Dr. TAIRA のブログII

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酒に弱い人はコロナに防御的?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

お酒に弱い人は、コロナ(COVID-19)に対して防御的な体質を持つのではないかという興味深い研究成果が発表されました。この研究は、佐賀大学医学部環境医学分野などに所属する共同研究チームによるもので、Environmental Health and Preventive Medicine 誌に論文掲載されています [1](下図)

「お酒に弱いとコロナに防御的」というのは、どういうことでしょうか。お酒が弱い人はすぐに顔が赤くなりますが(いわゆるアジアンフラッシュ)、これはアルコールの分解時にできるアセトアルデヒドが蓄積するためです。実は、この蓄積したアセトアルデヒドが、コロナに対して防御的に作用するというのが、今回の論文の結論です。

この研究成果は、すでに佐賀大学のプレスリリース [2] および NHK ウェブニュース [3] でも紹介されていますが、このブログでも取り上げてみたいと思います。

1. 研究の背景

アルコールの初期段階の分解代謝には複数の酵素が関わっています。この一つがアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2であり、アルコールが分解してできるアセトアルデヒドの分解に関わっています。ALDH2 遺伝子には、人によっては一塩基多型である rs671の変異が見られますが、この変異が入ると作られる成熟タンパク質では Glu487Lys のアミノ酸置換が起こり、主に二量体構造を破壊することによって酵素活性を低下させることになります。

ALDH2 は低濃度でアセトアルデヒド代謝できる唯一の酵素です。そのため、rs671 変異を有する人は、アルコール飲料を摂取した後にアセトアルデヒド血中濃度が上昇し、顔が赤くなったり、頭痛をもよおすなど不快な症状を呈します。このタイプの人は東アジアに多いことから、飲酒時の皮膚の紅潮などの症状は「アジアンフラッシュ」と呼ばれています。日本人の約半数がこれに該当します。

ALDH2 は、ヒトにおいては飲酒に関連する酵素として認識されているのですが、多くの生物種で発現しているため、この酵素の本質的な役割は、他の種類の内因性アルデヒド代謝であると考えられています。たとえば、ホルムアルデヒドと4-ヒドロキシ2-ノネナール(4-HNE)はよく知られた内因性アルデヒドであり、ALDH2 の基質になります。

ホルムアルデヒドは、様々な代謝経路で産生される必須アルデヒドであり、マクロファージ機能の促進や細菌の増殖抑制に関与しています。4-HNEは、脂質過酸化の最終生成物であり、非常に毒性が強く、老化や他の病的状態に関与しているほか、効果的な静菌剤でもあります。

このような知見に基づけば、ALDH2 の rs671 変異が進化的に拡大した理由を示唆しているように思われます。つまり、ALDH2の活性低下は、免疫機能の向上や細菌の増殖抑制に働く物質の産生促進につながり、進化的に理にかなうということです。すでに、疫学研究と動物モデルの両方において、rs671 変異が細菌感染に対して保護的であると報告されていますし、B 細胞やマクロファージを含む様々な免疫細胞のエンドソームや細胞表面に発現している Toll 様受容体9のような、SARS-CoV-2 と共通の免疫学的経路を活性化する可能性があります。

今回の研究では、rs671 変異体が COVID-19 を予防するという仮説を検証することが目的です。飲酒時のアジアンフラッシュ の発生は、約 90 %の精度で rs671 の変異アレルの存在を示すことから、この皮膚紅潮現象を rs671 の変異アレルの代用指標として用いています。

2. 研究の概要

研究チームは、飲酒後の皮膚紅潮と COVID-19 感染の時期について、ウェブベースの後方視的調査を行ないました。すなわち、飲酒後に顔などの皮膚が赤くなる(フラッシャー)、赤くならない(非フラッシャー)かや、COVID-19 感染の有無についてインターネット上でアンケート調査を行ない、フラッシャー 445 人、非フラッシャー 362 人(合計 807 件)の有効回答を得ました。

集計分析の結果、2019 年 12 月 1 日から 2023 年/5月31日の42ヵ月間に、COVID-19を経験したのはフラッシャーで 35.7 %、非フラッシャーで 40.6 %であり、フラッシャーほど発症が遅い傾向がありました。同様に、COVID-19が原因で入院したのは、フラッシャーでは0.5%、非フラッシャーでは2.5%でした、生存分析では、COVID-19およびそれに関連する入院のリスクは、フラッシャーで低くなりました。

日本人の約半数が COVID-19 ワクチンを 2 回接種した 2021 年 8 月 31 日までの 21 ヵ月間を対象とした Cox 比例ハザードモデルでは,性別,年齢,ステロイドの使用,居住地域を調整した結果,COVID-19 発症のハザード比(95%信頼区間)はフラッシャーと非フラッシャーで 0.21(0.10-0.46)と推定されました。つまり、ワクチン完全接種をした人が国内人口の半数ほどにとどまっていた 2021 年 8 月までの期間に絞り込むと、フラッシャーの感染率は、非フラッシャーに比べて、およそ 5 分の 1 にとどまったということになります。

3. 解釈と意義

生物におけるアルデヒドの直接的な静菌作用は、文献上よく知られています。動物においては、内因性ホルムアルデヒドは、正常な条件下でも細菌の増殖を阻害するのに十分な濃度範囲(25 μM 以上)で存在すると報告されています。植物においては。緑葉の揮発性物質は内因性アルデヒドであり、病原体に対する抵抗性を誘導します。

上記の事実は、rs671 の変異対立遺伝子保有者においては、ホルムアルデヒド濃度が高くなり、病原体に対する防御効果が得られる可能性を示しています。また、内因性の 4-HNE は、SARS-CoV-2 感染の制御に重要なオートファジーを促進する可能性があり、さらなるメカニズムが働いていることが考えられます。したがって、rs671 保因者においてはアルデヒド代謝の低下により、内因性アルデヒドの濃度が上昇し、ウイルス抵抗性が生じるという仮説を説明できるかもしれません。

この研究では、フラッシャーの人は、COVID-19に関連した入院が少なくなることがわかりました。この所見は、感染防御特性によりウイルスの侵入が少なくなるため、罹患率の低さと関連する同じメカニズムで部分的に説明できます。さらに、体液性免疫に関する所見から、別のメカニズムの可能性も示唆されます。COVID-19 の重症感染では、抗体分泌細胞の拡大が大きく、高濃度の SARS-CoV-2 特異的中和抗体が早期に産生されることが報告されています。研究チームは、COVID-19 ワクチン接種後の特異的 IgG 抗体濃度が rs671 変異保有者では低いことを見出しました。これらの所見から、rs671 は獲得液性免疫応答の低下、すなわち過剰な免疫応答の抑制と関連している可能性があり、その結果、入院イベントが少なくなることが示唆されます。

おわりに

本研究は、飲酒後のフラッシング現象と COVID-19 の罹患および入院リスクの低下との関連を示唆し、rs671 変異が防御因子であることを示唆したものです。本研究は、感染制御のための貴重な情報を提供するとともに、東アジア人特有の体質が COVID-19 感染率の低さに関わっている可能性を示唆するものです。

思えば、COVIDパンデミック当初、欧米と東アジアで圧倒的な感染率や死亡率の差異があり、ファクターX なるものがそれに関わっているだろうとされました(→COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価)。その一つはマスク着用率の高さであったわけですが、それに加えて ALDH2 の rs671 変異が加わったように思います。

N 抗体の保有率に基づいて、すでに日本人の 6 割が SARS-CoV-2 に感染していると考えられていますが、ほぼ全員が感染していると言われる欧米に比べると、あきらかに感染の進行が遅いです。マスク着用+ rs671 変異のためと考えれば納得いきますが、それでも昨今の感染対策の緩みのせいで、せっかくのファクター X が生かせてないような気がします。

引用文献

[1] Takashima, S. et al: Asian flush is a potential protective factor against COVID-19: a web-based retrospective survey in Japan. Environ. Health Prev. Med. 29, 14 (2024). https://doi.org/10.1265/ehpm.23-00361

[2] 佐賀大学 Press Releasse: お酒を飲むと顔が赤くなるアジアンフラッシュ体質が新型コロナウイルス感染症に対し防御的であることを報告. 2024.03.26. https://www.saga-u.ac.jp/koho/press/2024032633170

[3] NHK News Web: 酒飲んで赤くなる人はコロナ感染に防御的か 佐賀大研究成果. 2024.03.27. https://www3.nhk.or.jp/lnews/saga/20240327/5080016798.html

引用したブログ記事

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

         

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