Dr. TAIRA のブログII

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軽症COVID-19から回復した人のウイルス持続性

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 の特徴の一つは、感染後一定の割合で長期症状に移行すること、すなわち長期コロナ症(long COVID)を発症することが挙げられます。長期コロナ症は、急性期の症状の程度に関わらず発症すると言われていますが、一方で、先のブログ記事(→COVIDウイルスの体内持続性は何を意味するのか?)でも紹介したように、急性期の病状の程度が大きく関係しているという報告も出てきました。

長期コロナ症においては、原因病原体である SARS-CoV-2 の持続性が関与していると、以前から言われてきました。症状が長引くほどウイルスが残存し、その量も多いという断片的な証拠が積み上げられてきています。また上記のように、急性期の症状が重いほどウイルスが持続するということも報告されています [1]

今回、軽症のCOVID-19から回復した患者におけるウイルスの持続性、ウイルス排除のタイミング、および長期コロナ症との関係を示した論文が出版されました [2](下図)。軽症患者における長期コロナ症とウイルス持続性を示した先行研究は、これまでありませんでした。ここで紹介します。

1. 研究の背景

COVID-19 感染後の長期コロナ症は、人体の複数の臓器や神経・免疫調節システムに大きな影響を及ぼすことを示唆する証拠が増えています。また、この長期症状にウイルスの持続性が関連している可能性を示す研究も増えています。先のブログ記事(→COVIDウイルスの体内持続性は何を意味するのか?)では、長期症状患者の血漿中にウイルス抗原(スパイク、S1、N抗原)がかなりの頻度で持続していることを示す論文を紹介しました。

しかしながら、様々な臓器や組織におけるウイルスの持続性に関する証拠の多くは、死亡した患者を対象としていたり、パンデミック初期の患者および重症患者を対象としているものが多く、軽症者については情報が欠けていました。長期コロナ症とウイルスの持続性との関係についても、依然として断片的な知見にとどまっています。

今回の研究では、これらの背景に鑑みて、軽症のCOVID-19から回復した後の3つの時点における、多様な組織における SARS-CoV-2 の持続性、および長期コロナ症との関連を調べることを目的として行われました。

2. 研究の概要

研究を行ったのは中国の研究チームです。2022 年 12 月のオミクロン波流行を受けて、北京の中日友好病院の軽症 COVID 患者を対象とする単一施設横断的コホート研究として実施されました。登録対象者は、感染後 1、2、4 ヵ月の時点で、胃カメラ、手術、化学療法を受ける予定の、またはその他の理由で入院治療を予定している軽症患者で、事前に PCR 検査または迅速抗原検査で感染確認されました。

研究チームは、患者の感染後約 1 ヵ月(18~33 日)、2 ヵ月(55~84 日)、4 ヵ月(115~134 日)において、残存手術検体、胃カメラ検体、血液検体を採取しました。SARS-CoV-2 の検出・確認は digital droplet PCR 法のほか、RNA in-situ ハイブリダイザーション、免疫蛍光法、免疫組織化学染色法で行いました。さらにウイルスの持続性と長期コロナ症との関連を評価するため、感染後 4 ヵ月目に電話による追跡調査を行いました。

2023 年 1 月 3 日から 4 月 28 日の間に、225 人の患者から採取された 317 の組織検体(201の残存手術検体、59の胃カメラ検体、57の血液成分検体)が調べられました。その結果、ウイルス RNA は、1 ヵ月目に採取された固形組織検体 53 検体中 16 検体(30%)、2 ヵ月目に採取された 141 検体中 38 検体(27%)、4 ヵ月目に採取された66 検体中 7 検体(11%)から検出されました。

臓器・組織ごとに見ていくと、ウイルス RNA は、肝臓、腎臓、胃、腸、脳、血管、肺、乳房、皮膚、甲状腺を含む 10 種類の固形組織に分布しており、検査した固形組織 61 検体のうち 26 検体(43%)から、サブゲノムが検出されました。感染後2カ月で、免疫不全の患者 9 人のうち 3 人(33%)の血漿、1人(11%)の顆粒球、2人(22%)の末梢血単核球からウイルスRNAが検出されました。一方、免疫機能を有する患者10人では、いずれの血液区画からも、ウイルスは検出されませんでした。

電話アンケートに回答した患者 213 人のうち、72人(34%)が少なくとも 1 つの長期症状を報告し、その中で、疲労(21%、213人中44人)が最も頻度の高い症状でした。回復した患者におけるウイルス RNA の検出は、長期コロナ症の発現と有意に関連しており(オッズ比 5-17)、ウイルスコピー数が多い患者ほど、長期コロナ症を発症する可能性が高いことがわかりました。

3. 解釈と意義

今回の研究では、軽症のCOVID-19から回復した患者を対象として、肺、肝臓、腎臓、胃、腸、脳、乳房、甲状腺、血管、皮膚などさまざまな臓器の固形組織検体中のウイルス核酸の存在を、感染後 3 時点で調べたことに特徴があります。ウイルス検出率は感染後 4 ヵ月で著しく低下し、ヒトの体内ではウイルス排除機構が緩慢ではあるけれでも機能していることが示されました。

一方で、SARS-CoV-2 感染から 2 ヵ月後の免疫不全患者の血漿、顆粒球などの一部からウイルスが検出されたことは、免疫不全患者ではウイルスの排除機構が損なわれていることを示唆しています。最も重要なことは、感染後 4ヵ月でも COVID の症状が続くこと、そしてこれが、SARS-CoV-2 RNAの持続性と関係することが明らかになったことです。

これまでの研究で、感染後 31~359 日目にさまざまな臓器にウイルスが残存していることが報告されていますが、臓器検体という特徴上、これらの研究は主に COVID-19 によって死亡した人の剖検検体を対象として実施されてきました。今回の研究の新規性は、血液や胃カメラ採取検体だけでなく、軽症患者からの多様な手術検体をも対象としてウイルスの持続性を明らかにし、異なる時点のウイルスコピー数を比較することで、ウイルス排除の傾向を示したことにあります。

一方で、研究の限界も述べられています。その一つは、倫理的配慮から、同じ患者を対象として長期にわたってウイルス残存性を追跡することができなかったということです。

ウイルスの持続性と COVID-19 の長期症状との関連性については、宿主の抗ウイルス反応不全がウイルス排除不良につながる可能性や、ウイルスの持続が宿主細胞の機能障害につながる可能性などが考えられます。体内のさまざまな組織組織におけるSARS-CoV-2の持続性は、長期的な免疫異常と関連している可能性も示唆されています。このような機構については今後の研究で検証する必要があるでしょう。

今後の課題として、研究チームは、ウイルスが長期間持続する COVID 集団を特定するためのスクリーニング方法を開発すべきであると述べています。また、ウイルスの持続性は成人だけでなく小児にも存在し、疾患の重症度とは無関係に小児の免疫系に影響を及ぼす可能性があるため、将来的には小児を対象とした研究も検討すべきであると強調しています。さらに、新たな研究の方向性として、長期コロナ症状軽減に対する抗ウイルス薬や免疫療法の効果を検証するために、適切にデザインされた研究が必要であるとしています。

おわりに

長期コロナ症の SARS-CoV-2 の持続性については、急性期の症状の重さが関係しているという論文が出たばかりですが [1]、今回 [2] は軽症患者のウイルス持続性について調べられたことがミソです。ウイルス排除の時期で長期コロナ症の程度が変わってくるし、免疫不全に陥った場合はウイルス排除が遅れ、症状も長引くということになるでしょう。人によっては、軽症から回復しても、1 年以上も長期症状に苦しんでいる場合もあります。この場合のウイルス持続性はどうなっているのでしょうか。

それにしても、従来、COVID-19 の回復を PCR 検査によるウイルス陰性を持って判断していた時期があり、このために鼻咽頭ぬぐい液を検体として使用していました。しかしながら、一部の患者ではウイルスがいろいろな臓器に深く忍び込んでいたことを考えると、全身疾患のCOVID-19を診断するという点においては意味のないものだった可能性があります。臨床診断とPCR検査陰性で回復としていたことは単に急性期の症状がなくなったというだけで、一部の患者では長期症状に移行していて、それが見逃されてきたということを意味します。

そして、感染後時間が経ってからの検査で、たとえ陽性であったとしても、「それはウイルスの残骸を拾っているだけだから意味がない」と主張していた専門家も国内外で多く見られましたが [3, 4, 5, 6]、これも適切な判断ではなかったということになりそうです。

引用文献

[1] Peluso, M. J. et al.: Plasma-based antigen persistence in the post-acute phase of COVID-19。 Lancet Infect. Dis. Published April 08, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00211-1

[2] Zuo, W. et al.: The persistence of SARS-CoV-2 in tissues and its association with long COVID symptoms: a cross-sectional cohort study in China
Published:April 22, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00171-3

[3] 酒井健司:「PCR検査は陽性だが、感染力ない」ってどういうこと. 朝日新聞DIGITAL. 2020.05.11. https://digital.asahi.com/articles/ASN5803SPN57ULBJ01Y.html

[4] Schraer, R.: Coronavirus: Tests 'could be picking up dead virus. BBC. Sept. 5, 2020. 'https://www.bbc.com/news/health-54000629

[5] 日本経済新聞: PCR「陽性」基準値巡り議論、日本は厳しめ? 2020.11.08. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO65910480W0A101C2CE0000/

[6] 倉原優: 感染後いつまで新型コロナの検査は「陽性」のままなのか? 陰性確認の検査で「陽性」になる誤算. 2022.10.12. https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/6079d4f5ec854d160829907441e954187dc05397

引用したブログ記事

2024年4月19日 COVIDウイルスの体内持続性は何を意味するのか?

        

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)