第9波流行が拡大しています。その拡大の原因となっているのがEG.5.1変異体(通称エリス)です。このウイルスはいま、東アジア、ヨーロッパ、米国でも流行り始めていて、新しい流行の波として捉えられています。

今回、米国で発行されている経済誌ForbesにEG.5.1に関する記事が載っていました(下図)。「エリスと名付けられたEG.5.1の新流行、急拡大も? WHOがウイルスを監視下に」というタイトルの記事です。米国でこのウイルスによる再流行がどのように捉えられているのか、推し測るのに格好の記事だと思いますので、ここで翻訳して紹介します。

以下、筆者による翻訳文です。

          

EG.5.1の "EG"は 「たとえば 」という意味ではない。しかし、今拡散しているCOVID-19コロナウイルスのEG.5.1亜型は、ウイルスの脅威が続いている事実を無視しようとする人々がどれだけいようと、このウイルスが変異し続けることを示すまた新たな例である。

世界保健機関(WHO)は、2023年7月19日、EG.5#をまた新たなSARS-CoV-2の変異体として監視下変異型(VUM)リストに追加した。この場合、"#"はソーシャルメディアハッシュタグを意味するものではない。この特定のWHO VUMの#は、現在、EG.5で始まるウイルス亜型の「包括的な記し」としての役割を果たしている。しかし、今なお、あなたをCOVID-19や long COVID(長期コロナ症)してしまう可能性があるため、あなたはEG.5#の傘の下には立ちたくないはずだ。

さて、あたかも脚注のような名前やスター・ウォーズのドロイド、あるいはイーロン・マスクの子供のような名前を覚えるのは、けっこう難しいものだ。そこでこの1年、ソーシャルメディア上では、オミクロンの変異体や亜型を「アークトゥルス」や「クラーケン」といった独自の非公式な名前でよんできた。

これらの名前の中には、変異型にぴったり当てはまるものもあるようだ。カナダのオンタリオ州にあるゲルフ大学の統合生物学教授であるライアン・グレゴリー博士は、ツイッター(あるいはX、X-stasy、XXXなど、最近のツイッターの呼び名が何であれ)でEG.5.1亜型を「エリス」という名前で表現している:

ここに見られるように、グレゴリーはEG.5から派生したEG.5.1の系統について言及している。EG.5#の系統は全体として、以前の変異型のある種の"love child"セットだと思えばいいだろう。これはXBB.1.9.2とS:F456Lの両方の遺伝的特徴を持っている。

繰り返すが、エリスは決して正式な名前ではない。グレゴリーはウィキペディアのリンクで、エリスを 「太陽系で最も質量があり、2番目に大きい矮小惑星 」と説明している。最も巨大な矮星という表現は、「私の最も小さな筋肉を見て」と言っているように聞こえる。ウィキペディアの項目には、この準惑星は、2006年9月、グレコローマ神話に登場する争いと不和の女神エリスにちなんで命名されたとも書かれている。そう、SARS-CoV-2の亜型に「争いと不和」にちなんだ名前をつけるのは、COVID-19と過去3年間に起こったパンデミックが政治的に大きく取り上げられたことを考えると、面白いほど適切なように思える。

グレゴリーのツイートスレッド(Xのスレッド)は、「我々が知る限り、EG.5.1  [XBB.1.9.2.5.1] について特に特別なことは何もない」と述べている:

それは一見、EG.5.1変異体の感情を傷つけ(もしウイルスに感情があるとするならば)、そして、他の人に 「全てのウイルスが特別なもの 」と言わせるかもしれない。しかし、おそらくグレゴリーが言いたかったのは、EG.5.1がこれまでのCOVID-19とは異なるような、より多くの、あるいはより深刻な症状を引き起こしているようには見えないということなのだろう。

感染が拡大していることを考えれば、これまでの変異体よりも感染力が強いと思われる。EG.5.1は事実上、SARS-CoV-2の最も優勢な変異型の王座に座る「エリス」となった。

英国健康安全保障庁の推定によれば、7月20日現在、EG.5.1亜型は全COVID-19感染者の推定14.55%を占め、英国では1週間当たり20.51%の割合で増加している。米国では、疾病対策予防センター(CDC)のCOVID-19データトラッカーによると、EG.5亜型は、7月22日までの2週間では全症例の推定11.9%であったのが、8月5日までの2週間では17.3%に増加している。XBB.1.16を抜き、現在米国で最も流行している変異型である。

同時に、全米のCOVID-19の各種指標は上昇傾向にある。CDCのCOVID-19データトラッカーによると、7月22日までの1週間でCOVID-19による入院が12.1%増加した。また、全米の下水サンプル中のウイルスの存在も増加している。

もちろん、COVID-19については、いまや私たちの国は盲目的に飛んでいるようなものである。それまでの3年間、本当に、本当に悪いメガネをかけていたのとは対照的だ。報告されているCOVID-19感染者の数はあまり意味がなくなってきている。なぜなら、多くの人々が自宅で、PCR検査ほど精度の高くない抗原検査を行っているか、あるいはまったく検査を行っていないからである。自宅で陽性と判定された人のほとんどは、おそらく自分が感染していることを身近な人以外には伝えていないだろう。陽性反応が出たときに、当局や他の人にまで知らせることを期待するのは、Tinder*で人に 「はい、ドラマが好きです 」と正直に話すことを期待するようなものだ。

*筆者注:世界最大のソーシャル系マッチングアプリ

新しい変異体が出現して広まるたびにそうであるように、最大の疑問は、いわゆるエリス変異型がどのような影響を及ぼすのか、政治指導者はそれにどのように対応するのか、そして自分自身はそれに対して何をすべきなのか、ということである。

二つ目の疑問に対する答えは、単純に「強制的にせざるを得ない限り、何もしない」というものだろう。最初の疑問に対する答えは、おそらくこの晩夏におけるCOVID-19の上昇、あるいは急上昇であろう。あなたの周りでCOVID-19症例が増えることが予想される。

入院や死亡のリスクは、例年に比べて大幅に減少している。しかし、まだインフルエンザのレベルまで下がってはいない。さらに、SARS-CoV-2はインフルエンザウイルスにはないもの、すなわち、長期コロナ症のリスクをもたらす。

最後の3番目の疑問に対する答えは、適切なCOVID-19の予防措置を取り続けることである。あなたの周りの人々は、あなたが隠しカメラで彼らを監視し続けていない限り、適切な予防措置をとらないと仮定すべきだ。すでに言われているように、COVID-19の大流行は、人々が「注意深い 」という言葉に対しておよそ2,718通りの定義を持っていることを示している。最新の予防接種を受ける。こまめな手洗いを徹底する。ドアノブやカウンターの上、寝室に置いてあるジェイソン・モモアの胸像など、触れる機会の多い表面は清潔にし、消毒する。

公共の場では、できるだけ風通しの良い場所にいるように努める。これはズボンのジッパーを開けておくという意味ではない。むしろ、空気がどの程度循環しているか、場所によってどの程度空気が新鮮かを意識することを意味する。風通しの悪い屋内や、ウイルスを保有している可能性のある人と接触する可能性のある場所では、N95レスピレーターのような良質でフィット感のあるマスクの着用を考えよう。

だから、エリスが出現して広がったからといって、パニックを起こしたり、「争いと不和」とつぶやいたりすることはないのだ。前にも指摘したように、ディスコにいるか、ストライプと花柄のチェック柄を着ていない限り、パニックを起こすことは決して役に立たない。しかし、EG.5.1は、ウイルスが変異を続けており、依然として懸念があることを示す一例である。どのような変異体が出現し、どのような動きをしているのかを常に把握しておくことは、誰にとっても良いことなのである。

筆者あとがき

このフォーブス記事の筆者であるブルース・リー(Bruce Y. Lee)氏は、フォーブス誌のシニア寄稿者であり、ジャーナリストであり、ニューヨーク市立大学の教授(公共福祉・健康政策)でもあります。時には独特のアメリカンジョークや皮肉を交えた彼の論説は、今の米国がCOVID-19とどのように向き合い、識者がエリスの新しい流行に対してどのように考えているかを知るのにいい手助けになります。

翻って、日本にはこのような記事を書けるジャーナリストはなかなかいないと思います。多くは専門家のインタビューを基にした、その専門家の見解を紹介するような記事が目につき、その時点で色がついていることが多いと感じます。専門家の発言に対するメディアの検証能力も決して高くないことは、この3年間で明らかになりました。

COVID-19パンデミックを科学的見地から的確に捉え、ジャーナリズム精神溢れる記事がほしいところですが、いまはCOVID-19に関する記事自体が極端に少なくなっていて残念です。ジャーナリストの中でも「コロナは終わった」になっているのでしょうか。

最後に、エリスのようにSARS-CoV-2変異体の亜系統にニックネームをつけるのは、一般人にとってはわかりやすいとは思いますが、個人的にはいかがなものかと思っています。なぜなら、一つの亜系統のニックネームに拘泥することで、そこから派生する様々な亜型の(重要性の)印象が薄まるからであり、逆にウイルスが変異したときにその名称は意味のないものになってしまいます。ニックネーム自体が公式な名前だと誤解を与える可能性もあります(WHOが認めた名称ではない)。単なるEG.5.1でよいと私は思います。

引用記事

[1] Lee, B. Y.: EG.5.1 Nicknamed ‘Eris’ Is New Covid-19 Variant Spreading, Monitored By WHO. Forbes Aug.6, 2023. https://www.forbes.com/sites/brucelee/2023/08/06/eg51-nicknamed-eris-is-new-covid-19-variant-spreading-monitored-by-who/?sh=55c7c1835941

              

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

歴史に学ぶ、コロナ後で起こること

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19の世界的な流行は4年目に入り、急性パンデミックへの対応から長期的集団障害の問題への取り組みに焦点が移りつつあります [1] 。COVID-19では、急性期の症状に続く長期の症状が一定の割合で発生することや、急性期から回復しても長期的な症状が出ることが知られています。いわゆる long COVID罹患後症状、ここでは長期コロナ症と呼称)です。長期コロナ症に苦しむ人の増加が米国 [2, 3, 4] や英国 [5] を中心に問題になっており、集団レベルでの長期障害が社会経済活動に大きな悪影響を及ぼすことが懸念されています。

米国における1年前の分析では、労働年齢(18歳から65歳まで)の約1,600万人が長期コロナ症患っており、そのうち200万人から400万人が、この病気により仕事を失っているとされました [2]。そして、これらの賃金損失だけで、年間約1700億ドル(潜在的には2300億ドル [33兆円])とされています。これらは現在に至るまで改善されておらず、最新の分析でも最大2300万人が長期コロナ症を患っているとされています [6]。英国やフランスでも200万人が長期コロナ症を患っているとされています。

日本では「コロナが終わった」というニュアンスで「コロナ後」とか「アフター・コロナ」という言葉が使われていますが、もちろん終わっていなくて、いま第9波が席巻中です。このブログ記事のタイトルの「コロナ後」は「COVIDパンデミックが発生して以降」というコロナ継続の意味であり、「コロナ後で起こること」とは、長期コロナ症患者の大量発生と社会経済活動への悪影響を指します。

1918年にはインフルエンザH1N1亜型(いわゆるスペイン風邪)によるパンデミックが発生し、その後2年の大流行が続いた後、様々な後遺症による社会的影響があったことが知られています。私たちは「コロナ後」を予測するのに、この歴史的事実を参考にすることができます。

このブログ記事では、いままさに歴史が繰り返されようとしていることを踏まえながら、米国の長期コロナ症の問題への取り組みと日本の現状を考えたいと思います。

1. スペイン風邪に学ぶこと

タイム誌は、COVIDパンデミック初年に、先のスペイン風邪流行(1918–1920年)と対比させたCOVID-19が及ぼす長期的影響について記事を配信しました [7]下図)。このパンデミック後、人々に様々な後遺症が現れ、社会経済活動に大きな影響があったことが記されています。同記事は、この後遺症について、長期コロナ症に習って、長期インフル症(long flu)とよんでいます。

タイム誌は、COVID-19とインフルエンザの長期的影響の類似点を考えると、おそらく歴史は、長期コロナ症について何を予測すべきかについて、私たちにいくつかの洞察を与えてくれるだろう、と述べています。タイム誌の記事は3年前のものですが、コロナ後を占う上で示唆的と思われますので、歴史的イベントの記述部分をここで翻訳・要約しながら紹介します。

1918–1919年のスペイン風邪が及ぼした影響については、南アフリカの歴史家ハワード・フィリップ(Howard Phillips)による研究書「ブラック・オクトーバー」に記述があります。インフルエンザとその後遺症によって引き起こされた能力障害は、しばらくの間、国の経済に深刻な影響を与えました。

今から100年前の世界経済の中心は農業でしたが、農業生産に大きな障害が起こったことが記されています。現在のタンザニアでは、1918年末に雨が降ったとき、生存者の衰弱した無気力状態のために作付けができなくなり、この後遺症が100年で最悪の飢饉である「コームの飢饉」を引き起こしました。植え付けができなくなっただけではなく、他の地域では収穫や羊の毛刈りの時期と重なったことも飢饉に拍車をかけました。

影響を受けたのは農業だけではありません。H. フィリップスは、1919年に事故に巻き込まれた列車の運転手が、運転中に停電に見舞われたと後で説明した例を紹介しています。 「彼は、これは前年にスペイン風邪にかかった後遺症だと主張した。同様の報告は世界中から寄せられた。英国の医師たちは、1919年と1920年に「メランコリア」(私たちが鬱病と呼ぶもの)を含む神経障害の症例が著しく増加したことを指摘した。学校の教師たちは、生徒たちが失地を回復するには数カ月から数年かかるだろうと嘆いた」と記述しています。

ニュージーランドの歴史家ジェフリー・ライス(Geoffrey Rice)が同時期に出版した別の作品集にも、「筋エネルギーの喪失 」から 「神経合併症 」に至るまで、インフルエンザによる長期的な症状に関する記述が散見されます。ニュージーランド南島のネルソンの病院に勤務していたジェイミソン医師は、無気力と抑うつ、震え、落ち着きのなさ、不眠を経験した回復者もいたと回想しています。

ニュージーランドのタラナキの農場に住んでいたキャスリーン・ブラントは、このパンデミック後に彼女の地区の農家が遭遇した無数の問題をG. ライスに語りました。「生産の損失による影響は長い間感じられた」と話しています。

1918年のパンデミックを論じる際に問題となるのは、それが第一次世界大戦と重なっており、その影響との関係をどのように評価するかということです。すなわち、その後の無気力や精神疾患の波に対する2つの災害の相対的な寄与を判断することは、不可能ではないにせよ、困難を伴います。いずれにせよ、パンデミックが及ぼした影響が大きいことは容易に想像できますが。

この分析における一つの解決法は、戦争の影響を受けなかった地域を対象とすることです。その点で、ノルウェーのような戦争で中立だった国の研究は、戦争による影響を考慮することなく、パンデミックの影響を垣間見ることができる貴重なものです。ノルウェーの人口学者スヴェン-エリック・マメルンド(Svenn-Erik Mamelund)、自国の精神科施設の記録を調べ、パンデミック後の6年間の平均入所者数が、パンデミックのなかったそれ以前の年と比較して、それぞれ7倍に増加していることを示しました。

以上が、記事に書かれている長期インフル症の歴史です。このような発見は貴重ですが、その解釈にはなお慎重を期す必要があるとタイム誌は述べています。ひとつには、インフルエンザと患者が罹患した精神疾患との因果関係を遡及的に証明する方法がないことです。もうひとつは、精神疾患にまつわるタブーが、当時は現在と同じかそれ以上に強かったため、この数字が現象の程度を正確に反映していない可能性があるということです。

1918年以降、「長期インフル症」がどの程度一般的であったかを測定することはほとんど不可能です。生存者のごく一部が罹患したに過ぎないというのが、作業上の仮定であり、これは、まだ大ざっぱなデータに基づく長期コロナ症に関する作業上の仮定でもあると記事は述べています。

しかし、これは3年前の見解です。SARS-CoV-2に感染した人は、世界ですでに7億人(3年前の記事では何千万人と記述)に達し、米国だけでも、現在、最大2300万人の長期コロナ症発症者いることを考えると、100年前と同じようなプロセスに至ることは必須だと思われます。すなわち、集団的障害がこれから継続し、社会的・経済的損失が長く続く可能性があります。上記したように、賃金損失はすでに計算・推定されています。

2. 政府による長期コロナ症への取り組み

長期コロナ症の主要な病態として神経症精神疾患があることはすでに認められているわけですが、同様な症状はパンデミックに伴う様々な物理的感染対策によってももたらされています。表面的な症状だけを診ていては、それが長期コロナ症なのか別の精神的疾患なのか区別が難しいです。その意味で、感染履歴があるか検査でしっかり確定しておく必要があり、実態把握とともに、長期コロナ症のメカニズム解明や治療についての研究も必要です。

国保健福祉省(HHS)は、長期コロナ症への対応と連邦政府全体の調整を主導する Long COVID Research and Practice (長期コロナ症研究実践室)の設立と、RECOVER Initiative を通じた米国国立衛生研究所(NIH)による 長期コロナ症臨床試験の開始を表明しました [6](下図)。RECOVERは、長期コロナ症を含むPASC(SARS-CoV-2の急性後遺症)に対する理解と予測、治療、予防の能力を向上させることを目的として開始されたプロジェクトです。

同省ザビエル・ベセラ(Xavier Becerra)長官は「我が国が長期コロナ症との闘いで前進を続ける中、この病気の影響に対処し、必要としている人々にリソースを提供することは極めて重要である」と述べました。「昨年バイデン大統領はHHSに対し、長期コロナ症への対応を調整するよう要請した。長期コロナ症調整室の正式な設立とRECOVER臨床試験の開始は、この問題を継続的な優先事項として確固たるものにする」と語っています。

同室は、COVID-19の長期的影響に対する政府全体の対応を継続的に調整する役割を担っており、これには、長期コロナ症とそれに関連する状態、および長期コロナ症に関する国家研究行動計画とCOVID-19の長期的影響に対するサービスと支援の実施が含まれています。目標として、長期コロナ症と共に暮らす人々の生活の質を向上させ、長期コロナ症に関連する格差を縮小することによって、この病気の影響を軽減することが挙げられています。

おわりに

スペイン風邪パンデミックがもたらした社会への長期的影響については断片的にしかわかっていませんが、この歴史から学べることは、COVID-19パンデミックが今後の集団的健康と社会経済活動へ多大な悪影響を及ぼすだろうということです。米国の1年前の分析 [2] と今のCOVID-19の流行から考えると、今後集団的的障害と社会経済活動への負担が増大していくことはあっても、到底収束など難しいことも想像させるものです。

社会経済活動における損失のみならず、パンデミックと長期コロナ症が及ぼす子どもの精神疾患心理的障害(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響)も大きな問題として横たわっています。

昨日(8月3日)のTV朝日「報道ステーション」で、気候変動によるニューノーマル(日本では季節性がなくなり、夏と冬だけになる)への意識転換を示唆していましたが、COVID-19パンデミックでもニューノーマルの意識改革が必要になるでしょう。すなわち、SARS-CoV-2の制御に失敗した人類は、今後社会に深く入り込んだこのウイルスと病気の負荷の下での生活を余儀なくされるという意識が必要だということです。病気としての長期コロナ症の理解、失職の原因としての理解と社会的支援、社会的格差、差別の解消、労働生産力低下への対策などがニューノーマルの基準となるでしょう。

米国の長期コロナ症研究実践室の設立は、この問題への取り組みの一端を伺わせるものです。一方で日本の状況はどうでしょうか。2, 3の長期コロナ症に関する報告(→ 長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響)はありますが、実態はほぼ闇の中で、どのくらいの人が、いま長期コロナ症に苦しんでいるかさえわかっていないと思います。むしろ、政府が率先して疫学情報の隠蔽とコロナ終息感を印象づける感染対策緩和に走り、その結果として第9波流行を招いているにもかかわらず、なおやり過ごそうという感が強いように思います。国としてきわめて重大な問題になる「コロナ後に起こること」への想像力が欠如しているのではないでしょうか。

引用文献・記事

[1] Suran, M.: Long COVID linked with unemployment in new analysis. JAMA. 329, 701-702 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2801719

[2] Bach, K.: New data shows long Covid is keeping as many as 4 million people out of work. Brookings August 24, 2022. https://www.brookings.edu/articles/new-data-shows-long-covid-is-keeping-as-many-as-4-million-people-out-of-work/

[3] Iacurei, G.: Long Covid has an ‘underappreciated’ role in labor shortage, study finds. January 30, 2023. https://www.cnbc.com/2023/01/30/long-covid-has-underappreciated-role-in-labor-gap-study.html

[4] Joi, P.: Long COVID has had a brutal effect on the workforce, study finds. VaccinesWork January 26, 2023. https://www.gavi.org/vaccineswork/long-covid-has-had-brutal-effect-workforce-study-finds

[5] Alwan, N. and Ayoubkhani, D.: Thousands of people in the UK are out of work due to long COVID. The Conversation May 22, 2023. https://theconversation.com/thousands-of-people-in-the-uk-are-out-of-work-due-to-long-covid-200297

[6] U.S. Department of Health and Human Sevices: HHS Announces the Formation of the Office of Long COVID Research and Practice and Launch of Long COVID Clinical Trials Through the RECOVER Initiative. July 31, 2023. https://www.hhs.gov/about/news/2023/07/31/hhs-announces-formation-office-long-covid-research-practice-launch-long-covid-clinical-trials-through-recover-initiative.html

[7] Spinney, L.: What long flu sufferers of the 1918-1919 pandemic can tell us about long COVID today. TIME December 31, 2020. https://time.com/5915616/long-flu-1918-pandemic/

引用したブログ記事

2023年7月26日 長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響

2023年7月16日 コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)  

長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19パンデミックは4年目に突入し、5月に世界保健機構(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を終了した一方で、SARS-CoV-2はオミクロン変異体からさらに感染力と免疫逃避力を増したXBB亜系統に進化し続けています(現在EG.5.1が拡大中)。このようななかで、COVID-19研究の焦点も移り変わりつつあるような気がします。その一つが、long COVID(post-COVID condiitons)であり、とくに子どもの健康や精神に及ぼす長期コロナ症の影響が懸念されています(ここでは long COVID を「長期コロナ症」と呼称)。

今年の3月には、長期コロナ症に関するまとまった総説論文がネイチャー系総説誌に掲載され、子どもの長期コロナ症についても言及されました [1]。それまでも子どもの長期コロナ症に関する論文はいくつかありましたが、最近とくに注目され始めており、小児多系統炎症性症候群(MIS-C)や川崎病 [2] 関連も含めて今年だけでも多くの総説論文があります [3, 4, 5, 6, 7]

SARS-CoV-2に感染する、しないに関わらず、パンデミックが子どもに及ぼした精神的、心理的影響は大きく、学習や生活の質(QOL)の低下も懸念されています。長期コロナ症候群(Long COVID syndrome)という言葉とともに、パンデミックストレス障害(Post-pandemic stress disorder, PPSD)パンデミック後症候群(Post-pandemic syndrome)という言葉も生まれています。

一方、日本では第9波流行が襲来し、地域によっては感染増大で医療崩壊も心配される状況になっていますが(沖縄ではすでに医療崩壊)、政府による5類移行後の流行情報の不可視化とメディア報道の激減によって、COVID-19への関心は極端に低下していると思われます。ましてや子どもの長期コロナ症について取り上げた国内の記事やメディア報道は数えるほどしかありません。

厚生労働省は、COVID-19が及ぼすの小児への影響に関する研究事業を主導してきましたが、残念ながら、長期コロナ症による子どもの精神障害心理的問題の視点がすっぽり抜け落ちているように思われ、世界と日本とのギャップを感じざるを得ません。このブログで考えてみたいと思います。

1. 子どもの長期コロナ症の概要

SARS-CoV-2に感染した場合、急性期の症状の程度にかかわらず、ある程度の割合で長期コロナ症に移行することが知られています。小児における長期コロナ症の有病率と危険因子に関する明確なデータはまだ不足しており、研究によって有病率は大きく異なります [8]。大人と比べて、子どもにおける長期コロナ症の発症の割合は若干低下するようですが、急性期の症状にかかわらず、あらゆる年齢の子供たちに影響を及ぼすとされています。

オミクロン感染による長期コロナ症を6ヶ月間追跡した最新の研究では、少なくとも子どもの感染者の10%以上が長期コロナ症になるようです [9]。すなわち、3ヶ月と6ヶ月後の長期コロナ症の定義を満たした割合は、初感染した小児・若年者の12.1%、再感染者の16.1%、常に陰性(PCR検査または自己申告)であった小児・若年者の4.8%でした。

以下、子どもの長期コロナ症の概要について、Davisら [1] (下図)の報告に基づいて記載します。

15〜19歳の長期コロナ症患者では、同年齢の対照群と比較して、疲労、頭痛、めまい、呼吸困難、胸痛、味覚異常、食欲減退、集中力低下、記憶障害、精神的疲労、身体的疲労睡眠障害がより一般的でした。小児でも疲労、労働後倦怠感、認知機能障害、記憶障害、頭痛、起立 不耐性、睡眠障害、息切れがみられ、また肝障害が、感染時に入院しなかった小児で記録されています。そして、まれではありますが、COVID-19罹患の小児では、急性肺塞栓症、心筋炎および心筋症、静脈血栓塞栓、急性および特定不能の腎不全、1型糖尿病のリスクが増加するとされています。

女性が妊娠中にCOVID-19に罹患した場合、生まれた乳児は、出産後1年間に神経発達症の診断を受ける可能性が高かったとされています。

中等度から重度の長期コロナ症を持つ青少年は、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群と一致した特徴を持つことが示唆されています。また、長期コロナ症を経験した子どもは、長期コロナ症の成人にみられるパターンに似た脳の代謝低下を起こしており、長期の肺機能障害も見られます。さらに、長期コロナ症の小児は、感染前に、注意欠陥多動性障害、慢性蕁麻疹、アレルギー性鼻炎を患っている可能性が高かったとされています。

これまでの先行研究もそうですが、年長の子どもは、年少の小児よりも長期コロナ症を経験する可能性が高くなっています。注目すべき点としては、疲労感、睡眠不足、息切れなどの症状については、個人差はあるものの、時間の経過とともに症状が軽減して行く一方、3ヵ月後と6ヵ月後にこれらの症状が出現する場合もあるということです。なぜ初感染から数ヵ月後に新たな症状が出現するのか、その理由を理解することは長期コロナ症の理解と治療にとって不可欠でしょう。

いくつかの研究によれば、SARS-CoV-2に感染した小児は、数週間後に血清転換するにもかかわらず、初期のPCR検査で陽性となる可能性が成人よりかなり低く、最大90%の症例が見逃されているとされています。さらに、小児は成人と比較して、感染しても軽症か無症状の場合が多く [8]、血清転換する可能性が低く、抗体ができたとしても、感染から数ヵ月後に反応が減弱する可能性が高いとされています。

2. 精神的、心理的問題

COVID-19パンデミックは、感染の有無にかかわらず、社会のあらゆる階層に対して、心理的健康だけでなく、人間関係や社会的な幸福をも著しく脅かしています。子どもの感染率と死亡率は成人よりも低いですが、パンデミック心理的幸福に及ぼす悪影響は、他の階層よりもはるかに顕著です。子どもたちは長期間にわたって不安な状態を経験し、学校や社交の場が閉鎖されたために孤立感に苦しんできました。多くの研究によって、社会的孤立や日常生活の乱れによって生じる心理的プレッシャーが、不安や抑うつ症状、過敏性、気分の不安定、行動や感情の変化、睡眠障害を増加させることが示されています。

さらに、パンデミックは、子どもの様々な合併症を引き起こしており、その長期的な後遺症を理解することが最も重要です。パンデミックの間、社会的孤立、自宅での引きこもり、オンライン授業によるスクリーン使用時間の増加、屋外活動の減少、間食の増加などが、肥満の有病率を高め、それに関連した病的状態をさらに増加させている一因となっています [10]

COVID-19パンデミックの出現により、私たちの生活のあらゆる側面がよりバーチャルな領域に入り、その影響はもはや単なる物理的な領域にとどまらなくなっています。その一つが、子どもや青少年によるソーシャルメディア利用の増加であり、スマホタブレットを使ったゲームの時間の増加です。このような端末操作が子どもの注意力低下を促すとされています(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?)。この新たな問題に対処するためには、より詳細な評価と学際的アプローチが必要であり、より多くのガイドラインの確立が求められるでしょう [10]

COVID-19に感染した小児にはとくに注意が必要です。これらの小児は、感染、隔離、入院経験に伴うリスクにより、心理的困難に陥りやすいとされています 。さらに、一定の割合で長期コロナ症を発症し、その影響が長引く可能性があります。

Guidoら [11] は長期コロナ症による子どもの神経症状と心理的問題を報告しました。子どもにみられた最も頻度の高い神経症状は、先行研究で記載されているものと類似しており、頭痛、疲労、無嗅覚が主でした。これらは年長の患者コンホート(6~17歳)に多くみられましたが、時間の経過とともに減少する傾向にありました。年少児(1.5〜5歳)の群では神経症状の発現が低く、経時的により顕著に軽減しました。

心理学的な症状は年長の子どもに多くみられました。8-16歳の子どもの多くが、神経症状の発現に伴って、社会不安や分離不安(37%)、パニック(32%)、緊張(30%)、強迫傾向(23%)、全般性不安(28%)の症状を発症していることが明らかになりました。数は少ないですが、うつ病PTSDの症状も認められました。1.5〜5歳のサブグループでは、12%の患者で内面的な症状が出現しました。

これらのデータは、長期コロナ症が神経学的問題のみならず、心理学的および長期にわたる認知的側面を含む様々な広範な症状を呈することを示しています。著者らは、長期コロナ症のこれらの側面として、もし症状が適切に診断・治療されなければ、小児や青年の生活の質(QOL)を著しく損なう可能性があると指摘しています。

上述したように、最近の研究では、成人COVID-19集団と小児COVID-19集団の間に類似した脳のパターンがあることが判明しています。Guidoら [11] は、COVID-19感染と異なる年齢層における神経精神症状の持続、種類、重症度との関係を明らかにするために、より大規模なコホートでさらに縦断的研究を実施すべきであり、その知見が、慢性症状のリスク軽減を目的とした予防活動の計画に役立つ可能性があると述べています。

COVID-19感染後の子どもにおける精神神経症状の大きな問題として、それが感染によるものなのか、それともパンデミック対策による外出禁止や社会的制限などの結果なのかを区別することができるかということです [5]。この識別判断は、感染時に検査を受け、適切に確定診断されていないと著しく困難になります。したがって、COVID-19に罹患した子どもは、適切な診断とフォローアップが必要であり、症状のスクリーニングを受け、必要に応じて集中的な検査評価が行われるべきであるとされています。

長期コロナ症に対する特別な治療法は、今のところありません。ほとんどの場合、対症療法と支持療法のみが必要です。長期コロナ症の定義をより標準化し、因果関係を確立し、様々な治療法と異なるウイルス変異体の影響を評価することが必要です。さらに、ワクチン接種が長期コロナ症を軽減するという報告もありますが、その影響・効果を見るためには、さらなる研究が必要でしょう。

3. 国内の状況

日本における子ども、小児の長期コロナ症の調査研究については、世界に比べると遅れているようです。ましてや長期コロナ症の精神的、心理的障害に関しては、症例としてあちこちの現場医師から断片的な声が聞こえてきますが、系統的に調べられていないのではないでしょうか。

このような中、日本小児科学会の研究チームが、今年5月1日、国内の子どもの長期コロナ症の実態について罹患後の「後遺症」として発表しました [12, 13, 14]。発症から1カ月以上たっても続く後遺症は、3.9%に見られたとしています。この割合は、上記した海外の長期コロナ症の割合 [9] と比べて随分低いです。症状は発熱やせき、嗅覚障害、倦怠感などが目立ち、入院したり、学校や保育園などを休んだりしたケースもあったとしています。

私は、日本人研究者による子どもの長期コロナ症に関する論文はないか、PubMedGoogle Scholarで検索してみました。その結果、以下の一つを見つけることができました。

この研究では、2021年2月から2022年10月までに岡山大学病院を受診した長期コロナ症患者452名の診療録に基づいて、10代54名(11~18歳)の臨床的特徴を成人と比較検討しています [15]。 10代で最も頻度の高い症状は疲労(56%)であり、成人でも同様でした。一方、2番目としては頭痛が多く、これは成人の割合よりも有意に高いことがわかりました(35.2%対21.9%、p<0.05)。オミクロン変異型では疲労と頭痛が主な症状でした。 在校生のうち、56%は長期コロナ症のために学校に行けず、また、欠席理由として最も一般的な症状は、疲労(86%)、頭痛(43%)、不眠(32%)でした。

さらに、J-Stageで「コロナ、後遺症、子ども」というキーワードで検索をかけたところ、175件がヒットしましたが、原著論文はなく、子どもの後遺症に関する妙録や記事もほとんど見当たりませんでした。

その中でも、唯一と言っていいくらい、長期コロナ症と子どもの発達困難との関係に言及した学会大会の研究発表 [16] が目にとまりました。しかし、日本の事例というよりは海外の研究の紹介と考察が主でした。COVID感染の有無にかかわらず、子どもの倦怠感が同程度に起こっており、学校閉鎖、教育崩壊、家庭の混乱もあり、パンデミックはすべての子どもにとって脅威であるとして、コロナ禍で急増する摂食障害・チック・うつ病・不安症の増加などをも含めて、子どもの実態や支援ニーズから検討していくことが不可欠であるとしています。

このように、日本では、長期コロナ症も含めてCOVIDパンデミックが及ぼした子どもの精神的、心理的影響についての研究は、きわめて遅れているという印象です。日本の研究の状況が決定的にダメだと思うのが、研究の少なさ、遅れもありますが、それ以上に厚生労働省が感染による影響を無視しているとも思われる点にあります。それどころか、コロナ禍で生じた子どもの精神障害心理的問題が過剰な感染対策にあるとして、中心研究グループが脱マスクなどの旗ふり役をやっていることです。

厚生労働科学特別研究事業として「コロナ×母子保健研究」が行なわれており、その成果発表の場として、今年5月15日、「新型コロナウイルス感染症(COVID 19 )に関連する母子保健領域の研究報告シンポジウム」が開催されました。このシンポジウムで「新型コロナウイルスの小児への影響の解明のための研究」(研究代表者:細矢光亮 [福島県立医科大学小児科学講座教授])が報告されており、「国内における子どものCOVID-19の疫学と臨床的特徴」として以下のようにまとめられています [17]

1)  無症状・軽症であることが多い(稀ではあるが重症化することもあり)。2) 予防のためには成人家族が家庭内に持ち込まないことが重要であり、手洗い等の対策を行うことが大切である。3) 正確かつ迅速で継続性のある疫学情報に基づいて、心身の発達への影響も考慮しつつ、子どもに対するCOVID-19対策を講じることが重要である。4) 変異ウイルスが小児に感染しやすい、あるいは重症化しやすいといったデータは現時点では明らかではない。

このように、長期コロナ症(long COVID)、後遺症という言葉は一切出てくることはなく、したがって、長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的、心理的悪影響にも目が行くはずもありません。子どものCOVID-19は無症状・軽症であるという認識の下、「心身の発達への影響も考慮しつつ」というところは、あくまでも過剰な感染対策(物理的制限)がもたらしたというニュアンスで語られています。

上記の分担研究者として、テレビでお馴染みの森内浩幸教授(長崎大学)の名もあります。森内氏の研究内容と見解は報告としてまとめられており、過度な日常生活制限は、子どもの遊ぶ・学ぶ権利を奪い心身の発達へ影響することが懸念されるというのが主旨になっています [18]

森内氏の報告には、「コロナ禍の子どもたち」というパラグラフのなかに彼の見解が要約されているので、それをそのまま以下に引用します。ここには、子どもの長期コロナ症への懸念は一切見られません。

副作用はワクチンや薬だけに起こるわけではなく、マスクやソーシャルディスタンシングやイベント中止のような感染予防策によっても起こり、特に子どもたちはその副作用をより強くより長期間(一生?)受けてしまう。

感染対策をどんなに強化しても段々その効果は頭打ちになり、感染リスクはゼロにならない。その一方、感染対策を強化していくほど、子どもの心の発達が損なわれ、心の健康が蝕まれる。子どもたちはCOVID-19に罹っても重症化はまれなのに、子どもたちが押し付けられている今の生活のために、間接的に大きな被害が及んでいる。予防接種、健診、子育て支援の機会が失われ、医療的ケア児の支援が滞る。学校に行けなくなると、単に教育の機会を奪うだけではなく、子どもを抑うつ傾向・情緒障害に陥らせる。また学校給食や子ども食堂の食事で食いつないでいた子どもたちはひもじい思いをする。また福祉の手が十分に及ばないなか、家庭内暴力や虐待のリスクが増加する(図7)。

私は極論〜子どもにはマスクは一切要らないとか、学校行事もまったく普通に行ってよいとか、感染が広がっても学級閉鎖しなくてよいとか〜を主張している訳ではない。たとえば、懸念すべき変異株が広がる恐れがあり、それに対するハイリスク者がワクチンの追加接種を行い、病床・人材・治療薬の確保等の医療体制の準備を行うまでの時間を稼ぐためには、子どもたちの間での感染拡大も可能な限り防ぐことが求められるだろう。でもそれは大人たちが子どもを犠牲にすることを自覚しつつ、子どもたちに「お願い」することである。

2022年夏の甲子園で話題になった仙台育英の監督の言葉でもないが、子どもたちの本来のあり方は「密」である。高校生も中学生も小学生も、就学前の子どもたちも、この数年間子どもらしい活動ができず、思い出も作れず、なんでもダメダメといわれ続けて暮らしてきた。子どもたちを感染から守ることだけしか考えず、本当に子どもたちの今、そして未来を犠牲にしていないか?私たち大人は責任をもって対応するべきである

おわりに

上述したように、COVID-19感染後の子どもにおける精神的、心理的障害の大きな問題として、それが表面上感染によるものなのかどうかわからないということです。この意味で、感染の検査・診断とフォローアップがきわめて重要なわけですが、初期のPCR検査でさえ陽性となる可能性が成人よりかなり低いということを考えれば、より慎重を期するガイドラインが必要だと思われます。迅速抗原検査であれば、なおさら見逃される可能性が高いでしょう。

現場の医師のなかでは、子どもの感染や長期コロナ症のリスクについて警鐘を鳴らす声もある [19] 一方で、過剰な感染対策の心身へのデメリットを強調しながら、「脱マスクで日常を取り戻そう」と語る人もいます [20]。感染対策の緩和は「子どもは風邪をひいたり、感染症にかかったりしながら獲得免疫を身につけていく」という面で必要だとする論調も枚挙にいとまがありません。

子どもは「感染で免疫を鍛えていく」というのは俗説であり、かえって長期的には害になる可能性が高いという研究も出てきています。たとえば、免疫系は成長とともに発達し、呼吸器粘膜表面のマイクロバイオームの構築と連動しているため、乳幼児の時期の感染はそこに何らかの障害が生じ、生涯にわたる肺の健康に影響を及ぼす可能性がある、という研究 [21] がそれです。

残念ながら、いま日本を覆う「日常を取り戻す」という精神論の発信源は、厚労省とその周辺の専門家たちのようです。彼らは(意図的にか?)COVID感染や長期コロナ症の影響を無視し、「子どもの遊ぶ・学ぶ権利」を盾に、マスクを含めた感染対策の緩和に走っているようです。

コロナ禍における非医薬的対策(様々な物理的制限)が「子どもの心理面に影響を及ぼした」というのは世界共通の認識です。しかし、日本独特とも言える「過剰な対策が子どもに影響を与えた」一辺倒で感染対策の緩和に走り、その結果、感染を促し、子どもの健康を損なうようでは本末転倒のことだと言えます。その意味で、感染対策緩和と関心が薄れた状況下での第9波流行(EG.5.1が急台頭)はまさに脅威なのです。

引用文献・記事

[1] Davis, H. E. et al.: Long COVID: major findings, mechanisms and recommendations. Nat. Rev. Microbiol. 21, 133-146 (2023). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9839201/pdf/41579_2022_Article_846.pdf

[2] Laura Cannon et al.: Multisystemic inflammatory syndrome in children and Kawasaki disease: Parallels in pathogenesis and treatment. Curr. Allergy Asthma Rep. 23, 341-350 (2023).  https://doi.org/10.1007/s11882-023-01083-0

[3] Ailioaie, L. M. et al.: Infection, Dysbiosis and Inflammation Interplay in the COVID Era in Children.  Int. J. Mol. Sci. 24, 10874 (2023). https://doi.org/10.3390/ijms241310874  

[4] Sansone, F. et al.: Long COVID in children: A multidisciplinary review. 
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[5] Kumar, P. and Jat, K. R.: Post-COVID-19 sequelae in children. Indian J. Pediatr. 90, 605-611 (2023). https://doi.org/10.1007/s12098-023-04473-4

[6] Buonsenso, D. et al.: Viral persistence in children infected with SARS-CoV-2: current evidence and future research strategies. Lancet Microbe Published June 26, 2023. https://doi.org/10.1016/S2666-5247(23)00115-5

[7] Constantin, T. et al.: Multisystem inflammatory syndrome in children (MIS-C): Implications for long COVID. Inflammopharmacology Published July 17, 2023. https://doi.org/10.1007/s10787-023-01272-3

[8] NIH COVID-19 Treatment Guidelines: Special considerations in children. Last updated July 21, 2023. https://www.covid19treatmentguidelines.nih.gov/management/clinical-management-of-children/special-considerations-in-children/

[9] Pereira, S. M. P. et al.: Long COVID in children and young after Infection or reinfection with the Omicron variant: A prospective observational study. J Pediatr. 259, 113463 (2023). https://doi.org/10.1016/j.jpeds.2023.113463

[10] Jha, S. and Mehendale, A. M.: Increased incidence of obesity in children and adolescents post-COVID-19 pandemic: A review article. Cureus. 14, e29348 (2022). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9582903/

[11] Guido, C. A. et al.: Neurological and psychological effects of long COVID in a young population: A cross-sectional study. Front. Neurol. 13, 925144 (2022). https://doi.org/10.3389/fneur.2022.925144 

[12] 静岡新聞: 子どものコロナ後遺症3・9% 発症1カ月以上、小児科学会調査. 2023.05.01. https://www.at-s.com/news/article/national/1233892.html

[13] 静岡新聞:「終わった宿題なのに、繰り返しやってしまう」コロナ後遺症、子どもでも記憶障害や倦怠感 長引けば受験や就職に影響する恐れ. 2023.05.12. https://www.at-s.com/news/article/national/1239054.html

[14] NHK NEWS WEB: コロナ感染後1か月 発熱やせきなど症状 子ども 約4% 学会分析. 2023.05.05. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230505/k10014057751000.html

[15] Sakurada, Y.: Trends in long COVID symptoms in Japanese teenage patients. Medicina 59, 261 (2023) . https://doi.org/10.3390/medicina59020261 

[16] 能田昴ら: 新型コロナ後遺症(Long COVID)と子どもの発達困難に関する議論の動向 . 日本教育学会大會研究発表要項 81, 255-256 (2022).
https://doi.org/10.11555/taikaip.81.0_255 

[17] 細矢光亮(研究代表者): 新型コロナウイルスの小児への影響の解明のための研究. 厚生労働特別研究・新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関連する母子保健領域の研究報告シンポジウム. 2023.05.15. https://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000779606.pdf

[18] 森内浩幸: 小児領域. シンポジウム「COVID-19の最新知見(小児単位)」 Neuroinfection  28, 27–34(2023)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsnd/28/1/28_27/_pdf/-char/ja

[19] 久保田智子: “風邪と同じだから大丈夫”はとんでもない暴論」子どものコロナ後遺症 軽視できないデータと当事者の証言. TBS NEWS DIG. 2022.08.07. https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/114772?display=1

[20] 麻生珠恵: マスクをつけ続ける子どもたち。心身へのデメリットを懸念。マスクをはずして日常を取り戻して【小児科医】. たまひよONLINE/Benesse 2023.06.29更新. https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=164644 

[21] Lloyd, C. M. and Saglani, S.: Early-life respiratory infections and developmental immunity determine lifelong lung health. Nat. Immunol. Published July 6, 2023. https://doi.org/10.1038/s41590-023-01550-w

引用したブログ記事

2023年7月16日  コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年) 

COVID-19の年代別死者数の推移

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19パンデミックでは、日本は流行波が襲来する度に健康被害と犠牲を大きくしてきたのは周知の事実です(図1)。特にオミクロン波が訪れて以降、感染者数が爆増し、第8波で死者数は最多となりました。これに対して、COVID-19は致死率が下がっているという錯視効果(→コロナ被害の認知的錯覚による誤解)で被害の実態を矮小化する意見や、「死んでいるのは高齢者」「寿命に近い人が後押しされて死んだだけ」という、言わば命の差別的論調も枚挙にいとまがありません。

これらはいずれも、COVID-19がこれまでもたらした、これから及ぼす可能性のある社会への悪影響とその対策を考える上では何の意味もない、むしろ害になる意見です。いまは、急性パンデミックのみならず、COVID-19のより本質であるこれからの社会の集団的障害を考えることが急務なのです [1]。何よりも、5類化に伴い疫学情報が不可視化されたいまでさえ、第9波流行の猛威の状況があちこちからこぼれ出てくる状況なのですから。

図1. 日本におけるCOVID-19死者数の推移(NewsDigestからの出典、現在このサイトは閉鎖).

日本ではオミクロン波で犠牲者数が最多になりましたが、実は第7、8波流行での死者数の増加割合においては都道府県で大きな違いがあることは、前回のブログ記事で指摘しました(→都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?)。COVID-19の致死率が高いのは圧倒的に高齢者層ですが、流行波ごとの死者数は年代別でも異なるはずです。しかし、このような観点から述べた論文、記事、報道は、これまでのところほとんど見当たらないようです。

COVID-19の年代別死者数については、厚生労働省「データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報」のオープンデータが利用できます。ここでは、このデータソースを使って、 年代別死者数の推移について述べたいと思います。

1. 年代別のCOVID-19死者数の推移

データ入手が可能な、2020年9月2日の週を基点とする2023年4月25日までの週単位における年代別の累積COVID死者数の推移を図2–6に示します。各世代の傾向をよりわかりやすくするために、縦軸の累計死者数はノーマライズしてあります(各世代のグラフで最大値が大きく異なることに注意)。なお、累積のグラフで一部値が下がっているのは、統計データの集計の途中で下方修正があったためと思われます。

一見してわかることは、世代によって死者数の推移パターンの形が異なるということです。10代や10歳未満の小児においては、70週目前後(2022年1月のオミクロン第6波流行)から、急激に死者数が増加していることがわかります(図2)。

図2. 10歳未満(左)および10代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

一方、20代では40週(2021年の第4波流行)あたりから波打ちながら急激に伸びていることがわかります(図3左)。30代から50代までの特徴は、55週目あたりで一気に死者数が増えていることです(図3右、図4)。これは2021年の第5波(デルタ波)流行によるものです。

図3. 20代(左)および30代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

図4. 40代(左)および50代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

60-70代でも第5波流行による死者数の増加が見られますが、下の世代と比べるとその影響は小さいです(図5)。そして高齢世代の上にいくほどオミクロン流行(70週目以降)での死者数の伸びが顕著になっています(図5、図6)。

図5. 60代(左)および70代(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

図6. 80代(左)および90歳以上(右)の累計COVID-19死者数の推移(2020年9月2日〜2023年4月25日までの週単位の累積数).

2. 各流行波における年代別の死者数

次に、具体的に各流行波ごとの年齢別死者数を見ていきたいと思います。各流行波の範囲を厳密に決めることは困難なので、流行の谷の部分で区切った6つの週期間で見ることにしました。各流行波(6つの週期間)における年代別のCOVID-19死者数を図7–10に示します。このなかで、69〜94週目は第6波と次に来た小さな山を6.5波(図1参照)として示してあります。上記と同じく、各世代の傾向をよりわかりやすくするために、縦軸の死者数はノーマライズしてあります。

死者数の推移パターンの特徴の一つとして、当初ほとんど亡くなることはないと言われてきた20代以下の若年・子ども世代において、流行波を経るごとに死者数が増えていることです(図7)。もちろん、総死者数のなかでは圧倒的に70代以上高齢者が占め(図10)、20代以下のそれは微々たる数字であるわけですが、それでも第8波でこれらの世代の最多の死者数になっていることは注視すべき事実でしょう。そして、10歳未満の小児においては、むしろ第7波で最多になっていることも特徴的です。第7波で最多の死者数を記録した世代はほかにはありません。

図7. 流行波ごとの週期間における20代以下の累計COVID-19死者数.

一方、30-50代では、第5波流行による死者数が最多であり、次いで第8波で多くなっています(図8、図9青グラフ)。60代以上では第8波で最多の死者数になっており(図9赤グラフ、図10)、70代以上に至っては第5波での死者数はむしろ小さくなっています(図10)。なお、第6、8に比べて第7波の週期間で死者数が少なくなっているのは、カウントしている週期間が17週と、前後の流行波の期間(26週)より短いことが影響しています。

図8. 流行波ごとの週期間における30–40代の累計COVID-19死者数.

図9. 流行波ごとの週期間における50–60代の累計COVID-19死者数.

図10. 流行波ごとの週期間における70代以上の累計COVID-19死者数.

3. 流行波による年代別の死者数の違いの理由

COVID-19の致死率は当初の4%から現在では0.1%程度にまで低下しています。しかし、特にオミクロン以降(第6波以降)、SARS-CoV-2ウイルスの感染力と免疫逃避能が高くなってきましたので、その分感染者数が増え、母数が大きくなった分、亡くなる人も増えてきたと言えます。それが如実に反映されているのが図1です。

ただ、上記したように、流行波によって年代別の死者数が大きく異なっています。まず特徴的なのは、これはメディアでもよく取り上げられてきたことですが、第5波流行で30–50代の現役世代の死者数が最多になっていることです(図8、9)。この流行をもたらしたデルタ変異体の高い病毒性によって、本来高齢者層に集中する致死的影響が、より下の世代にまで広がった結果だと考えられます。この時期、高齢者層には先行してワクチン接種が行き届き、重症化や死亡を防ぐ効果があった(図10)のに対し、ワクチン接種が間に合わなかったより若い世代に致死的影響が及んだと考えられます。

次に特徴的なのは、20代以下の若年世代の死亡が流行波を経るごとに増加し、第8波において最多になっていることです(図7)。この事実は専門家もメディアもほとんど触れることはなく、もっぱら「第8波で死んでいるのは高齢者だ」と報じられることで、影に隠れた感じになっています。この世代はワクチン接種率が低く、感染者数の増大に応じてその分犠牲が及んだと考えられます。ただ、10歳未満の子どもの死亡が第7波で最大になっていることなどを考えれば、他の要因もあるかもしれません。

高齢者の死者数が第8波で最多になっていることは、これまで何度となくメディアでも取り上げられてきました。この高齢者の死亡が全体の死者数のパターン(図1)に大きく影響していますが、前の記事(→都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?)で指摘したように都道府県で累計死者数の推移パターンは大きく異なっていました。地方は図6に近い累積パターンを示す一方、都市圏や沖縄では図4、図5に近いパターンを示しました。つまり、地方では第8波での高齢者が死者数増加、都市圏ではより若い世代の死者数増加が全体のパターンに影響しているのではないかということが考えられます。

ただ、都市圏に比べて地方においてなぜ第8波の死者数の割合が増えているのか、理由はわかりません。高齢化率の影響は全流行波においてあるはずです。高齢化率が高いことはあっても同時にワクチン、ブースター接種率も高いので、第8波の死者数割合の上昇の理由解明については詳細な分析が必要でしょう。

おわりに

専門家やメディアは、オミクロン流行では「致死率や重症率は下がっている」とか「亡くなっているのは高齢者と基礎疾患を持つ人だ」と散々強調してきました。第8波で死者数が最多となったことについて、「高齢者が亡くなっているためだ」とわけのわからない理由も聞こえてきました。高齢者が亡くなっているのは、パンデミック全期間を通じて言えることであり、第8波で死者数が最多になった理由にはなりません。

政府の感染対策の検証もなしに、もっぱら「高齢者が亡くなっている」、「高齢化の日本で高齢者が亡くなることは仕方のないこと」などと短絡的に述べること、致死率や重症化率などの病気の質のみで語ることは、COVID-19の本質と実害を見えなくしてしまいます。実際は、数の上では小さいですが、20代以下の若年世代の死者数も流行を経るごとに増加し、第8波で最多になっているのです。

これらのデータを見ていて感じることは、感染拡大を許し、感染者数の母数が大きくなれば、分子の死者数も大きくなり、自ずから被害は大きくなるということです。この意味で、感染拡大をいかに抑えるか、感染しないようにするかが、当初から重要であることには変わりはありません。これは、COVID-19回復者の将来の健康、長期コロナ症(long COVID)の社会的影響、経済的負担の大きさ [1, 2, 3, 4, 5] を考えてもきわめて重要になります。

最後に、COVID-19の健康被害と犠牲については、専門家によるより詳細な分析を待ちたいところです。

引用文献

[1] Suran, M.: Long COVID linked with unemployment in new analysis. JAMA. 329, 701-702 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2801719

[2] Bach, K.: New data shows long Covid is keeping as many as 4 million people out of work. Brookings August 24, 2022. https://www.brookings.edu/articles/new-data-shows-long-covid-is-keeping-as-many-as-4-million-people-out-of-work/

[3] Iacurei, G.: Long Covid has an ‘underappreciated’ role in labor shortage, study finds. January 30, 2023. https://www.cnbc.com/2023/01/30/long-covid-has-underappreciated-role-in-labor-gap-study.html

[4] Joi, P.: Long COVID has had a brutal effect on the workforce, study finds. VaccinesWork January 26, 2023. https://www.gavi.org/vaccineswork/long-covid-has-had-brutal-effect-workforce-study-finds

[5] Alwan, N. and Ayoubkhani, D.: Thousands of people in the UK are out of work due to long COVID. The Conversation May 22, 2023. https://theconversation.com/thousands-of-people-in-the-uk-are-out-of-work-due-to-long-covid-200297

引用したブログ記事

2023年5月20日 都道府県で異なるオミクロン死亡割合の要因は?

2022年9月4日 コロナ被害の認知的錯覚による誤解

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

鼻スプレーで感染予防?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

先日、シュプリンガー・ネイチャーから定期配信される雑誌目次一覧を見ていたら、興味深い記事が目にとまりました。Nature Communications 掲載の論文で、特定の糖脂質を鼻から吸いこむことで、SARS-CoV-2インフルエンザウイルスRSウイルス(RSV)など、呼吸器疾患を起こす様々なウイルスによる感染を防ぐ効果があることを確認したというものです [1](下図)

まだマウスなどの実験動物での評価段階ですが、自然免疫系であるナチュラル・キラー T (NKT)細胞を刺激する「7DW8-5」とよばれる糖脂質を吸引させることで、インターフェロン(IFN)γ をはじめ、多くのサイトカインの濃度が上昇させ、ウイルスに対する抵抗性ができるという結果が示されています。

この論文の筆頭著者は、コロンビア大学の辻守哉教授です。実は 1 年前にプレプリントとして投稿されており [2]、その時もウェブ記事で紹介されるなど話題を呼びました [3, 4]。私もこのプレプリントに目を通していたのですが、ブログ紹介をしそびれていました。今回査読済み論文として掲載されたことで、ここで紹介したいと思います。

1. 研究の背景

COVID-19 は依然として流行を繰り返していますが、ワクチンや抗ウイルス薬、モノクローナル抗体などの治療薬に登場によって重症化・死亡リスクは大幅に軽減され、急性期の病気としては以前ほどの脅威はなくなりました。しかし、高齢者や基礎疾患を有する人にとってはなお死亡リスクがあり、かつ全世代に対しては長期コロナ症(long COVID)という大きな問題もあり、感染を避けなければならない病気です。

さらに、原因ウイルスである SARS-CoV-2 は、免疫を逃避するように進化し続けており、ワクチンや治療薬によってそれが促進されるという問題もあります。特に抗原的に祖先型と最も異なるオミクロン変異体の出現以降、ワクチン・ブレイクスルー感染が頻繁に発生するようになりました。

汎用性の高い スパイクコード mRNA ワクチンは、スパイクタンパク質の中和抗体を誘発して COVID-19 の発症率を低下させることはできますが、感染予防効果は期待できません。したがって、予防の武器には、宿主の自然免疫系を利用し、迅速な感染制御を可能にするものなど、より多くの戦略を含める必要があります。

すでに、マウスを使った実験で、吸入型の Toll 様受容体作動薬(Pam2-ODN)を感染前または感染直後に投与すると、呼吸器系ウイルスを含む微生物病原体に対して広く防御効果があることが示されています [5]。これらの薬剤は、抗原提示細胞(APC)の活性化を誘導する結果、ウイルスのクリアランスを媒介する抗ウイルス性サイトカインが下流で放出されると考えられます。

NKT 細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞と αβT 細胞の両方の特徴を持つリンパ球のサブセットであり、自然免疫応答の重要な要素を形成しています。これらの細胞は、がん、自己免疫疾患だけでなく、様々な感染症からの防御においても役割を果たしている可能性があります。

NKT 細胞の中には、半変化型 T 細胞受容体(iTCR)を持つものがあり、不変型 NKT 細胞(iNKT細胞)と呼ばれています。この細胞は、抗原提示細胞(樹状細胞やDCなど)や B 細胞上の CD1d 分子に結合した特定の糖脂質を認識し、それによってサイトカインやケモカインのカスケードを引き起こします。したがって、外部からの糖脂質の吸入によって NKT 細胞を刺激すれば、抗ウイルス性サイトカインを放出できる可能性があります。

レトロウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルスなどの感染に対する iNKT 細胞の重要性を示す多くの研究があり、また適応的抗ウイルス免疫応答における NKT 細胞の役割も示されています。CD1d に結合する糖脂質として最初に同定されたのが、α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)です [6]。それ以来、現在までに十数種類のα-GalCer類似体が報告されています。これらはすべて、CD1d分子と関連して iNKT 細胞を刺激することができ、主にマウスモデルにおいて、さまざまな感染症、がん、自己免疫疾患に対する活性を発揮することが報告されています。

今回の研究 [1] で、辻教授の研究チームは、合成糖脂質のライブラリーから、α-GalCer類似体である 7DW8-5(図1参照)を発見しました。そして、この糖脂質のCD1d-iNKT細胞依存的作用が、SARS-CoV-2、RSV、インフルエンザウイルスによる感染を予防することを、動物モデル実験で示しました。

2. 研究結果の概要

上記したように、研究チームは、ヒトおよびマウスの in vitro iNKT 細胞系を使って、標的を絞った合成糖脂質のコレクションのなかから、より強力な免疫刺激作用を示す α-GalCer 類似体 7DW8-5 を探り当てました。そして、研究チームは、7DW8-5 による自然免疫系の免疫賦活作用が、マウスの SARS-CoV-2 などのウイルス感染を阻害するという仮説を評価しました。さらに、7DW8-5 の反復投与によって抗ウイルス効果が無くなり、NKT 細胞アレルギーを引き起こす可能性があるかどうかを検討しました。

それらの結果をまとめると以下のように要約されます。

●マウス・ハムスターにおける SARS-CoV-2 の 3 変異体、RSV、およびインフルエンザウイルスの感染は、感染前に 7DW8-5 を経鼻注入にすることにより、いずれも容量依存的に有意に抑制された。

●対照的に、感染後に 7DW8-5 を投与した場合には、感染阻害効果は見られなかった。

●7DW8-5 投与した動物では、コントロールの動物に較べて、インターフェロン(IFN)γ をはじめ、多くのサイトカインの血清濃度が有意に上昇した。

ノックアウトマウス(CD1d-KO マウス、IFN-γ-KO マウス)を用いた実験では、抗ウイルス効果は完全に消失した。

●したがって、7DW8-5 注入による抗ウイルス効果は、 CD1d 及び IFNγ 依存的であることが推定される。

これらの結果をまとめたのが図1です。

図1 糖脂質 7DW8-5 の化学構造と作用機序(文献 [1] より転載).

7DW8-5 経鼻投与は鼻腔内のウイルス量も約 50 倍減少させましたが、これは、この組織コンパートメントにおいてモノクローナル抗体で認められた阻止率よりも高いものでした。さらに、肺のウイルス量がより減少しました。しかし、ウイルス暴露後に 7DW8-5 を投与しても効果がなかったことから、この糖脂質が治療薬として有用でないこともわかりました。この糖脂質の免疫賦活作用が、増殖の速いウイルスを遅らせるためには、感染前であることが必須であることを、研究チームは強調しています。

7DW8-5 による防御効果は、野生型マウスではオミクロン亜系統の BA.1 および BA.5、K18 ヒト- ACE2 トランスジェニックマウスおよびハムスターではデルタ変異体を含む 3 つの SARS-CoV-2 変異体にも及ぶことが示されました。さらに、RSV またはインフルエンザウイルスの暴露後のマウスでも、同等の抗ウイルス活性が観察されましたた。これらの結果は、7DW8-5 がコロナウイルス、パラミクソウイルス、オルトミクソウイルスに対して幅広い防御効果を示すことを示しています。

親糖脂質である α-GalCer は iNKT 細胞の強力な活性化因子であり、大量の IFN-γ の産生を誘導し、CD8+ T細胞とDC、マクロファージ、B細胞などの抗原提示細胞(APC)の活性化を扶けます [7]。これらと同様に、7DW8-5 の抗ウイルス作用は、宿主のCD1d と iNKT 細胞(インターフェロン産生)の両方を必要とするメカニズム特異的であることがわかったということです。

7DW8-5 によって多くのサイトカイン/ケモカインが誘導されますが、IFN-γ-KO マウスでは全く防御効果を示さず、また野生型マウスは、ブロッキング抗 IFN-γ モノクローナル抗体による前処理を行うとほとんど抵抗ウイルス効果は消失しました。したがって、少なくとも CD1d と IFN-γ の両方が in vivo での 7DW8-5 の活性に必要であるが推定されます。しかし、IFN-γ の下流に重要なメディエーターが存在する可能性があるため、両方で十分かどうかは不明である、と論文では述べられています。

7DW8-5 のような化合物は取り扱いやすく、安価に製造可能であり、輸送や保管が簡単で、経鼻投与が容易であるなどの利点があります。さらに、親糖脂質 α-GalCer のがん患者を対象にした臨床試験では、毒性が見られないことも確認されています(後述)。7DW8-5 経鼻薬が実用化されれば、COVID-19 の広がりのスピードが抑えられるだけでなく、将来の呼吸器系ウイルスのパンデミックに対し、より有効なワクチンや治療薬が開発されるまでの長期間の代用として有用と考えられます。

問題は、今回得られたげっ歯類の結果がヒトに適用できるのだろうか?ということです。決定的な答えは臨床試験を実施してみなければわかりませんが、研究チームは、7DW8-5 がヒトにおいても同様の効果を示す可能性は十分にあると考えています。

根拠としては、まず、ヒト iNKT 細胞に対する強力な刺激作用に基づいて、類似体のライブラリーからこの糖脂質を選択していることです。7DW8-5 は α-GalCer よりもヒトCD1d に対して 80 倍高い結合親和性を示し、ヒト iNKT 細胞に対して α-GalCer よりも 140 倍高い用量温存効果を示しました。第二に、iNKT 細胞はヒトでもマウスでも末梢血単核球の最大 1% を占めます。最後に、7DW8-5 によって活性化されたヒト iNKT 細胞の上清が in vitro で抗ウイルス活性を示すこと、そしてその活性が抗ヒト IFN-γ 抗体によって阻害されることが示されたことです。

7DW8-5 が臨床開発の候補として考えられるようになるには、多くの課題を克服する必要があります。その最たるものが持続性と安全性です。なぜなら、TNF-α や IL-6 のようなサイトカインの誘導は、過剰な炎症反応をもたらす可能性があるからです。したがって、2 種以上の動物種を用いた正式な安全性/毒性試験が必要となります。

すでに、いくつかの観察結果からこの懸念は軽減されています。親糖脂質 α-GalCer を用いた先行臨床試験では、がん患者に投与(0.12 mg/kg を 6 回静脈内投与)した場合、毒性は認められませんでした [8]アカゲザルを用いたワクチンアジュバント試験では、最大 100 μg の 7DW8-5 を筋肉内に投与しても副作用は見られませんでした [9]。とはいえ、7DW8-5 の予防効果の持続期間を絞り込み、最適用量をより正確に決定し、長期にわたる反復使用によるアレルギーの証拠を評価するためには、さらなる研究が必要です。

おわりに

現在の COVID-19 ワクチンは、症候性感染、入院、死亡を減少させることにより、パンデミックの影響を緩和しており、当初からまん延していた過剰な脅威は、ほぼ解消されています。しかし、SARS-CoV-2 が抗原的に進化し続けているため、ブレイクスルー感染が頻発するようになり、長期コロナ症もまん延し、人々の日常生活に大きな支障をきたすようになっています。そのため、感染そのものに対する予防法が必要とされています。

マスク着用などの非医薬的介入は感染予防に有効ですが、もちろんこれだけでは十分ではありません。経鼻的処置としては、鼻うがいがありますが、これは生理食塩水に塩化ベンザルコニウムを主成分とする液で、細胞外で物理化学的ウイルスを不活化、排除するというものです。私も励行しています。

今回の糖脂質 7DW8-5 の鼻スプレーは、鼻うがいとは根本的にメカニズムが異なり、宿主の内面の自然免疫系を賦活化して、細胞内外でウイルスを減少させるというものです。安全性が確認されれば、COVID-19 や他の呼吸器ウイルス感染症との闘いにおけるきわめて有効な新たな手段となり得るでしょう。

引用文献

[1] Tsuji, M. et al.] An immunostimulatory glycolipid that blocks SARS-CoV-2, RSV, and influenza infections in vivo. Nat. Commun. 14, 3959 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-39738-1

[2] Tsuji, M. et al.: An Immunostimulatory glycolipid that blocks SARS-CoV-2, RSV, and influenza infections in vivo, preprints from Research Square July 14th, 2022. https://assets.researchsquare.com/files/rs-1785892/v1_covered.pdf?c=1659942428

[3] Alex, S. S.: Scientists evaluate immunostimulatory glycolipid against SARS-CoV-2 infection. News Medical Life Sciences July 18, 2022. https://www.news-medical.net/news/20220718/Scientists-evaluate-immunostimulatory-glycolipid-against-SARS-CoV-2-infection.aspx

[4] 橋本 款: 糖脂質を用いたCOVID-19の新しい予防戦略. 東京都医学綜合研究所. 2022.08.23. https://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info123.html

[5] Wali, S. et al.: Immune modulation to improve survival of viral pneumonia in mice. Am. J. Respir. Cell Mol. Biol. 63, 758–766 (2020). https://doi.org/10.1165/rcmb.2020-0241OC

[6] Kawano, T. et al.: CD1d-restricted and TCR-mediated activation of valpha14 NKT cells by glycosylceramides. Science 278, 1626–1629 (1997). https://www.science.org/doi/10.1126/science.278.5343.1626

[7] Fujii, S. et al.: Activation of natural killer T cells by alpha-galactosylceramide rapidly induces the full maturation of dendritic cells in vivo and thereby acts as an adjuvant for combined CD4 and CD8 T cell immunity to a coadministered protein. J. Exp. Med. 198, 267–279 (2003). https://doi.org/10.1084/jem.20030324

[8] Giaccone, G. et al.: A phase I study of the natural killer T-cell ligand alpha-galactosylceramide (KRN7000) in patients with solid tumors. Clin. Cancer Res. 8, 3702–3709 (2002). https://aacrjournals.org/clincancerres/article/8/12/3702/199729/A-Phase-I-Study-of-the-Natural-Killer-T-Cell

[9] Padte, N. N. et al.: A glycolipid adjuvant, 7DW8-5, enhances CD8+ T cell responses induced by an adenovirus-vectored malaria vaccine in non-human primates. PLoS ONE 8, e78407 (2013). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0078407

        

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

日本での第9波のなか、下水データは米国での新たな流行の始まりを示す

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

はじめに

今日、COVID-19に関する興味深いウェブ記事 [1] に目が留りました。「日本では第9波流行が席巻する中、下水データは米国での新たな流行の始まりを示す」(As ninth COVID wave sweeps Japan, wastewater data show another surge beginning in the US)という題目の記事です。内容は、米国の新規流行の兆候と昨今の日本における第9波流行に触れながら、日本が感染対策を放棄していることを批判し、合わせて世界的な流行の傾向について警鐘を鳴らしています。

記事の最後には、資本主義社会に否定的な見解をもつ筆者の記述があり、資本主義がもたらす矛盾と破壊という問題について「科学的社会主義の革命的原則で武装した労働者階級だけが、全人類の前に設定された最も緊急な課題に取り組む能力を持っている」と結んでいます。

反体制政党である第四インターナショナル国際委員会(ICFI)のウェブサイトでの掲載なので、当然そのような思想的背景のある記事ということはありますが、COVID-19については的を得た記述だと思われますので、ここで紹介したいと思います。

以下、翻訳文です。

             

過去3週間、バイオボット社が提供したCOVID-19を監視する下水データから、米国におけるウイルス感染数が50%増えたことがわかった。これは大きな増加であり、米国はパンデミックの新たな波の初期段階にある可能性を示している。

科学者であり、疾病モデラーでもある J. P. ウェイランド(Weiland)の推計によれば、これらの下水データは、現在、1日あたりおよそ28万人の感染があることを示している。言い換えれば、米国では毎日およそ1,180人に1人が感染しており、平均感染期間がおよそ10日間であることを考えると、現在118人に1人がCOVID-19に感染していることになる。

公衆衛生当局によるCOVID-19の公式検査やデータ収集、メディアによるパンデミックに関する報道が完全に停止されたことを考えると、個々の科学者の努力に頼ることが不可欠となっている。

この夏の感染者の波は米国だけにとどまらず、日本にも新たな波が押し寄せている。日本の厚生労働省は最近、5,000の定点把握指定医療機関から報告されたCOVID-19感染者の平均数が、5月第1週から7月第1週にかけて4倍に増加したと発表した。今回の流行の震源地である沖縄県の数値は全国平均の7倍である。

世界保健機関(WHO)の西太平洋地域事務所長を務めたことのある尾身茂・日本地域医療機構理事長は、先月の記者会見で「第9波が始まったかもしれない」と述べた。「人との接触が増え、感染者が増えているのは予想どおりだ。感染者数が第8波を超えるかどうかはわからないが、死亡者数を減らし、社会活動を継続させることに注力すべきだ」と語った。

言い換えれば、日本は公衆衛生よりも経済関係を優先させるという 「集団免疫 」政策を続ける一方で、高齢者や社会的弱者を深刻な感染症から守るというリップサービスを行っているのである。

日本で2番目に大きな島であり、最北の都道府県である北海道では、先週5つの高校がCOVID感染のために休校を余儀なくされた。221の医療機関を調べると、深川市と札幌市の患者数が最も多く、前週より10%増加していた。地元当局は、先週末に実施されていた学園祭が、こうした 「屋内イベント」での感染者を増やすのではないかと懸念している。

沖縄の南西に位置する八重山諸島では、島の政治的・文化的中心地である石垣市にある基幹病院が、重度のCOVID感染に苦しむ患者の治療に対応するため、手術や基本的な医療処置といった通常のサービスを制限せざるを得なくなっている。また、600人の職員のうち約10%が、COVID-19感染に対処するため休職している。

沖縄県では、医療センターが定員割れやそれに近い状態にあり、病人や体調不良の患者が、治療のための交通手段や利用可能な医療センターを見つけられないという危機的な状況が続いている。

地元紙「沖縄タイムス」は、最近、豊見城市の友愛メディカルセンターで 「高齢者が倒れ、意識不明の様子だった 」と報じた。消防署は現場に医師を派遣するよう要請し、救急部長が患者の手当てに向かった。このような救急隊が出動する事故は5倍に急増しており、沖縄のような資源に乏しい地域では大変な負担となっている。

山内正直医師は地元紙に対し、「何度も受け入れを拒否した昨夏のような事態は避けたい」と語った。

ある看護師は認めているが、これらの症例はCOVID-19に関連している可能性がある。しかし、もはや無症状の人を検査したり診察したりすることはなく、重症度の高い人を優先的にケアしている状況である。「出口の見えないトンネルの中を歩いているようなものです。正直なところ、コロナウイルスに遭遇しない方が肉体的にも経済的にも楽なのですが、そうも言っていられません」とその看護師は語っている。

日本で3番目に大きな島である九州の他の県では、鹿児島、宮崎、熊本、佐賀などでCOVID感染の増加が報告されている。2022年7月、BA.5オミクロン亜変異体の急増により、日本全国で1日の感染者が26万人を超えた。現在、オミクロンXBB.1.5とXBB.1.16の2つの亜型が支配的であり、これは世界の多くの国で見られることである。

WHOが5月上旬、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)の終了を突然かつ非科学的に宣言したのに伴い、日本政府は、COVID-19のサーベイランス・カテゴリーを2類相当から季節性インフルエンザと同等の5類にいきなり引き下げた。これにより、欧米の疾病対策予防センター(CDC)の勧告と同様に、全症例数を報告しない定点把握(Sentinel surveillance)への移行が進められた(下図)。

事実上、毎日のCOVID感染と入院を追跡調査するのではなく、パンデミックの影響は、指定された医療機関での感染率を監視することによってのみ記録されることになる。感染の詳細とその結果は、もはや公衆衛生システムにはわからない。これは、"forever COVID"(永遠にCOVIDを)という政策を推進するためにはたらくということであり、そしてそれは既に "forget COVID"(COVIDを忘れる)に変化しているのである。

実際、日本におけるCOVID-19パンデミックに関する「データで見る私たちの世界」のウェブサイトを見ると、2023年5月10日に「毎日新たに確認されたCOVID-19の症例」が突然終了している。すべてのリアルタイム・サーベイランスが突然終了したとき、現在進行中の感染の波はかなり進行していたことがわかる。

2022年夏、日本全国でCOVIDによる公式死者が1万人を超えた。パンデミックの深刻な追跡調査がすべて終了した2023年5月までに、75,000人近くの日本人が公式記録として死亡した。パンデミックに関連した超過死亡者数は現在、公式発表の約3倍にあたる22万人強と推定されており、その大部分はパンデミックのオミクロン期間の最後の12ヶ月間に発生している。

このような傾向は、日本に大きな影響を与えている。パンデミック開始当初、日本が感染に対して限定的な緩和主義的アプローチをとっていたことを考えると、これはまた、人口におけるSARS-CoV-2に対する抗体の血清保有率が、欧米の半分近くとかなり低いままであることを意味する。

日本の厚生労働省によると、2023年2月までに日本の人口の42.3%が感染していたのに対し、イギリスでは76%であった。つまり、国民全体、特に高齢者や免疫不全者がオミクロン型COVIDに感染しやすい状態がずっと続いていたのである。

このことは、WHOの完全な怠慢と世界的なパンデミック終息宣言がさらに目につくものになる。変異型の進化は衰えることなく続いており、日本と米国における現在の流行は、XBB変異型の組み換えによって引き起こされている。事実上、WHOやCDCなどの世界的な公衆衛生機関は、乾燥地帯の森でくすぶる炎が燃え続ける中、消防士たちを帰宅させてしまったことになる。

6月までに、オミクロンXBB亜変異型は世界で流通しているSARS-CoV-2の95%を占めるまでに増えたが、一方で新たな亜型も出現している。オーストラリアではデルタ型の変異を持つXBC亜型が増加している。EG.5は、スパイクタンパクのF456L変異を持つXBB.1.9.2亜型であり、免疫逃避を増加させる。2023年2月にインドネシアで初めて塩基配列が決定され、2023年3月に米国で初めて観測されたEG.5は、6月までに全変異体の5%を占めるまでに至っている。

2022年6月に南アフリカで初めて確認された変異型XAYは、デルタとオミクロンの組み換えで、2023年初めにヨーロッパ、特にデンマーク流入し始めた。3月末までに、GL.1とXAY.1.1.1がそれぞれ2つの変異を追加してスペインに出現し、5月までにポルトガルアイルランドイングランドウェールズオーストリア、イタリアに伝播した。

しかし、世界的にシークエンス解析が激減しているため、まるで大雪の中で足跡を追うように、ウイルスの進化を追うことは難しくなっている。

ウイルスの塩基配列の決定と追跡により多くのリソースを振り向ける具体的な取り組みがなく、公衆衛生が完全に放棄されていることを考えると、日本の状況はパンデミックの現状における現在の危険性を象徴している。実際、世界中で何百万人もの人々を危険にさらしかねないパンデミックの軌道修正の前触れかもしれない。

これらの警告は、単なる誇張や恐怖を煽るものではない。これらの警告は、パンデミックの初期段階から、そしてこれらの病原体がもたらす危険に対して資本主義政府が行ってきた犯罪的対応について、注意深く分析することによって導き出されたものである。予防原則は、このような病原体やその他の社会的脅威に対する社会的対応に反映される。

しかし、資本主義関係の崩壊が進んでいる現状では、帝国主義大国が、パンデミックや戦争や地球の破壊を食い止めるために、彼らの無秩序で錯乱した努力によってできることはほとんどない。科学的社会主義の革命的原則で武装した労働者階級だけが、全人類の前に示された最も緊急な課題に取り組む能力を持っている。

             

翻訳は以上です。

筆者あとがき

この記事の筆者であるベンジャミン・マテウス博士は医師であり、彼のツイート を見ると政治やCOVID-19について多くコメントしていることがわかります。

この記事のCOVID-19に関する科学的考察は概ね同意できるものです しかし、最後に突然資本主義体制の批判が出てきて、いささか唐突な感じを受けざるを得ません。とはいえ、パンデミックに限らず、気候変動・地球温暖化のようなグローバルな危機に立ち向かうためには、永遠の利潤追求を是としながら経済活動を優先する特質をもつ資本主義体制がきわめて不向きであることも理解できます。非常に興味深く読みました。

引用文献

[1] Mateus, B.: As ninth COVID wave sweeps Japan, wastewater data show another surge beginning in the US. World Social WebsiteJuly 16, 2023. https://www.wsws.org/en/articles/2023/07/17/covi-j17.html

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVIDパンデミックは、感染による身体への直接的な健康被害のみならず、人々に大きな精神的な悪影響をもたらしています。特に子どものメンタルヘルスへ及ぼす影響が大きいことは、パンデミックが始まった直後から指摘されており、沢山の関連論文も発表されてきました。

それと同時に、ロックダウン、物理的距離の確保、対面制限、リモート授業などの様々な非医薬的感染対策が及ぼす精神的悪影響についても取り沙汰されてきました。特にこのパンデミックを契機にクローズアップされてきたのが、マスク着用で相手の表情が隠れることが、子どもの精神面や社会的発達に影響を及ぼしはしないか、という懸念です [1]

マスク着用の習慣がない欧米はもとより、それが文化・習慣として定着している日本でも、季節性インフルエンザや花粉症などでマスクをつけることは頻繁にあったわけですが、コロナ禍以前は、特段それが子どもの精神や発達に影響があるとして取り沙汰されることはほとんどありませんでした。一方で、欧米では日常的なアクセサリーとしてサングラスを常用していますが、これが子どもの認知機能に影響を及ぼすという話も聞いたことがありません。

そこでこのブログ記事では、コロナ禍が及ぼした子どもの心身への影響と、特にマスク着用が及ぼす影響の可能性について、最新の研究に基づいて解説したいと思います。

1. 抑うつの増加

COVID流行が及ぼした子どもや青少年の精神衛生上の影響については、パンデミック当初から多くの研究報告があります(たとえば文献 [2])。主な精神的影響としては、抑うつや否定感情の現れであり、さらには自殺の増加などにも繋がっています(これには他の要因の指摘もあり検証要)。これらの影響には様々な要因があり、年齢、性別、感染対策、社会との繋がり、家族との関係、TV・インターネット・SNSの利用などが因子として挙げられています。

公衆衛生のパンデミック対策ガイドラインが児童・青少年のメンタルヘルスに及ぼす影響についても、多くの論文で検討されています。感染対策では、物理的および社会的距離を置くといった接触制限の処置が、最も頻繁に報告された対策でした。多くの研究が、このような感染対策が、多かれ少なかれ、抑うつや否定的感情の発生を促したことを報告しています。これらの影響については、Samjiら [3] によって総説されています。

Samjiら [3] の総説で紹介されていますが、物理的制限を伴う感染対策の強化が一般に子どものメンタルヘルスに悪影響を及ぼしたとされる一方で、パンデミック対策が甘いほど、子どもや青少年における内発的・外発的問題の大きさと横断的に関連するという報告もあります [4]。 さらに、ある研究では、公衆衛生ガイドラインの遵守と規制が適切であるという信念が、パンデミックが始まってからのより多くのポジティブな感情と横断的に相関していたという報告もあります [5]

最近の研究報告の一つとしては、12ヵ国にわたる4万人以上の子供と青少年を含む53の縦断的研究を対象としたこの系統的レビューとメタ分析があります [6]。この分析では、COVID-19パンデミック中における抑うつ症状の増加については十分な証拠があり、特に女性や比較的高所得の背景を持つ人の間で増加していることが明らかになったとしています。

2. 集中力・注意力の欠如を招いた

COVIDパンデミック後、子どもが集中力がなくなったという調査もあり、インディペンデント紙で紹介されています [7](下図)

イングランドの学校に勤務する初等教育および幼児教育の教師504人を対象に行われた世論調査によると、84%の教師がパンデミック後、初等教育の子どもたちの注意力が「かつてないほど短くなっている」と感じていることがわかりました。子どもたちの注意力の散漫のために、5人に1人の教師が、1つの活動に平均でわずか10分未満しかかけていないことが報告されています。

子どもの注意力・集中力低下の要因として指摘されているのが、SNSアクセスのタブレット操作の影響です。オンライン教材会社の依頼で実施された世論調査では、TikTokのような SNSサイトの 「スワイプし続けるクセ」が児童の注意力に悪影響を及ぼしていると、多くの教師が感じていることがわかりました。スワイプとは、タブレット画面に指を置いて任意の方向に滑らせる動作です。画面やアプリの切り替え、写真や動画を順に見るときなどに使います。つまり、スマホなどで行なうスライド動作をスワイプと考えればいいでしょう。

似たような動作用語にドラッグがあります。ドラッグも画面上で指を滑らせる動作ですが、スワイプとの違いは、意識したターゲット(選択したもの)を動かす動作だということです。アプリアイコンの移動や、文章の一部をコピーしたり削除したりするときに使います。

COVID流行後、小学校教師の3分の2以上(70%)が子どもたちの授業態度が悪化したと答えています。具体的には、子どもたちが部屋の中を動き回る傾向が強くなった(57%)、退屈だと訴えるのが早くなった(57%)、教室で他の人を困らせたり、挑発したりする傾向が強くなった(55%)と述べています。

また、教師の69%が、パンデミック後に幼い生徒が学校に戻って以来、不注意や白昼夢(daydream)が増えたと答えています。白昼夢は、日中、目覚めている状態で、現実で起きているかのような空想や想像を夢のように映像として見る非現実的な体験、または、そのような非現実的な幻想(願望の空想)にふけっている状態を言います。

この調査結果は、パンデミックによる混乱が、通常の日常生活に長期的な影響を及ぼし、それが特に子どものメンタルヘルスやそれに伴う行動に顕著に現れていることを示すものです。そして、その原因の一つとして、ソーシャルメディアのプレッシャーが問題視されているということでしょう。

3. 就学児・幼児の社会的発達の遅れ

COVIDパンデミックになって世界的にリモート授業や遠隔地学習への切り換えが行なわれましたが、これらは社会的情緒的な観点から生徒にとってつらいものであり、特に幼児において、癇癪、不安、感情管理能力の低下、発達の遅れが増加したことも報告されています。ネイチャー系学術誌で発表されたオックスフォード大学の研究チームの分析によると、子どもたちはパンデミック学習障害を経験し、対面での指導が制限されたことで、正常な社会性の発達に影響を受けたとされています [8]

日本では、コロナ禍が及ぼす幼児の発達への影響に関する研究報告があります。京都大学の佐藤豪竜助教慶應大学の中室牧子教授の共同研究グループは、2020–2021年度の年長クラス(5歳児)の幼稚園・保育園児は、コロナ禍を経験しなかった園児と比べ、社会性や言語理解などの発達が平均約4カ月遅れていた、と発表しました [9]。この報告では、幼児の発達遅延は年齢に関係なく見られること、保育所での保育の質は3歳時の発達と正の相関があり、一方、親のうつ病は、パンデミックと5歳時の発達遅延との関連を増幅させる可能性があることが示されています。

この研究成果は産経新聞でも紹介されましたが [10]、当該記事がパンデミック時の幼児の発達の遅れをマスク着用との関連で報じたことで(以下記事引用)、ツイッター上でも話題と混乱を招きました。

5歳児の発達の遅れについては、コロナ禍での保育施設の閉園やマスク着用などが要因になった可能性があるとしつつ、今後の十分な支援で挽回は可能だという見方を示し、「影響が長期的に及ぶかどうかはさらに追跡調査をしていく必要がある」と述べた。

当該論文ではマスク着用との関係について一切触れられていないにも関わらず、記事では「マスク着用等が要因になった可能性がある」とミスリードしまったのです。これについては筆頭著者の佐藤氏による断りと補足のツイートがあります。

ところが、京都新聞の記事 [11] には佐藤氏自身のコメントとして、以下のように書かれています。

調査を行った京大医学研究科の佐藤豪竜助教は「5歳児の約4カ月の遅れは留意すべき大きさだが、今後の支援で挽回可能な範囲だと考えている。マスク着用のルールなど施設ごとの対応が発達にどう影響したか、さらに調査を進めたい」と話している。

つまり、佐藤氏自身が「マスク着用のルールなど施設ごとの対応が発達にどう影響したか」とコメントしたことで、この部分が新聞に切り取られ、「マスク着用が原因」という飛躍した記事になった可能性は十分に考えられます。実際はどのようにコメントしたかはわかりませんが、この時点でマスクの影響というデリケートな話題に「マスクの影響を調べる」と応えることは、その波及効果を考えれば慎重にすべきだったと思います。インタビューで問われたとしたのなら、単純に「マスク着用の影響はわかりません」で十分だったと言えるでしょう。

4. マスク着用の影響

まえがきでも述べたように、COVIDパンデミック下における、子どもの精神面や認知機能に及ぼすマスク着用の影響の懸念は、当初からあちこちから聞こえてきました。ウェブ記事の一つ [1] は、この問題について、簡潔に経緯と現状を解説しています。

少なくとも現時点で言えることは、マスク着用が及ぼす幼児の発達への影響に関する研究はほとんどないマスクが及ぼす悪影響の科学的証拠はない、しかし、専門家でも意見は分かれているといったところでしょう。たとえば、米国疾病予防管理センター(CDC)は「限られた入手可能なデータによれば、マスク着用が子どもの情緒や言語の発達を損なうという明確な証拠はない」と述べています。

しかし、精神科医などはマスク着用のネガティヴな面を強調する傾向があるようで、これはむしろ当たり前のことかもしれません。なぜなら、マスク着用の影響の科学的検証よりも、それによって問題が起きること、その症例・病態を考えるのが彼らの仕事だからです。精神科医による指摘は、たとえば「マスクで笑顔が失われる」、「コミュニケーションを継続的に損なえば、指導の成功を妨げになる」などです。

一般に表情が見えないことで、相手の感情が読み取れず、恐怖が増幅されます。いくつかの研究が、マスク着用は顔や感情を識別することを難しくすることを示しています。

パンデミック初期に出された数少ない論文では、マスク着用の悪影響が指摘されています。たとえば、Goriら [12] は、マスクの使用は年齢に関係なく表情を推測する能力に影響を与え、マスク着用時の顔の構成から感情を読み取る能力は、特に3–5歳の幼児において著しく低下することを示しました。この観察から、COVID-19パンデミックによって、私たちが経験しているような顔の視覚的特徴の喪失が、幼児期の顔知覚に関連する社会的スキルの発達を変化させたり遅らせたりするのではないか、という懸念が示されました。

ペンシルバニア大学の研究グループは、マスク着用は感情認知への悪影響と関連しており、その程度は、怒っている顔や中立的な顔よりも、幸せな顔、悲しい顔、恐怖を感じる顔でより顕著であったと報告しました [13]パンデミック中とパンデミック前の比較検討結果も含めて、顔の一部分を隠すことと、パンデミックというより広い社会的背景は、ともに学齢期の子どもの情動関連判断に影響を与えると結論づけています。

顔の一部を隠すことで、感情認知に影響を与えることは、子どものみならず大人でも当然予想されるわけですが、上記の研究結果は、マスクで一部が隠されることのみに特化した検討であることに留意する必要があります。日常生活では、特に欧米では、サングラスで顔を隠すこともありますし、発声や身振りによる感情表現も伴います。したがって、より現実的な解釈に近づけるなら、これらの条件も加味した比較検討が必要でしょう。

サングラスとの比較検討では、PLoS Oneに掲載された論文 [14] があります。この論文では、マスク着用が、子どもたち(7〜13歳)の他者の感情を推察して反応する能力や、日常生活における社会的相互作用を劇的に損なうことはないと結論づけられています。実際には、マスクをしていると感情の識別がうまくいかないことは確かに認められましたが、これは子どもたちが日常生活で遭遇するサングラスをかけている顔の構成に対する認識の正確さと有意な差はありませんでした。

さらに、静岡大学の研究チームによるより最近の研究では、やはり、マスクの着用が、未就学児の感情の読み取りに大きな懸念となるほどのネガティブな影響を及ぼさないことが示されています [15]。前提として、まず、3–5歳児は、相手の喜び・悲しみ・怒り・驚きの表情はほぼ100%正解できることが示されています。その上で、これらは相手がマスクを着用していると低下するが、ほぼ90%正答率であること、相手がサングラスを着用していると、ほぼ80%の正解率であること、相手がマスクやサングラスを着用していても、顔の一部が隠れた表情に伴って感情を込めた声が聞こえると、ほぼ100%正解できることが示されています。

したがって、マスクは少なくとサングラスよりも子どもの感情推論に悪影響を与える可能性は低く、日常生活におけるマスク着用によって、子どもたちの社会的相互作用が劇的に損なわれることはないのかもしれません。保育や教育においては顔の一部が見えないハンディを発声や身振りの工夫などの感情表現でカバーできるものと考えられます。

一方で、韓国における若者(平均24歳)を対象とする調査研究では、感情の認識率は、マスク条件下で最も低く、次いでサングラス条件下、マスクなし条件下の順であったと報告されています [16]。感情を識別は顔の異なる部位と関連しており、たとえば、口は幸福、驚き、悲しみ、嫌悪、怒りの認識において最も重要な部位でしたが、恐怖は目から最も認識されました。これはサングラスを常用する欧米とマスクが習慣になっている東アジアの文化的な違いが、顔の一部が隠された場面での感情認識やコミュニケーション能力に微妙に異なる影響を与えている可能性があります。

おわりに

コロナ禍で、世界的に様々な物理的制限が子どもの心に大きな悪影響を及ぼし、抑うつや悲観的な感情形成を増やしたことは確実です。これらの中には、long COVID(長期コロナ症)による神経障害を受けているケースもあるかもしれません。罹患の既往歴がある子どもについては、別途慎重な分析が必要になると思います。

非医薬的感染対策が、子どもの精神面に及ぼした影響も大きいでしょう。それらの影響の中にマスク着用が含まれるかと言えば、これはこれまでのところ確実な証拠はないといったところでしょうか。

既出文献によれば、子どもの相手への感情認識に対するマスク着用の影響は、実際には、サングラスと同等なものであり、話し声による感情表現で認識の正確性はカバーできるというものです [15]。よく日本人は目で感情を読み取り、西洋人は口でそれを認識すると言われますが、それぞれマスクとサングラスという文化的習慣の違いが、そこに現れているのかもしれません。

そして日本にはこれらの文化的習慣があったにもかかわらず、COVIDパンデミック前には、子どもの感情認識についてマスク着用は何ら問題視されず、コロナ禍になって言われるようになったのは、マスク着用時間の長さに関係しているとしても唐突感が否めません。マスク着用が及ぼす影響の可否については、これからの研究に待つところが大きく、現状では感染防止という公衆衛生上の取り組みとのバランスの上に立って、マスクの着脱を慎重に進めるべきだと考えます。つまり、子どもの感情認知やコミュニケーションを盾に、公衆衛生上の道具であるマスクを今積極的に排除する理由はないと考えます。

一方で、文部科学省は子どもの円滑なコミュニケーションということを盾に、脱マスクを推進しています [17]下図)。「学校教育活動の実施」という面からマスク着用を求めないとしています。

本来、マスク着用は感染・伝播防止という公衆衛生上の手段であって、パンデミック感染症流行時の非日常的措置として、生徒の健康を考えてマスク着用が実施されてきたわけです。しかし、上記のメッセージにはこの観点が一切なく、単に「充実した学校生活」という平時の感覚の上に立って脱マスクを推進しています。

実際、現在、小児、子どもの間では、COVID-19のみならず、様々な感染症がまん延しており、彼らの健康を脅かしています。感染対策の緩和、社会活動やインバウンドの促進が原因になっていることは疑いの余地はないでしょう。いまは、生徒の健康を平時の感覚で捉えるべきではなく、したがって社会や学校が率先して脱マスクを推進することは現時点では控えるべきだと考えます。「対応可能な、マスク以外の感染対策を実施せよ」に至っては何をか言わんやでしょう。

引用文献・記事

[1] AFP/France 24: Masks in class -- how damaging to child development? 2022.10.02. https://www.france24.com/en/live-news/20220210-masks-in-class-how-damaging-to-child-development

[2] Racine, N. et al.: Global prevalence of depressive and anxiety symptoms in children and adolescents during covid-19: a meta-analysis. JAMA Pediatr. 175, 1142–1150 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2782796

[3] Samji, H. et al. Review: Mental health impacts of the COVID-19 pandemic on children and youth-a systematic review. Child Adolesc. Ment. Health 27, 173–189 (2022). https://doi.org/10.1111/camh.12501

[4] Fitzpatrick, O. et al.: Using mixed methods to identify the primary mental health problems and needs of children, adolescents, and their caregivers during the coronavirus (COVID-19) pandemic. Child. Psychiatry Hum. Dev. 52, 1082–1093 (2021). https://doi.org/10.1007/s10578-020-01089-z

[5] Commodari, E. and La Rosa, V.L. (2020). Adolescents in quarantine during COVID-19 pandemic in Italy: Perceived health risk, beliefs, psychological experiences and expectations for the future. Front. Psychol. 11, 559951 (2020).  https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.559951

[6] Madigan, S. et al.: Changes in depression and anxiety among children and adolescents from before to during the COVID-19 pandemic. A systematic review and meta-analysis. JAMA Pediatr. 177, 567–581 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/article-abstract/2804408

[7] Cobham, T.: Children ‘can’t focus for more than 10 minutes’ after Covid. The Independent June 7, 2023. https://www.independent.co.uk/news/education/primary-children-teachers-pandemic-attention-span-b2352945.html

[8] Betthäuser, B. A. et al.: A systematic review and meta-analysis of the evidence on learning during the COVID-19 pandemic. Nat. Hum. Behav. 7, 375–385 (2023). https://doi.org/10.1038/s41562-022-01506-4

[9] Sato, K. et al.: Association between the COVID-19 pandemic and early childhood development. JAMA Pediatr. Published online July 20, 2023. https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2807128

[10] 杉侑里香: コロナ禍で5歳児に4カ月の発達の遅れ、施設閉園などが影響か 研究チーム発表. 産經ニュース 2023.07.11. https://www.sankei.com/article/20230711-3XNXG2RQU5IZZGZEHOFBDOCGFE/

[11] 京都新聞: コロナ禍で年長園児に4カ月の発達遅れ 交流減が影響か、京都大など調査. 2023.07.11. https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1064614

[12] Gori, M. et al.: Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions. Fron. Psychol. 12, published online May 25, 2021. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2021.669432/full

[13] Chester, M. et al.: The COVID‐19 pandemic, mask‐wearing, and emotion recognition during late‐childhood. Soc. Dev. Published online Aug. 25, 2022. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9538546/pdf/SODE-9999-0.pdf

[14] Ruba, A. L. and Pollak, S. D.: Children’s emotion inferences from masked faces: Implications for social interactions during COVID-19. PLoS One Published online December 23, 2020. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0243708

[15] Furumi, F. et al.: Can preschoolers recognize the facial expressions of people wearing masks and sunglasses? Effects of adding voice information. J. Cogni. Develop. Published online May 24, 2023. https://doi.org/10.1080/15248372.2023.2207665

[16] Kim, S. et al.: Impact of face masks and sunglasses on emotion recognition in South Koreans. PLos One Published online February 3, 2022.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0263466 

[17] 文部科学省高等教育局高等教育企画課: 令和5年4月1日以降の大学等におけるマスク着用の考え方の見直しと学修者本位の授業の実施等について(周知). 2023.03.17. https://www.mext.go.jp/content/20230317-mxt_kouhou01-000004520_2.pdf

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

感染対策の緩みとともに襲来した第9波流行

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

日本ではCOVID-19流行の第9波が襲来しています。この1週間余りの政府のSNS上の発信、メディアの報道、専門家の発言などから、流行の現状を考えてみましょう。そこから見えてくるのは、流行の実態と政府・メディアの認識とのズレです。

政府はともかくとして、この大波が来ることは誰もが予測していました。5類移行前、新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(座長:脇田隆字氏)は、「まだ国内では自然感染の罹患率が低いことを考慮すると第9波の流行は、第8波より大きな規模の流行になる可能性も残されている」と警鐘を鳴らしていました [1]。この感染症5類移行になった5月8日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務めた尾見茂氏は次のように述べていました [2]

波の高さはともかく、第9波が来ることを想定した方がよい。なぜかと言えば、人の動きが活発になっている。さらに、より感染力が高く、免疫をすり抜ける性質が強いオミクロン株の派生型XBB.1.5の割合が増えている。ただ、新型コロナは季節性インフルエンザと異なり、流行の予測がしづらい。 

同日、私はこのブログで、5類移行で感染対策が事実上放棄され、第9波流行が拡大する懸念を示しました(→コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄)。一方で、COVID-19の5類化に伴い、メディアはこの感染症について報道する機会は激減しました。テレビでは、6月下旬になって初めてと言っていいくらい、新規患者数に基づく第9波流行の状況について伝えました。私はそれを以下のようにツイートしました。

この時点(6月20日)で新規感染者数が全国10万人/日を超えていることは容易に想像されるのではないでしょうか。実際にいつ頃から第9波が始まったかと言えば、遅くとも2ヶ月前からでしょう。一地域のデータですが、医療機関で受診した新規患者数および下水中のSARS-CoV-2 RNAコピー数の推移から判断すれば、第9波流行は4月から立ち上がっています(以下のツイート)。

ところが、第9波が来ると言っていた尾見氏自身のこの前後の発言はいささか危機感に欠けるものでした。「(流行の)第9波の入り口に入ったのではないか」[3] とか、「第9波が始まっている可能性」[4] という発言がそれです。さらには、厚生労働省による「緩やかな増加傾向にある」という見解 [5] は、危機感のなさに拍車をかけるものでしょう。それを指摘したのが以下のツイートです。

第9波流行を招いている原因は、偏に政府による現状認識の不足、自己都合による政策・方針変更、適切なリスクコミュニケーションの欠落です。具体的に言えば、政治的都合による5類化、疫学情報収集・開示の放棄(流行実態の不可視化)、脱マスクを含めた感染対策の緩和とコロナ終息感を印象づけるプロパガンダ、これらに追従するメディアの報道です。

リスクコミュニケーションの大失敗の例は、感染対策についての「個人の判断」「個人の主体的な判断を尊重」という厚労省などによる情報発信です。危機管理、災害対応では、命と健康を守ることを第一に、当局は「何をなすべきか」を最優先で国民・市民に伝えることが必要です。ところが、あろうことか、厚労省はそれを「個人の自由です」と、敢えて前置きで伝えてしまったのです。これは公衆衛生の放棄です。

このメッセージによって、国民は公衆衛生上の取り組みという意識から解放され、もはや自由だという感覚と同時に、コロナ終息気味という意識を植え付けられてしまったと言えるでしょう。リスクコミュニケーションのはずが、気の緩みを誘発する終息宣言になってしまったのです。厚労省は、いまなおこの「個人の自由」を、再三再四、SNS上で発信するという愚行を繰り返しています。これに対する批判のツイートが以下です。

いい加減、厚労省はこの「個人の主体的な判断を尊重」というおかしなツイートを止めたどうか。公衆衛生上の意味が全くなくなっていることに気づいてほしい。第9波流行拡大の促進剤にしかなってない。 https://t.co/jRyuYZXccG

Akira HIRAISHI (@orientis312) 2023年6月22日

厚労省によるウェブ上、SNS上の上記の情報発信は、5類移行に伴う法的措置変更の機械的なメッセージにしか過ぎません。「5類化によって行政の法的責任はなくなりました」という意味であり、あとは「個人の責任です」(=公衆衛生の放棄)と言っているに過ぎないのです。ところが、「個人の責任」と言うべきところを「個人の自由、個人を尊重」と発信したため、国民がさらに勘違いする状況になりました。

そしてマスクについては、感染予防の道具として公衆衛生上の有効性が認められてきたものであって、本来感染症法の分類とは無関係のはずです。ところが5類化に伴うこじつけで、政府はマスク着用は個人の判断としてしまいました。これがいささか政治的判断であるということは、従来、同じ5類の季節性インフルエンザの予防についてマスク着用を推奨し、決して「個人の判断」とは前置きしてこなかったことからわかります。

一体、危機管理・災害対応における行動指針において、「個人の判断になりました」と前置きする政府がどこにあるでしょうか。異常かつ無責任なメッセージです。もとより、マスク着用が法的義務化されたことがない日本では着用は個人の判断であるはずですが、それをわざわざ優先して伝えることは、誤った解釈に誘導する効果しかありません。

さらにはマスクについて、「外すこと」を率先して進めようとする日本と、もはや義務化はしないが「自由につけてよい」とする公衆衛生の取り組みが対照的な例を示したのが以下のツイートです。

政府や行政が関わらなくなったら、その分、国民は個人レベルで感染対策を強化する必要がありました。にもかかわらず、政府が責任を放棄すると同時に、国民も感染対策を緩めてしまい、感染拡大という当たり前の結果になりました。これに関するツイートは以下のとおりです。

そもそも、感染症の発生・まん延防止、安定した医療提供という感染症の目的自体は、COVID-19が2類相当であろうが5類であろうが変わらないはずですが、政府は5類移行のどさくさに紛れて、この法律自体の意義も曲げてしまいました(→感染症法を理解しない日本社会)。上記したように、5類移行とは何ら関係ないマスク着用を含めた感染対策をあたかも当然のように変えてしまったのです(図1)

図1. 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について(厚生労働省)[6]. 感染対策は感染症の分類変更とは本来関係ない.

感染拡大の一因になっているのが、実質流行把握の手法として指定医療機関における定点把握に変更されたことです。季節性インフルエンザとは比較にならないほど感染力が強いいまのSARS-CoV-2 XBB亜系統変異体(EG.5が拡大中)の流行を見るのに、インフルエンザで使われているような遅行指標としての定点把握のやり方が機能するわけがないのです。

定点把握は子どもが多く罹るインフルエンザで用いられている手法であり、国はそれをそのままCOVID-19に当てはめています。小児科定点3000カ所に内科を加えた5000カ所が定点とされていますので [7]定点把握を導入したことは、そもそも若者の感染が多くかつ幅広い大人の年齢層の患者が多いCOVID-19の患者を捕捉することからはズレた手法なのです。

その上で想定されることは、感染者は基本的に発症するので病院に行きますが、COVID-19では発症しない、いわゆる無症候性感染者が多数発生し、検査の有料化や「コロナは風邪」という思いこみもあって、実際に受診・検査を経るのは一部の感染者になるということです。

つまり、定点把握という手法は、先行してサイレント・キャリアーの市中伝播が次々と起こっている傍らで、偏った指定医療機関の患者数を見ているだけという、全くの過小評価の後追いの方法です。流行拡大の兆候を見ているのではなく、延焼した後の焼け跡の一部を見ているようなものです。政府はまるで流行を小さく見せるために意図的にこの方法に変えたと思わせるほどです。

実際、定点把握で示される平均患者数が急激に増える段階(たとえば定点あたり20以上)では、医療崩壊一歩手前という状況だと認識すべきでしょう。懸念されるのは流行を先取りしている沖縄の状況です [8]。確実に医療崩壊に向かって進んでいます。そして、この状況はやがて全国に広がっていくでしょう。第9波流行は第8波に匹敵するか、それを上回る規模になると予測されます。なぜなら、脱マスクを含めて感染対策が圧倒的にユルユルになっており、適切な疫学情報も伝えられないからです。

この流行で特に犠牲になるのが小児や生徒です。感染対策の緩和と社会の気の緩みはCOVID-19のみならず様々な感染症をまん延させ、罹患する小児も一気に増やしていくでしょう。どう考えれば、学校で脱マスクを率先して行なうという方針になるのか理解に苦しみますが、その結果、学校でのクラスター発生があちこちで報告されています。これも氷山の一角なのかもしれません。

文部科学省自治体の長、学校関係者は、安易な精神論に基づく脱マスクなどの感染対策緩和の方針が、生徒の健康を阻害し、教育の機会を奪っていくことに気づかないのでしょうか。知らないふりをしているだけでしょうか。この先、若い世代の健康と寿命に多大な影響を与えるリスクの可能性について、真剣に考えてもらいたいと思います。

引用記事

[1] 千葉雄登: 第9波は「第8波より大きな流行になる可能性も」、押谷氏ら. 医療維新 2023/04.19. https://www.m3.com/news/iryoishin/1134011?

[2] 東京新聞 TOKYO Web: 尾身茂氏「第9波を想定した方がよい」 本紙インタビューに語った「首相への異論」と「教訓」<詳報あり>  2023.05.08. https://www.tokyo-np.co.jp/article/248492

[3] 読売新聞オンライン: 尾身茂氏「第9波の入り口に入ったのではないか」…5類移行後1か月で感染2・5倍. 2023.06.14. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230614-OYT1T50182/

[4] NHK NEWS WEB: 新型コロナ「第9波が始まっている可能性」政府分科会 尾身会長. 2023.06.26. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230626/k10014109381000.html

[5] 日テレnews: 新型コロナウイルスの新規感染者数 緩やかな増加傾向続く. Yahoo ニュース Japan 2023.06.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/d56ba44b7ddbbb8ec36e4096db919d953aacd11b

[6] 厚生労働省: 新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行後の対応について. https://www.mhlw.go.jp/stf/corona5rui.html

[7] 厚生労働症: 感染症発生動向調査事業. https://www.mhlw.go.jp/jigyo_shiwake/dl/h26_gaiyou01a_day2.pdf

[8] NHK NEWS WEB: 沖縄 コロナ感染急拡大 専用病床ほぼ満床 患者受け入れ困難に. 2023.06.27. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230627/k10014111111000.html

引用したブログ記事

2023年1月22日 感染症法を理解しない日本社会

2023年5月8日 コロナ流行を繰り返す日本が感染対策を放棄

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

室内二酸化炭素濃度によるコロナ空気感染確率の推定

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19は、SARS-CoV-2空気感染(エアロゾル感染)によって主に伝播していくことが知られています。したがって、閉所・室内環境の感染防止では換気や空気浄化が重要になるわけです。換気効果の指標として二酸化炭素(CO2濃度も使われていますが、一方で、どの程度の CO2 濃度であれば感染防止として有効なのか、これまで研究例と明確なデータはきわめて少ないように思います。

数少ない研究事例の一つとして、Adzicら [1] は、閉所 CO2 濃度とSARS-CoV-2のRNAコピー数の関連を調べています。Di Gilioら [2] は、教育施設内の CO2 濃度をを用いて感染リスクを分類し、各分類において取るべき行動を列挙しました。この分類では<700 ppmを低リスクとして「何もしなくてよい」、1,000 ppmを超高リスクとして、「ドアを常に開け、授業時間終了時に10分間窓を開ける」という基準が示されています。

最近、日本の研究チームが、室内 CO2 濃度に基づいてSARS-CoV-2の空気感染率を推定した結果を誌上発表しました [3](下図)佐世保中央病院のチームによる研究で、従来空気感染確率の推定に用いられているWells-Rileyモデルを改良し、CO2 濃度をモニターすることでオミクロン変異体の空気感染確率を推定し、このモデルの実臨床における妥当性を評価しました。

この研究では、3例の感染事例を解析しており、サンプルサイズとしては小さいですが、CO2 濃度に基づく感染確率と感染防止基準を示すものとして価値ある情報を提示していると考えられます。このブログで紹介したいと思います。

1. 研究の背景

まずは、当該論文 [3] の序文を翻訳しながら研究の背景を述べたいと思います。

COVID-19の急性期症状はインフルエンザや風邪に似ており、臨床症状のみでは区別が困難です。SARS-CoV-2に感染してから発病するまでの潜伏期間は1〜14日で、通常は5日です。COVID-19は発症前から感染力があり、発症直後はさらに感染力が強くなります。その高い感染力と発症後早期の無症状性および無症候性感染が、市中感染の原因と考えられます。したがって、蔓延の抑制が難しく、これがパンデミックに繋がった要因です。

日本政府は、2023年5月8日から、COVID-19の感染症法上の分類を季節性インフルエンザと同様の5類に引き下げることを決定しました。しかし、病院や診療所などの施設では、感染によって多臓器不全で重症化したり、死に至る可能性のある脆弱な患者を多く受け入れているため、今後も従来どおりの感染予防に取り組む必要があります。

研究チームの病院では、2022年4月4日から18日までに当該院を受診したCOVID-19患者を観察し、本疾患の重症度を調べました。その結果、感染者の38.1%(223/584人)が中等症・重症例に分類されました。この結果は、COVID-19が5類感染症に分類されたとしても、一部の患者にとってリスクが高いことを示唆しており、SARS-CoV-2感染症の予防は依然として必須であると考えられます。

COVID-19ワクチンの有効率は約90%と報告されていますが、新しい変異体の出現により、その効果が薄れてしまう可能性があり、次々と出現する変異体の免疫逃避は周知の事実です。また、ワクチンによって免疫反応に異常が生じるケースも報告されています。このように、COVID-19の感染予防においては、ワクチン接種だけに頼ることはできず、非医薬的介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)が依然として必要です。その中でも、主要感染経路である空気感染を断つ対策が重要になります。

SARS-CoV-2は、接触、飛沫、エアロゾルを介して感染します。接触感染は、感染者の手を介して直接、またはフォマイトと呼ばれる無生物上のウイルス粒子の存在を通じて間接的に起こります。飛沫感染は、感染者が咳やくしゃみ、会話などによってウイルス粒子を含む呼吸器飛沫を大量に発生させることで起こります。この場合、ウイルスは口、鼻、目から感受性の高い人に感染しますが、この感染様式では、ウイルス粒子が地面や周囲の表面に沈着するまでの移動距離が比較的短いため、通常は密接な接触が必要です。

一方、空気感染は、エアロゾルを介して液滴核と呼ばれる感染性粒子が拡散して起こるもので、粒子サイズが小さく、長時間空気中に浮遊し、移動距離が長いことで、飛沫感染とは異なります。エアロゾルの濃度や粒径は、問題となる活動(呼吸、会話、咳やくしゃみなど)により変化します。

Coccia [4] は、風速や大気汚染とCOVID-19の拡散との関連性を調べ、風速が弱い都市では大気汚染が起こりやすく、そのような環境ではCOVID-19が拡散しやすいと結論づけました。また、大気汚染だけでなく、気象条件もCOVID-19の拡散に関与していることが報告されています [5]。Moritzら [6] は、集団集会における換気率やマスクの使用・不使用がSARS-CoV-2感染率に与える影響について調査し、換気率が高いほどSARS-CoV-2陽性率および入院率が低くなると報告しています。

多くの病院では、アルコールによる手指消毒やサージカルマスク・フェイスシールドの使用により、それぞれ接触感染や飛沫感染を防止しています。それにもかかわらず、SARS-CoV-2の院内感染が継続して発生しており、一部クラスター感染も確認されています。研究チームの病院でも、空気感染経路で感染したSARS-CoV-2院内感染症例を数例経験しており、論文で紹介されています。

上記のように、手指消毒、サージカルマスクやフェイスシールドによる接触飛沫感染防止などの対策は、多くの病院で行われていますが、窓やドアを開けて換気を良くし、N95マスクの着用による空気感染防止などの対策は、あまり行われていません。これは主に、病院内の空調システムの効果が換気によって低下し、結果的に光熱費が増加するためです。

この状況に鑑みて、室内の空気感染の高リスク条件を評価し、それを低減するための測定方法(窓やドアを開けるべき数、時間、頻度、サイズ)を明らかにすることが重要です。空気感染確率の推定には、従来からWells-Rileyモデルが用いられていますが、このモデルに必要な室内換気量の予測は、部屋の構造、風速、風量、エアコンや換気扇の性能、ドアや窓を開ける頻度に大きく依存するため、実際の推定は容易ではありません。

そこで研究チームは、室内の CO2 濃度を換気の指標として使用し、空気感染確率を予測することを考えました。このために、室内 CO2 濃度を挿入したWells-Rileyモデルの改良版を設定し、本モデルにCO2 モニター機器を用いて測定した室内 CO2 データを適用して、空気感染確率を予測することを試みました。

2. 研究の成果と意義

本研究では、室内 CO2 濃度を挿入したWells-Rileyモデルの修正版が提案されていますが、ここでは、このモデルについての詳細な説明は省略します。空気感染予防のための換気の重要性とともに、Wells-Rileyモデルに基づく有用な推奨事項を提案した研究はこれまで少数しかなく、その意味で、そして室内 CO2 濃度を用いた空気感染モデルの実臨床への適用を示唆している点で、本研究はユニークと考えられます。

なお、論文中、パラメータとして基本再生産数(R0 が出てきますが、正確にはこれは実効再生産数と読み替えられるべきと思います。

研究チームは、佐世保中央病院に来院した空気感染の疑いのある3症例に、改良Wells-Rileyモデルを適用し、その有効性を確認しました。そして、R0 が1を超えないために必要な室内 CO2 濃度を本モデルに基づいて推定しました。以下、この3ケースについて記します。

●ケース1

2022年7月15日,1歳男児が定期健診のため母親に連れられて小児科診察室で受診しました。日本では BA.5 が流行していた時期でしたが、当時院内感染の記録はありませんでした。小児患者は発熱しており、大泣きしていました。部屋には、患者、母親、小児科医、看護師、研修医の5人がいました。患者の母親はサージカルマスクを着用していましたが、小児自身はマスクはしていませんでした。小児科医、看護師、研修医はサージカルマスクとフェイスシールドを着用しており、いずれもSARS-CoV-2感染歴やその他の基礎疾患はありませんでした。外来診察室には窓はなく、3つのドアはすべて閉めたままでした。診察は約30分でした。2日後、小児科医、看護師、研修医が微熱と喉の痛みを訴え、PCR検査の結果、SARS-CoV-2陽性と判定されました。一方、彼らと接触した他の全員は検査陰性と判定されました。数日後、小児の母親から電話でSARS-CoV-2に感染していることが知らされました。

室内 CO2 を用いた修正Wells-Rileyモデルにより、上記1症例目の空気感染確率が推定されました。ほぼ同じ状況(同じ診察室に5人が入り、3つのドアをすべて閉めた状態)での室内 CO2 濃度は 1,116 ppm であり、感染確率は79.7%、R0 は3.19と推定されました。つまり、算出された R0 は、このケースで実際に感染した人数とほぼ同じでした。

●ケース2

BA.5が流行していた2022年8月29日、当院の病棟に3名の患者(A, B, C)が入院してきました。いずれの患者もマスク着用はなく、会話もせず、病棟の窓や扉は閉められたままでした。患者たちのベッドは医療用カーテンで仕切られていました。

患者Aは82歳の女性で、関節リウマチとシェーグレン症候群のためにクエン酸トファシチニブ10mg/日とプレドニゾロン5mg/日の投与を受けていました。腰椎椎間板ヘルニアのため当院に入院しましたが、その後他院に転院し、PCR検査でSARS-CoV-2陽性となりました。胸部コンピュータ断層撮影では、多発性のすりガラス様混濁が認められ、その一部は発症後数日経過していたと考えられました。その後、患者BとCもPCR検査陽性となりました。患者Bは、関節リウマチのためプレドニゾロン 5 mg/日とメトトレキサート 8 mg/週の投与を受けている80歳の女性で、右上腕骨頸部骨折のため上腕骨骨接合術を受けました。一方、関節リウマチのためメトトレキサート 8 mg/日を投与されている72歳の女性患者Cは、橈骨遠位端骨折で骨接合術を受けました。患者に接した医療従事者は、全員、PCR検査陰性と判定されました。

2例目の室内 CO2 濃度は、ほぼ同じ状況(同じ病室に4人、ドアや窓を閉めたまま)で測定され、1,187 ppm となりました。修正モデルによる空気感染確率は99.6%、 R0 は1.99と推定され、本事例の実際の感染者数とほぼ同じになりました。

●ケース3

呼吸器科の定期受診で74 歳の男性が来院しました。来院当日は無症状でしたが,翌日にPCR検査でSARS-CoV-2陽性となりました。診察医,医療秘書,看護師2名(うち1名は過去にCOVID-19に感染していた)は,毎日のPCR検査ですべて陰性でした。患者はサージカルマスクを着用し、医療スタッフ全員がフェイスシールドとサージカルマスクを着用していました。診察室では、隣室に通じる2つのドアとすべての窓が開かれていましが、廊下に通じるドアは閉じられていました。

ほぼ同じ条件(同室5名、ドア2枚開放、窓をすべて開放)、室内の CO2 濃度を測定した結果、549 ppm となりました。室内 CO2 を用いた修正モデルによる感染確率は4.79%、 R0 は0.191と推定され、今回実際に感染した人数(0)とほぼ同じになりました。

上記の3ケースで示したように、今回適用した修正Wells-Rileyモデルは,許容できる精度で感染確率を推定でき、R0 を近似できることが示されました。すなわち、本修正モデルによる R0 は,外来に滞在する5人の感染者のうち3人が3.19,病室に滞在する3人の感染者のうち2人が2.00,外来に滞在する5人の感染者のうち1人が0.191となり、実際の感染者数と極めて近い値となりました。

これらの結果に基づいて研究チームは、典型的な外来患者を考えた場合,R0 が1を超えない室内 CO2 濃度を算出しました。それらは、マスク未装着の場合 620 ppm 以下,サージカルマスク着用の場合 1,000 ppm 以下,N95マスク着用の場合 16,000 ppm以下となりました。一般的な入院患者の場合は、これよりもやや低い許容濃度になりました。すなわち、R0 が1を超えない室内 CO2 濃度は、マスクなしで 540 ppm 以下、サージカルマスクで 770 ppm 以下、N95マスクで 8,200 ppm 以下となりました。

これらの結果から、病院における空気感染予防のための効果的な戦略を立てることが可能となりました。

パンデミックの脅威に対する予防戦略は、社会における感染症による被害を軽減するために、効率性、柔軟性、対応力、回復力に基づく必要があります。ここで提案されている改良Wells-Rileyモデルは、飛沫感染接触感染の影響を無視しており、定常状態しか適用できないなどの制約がありますが、室内の CO2 濃度をモニターすることで、SARS-CoV-2の空気感染を確率的に防止できる許容濃度を推定できます。それに基づいて、換気を良くする、マスクを着用する、感染者への曝露時間を短くするなどの予防策をとることができます。

研究チームは本研究のいくつかの限界を示しています。まず、Wells-Rileyモデルでは、エアロゾルの均一な分布を可能にするために、室内の空気が十分に混合されていることが必要であり、均一環境の空気感染は考慮できますが、飛沫感染接触感染は考慮できません。この研究では修正Wells-Rileyモデルが使われていますが、主な感染経路が飛沫感染接触感染である場合には、適用できません。第二に、このモデルは定常状態にのみ適しているため、多くの人が出入りする場所では使用できません。第三に、このモデルは室内の CO2 濃度を考慮しているため、オープンスペースには不向きです。

本研究では、オミクロン変異体について空気感染確率とR0を推定していますが、これにはDai & Zhao [7] が提示したオミクロンの q 値(quantum generation rate)を採用しています。q 値は R0 の関数であり、Dai & Zhao [7] はオミクロンの q 値を2345/h、 R0 を12としています。

より最近流行のXBB.1.5やBQ.1.1といった変異体についての解析がほしいところですが、q 値が明らかになっていないため、空気感染確率や R0 を推定することはできなかったと著者らは述べています。近い将来、これらの菌株の q 値が明らかになれば、空気感染確率と R0 が明らかになると思われます。

おわりに

今回の研究で、室内 CO2 を用いた修正Wells-Rileyモデルの妥当性を検証したのは、わずか3例です [3]。したがって、このモデルの有効性を確認するためには、さらなる症例での適用や追試(動物実験など)が必要です。とはいえ、 室内 CO2 濃度から空気感染率を推定し、ウイルスの再生産数を算出できた点で、非常に価値ある研究だと思われます。

感染が成立しにくい室内 CO2 濃度は、マスク未装着の場合 620 ppm 以下,サージカルマスク着用の場合 1,000 ppm 以下という今回の試算は、病院内だけではなく、教室や公共交通機関内でも当てはめることができるのではないかと思われます。

引用文献

[1] Adzic, F. et al.: A post-occupancy study of ventilation effectiveness from high-resolution CO2 monitoring at live theatre events to mitigate airborne transmission of SARS-CoV-2. Build. Environ. 223, 109392 (2022). https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2022.109392

[2] Di Gilio, A. D. et al.: CO2 concentration monitoring inside educational buildings as a strategic tool to reduce the risk of Sars-CoV-2 airborne transmission. Environ. Res. 202, 111560 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.111560

[3] Iwamura, N. and Tsutsumi, K.: SARS-CoV-2 airborne infection probability estimated by using indoor carbon dioxide. Environ Sci Pollut Res Int. Published  June 7, 2023. https://doi.org/10.1007/s11356-023-27944-9

[4] Coccia, M.:How do low wind speeds and high levels of air pollution support the spread of COVID-19? Atmos. Pollut. Res. 12, 437–445 (2021). https://doi.org/10.1016/j.apr.2020.10.002

[5] Núñez-Delgado, A. et al.: (2021) SARS-CoV-2 and other pathogenic microorganisms in the environment. Environ. Res. 201, 111606 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.111606

[6] Moritz, S. et al.: The risk of indoor sports and culture events for the transmission of COVID-19. Nat. Commun. 12, 5096 (2021). https://doi.org/10.1038/s41467-021-25317-9

[7] Dai, H. and Zhao, B.: Association between the infection probability of COVID-19 and ventilation rates: An update for SARS-CoV-2 variants. Build. Simul. 16, 3–12 (2023). https://doi.org/10.1007/s12273-022-0952-6

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

子どもが感染を拡大させる

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

米国ボストン小児病院などと台湾の共同研究グループは、米国の約85万世帯の COVID-19 感染の70.4%が子どもから広がっているという研究結果を報告しました。この報文は、6月1日付けの JAMA Network Open に掲載されています [1](下図)

この報告はウェブ記事でも取り上げられ [2]ツイッター上でも紹介されています。従来、COVID-19 は若者を中心に感染、拡大していくことが知られていましたが、オミクロン以降、とくに子どもや学校を中心に感染拡大しているということです。

今回の報告は、学校が保育施設が COVID-19 を感染拡大させる役割を担っていることを示すものですが、日本の学校では脱マスクをはじめとする感染対策解除への方向へ舵を切っていることに鑑みて、あらためて警鐘を鳴らすものとも言えます。そして、技術的には、スマートフォン接続の体温計を用いた大規模な参加型ネットワークによってデータを収集し、解析を行なった特徴があります。このブログ記事で紹介します。

1. 研究の概要

今回、研究チームは、COVID-19 感染症の代理マーカーとして「発熱」を用いました。スマートフォン接続の体温計を被検者(848,591 世帯、1,391,095 人)に渡し、発熱状態をモニターし、COVID-19 の発症分布を推定しました。モニター期間は、2019 年10 月から 2022 年 10 月までの3年間であり、検温回数は 23,153,925 回に及びました。つまり、調査を始めたのはパンデミック開始直前だったわけですが、結果としてパンデミックの時期と重なったわけです。

発熱の定義は測定部位で異なっています。直腸および耳からの測定では 38.0℃以上、口腔からの測定および不明な部位からの測定では 37.8℃以上、腋窩からの測定では37.2℃ 以上と定義されました。そして、34℃ から43℃ の範囲外の温度測定は、異常値として除外されています。

結果として、全測定値のうち、57.7% は成人からのものでした。世帯の 62.3% は 1 人のみから検温を報告しましたが、残りの 37.7% は複数からの報告であり、全測定値の51.6% に及びました。子どもの報告の場合、年齢層は 8 歳以下が多く(58.0%)、各年齢層で男性より女性が多く含まれていました。

報告があったなかで発熱の基準を満たすと読めるものは 15.8% で、発熱件数は779,092 件に上りました。これらの症例のうち、15.4% が家庭内感染とされ、その割合は 2021 年 3 月から 7 月の 10.1% から、オミクロン BA.1/BA.2 流行波では 17.5% に上昇しました。発熱は様々な疾患、感染症に由来するものではありますが、パンデミック期間における発熱数は、COVID-19の新規発症例を予測するものであり、発熱を感染の代理として用いることに妥当性があると、研究チームは述べています。

2. 若い子ほどウイルスを伝播させている可能性

大人と子どもの両方が参加したのは、複数参加世帯の 51.9% に当たる 166,170 世帯の516,159 人であり、その 51.4% が子どもでした。そして、これらの世帯では 38,787 件の発熱症例が発生しました。同一世帯における最初の発熱と二次症例を比べると、子どもから子どもへが 40.8%、子どもから大人へが 29.6%、大人から子どもへが 20.3%、大人のみが 9.3% の割合で起こっていました。初回発熱症例と二次症例の間の連続間隔の中央値は 2 日でした。

全世帯の感染経路をまとめると、70.4% が小児から始まり、その割合は 36.9% から87.5% の間で週ごとに変動していました。小児感染は 2020 年 9 月 27 日の週に 68.4% と最高値を記録し、2020 年 12 月 27 日の週には 41.7% と最低値に落ちました。次の高値は 2021 年 5 月 23 日の週の 82.0% で、6 月 27 日まで安定し(81.4%)、8 月 8 日には 62.5 %まで低下しました。

その後、子供から始まる世帯の割合は、9 月 19 日までに 78.4% に上昇し、11 月 14 日(80.3%)まで推移し、2022 年 1 月 2 日の週には 54.5% に低下しました。3 月 6日には83.8%に上昇し、7 月 24 日の週には62.8%に低下し、10 月 9 日の週には 84.6% に上昇しました。8 歳以下の子供が感染源となる可能性は、9 歳から 17 歳の子供よりも高い傾向にありました(7.6% 対 5.8%)。そして、パンデミックのほとんどの期間において、小児からの感染割合は、地域のCOVID-19の新規症例と負の相関がありました。

研究チームは、パンデミックのほとんどの期間において、小児の COVID-19 感染が地域の新規感染者と負の相関を示したという知見は、先行研究の知見と一致すると述べています。これは、先行研究において、地域感染の少ない時期には小児が、地域感染の多い時期には大人が、それぞれ主な感染媒介者であったと示されていることと一致しているというものです。

他の研究例では、教育現場における SARS-CoV-2 感染のリスクは地域感染率と相関があるけれども、学校内の小児の感染拡大は地域内の成人より低いことを示されています。COVID-19 の発症率が上昇すれば、コミュニティでの成人の感染リスクが高くなり、結果として大人が家庭内感染の媒介者となる可能性が高まります。一方、COVID-19 の発症率が低い場合、非医薬的介入の全体的な頻度が下がり、小児に多い SARS-CoV-2 以外の病原体も含めた発症率の増加とともに、小児の媒介頻度が高まる可能性があるというわけです。

3. 対面式の学校が感染伝播の役割

今回の報告では、大人と子供のいる家庭での感染の70%以上は子どもからの感染であることが示されています。この割合は毎週変動して、その時の当局による非医薬的介入の措置や学校の再開などと関係があることが述べられています。

大人と子どもの両方がいる 166,000 以上の世帯では、600 万以上の温度測定値が記録されましたが、2020-2021 年と 2021-2022 年の両期間で学校が再開された後、子どもが感染事例の大半を占めることがわかりました。一方、これらの感染事例は夏期および冬期の学校休暇中に減少しました。これは、登校が SARS-CoV-2 の伝播の増加と関連し、休校が伝播の減少を示すものです。すでにインフルエンザを含めた呼吸器系ウイルスの伝播において子どもが重要な役割を果たすことが知られていますが、SARS-CoV-2 の伝播に対する子どもの貢献も明らかになったということになります。

パンデミック初期には、学校閉鎖が世界中で一般的であったため、学校での感染が制限され、SARS-CoV-2 感染の推進役としての子どもの重要性は大人よりもはるかに低くなっていました。しかし、2020年秋に学校が再開されると、子どもたちは地域の他の人々とより多く交流することができるようになり、その結果、子どもの COVID-19 症例の数は増加し、この増加が全体の拡散に影響を与えたと述べられています。

研究チームは、多数の先行研究で報告されている同様な証拠を挙げています。 たとえば、冬の流行の期間、イギリスの子どもは大人よりも家庭内にウイルスを持ち込む傾向がありました。病院での子どもの症例から、子どもから家庭内の接触者への感染がカリフォルニアとコロラドで頻繁に見られました。デルタ波では、シンガポールの家庭内で子どもが感染を広げる傾向が高くなりました。これらはいずれも、学校登校時に家庭内での感染が拡大し、子どもの役割が重要であったことを示すものです。オミクロン波では家庭内感染が多かったという今回の調査事実も、先行研究と一致しています。

結論として、著者らは、SARS-CoV-2 の拡散には子どもが重要な役割を担っており、対面式の学校の活動も実質的な拡散につながったとしています。

4. スマホアプリの活用

これまでの既往研究で、スマートフォン体温計による実際の発熱モニターによって、COVID-19 の震源地の検出や、インフルエンザ、およびインフルエンザ様疾患の予測に使用されています。今回の研究でも、スマホアプリの体温計を用いた発熱頻度のモニターによって、集団レベルの COVID-19 患者数を予測することができました。このような参加型デジタルネットワークを通じて、感染を推測できることが証明されたわけです。参加型監視システムは、従来の監視システムを補完する情報を提供し、リアルタイムの重要なデータ源となり得ることが強調されています。

スマートフォン接続機器によるサーベイランスというアプローチでは、調査員や接触トレーサーを必要とせず、家庭内で調査を行うことができます。将来的には、参加型ネットワークから推測される感染を、追加のデータ収集や実験室での確認のために、現地訪問や他の契約追跡アウトリーチで検証することも可能です。著者らは、デジタル技術を活用したシステムについては、公平なアクセスを確保するために、あらゆる努力をしなければならないと結んでいます。

5. 日本の先行研究

ここで、対照的とも言える結論を導いている日本の先行論文の一つを紹介したいと思います。JiCA の今村忠嗣氏を筆頭著者とする COVID-19 感染の小児および青少年の二次伝播リスクに関する論文で、東北大学の押谷仁氏が責任著者として名を連ねています [3]。結論として、子どもの感染者が二次症例を発生させるリスクは、家庭外環境では限定的であるので、学校閉鎖などの学校の感染対策の有効性を慎重にすべきである、としています。

この論文では、二次感染者の割合は、成人と比べると乳幼児や児童・青少年では低いことが示されています。したがって、小児および青少年が二次感染するリスクは、インフルエンザと COVID-19 とで大きく異なることが述べられています。

驚くのは、この知見に基づいて、いきなり「本研究は、家庭以外の環境、特に中学生以下の子どもたちにおけるCOVID-19の伝播において、子どもと青少年が公衆衛生に与える影響は限定的であることを浮き彫りにした」と導かれていることです。そこから、子どものCOVID-19感染軽減策としての学校閉鎖を慎重に検討すべきと述べています。

子どもや青少年の感染者が大人より少ないとしても、そこから子どもが他者に二次伝播させるリスクが低いとはならないはずです。著者ら自身が、子どもの無症候性感染者や軽症者の割合が高いため、彼らの症例発生率が過小評価されている可能性も否定できない、と述べているのですから。

この論文では、子どもの感染率が大人より低いという Vinter らの先行論文 [4] も引用されていますが、学校内で集団発生した例は引用されていません。Vinter らは、大人と子どもの二次伝播の様式の比較が重要であることや、保育所や学校での感染率のモニタリングや接触者追跡調査も重要であることもきちんと述べています。

おわりに

感染症は、大人の非特定多数の中で二次伝播が起こり、その感染者が職場や家庭内に病原体持ち込んで感染拡大するというのが一般的です。また施設や学校が二次伝播の震源地になることがあります。その場合でも、最初の持ち込みは感染した大人ということになります。

一旦ある家庭内に病原体が持ち込まれると容易に子どもに感染し、その子どもが登校することによって学級内クラスターが起こり、その二次感染者の子どもが家庭内に持ち込んで家庭内感染が連鎖的に起こるということになります。今回の研究は、デジタルトレーシングというアプローチによって、この連鎖の感染における子どもと学校の役割を明らかにしたものです。これまでのマスク事情は米国と日本で異なりますが、今回の知見は日本にも当てはまると考えられます。

その意味で、対面授業を行っている学校での感染対策がきわめて重要になってくるわけですが、今回の論文では、マスク着用や手洗いを含めた公衆衛生対策については何も触れられていません。学校閉鎖の有効性についても然りです。

一方で、日本ではいま学校の感染対策緩和が進められています。今村氏らの先行論文 [3] の結論も影響しているのでしょうか? この面で先頭を切っているのが、学校での脱マスク化を進める千葉県です [5]

事は子どもの命と健康の問題であり、学校が感染拡大の震源になっている可能性に鑑みて、文部科学省や各自治体には慎重に対策を進めていただきたいと思います。さもなければ、子どもの健康被害を拡大させ、学級閉鎖・学年閉鎖・休校という事態を深刻化させ、子どもの健康と学ぶ機会を奪ってしまうことなります。

下水サーベイランスにしろ今回のアマホアプリによるサーベイランスにしろ、欧米では先行研究事例があり、実用化も進んでいますが、翻って日本の後進ぶりは目を覆うばかりです。日本の COVID 対策では、いまだに非科学的やり方と精神論とアナログ感覚が支配しており、さらに、5類化という日本独自の法的措置に乗じて COVID 被害情報を積み重ねることさえも放棄してしまいました。世の中ではいつのまにか「コロナは終わった」という思いこみが横行している傍ら、学校やコミュニティでの感染者は急増しています。

引用文献・記事

[1] Tseng, Y.-J. et al.: Smart thermometer–based participatory surveillance to discern the role of children in household viral transmission during the COVID-19 pandemic. JAMA Network Open 6,e2316190 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2805468

[2] Van Beusekom, M.: More than 70% of US household COVID spread started with a child, study suggests. June 2, 2023. https://www.cidrap.umn.edu/covid-19/more-70-us-household-covid-spread-started-child-study-suggests

[3] Imamura, T. et al.: Roles of children and adolescents in COVID-19 transmission in the community: A retrospective analysis of nationwide data in Japan. Front. Pediatr. 9, Published: August 10, 2021. https://doi.org/10.3389/fped.2021.705882

[4] Vinter, R. M. et al.: Susceptibility to SARS-CoV-2 infection among children and adolescents compared with adults: A systematic review and meta-analysis. JAMA Pediatr. 175, 143-156 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2771181

[5] 千葉県教育振興部保健体育課長: 学校におけるマスク着用の考え方について(通知). 2023.5.19. https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/mask-kenritsu.pdf

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)