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COVID-19が重篤炎症に至る謎を解く鍵はウイルスの断片

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

SARS-CoV-2 によって引き起こされる COVID-19 は、当初考えられていたような単純なる呼吸器疾患ではなく、全身性の疾患として認識されるに至っています。そして、しばしな重篤な炎症をもたらしたり、最悪死亡に至ることもあります。さらに、他のコロナウイルスが普通の風邪を引き起こすだけであるのに対し、 COVID-19 の場合は、見かけ上、原因ウイルスが排除された後も、かなりの患者で様々な症状が持続します(いわゆる長期コロナ症 [Long COVID])。

このように、COVID-19 は重篤な炎症を含めて様々な病態を示すわけですが、その理由については、まだ明解な説明はなされていません。

今回、米カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)主導の研究チームは、SARS-CoV-2 のペプチド断片が長期的な炎症を引き起こす可能性を示す論文を発表しました [1](下図)。ウイルスのペプチド断片が、宿主内の特定の抗菌性ペプチド(antimicrobial peptides, AMPs)の働きを模倣することによって、炎症を引き起こすというのです。

この研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に2月2日付けで掲載されました。実は1月末に UCLA News でこの研究成果を紹介しており、「本日」論文が発表された、とその記事は述べていました [2] が、私はその PNAS 論文を見つけられないままでいました。それもそのはずで、掲載は2日後の2月2日になっていました。ここで、今回の研究の概要を紹介します。

1. 研究の概要

COVID-19は、ウイルス感染に必要なアンジオテンシン変換酵素2レセプター(ACE2)を持たない細胞を含む多様な細胞型における免疫活性化の増幅を伴います。この反応は強力ですが非効果的でもあって重篤な炎症反応が起こりますが、その詳細については不明なままです。SARS-CoV-2 ビリオンのタンパク質分解は、宿主によるウイルス排除の重要なイベントですが、一方で、高ウイルス量から生じる残存ウイルスペプチド断片の影響はわかっていません。

今回、研究チームは、感染した宿主環境における超分子自己組織化の観点から、断片化したウイルス成分の炎症能力に着目しました。つまり、ウイルスタンパクが部分分解され、ペプチド化された分子がどの程度 ウイルスAMP様配列(xenoAMPs)として存在するかということです。これらの分子の種類と利用可能な数によって、宿主細胞に及ぼす影響が変化すると考えられます。

研究チームは、SARS-CoV-2プロテオーム(タンパク集合体)中のすべての xenoAMPsをマップし、解析することを試みました。実際、この作業は技術的には容易ではありません。なぜなら、SARS-CoV-2 の RNA ゲノムのサイズは、ウイルスとしてはきわめて大きく(〜30 kb)、宿主および/またはウイルスのタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)によって高度にプロセシングされ、必須機能部位を産生する成熟タンパク質をコードしていることが、xenoAMPs の決定を複雑にしているからです。

疑問の一つは、これらのペプチドモチーフにコードされている AMPs は、異なるプロテアーゼによる微妙に異なる位置での切断に対して、どの程度機能を維持できるのかということです。さらに、病原性の低い 「普通の風邪 」コロナウイルスを分析した場合、これらの AMP 様モチーフはどのように変化するのだろうかという課題もあります。

これらの疑問に答えるため、研究チームは、以前に SARS-CoV-2 プロテオームを学習させたサポートベクターマシン (SVM) 分類システムを用いました。この分類システムでは、与えられた配列の AMP らしさを シグマスコア(σ)の出力で評価することができます。まず、潜在的な xenoAMP を同定し、次にSARS-CoV-2タンパク質の配列を、多くの AMP の典型的なサイズである24〜34アミノ酸配列の移動幅でスキャンすることで、近傍の異なるアミノ酸位置で切断されても AMP 様であるかどうかを評価しました。

今回のSARS-CoV-2プロテオームに対する機械学習分析の結果、高スコア AMP 様配列の集団から宿主の抗菌ペプチド、特に炎症を増強する高カチオン性ヒトカテリシジン(cathelicidin)LL-37を模倣する配列モチーフが明らかになりました。ちなみに、LL-37は、ヒトから単離されたカテリシジンファミリーに属する最初の両親媒性のα-ヘリックスペプチドであり、溶液中におけるタンパク質分解に対して耐性があります。病原体の感染に対する最前線での防御の重要な役割を果たしており、細菌や真核生物細胞の両方に対し細胞毒性を有します。

研究チームは、カチオン電荷をもつLL-37がアニオン性二本鎖 RNA(dsRNA)への結合に選択され、免疫調節のための「秩序構造」に組織化する能力を模倣していることを明らかにしました。ここで、dsRNA は SARS-CoV-2感染で傷害を受けた細胞から放出されると予想される病原体関連分子パターンであるとされています。

重要なこととして、SARS-CoV-2由来の xenoAMPs は、他のコロナウイルスにあるような低病原性ホモログではなく、dsRNA を Toll 様受容体(TLR)の立体サイズに見合った格子定数を持つナノ結晶複合体に会合させるような、多価結合が可能であるということです。このような複合体は、培養中の多様な未感染細胞型(上皮細胞、内皮細胞、ケラチノサイト、単球、マクロファージ)においてサイトカイン分泌を増幅し、関節リウマチやループスにおけるカテリシジンの役割と類似している、と研究チームは評しています。

誘導されたトランスクリプトームは、ウイルスプロテオームのわずか0.3%未満を使用しているにもかかわらず、COVID-19のグローバルな遺伝子発現パターンを反映していました。

2. 研究の意義

今回の研究の重要な知見として、感染していない細胞を通して炎症を伝播させる予期せぬメカニズムが、SARS-CoV-2感染には存在することがわかったことが挙げられます。そして、このメカニズムは、風邪を起こす従来の感冒コロナウイルスには見られないということです。つまり、COVID-19は、明らかに風邪ではないということになります。

このメカニズムには、宿主の自然免疫におけるLL-37カテリシジンのような AMP を模倣できるウイルス由来ペプチド断片が関与していることが明らかになりました。LL-37は、ループス・エリテマトーデスや関節リウマチの病因に関与していることがわかっています。したがって、COVID-19 患者の免疫系が、なぜ関節リウマチのような自己免疫疾患を持つ人の免疫系に似ているのかを理解する上で、重要な概念を提供します。

COVID-19が、組織への直接感染に加えて、ウイルスペプチド断片を介して宿主に伝播するという概念は、既存の観察結果の多くを説明できるかもしれません。ペプチドと核酸の複合体形成が、炎症亢進や自己免疫反応に関わっている可能性があるのです。臨床研究によると、SARS-CoV-2 肺炎によって引き起こされる肺外多臓器病変は、細胞・組織の残骸(宿主由来だけでなくウイルス由来の核酸やタンパク質断片)の循環系への大量放出に関連している可能性があります。

ウイルスのペプチド断片と核酸の複合体は、宿主による酵素分解から保護されているため、急性炎症以外にも長期的な影響を及ぼす可能性があります。この複合体形成が、少なくとも部分的にはCOVID-19の長期作用(長期コロナ症)を説明できるかもしれません。

より一般的には、宿主におけるウイルスの残骸の存在が、インフルエンザ感染における慢性疾患と関連していることが知られていますし、ウイルスRNAは、がエボラ出血熱感染から回復した人のさまざまな体液中に1年以上残存していることもわかっています。

UCLA Newsroom は、今回の研究結果を評して、「『ゾンビ』ウイルスの断片はウイルスが破壊された後も炎症を引き起こし続ける」と表現しています [2]。共著者の人である G. ウォン氏は「教科書によれば、ウイルスが破壊されれば宿主は病気に勝利し、ウイルスの異なる断片は、免疫系が将来認識できるように訓練するために使われる。しかし、COVID-19は、こんな単純なものではないことを教えてくれる」と述べています。

おわりに

今回の知見は、簡単に言えば、SARS-CoV-2のペプチド断片が、一般にDNAからタンパク質を作るのに不可欠な分子の特殊形である二本鎖RNAと自発的に新しい構造を作り、それが自然免疫(抗菌ペプチド)を模倣し、宿主の持続的炎症の原因になるというものです。まさしく、壊れたはずのウイルスがソンビとして復活し、悪さをするというものでしょう。このゾンビは、襲った細胞をウイルス感染したときと同様のエピジェネティックな変化を引き起こします。しかも、ゾンビなので「感染」とは認識されないという、厄介なものです。

この成果は、長期コロナ症の説明にもつながる重要なものですが、専門家や SNS 上でも発信されているコロナの病態や免疫に関する考え方にも警告を発しています。一つは「コロナは普通の風邪」ということを全く否定するものです。もう一つは、「感染して免疫を鍛える」という考え方が、全く愚かなものであることも証明しています。

論文を読んでみて一つ疑問を思ったこととして、著者らは感染した大量のウイルスから派生するペプチド断片を前提にして話を組み立てていますが、これは後発的なイベントとして起こることはないのか?ということです。つまり、ウイルス RNA が宿主 DNA に統合され、その転写産物としてのタンパク質から派生することはないのか、という疑問があります。ペプチドと dsRNA の複合体は、酵素分解作用に対して耐性があるということですが、年単位にも及ぶ長期的な炎症の持続性には、別のペプチド供給メカニズムが関与していることはないのか、という想像も働きます。

そして、ウイルス断片で起こるとするなら、大量のスパイクタンパク質をつくる mRNA ワクチンの場合も、xenoAMPs を生じることはないのか?、ウイルス感染によって複合体を形成することはないか?という疑問も残ります。

引用文献・記事

[1] Zhang、Y. et al: Viral afterlife: SARS-CoV-2 as a reservoir of immunomimetic peptides that reassemble into proinflammatory supramolecular complexes. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 121, e2300644120 (2024). https://doi.org/10.1073/pnas.2300644120

[2] Lewis, W.: Viral protein fragments may unlock mystery behind serious COVID-19 outcomes. UCLA Newsroom. January 29, 2024. https://newsroom.ucla.edu/releases/viral-protein-fragments-behind-serious-covid-19-outcomes

             

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