Dr. TAIRA のブログII

環境と生物、微生物、感染症、科学技術、生活科学、社会・時事問題などに関する記事紹介

A群溶血レンサ球菌感染症の広がりの謎

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

いま日本では、COVID-19流行もさることながら、A群溶血性レンサ球菌 Streptococcus pyogenes (A群溶連菌)による感染症が広がっています。英ガーディアン紙は、日本のこの出来事を、「希少だが危険な細菌感染症が日本で記録的な勢いで蔓延している謎」という表現で記事にしています [1]下図)。このブログで、この記事を取り上げたいと思います。

A群溶血性レンサ球菌感染症の中でも、最も重度な病態で死に至る可能性のある「レンサ球菌中毒性ショック症候群(streptococcal toxic shock syndrome 、STSS)」が日本で確認されたことで、2024年の患者数は昨年の記録的な数を上回ると予想されています。国立感染症研究所(NIID)は次のように述べています :「劇症型溶血性レンサ球菌のメカニズムについては、まだ未知の要素が多く、説明できる段階にはない」。

感染研が発表した暫定値によると、昨年報告された STSS の症例数は 941 件でした。ところが、今年は最初の 2 ヶ月間で、すでに 378 人の感染者が報告されており、47都道府県のうち、2 つを除くすべての自治体で感染が確認されています。

感染研によると、高齢者ほどリスクが高いと考えられている一方で、A 群株は50歳未満の患者の間でより多くの死亡につながっていると言います。朝日新聞は、2023 年 7 月から 12 月までに STSS と診断された 50 歳未満の 65 人のうち、約 3 分の 1 に当たる 21 人が死亡したことを報じました。

一般的に、STSS は A 群溶連菌によって引き起こされます。主に子供に咽頭炎を引き起こす細菌です。しかし、この細菌は、特に 30 歳以上の成人において、場合によっては重篤な病気や健康合併症、死亡を引き起こす可能性があります。STSSの症例の約 30% は死に至ります。

高齢者は風邪のような症状を経験しますが、まれに症状が悪化し、溶連菌感染症扁桃炎、肺炎、髄膜炎などを引き起こすことがあります。最も深刻な場合、臓器不全や壊死を引き起こすこともあります。

専門家の中には、昨年の感染者の急増は、COVID-19 パンデミック時に実施された規制が解除されたことと関係があると考える人もいます。感染症法の分類変更に伴う規制解除です。

2023 年 5 月、政府は COVID-19 の感染症法上の位置付けを、結核SARS を含む 2 類相当から 5 類に格下げし、法律上は季節性インフルエンザと同等としました。この変更により、地方自治体は、感染者に外出を控えるよう命じたり、入院を勧めたりすることができなくなりました。

日本では、マスク着用、手洗い・手指消毒、3 つの C(いわゆる 3 密)を避けることで、当初は COVID-19 による死亡者数を比較的低く抑えることができましたが、5 類への変更と感染対策の緩和は、人々の警戒心を低下させました。人口が日本の半分強の英国では COVID-19 で 22 万人以上が死亡したのに対し、日本の死亡者は約 10 万人です(記事では約7万3千人となっている)。ただし、英国ではパンデミック初期に死亡が集中しているのに対し、日本ではオミクロン流行以降で 8 割を占めています。

東京女子医科大学の菊池健教授(感染症学)は、重篤な劇症型溶連菌感染症の患者数が今年劇的に増加したことを「非常に懸念している」と述べました。同氏は、COVID-19 の 5 類化が、溶血レンサ球菌感染症増加の最も重要な要因であると考えています。このため、定期的な手指消毒などの基本的な感染予防策を放棄する人が増えたと述べています。

「私の考えでは、50%以上の日本人が SARS-CoV-2 に感染している」と菊池氏はガーディアン紙に語っています。「COVID-19 から回復した後の人々の免疫状態は、いくつかの微生物に対する感受性を変化させるかもしれない。劇症型溶血性レンサ球菌感染症の感染サイクルを明らかにし、早急にコントロールする必要がある」と語っています。

COVID-19のような溶連菌感染症は、飛沫や身体的接触によって伝播します。また、この細菌は手足の傷口からも患者に感染します。

A群溶血性レンサ球菌感染症抗生物質で治療されますが、より重篤な劇症型A群溶血性レンサ球菌感染症の患者は、集中的な治療とともに抗生物質と他の薬剤の併用が必要となる可能性が高くなります。

厚生労働省は、COVID-19 パンデミック時に日常生活の一部となった溶連菌A型に対する基本的な衛生上の予防策をとることを推奨しています。ジャパンタイムズ紙によると、武見敬三厚労相は今年初め、記者団に対し、「指や手を清潔に保ち、咳エチケットを実践するなどの予防措置を取ってほしい」と語りました。

以上が、ガーディアン記事の翻訳を含めた内容ですが、注意しなければならないのは、溶連菌感染症自体は、COVID-19 パンデミック以前から増え続けているということです。個人的には、マクロライド系抗生物質の乱用が耐性菌の増加を促し、溶連菌の菌体表層に存在する病原因子M蛋白をコードする emm 遺伝子の変化(現在80以上の血清型が確認されている)が、溶連菌感染症の増加に関係していると考えています。

そして、COVID-19の5類化と感染対策の緩和が、溶連菌感染症の増加につながっているのは間違いないでしょう。なぜなら、それまで増え続けていた溶連菌感染症患者は、COVIDパンデミックで感染対策が強化された時には、減少に転じていたからです。政府、厚労省による公衆衛生維持の取り組みの緩みは、一般人の感染対策の緩みに繋がっており、スーパーやコンビニなどに置かれているアルコール消毒液で手指消毒する人もあまり見かけなくなりました。

あとは、COVID-19 感染の免疫への影響があります。COVID 感染した人たちがあらゆる感染症にかかりやすくなっていることは論文でも指摘されています。

引用文献

[1] McCurry, J.: Mystery in Japan as dangerous streptococcal infections soar to record levels. Guardian March 15, 2024. https://www.theguardian.com/world/2024/mar/15/japan-streptococcal-infections-rise-details

        

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)