Dr. TAIRA のブログII

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子どものCOVID感染がオミクロン以降増えた理由

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 パンデミックが始まった当初、原因ウイルスである SARS-CoV-2 の感染は、子どもより大人の方が起こりやすいことが世界中で報告されました。これは、インフルエンザが子どもが罹りやすいのと対照的です。

これに関して2021年には、東北大学押谷仁教授を責任著者とするグループが論文を出版し、COVID-19では子どもの患者が大人に比べて少ないことから、学級閉鎖などの対策は慎重になるべきと主張しました [1](→子どもが感染を拡大させる。この主張は、ひょっとしたら、その後の学校の感染対策に影響したのではないかと個人的には思います。

しかし、SARS-CoV-2は変異を起こしやすく、組換えによる著しい変化も生じることがあるウイルスです。一つの変異体のデータに基づいて、ウイルスの病毒性や感染性を固定化して述べることは危険なことです。

デルタ波流行までと比べて、オミクロン変異体が現れた第6波以降では、子どもの感染は急増しました。案の定、それまでの常識が通じなくなったのです。オミクロン変異体では、細胞内侵入に必要な宿主の膜貫通型タンパク質分解酵素 TMPRSS2(テンプレス2)への要求性が低下するように変異していました。これが、一般に大人と比べてテンプレス2の発現が低い子どもでも感染できる要因である、という仮説が生まれました。

今回、鳥取大学の研究チームは、分離したオミクロン株が、デルタ株と比較して、テンプレス2に依存することなく増殖できることを、メドアーカイヴに報告しました [2]。これまでの推測を補強するものです。まだプレプリント段階ですが、ここで紹介したいと思います。

1. 研究の背景ーテンプレス2とは

SARS-CoV-2 の感染は、まず、ウイルス表面にある突起構造であるスパイクタンパク質が、宿主細胞の表面に存在する受容体タンパク質(ACE2 受容体)に結合することで始まります。この後、ウイルス外膜と細胞膜の融合が起こって、細胞内にゲノム RNA が放出されるわけですが、そのためには、ウイルスのスパイクタンパク質がプロテアーゼで切断され(開裂され)、活性化される必要があります。

スパイクタンパク質は、S1 と S2 のサブユニットで構成されており、先っぽにあるS1 が受容体であるACE2受容体に結合します。S1 と S2 はタンパク分解酵素フーリンで切断され、そして、根元側にあるもう一方の S2 がさらにテンプレス2で切断されることによって膜融合が進行します。パンデミックが始まってからすぐに、SARS-CoV-2の感染には ACE2 とテンプレス2が気道細胞において必須であると報告され、このプロテアーゼによる分解を受けないと膜融合能を獲得できないとされました。

事実、デルタ波の時期まで流行していた SARS-CoV-2 は、細胞侵入にテンプレス2を効率よく利用していました。実際、テンプレス2を発現した細胞で、効率よくウイルス分離できることが報告されています [3]

しかし、オミクロン変異体ではスパイクタンパク質に変異が起こり、テンプレス2を介在させなくとも細胞侵入の効率が低下せず、 もう一つの侵入経路であるエンドサイトーシスを介した細胞侵入が起こることがわかりました [4, 5]。この経路では、S2 の切断はカテプシンLが担っています (図1)。

図1. SARS-CoV-2の細胞内侵入の機構(左:エンドサイトーシス経路、右:膜融合経路). 文献 [5] より転載.

子どもの気道細胞におけるテンプレス2の発現は、成人に比べて低いことが知られています。 したがって、オミクロン変異体ではテンプレス2の利用可能性が低下しているわけですから、子どもの感染者が増加につながったという仮説が成り立ちます [6]

今回の研究は、国内の分離株を用いた実験により、この仮説を支持するものです。

2. 研究の概要

研究チームは、オミクロン波発生直後に子どものCOVID-19患者が急増した原因を検討するために、日本の1都市内の2病院を受診した患者からデルタ型とオミクロン型のウイルスを分離し、これら両型の分離株の増殖に必要なテンプレス2のレベルを、培養細胞(Vero細胞)を用いて評価しました。

分離したデルタ株では、この変異体の特徴である スパイクタンパク質の P681R 変異が見られました。一方、オミクロン分離株は、H655Y、N679K、P681H をこの変異型の特徴としてもっていました。

デルタ分離株の増殖特性を調べたところ、テンプレス2陽性の Vero 細胞の培養では完全に増殖しましたが、この酵素が陰性の Vero 40 細胞の培養では増殖しませんでした。テンプレス2の機能に対するデルタ型変異体特有の依存性は、モデル研究で推定されてきましたが、今回の流行株でも見られたということになります。

一方、オミクロン分離株は、テンプレス2の発現に関わらず、Vero 細胞での複製能力は変わりませんでした。 オミクロン株には、分離源の患者の年齢による明らかな選択性も見られませんでした。

解読した分離株のゲノム配列について Blast 検索を行った結果、各菌株は海外分離株と高い相同性(99.5%以上)があり、輸入株が変異することなく調査地域に拡散したことが示唆されました。 S2 切断に影響するスパイクタンパク質の主要アミノ酸のプロファイルは、報告されているものと同一でした。 したがって、他で報告されているデルタおよびオミクロン変異体の性質は、本研究の株にも適用可能であると推定されます。

以上の結果より、オミクロン変異体は、テンプレス2に依存しない S2 開裂という性質により、呼吸器上皮表面のテンプレス2発現が低い状態でも容易に増殖し、小児の間で流行することが可能であると考えられました。

テンプレス2依存性のデルタ変異体は、気道におけるテンプレス2の発現が低い子どもにはほとんど感染していませんでした。一方、オミクロン変異体におけるテンプレス2非依存性は、成人および小児由来の株にも当てはまり、現在までのオミクロン流行における子どもの患者増大につながっていると考えられます。

おわりに

SARS-CoV-2 は、細胞内侵入に ACE2 を使用し、一つの機構として、ウイルス外膜と宿主細胞膜の融合を起こすことで侵入します。このためには、ACE2 受容体へ結合したあとに、フーリンによるS1とS2 の開裂が起こり、さらにS2がテンプレス2で切断され、活性化されることが必要です。

従来、この細胞内侵入機構が、デルタとオミクロン変異体では異なることが示されてきたわけですが、今回の研究で国内の分離株を用いて実際それが証明されました。そして、オミクロン変異体がテンプレス2非依存の増殖能をもつことで、一般にこの酵素の発現が低い子どもにおいても、感染が可能であるという従来の仮説が支持されたことになります。

ここで気になるのが、冒頭で挙げた押谷教授が主導した「子どものCOVID感染率は大人に比べて低い」という論文です [1]。この古い情報がアップデートされないまま、政府や保健当局のCOVID感染対策に影響を与え、子どもや学校での感染は大したことはない、無視してもよい、という方針になったのではないかという懸念が、どうしてもあります。

文部科学省の方針で、学校では「マスク着用を求めない」ことが基本となりました。この基本方針がある限り、さまざまな後付け対策が言われても感染対策は無に等しいです。結果として、子どもの健康被害が拡大し、学級閉鎖、学年閉鎖、休校が続出し、貴重な学びの機会が奪われています。文科省の責任はきわめて重いです。

引用文献

[1] Imamura, T. et al.: Roles of children and adolescents in COVID-19 transmission in the community: A retrospective analysis of nationwide data in Japan. Front. Pediatr. 9, Published: August 10, 2021. https://doi.org/10.3389/fped.2021.705882

[2] Kakee, S. et al.: Difference in TMPRSS2 usage by Delta and Omicron variants of SARS-CoV-2: Implication for a sudden increase among children. medRxiv Posted February 14, 2024. https://doi.org/10.1101/2024.02.13.24302758

[3] Matsuyama, S. et al.: Enhanced isolation of SARS-CoV-2 by TMPRSS2-expressing cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 117, 7001-7003 (2020). https://doi.org/10.1073/pnas.2002589117

[4] Meng. B. et  al.: Altered TMPRSS2 usage by SARS-CoV-2 Omicron impacts  infectivity and fusogenicity.  Nature 603, 706-714 (2022). https://doi.org/10.1038/s41586-022-04474-x

[5] Jackson, C. B. et al.: Mechanisms of SARS-CoV-2 entry into cells. Nat. Rev. Mol. Cell. Biol. 23, 3-20 (2022). https://doi.org/10.1038/s41580-021-00418-x

[6] Schuler, B. A. et al.: Age-determined expression of priming protease TMPRSS2 and localization of SARS-CoV-2 in lung epithelium. J. Clin. Invest.  131, e140766 (2021). https://doi.org/10.1172/JCI140766

引用したブログ記事

2023年6月3日 子どもが感染を拡大させる

            

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