Dr. TAIRA のブログII

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BA.2.86は親系統より病原性が低い?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

現在、 日本では COVID-19 の第10波が襲来しています。主体となっている SARS-CoV-2 オミクロン BA.2 を親系統とする BA.2.86 からさらに派生した JN.1 変異体です。JN.1 は免疫逃避と感染力が強化されていることが報告されており [1]、第10波における感染者と入院患者の増加の要因になっていると思われます。

先のブログ記事(→SARS-CoV-2の高度変異体 JN.1はより重篤な疾患を引き起こす)では、セル誌掲載の二つの論文 [2, 3] を紹介しながら、BA.2.86 が従来のオミクロンとは異なり、下気道に感染しやすくなっており、病原性においてオミクロン以前の先祖帰り(つまり重篤性が復活)している可能性を述べました。

一方、最近、日本の研究グループ G2P-Japan Consortium は、BA.2.86 変異体のウイルス学的特性について論文を発表し、親型の BA.2.1 よりも病原性が低いことを指摘しました [4](下図)。ここで紹介したいと思います。

1. 論文の概要

G2P-Japan Consortium は、北海道大学東京大学熊本大学広島大学など、複数の機関に所属する研究者のチーム [5] で、さらに海外の研究者とも共同で今回の論文を発表しています。簡単に言うと、論文の結論は、BA.2.86 は従来の先行のオミクロンである BA2.1、EG.5.1 より感染性と ACE2 親和性が高いけれども、病原性が低いということです。

ちなみに、EG.5.1 は昨年夏の第9波流行をもたらした SARS-CoV-2 変異体です。EG.5系統には、スパイクタンパク質に L455F や F456L のアミノ酸変異(いわゆるフリップ変異)が追加されており、ワクチンや抗体薬を広汎に使ってきた結果、生まれたものだろうと推察されています [6]

以下に、今回の論文 [4] のハイライトを記します。

●BA.2.86は、より最近で優勢なEG.5.1よりも感染力が強い

●BA.2.86の抗ウイルス薬に対する感受性は EG.5.1 と同等である

●BA.2.86の in vitro および in vivo での複製効率は EG.5.1 より低い

●ハムスターを使ったモデル実験では、BA.2.86は、EG.5.1 および親型 BA.2.1 よりも病原性が低い

2. BA.2.86 の病原性

研究チームは、BA.2.86 の特に病原性に関する特性を理解するために、BA.2.86、EG.5.1 および BA.2 の臨床分離株(2,000 TCID50)とモデル動物ハムスターを使って、in vivo 実験を行いました。麻酔下でこれらのウイルス株を経鼻接種し、経過観察すると、感染したハムスターはすべて体重減少を示しました。しかし、BA.2.86 における体重減少は、他の2つのウイルス株に比べると、有意に少ないことがわかりました。

次に、感染ハムスターの肺機能を調べたところ、EG.5.1 と BA.2 の場合は、感染後3日でモニターした2つの呼吸パラメータに有意な差が見られた一方、BA.2.86 感染ハムスターでは、これらのパラメータは一定でした。つまり、BA.2.86 は EG.5.1 および BA.2 に比べてハムスターへの病原性が低いことが示唆されました。

さらに、感染ハムスターにおけるウイルスの広がり方を評価するために、口腔スワブおよび2つの肺領域(肺門および肺周辺部)のウイルス RNA 量を定期的に測定しました。その結果、EG.5.1 と BA.2 に感染したハムスターのウイルスRNA量は同程度でしたが、BA.2.86 感染ハムスターのウイルスRNA量は、それらよりも有意に少ないものでした。このことから、BA.2.86 の生体内における増殖力は、EG.5.1 および BA.2 よりも低いと考えられました。

上記の結果は、ウイルスクレオカプシド(N)タンパク質を標的とした免疫組織化学分析でも裏付けられました。BA.2.86 感染ハムスターの肺における N 陽性細胞の割合は、BA.2 感染および EG.5.1 感染ハムスターに比べて有意に低いものでした。

BA.2.86 感染ハムスターでは、BA.2感染およびEG.5.1感染ハムスターに比べて気管支炎/細気管支炎は軽度であり、肺胞損傷およびII型肺細胞を含む炎症面積は小さいものでした。BA.2.86 の気管支炎・気管支腔炎、出血・うっ血、肺胞損傷、II型肺細胞面積を含む病理組織学的スコアは、分析したオミクロン亜型の中では最も低くなりました。

3. 低い病原性の要因

オミクロン前のデルタ変異体のスパイクタンパク質は、効率的にフーリン切断され、高い融合原性を示し、それまでのSARS-CoV-2変異体よりも高い病原性を示しました。対照的に、オミクロンBA.1 のスパイクは、かすかにフーリン切断されるだけで、融合原性は低く、先行のSARS-CoV-2よりも低い病原性でした。

今回の研究では、BA.2.86 のスパイクは BA.2 のそれよりも効率よく切断されることがわかりました。それにもかかわらず、両者の融合原性は同程度であることが示され、ハムスターにおける BA.2.86 の病原性は BA.2 のそれよりも有意に低いものでした。

この見かけ上相反する事実について、著者らは BA.2.86 の複製能力の低さによって説明できるとしています。すなわち、BA.2.86 の複製速度は、in vitro 細胞培養および in vivo において、BA.2のそれよりも著しく低いことがわかりました。BA.2.86 の病原性の減弱は、その複製能力の低下に起因しているというわけです。

おわりに

今回の G2P-Japan Consortium による「BA.2.86は病原性が低い」という研究結果 [4]は、先行した2つのセル論文 [2, 3] とは反駁するように思います。セル論文では、BA.2.86 は初期の SARS-CoV-2 に特徴的であった、肺細胞への強固な侵入という特徴を取り戻しているとされています。BA.2.86 は、TMPRSS2 を利用して効率的に肺細胞に侵入すること 、S50LとK356Tの変異が効率的な肺細胞侵入を引き起こすこと、抗体治療に対して高い抵抗性を示すこと、自然感染やワクチン接種で誘導される抗体を回避することが述べられています(SARS-CoV-2の高度変異体 JN.1はより重篤な疾患を引き起こす)。

私たちは、BA.2.86 の病原性に関する異なる見解の論文をどのように解釈したらよろしいでしょうか。少なくとも、危機管理上、公衆衛生上においては、より深刻な場合を想定した取り組みや予防対策が必要と考えられます。この意味で、入院患者数や死亡者数に関するリアルタイムでの統計データが必須と思われますが、日本政府はこれを放棄しています。一方、米CDCでのデータでは、米国の入院患者数はピークを超えたように思われます。

今回の論文でも、最新の BA.2.86 サブ系統である JN.1 を含めて、2024年1月現在、世界中で急速に拡大しており、この系統が主流となる可能性があり、注意深く監視する必要があると述べられています。しばらくは、第10波流行を注意深く監視していくことが必要です。

引用文献

[1] Kaku, Y. et al.: Virological characteristics of the SARS-CoV-2 JN.1 variant. Lancet Infect. DIs. Published January 03, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00813-7

[2] Qu, P. et al.: Immune evasion, infectivity, and fusogenicity of SARS-CoV-2 BA.2.86 and FLip variants. Cell. Published January 8, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.026

[3] Zhang, L. et al.: SARS-CoV-2 BA.2.86 enters lung cells and evades neutralizing antibodies with high efficiency. Cell. Published January 8, 2024.

https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.025

https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.025

[4] Tamura et al.: Virological characteristics of the SARS-CoV-2BA.2.86 variant. Cell Host Microbe 32, 1-11 (2024). https://doi.org/10.1016/j.chom.2024.01.001

[5] 千葉雄登: 日本のコロナ論文トップジャーナル掲載、半数占める「G2P-Japan」. m3p 医療維新. 2023.04.16. https://www.m3.com/news/open/iryoishin/1133032

[6] 橋本款: ウィズ・コロナ時代における新規オミクロン変異株EG.5の流行. TMiMS東京都医学綜合研究所. 2023.08.31. https://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info177.html

           

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