Dr. TAIRA のブログII

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SARS-CoV-2感染は動脈硬化を促す炎症反応を引き起こす

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

SARS-CoV-2 は呼吸器系ウイルスとして知られていますが、このウイルスが原因で起こる COVID-19 は、全身性疾患の感染症であり、無症候性感染から急性呼吸困難、多臓器不全、死亡に至る多様な臨床症状によって特徴づけられます。とくに、パンデミック当初から循環器系への影響が注目されていて [1]心血管系疾患および脳卒中の増加との関連が指摘されてきました。急性心筋梗塞脳卒中などの虚血性心血管イベントは、慢性的に炎症を起こしたアテローム動脈硬化プラークが根底にあり、COVID-19の臨床的合併症として確立しています [2, 3]

COVID-19患者はインフルエンザ患者に比べて 7 倍以上脳卒中を発症しやすく [4]、急性心筋梗塞脳卒中のリスクは感染後 1 年間も高いままです [5]。COVID-19の重症例で起こる著しい炎症反応(サイトカインストーム)は、急性心筋梗塞脳卒中のリスク上昇の一因であると考えられますが、SARS-CoV-2が冠血管系に直接作用する可能性については、ほとんど未解明でした。

今回、最新の研究で、SARS-CoV-2 が心臓の動脈に直接感染し、動脈内の脂肪プラークに強い炎症を引き起こすことが明らかになり、あらためて心臓発作や脳卒中のリスクが高まる可能性がわかりました。この研究は、米国国立衛生研究所(NIH)の資金援助を受けて実施されたもので、その成果は、今年8月にプレプリントサーバーの一つであるバイオアーカイヴ(bioRxiv)に投稿されていましたが、今回ネイチャー系雑誌の一つに掲載されました [6]下図)。NIH は早速この研究結果を解説しています [7]

この研究では、COVID-19 で死亡した高齢患者を対象として、動脈硬化プラークとして知られる脂肪の蓄積に、当初焦点を当てていました。しかし、研究チームは、調べるうちに、プラークのレベルに関係なくウイルスが動脈に感染し、複製することを発見しました。このことにより、COVID-19 に罹患した人すべてに広く影響を与える可能性があることが分かりました。

これまでの研究で、SARS-CoV-2 が脳や肺などの組織に直接感染することは示されていましたが、冠動脈への影響についてはあまり知られていませんでした。ウイルスが細胞に到達すると、体内の免疫システムがマクロファージ(貪食細胞、白血球の一種)を送り込み、ウイルス除去に働くことは認識されていました。一方で、動脈においては、マクロファージはコレステロールを除去する働きもあり、コレステロールが過剰になると、泡沫細胞と呼ばれる特殊な細胞に変化します。

そこで、研究者チームは、もし SARS-CoV-2 が動脈細胞に直接感染すれば、通常野放しになっているマクロファージが既存のプラークの炎症を増大させるのではないかと考えました。この辺りの経緯は、この研究の責任著者であるキアラ・ジャンナレリ(Chiara Giannarelli)医学博士(ニューヨーク大学グロスマン医科大学医学部および病理学教室の准教授)が説明しています [7]

研究チームは、COVID-19 で死亡した人の冠動脈とプラークから組織片を採取し、その検体中にウイルスが存在することを RT-PCRRNA 標的 in situ hybridization で確認しました。次に、健康な患者から動脈とプラークの細胞(マクロファージと泡沫細胞を含む)を採取し、培養シャーレの中でSARS-CoV-2に暴露させたところ、ウイルスがこれらの細胞や組織にも感染することがわかりました。

SARS-CoV-2 感染率を比較したところ、ウイルスがマクロファージに感染する率は他の動脈細胞よりも高いことがわかりました。コレステロールを多く含む泡沫細胞は最も感染しやすく、ウイルスを容易に排除することができませんでした。このことから、泡沫細胞は動脈硬化プラーク内で SARS-CoV-2 の貯蔵庫として働いている可能性が示唆されました。つまり、プラークの蓄積量が高く、泡沫細胞の数が多いほど、COVID-19 の重症度や持続性が増す可能性があるということになります。

研究チームは、さらに、ウイルス感染後にプラークで起こる炎症に注目しました。その結果、炎症を増長させ、プラークの形成をさらに促進することが知られているサイトカイン分子が放出されることが、すぐに確認されました。サイトカインは感染したマクロファージと泡沫細胞から放出されました。

結論として、今回の研究結果は、SARS-CoV-2 がプラークや冠動脈内のマクロファージに感染し、複製することを決定的な証拠を提示しています。感染したプラークのマクロファージと泡沫細胞によって組織化される炎症亢進反応が、COVID-19の急性心血管系合併症に関連することが強調されています。

この知見は、プラークが蓄積している人がCOVID-19に感染すると、長い年月が経過しても心血管系の合併症が起こる理由、あるいはすでに発症している場合、心臓関連の合併症がより多く発症する理由を説明する一助になるでしょう。最終的には、これは、急性期のCOVIDと長期のCOVIDの両方に関する将来の研究に役立つ情報です。

注意しなければならないことは、この研究は、COVID-19パンデミックの初期に発生した症例に限定されていることです。得られた知見は、2020年5月から2021年5月の間にニューヨーク市で流行した原型のウイルスのみに関連しています。

さらに、研究対象の患者が限られていることも考慮する必要があります。すなわち、アテローム動脈硬化症やその他の病状、合併症を有する高齢者の小規模コホートの解析に限られています。したがって、この研究結果を、直ぐに若い健康な人に外挿することはできないと論文で述べられています。

とはいえ、上記したように、初期の研究で、SARS-CoV-2に感染した若年成人の頸動脈硬化および大動脈硬化が高いことも明らかになっていますし [8]、若年成人感染者が動脈硬化の様々なマーカーを改善するためには、感染からの回復に数カ月が必要であることも報告されています [9]。要は、少なくとも高脂血症、高血圧、糖尿病などの傾向があるという場合には、年齢に関係なく、SARS-CoV-2に関連する心血管系合併症のリスクを考慮すべきであるということではないでしょうか。

引用文献

[1] Vargas, Z. et al.: Endothelial cell infection and endotheliitis in COVID-19。Lancet 395, 1417–1418 (2020). doi: https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)30937-5

[2] Lamers, M. M. & Haagmans, B. L.: SARS-CoV-2 pathogenesis. Nat. Rev. Microbiol. 20, 270–284 (2022). https://doi.org/10.1038/s41579-022-00713-0

[3] Engelen, S. E., Robinson, A. J. B., Zurke, Y. X. & Monaco, C. Therapeutic strategies targeting inflammation and immunity in atherosclerosis: how to proceed? Nat. Rev. Cardiol. 19, 522–542 (2022). https://doi.org/10.1038/s41569-021-00668-4

[4] Merkler, A. E. et al. Risk of ischemic stroke in patients with Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) vs patients with influenza. JAMA Neurol. 77, 1366–1372 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jamaneurology/fullarticle/2768098

[5] Xie, Y. et al.: Long-term cardiovascular outcomes of COVID-19. Nat. Med. 28, 583–590 (2022). https://doi.org/10.1038/s41591-022-01689-3

[6] Eberhardt, N. et al.: SARS-CoV-2 infection triggers pro-atherogenic inflammatory responses in human coronary vessels. Nat. Cardiovasc. Res. Published September 28, 2023. https://doi.org/10.1038/s44161-023-00336-5

[7] National Institute of Health News Releases: SARS-CoV-2 infects coronary arteries, increases plaque inflammation. September 28, 2023. https://www.nih.gov/news-events/news-releases/sars-cov-2-infects-coronary-arteries-increases-plaque-inflammation?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter

[8] Szeghy, R. E. et al.: Carotid stiffness, intima–media thickness and aortic augmentation index among adults with SARS-CoV-2. Exp. Physiol. 107, 694-707 (2022). https://doi.org/10.1113/EP089481

[9] Szeghy, R. E. et al.: Six-month longitudinal tracking of arterial stiffness and blood pressure in young adults following SARS-CoV-2 infection. J. Appl. Physiol. 132, 1297–1309 (2022). https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00793.2021

      

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