Dr. TAIRA のブログII

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長期コロナ症は血液バイオマーカーで識別診断できる

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

SARS-CoV-2に感染して起こるCOVID-19では、たとえ急性期症状が回復した後でも、長期コロナ症(long COVID)に移行することがあります。日本では罹患後症状(post-COVID-19 conditions)とか、より一般的にはコロナ後遺症と"軽く"よばれることがほとんどです。世界中で多くの感染者が長期コロナ症に苦しんでいると言われていますが、この病気の根本原因はわかっていません。

厄介なのは、長期のコロナ禍で、様々な物理的制約や経済的困難性のために、多くの人々が精神的障害を受けたり、不安や倦怠感などの症状を訴えたりしているわけですが、長期コロナ症の症状はそれらに類似しており、見かけ上区別しにくいことです。実際はコロナ感染後の長期症状で病院を訪れても、医師に「気のせい」、「精神的なもの」として診断されることも少なくありません。職場や学校においても「怠けているんじゃないか」と片付けられることも多いです。

最近、ネイチャー誌に、長期コロナ症患者を正確に識別できる特定の血液バイオマーカーを特定したとする論文が掲載されました [1](下図)。長期コロナ症患者とそうでない患者を高い確率で識別することができるという画期的な研究で、ウェブ記事でもこの研究成果が解説されています [2, 3]。長期コロナ症の生物学的メカニズムの理解が一歩進んだということで、気のせいとか精神的なものとは言えないということです。この記事で紹介したいと思います。

1. 背景

微生物やウイルスなどの病原体に感染すると、急性期の症状から罹患後の発症(日本では後遺症とよばれることが多い)につながることがあります。SARS-CoV-2 に感染した場合でも、たとえ急性期症状が回復した後でも、長期コロナ症(long COVID)に移行することがあります。罹患後症状では、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)のように、広く研究されているものもありますが、これらの病気の根底にある基本的な生物学的性質は不明であり、長期コロナ症についても未解明です。

COVID-19 の特徴の一つは症状の個人差(異質性)です。無症状、軽症、重症などの急性期症状からそのまま症状が長引く患者がいたり、回復後の患者の一定割合で症状が長期にわたって残り、長期コロナ症として現れることもあります。

長期コロナ症の一般的症状としては、疲労・倦怠感、ブレインフォグ、認知障害などの衰弱症状があります。長期症状の比較的有病率は高く、多くの論文を集約すると、COVID-19患者の約8人に1人が持続的な症状を経験していることが示唆されています。米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国では成人の13人に1人(7.5%)が COVID-19に罹患した後、3 ヶ月異常の長期症状が続いているとされています。これらの多くは病因が不明ですが、原因の一つとして、組織内にウイルスが残り、自己免疫を活性化させたり、様々な障害を引き起こしたりするためと考えられています。

上述したように、長期コロナ症の主症状の一つである疲労感や認知障害は、ほかの病気でも幅広く見られるものであり、その正確な診断は決して容易ではありません。少なくとも、SARS-CoV-2 にいつ感染したかを、検査でしっかり確定診断しておくことが必要です。今回の研究は、なぜ長期コロナ症が存在するのかについての新たな証拠を提供するものであり、この病気の診断と治療に大きく道を開くものと言えるでしょう。

2. 研究の概要

本研究 [1] は、米マウントサイナイ(Mount Sinai)大学アイカーン医学部とイェール(Yale)大学医学部が主導したもので、責任著者の一人は岩崎明子氏(イェール大医学部免疫生物学科教授)です。長期コロナ症患者は、免疫とホルモンの機能において、そうでない患者と明らかな違いがあり、特徴的な血液バイオマーカーで識別できることがを立証されました。重要な事実・成果として以下のように要約されます。

●本研究は、長期コロナ症患者を正確に識別するための特定の血液バイオマーカーを同定した初めての例である

機械学習アルゴリズムを利用することにより、96%の精度で長期コロナ症患者とそうでない患者を識別することができた

●最も注目すべきバイオマーカーの相違は、免疫の混乱、潜伏ウイルスの再活性化、コルチゾールレベルの著しい低下であった

●長期コロナ症に対する有効で信頼できる血液検査プロトコルの開発と個別化治療法に役立つ決定的な前進である

研究チームは、2021 年 1 月から 2022 年 6 月までの間に、マウントサイナイ病院、マウントサイナイ・ユニオンスクエア、イェール大学医学部の 3 施設における合計 271 人の患者を分析しました。これらの患者は、SARS-CoV-2 感染の既往がない人、臨床的に COVID-19 感染が確認された症例から完全に回復した人、COVID-19 感染が確認された後少なくとも 4ヵ月以上長期症状が長く続いている人(長期症状の中央値は急性感染から 12ヵ月)で構成されています。

各患者は、症状、病歴、健康関連 QOL(quality of life) に関する詳細な質問票に回答するよう求められました。これらの患者の長期症状には、認知障害、ブレイン・フォグ、極度の疲労、息切れ、慢性疼痛などがありました。

研究チームは、すべての患者から血液検体を採取し、グループ間のバイオマーカーの相違点と類似点を特定した後、機械学習分析を適用しました。このアルゴリズムを用いて長期コロナ症を特定するのに最も効果的なバイオマーカーを探索しました。

結果として、長期コロナ症群の患者の血液から検出された特徴的な特徴に基づいて、これらを検出することができました。このアルゴリズムによる長期コロナ症の識別精度は96%でした。長期コロナ症群と 2 つの対照群との間で最も顕著な違いのいくつかは、以下のように、免疫とホルモンの機能障害に関連していました。

長期コロナ症患者では、単球、ダブルネガティブ B 細胞、インターロイキン(IL)-4/6を分泌する CD4 T 細胞の数は増加していましたが、抗原提示や細胞傷害性 T 細胞のプライミングを担う樹状細胞(DC)1やセントラルメモリー CD4 T 細胞の数は減少していました。さらに、これらの患者由来の脳脊髄液には、T 細胞免疫グロブリンおよびITIMドメイン(TIGIT)+CD8+ T 細胞が多く認められ、免疫疲弊の可能性が示唆されました。

一方で、ヒトエキソプロテオームに対する自己抗体は、長期コロナ症群と二つの対照群とでは、有意な差はありませんでした。それゆえ、長期コロナ症の病因として、自己反応性 T 細胞が関与しているかどうかは、今後の研究が必要です。

また、長期コロナ症群では、SARS-CoV-2、水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)に対する抗体が多く、特にヘルペスウイルスの一種であるエプスタイン・バーウイルス(EBV)抗原に対する抗体が多く見られました。これまでの研究で、EBV 血症は COVID-19 で入院した患者にもみられることが明らかにされていますので、長期症状に移行する場合の独立した予測因子とみなすことができます。EBV 溶解抗原に対する IgG の上昇は、潜伏ヘルペスウイルスの再活性化が、長期コロナ症患者の共通の特徴である可能性を示唆しています。

さらに、研究チームは、二つの長期コロナ症患者のコホートにおいて、コルチゾールのレベルが大きく低下していることを見いだしました。これは副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)濃度の代償的増悪とは関連していなかったことから、長期コロナ症では、コルチゾールを調節する視床下部-下垂体軸の反応を鈍らせた可能性が高いことが示唆されました。とはいえ、ACTHは血漿中での半減期が極めて短いため、今後の研究でこれらの予備的知見を確認する必要があります。

この研究成果は、長期コロナ症に罹患している人々が、この研究で規定された血液検査プロトコールで観察可能であることを示しています。そして、長期コロナ症患者は、患者固有の病歴と異なる疾患プロセスを抱えて生きていることを示しており、その治療と医学的管理においては、きわめて個別化されたアプローチを採用しなければならないことを示しています。

ウェブ記事では、本研究成果に関する岩崎明子氏の見解が紹介されています [2]。「私たちは、長期コロナ症を持つ人と持たない人で、このような免疫表現型の明確な違いが見られることに興奮している。これらのマーカーは、より大規模な研究で検証される必要があるが、長期コロナ症の病態解明の第一歩となる」。

おわりに

今回の研究で、長期コロナ症を発症している人は、特定の血液バイオマーカーを利用して、他の類似の症状とは識別診断できることがわかりました。診断・治療に向けての大きな前進とも言える成果です。さらに、これらの人々は、異なる疾患プロセスを抱えており、その治療においては個別化された対応が必要ということも明らかになりました。

つまり、医師は長期コロナ症患者の声によく耳を傾け、様々な生理学的検査や臨床検査を行いながら、この病気に対して個別化された医学的管理アプローチを採用しなければならないということです。長期コロナ症の患者と診断・治療する医師の両方に光明を与えるとともに、新たな認識の必要性を促すものでしょう。

長期症状を含めて COVID-19 は免疫やホルモン調節などの複雑なシステムに浸潤する病気であるため、いまのところ治療のための 「特効薬 」はありません。複雑な病気には複雑な治療法が必要であり、この病気の理解を深め、新しい有望な治療法を発見するためには、より多くの研究が必要です。

引用文献

[1] Klein, J. et al. Distinguishing features of Long COVID identified through immune profiling. Nature Published September 25, 2023. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06651-y

[2] Nikravesh, I.: Blood Biomarkers Highlight Immune Disruption in Long-COVID. Neuroscience September 25, 2023. https://neurosciencenews.com/long-covid-biomarkers-23975/

[3] Mathur, N.: Long COVID's biological blueprint: new study offers promising insights. News Medical. September 27, 2023. https://www.news-medical.net/news/20230927/Long-COVIDs-biological-blueprint-new-study-offers-promising-insights.aspx
             

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