Dr. TAIRA のブログII

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子どもが感染を拡大させる

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

米国ボストン小児病院などと台湾の共同研究グループは、米国の約85万世帯の COVID-19 感染の70.4%が子どもから広がっているという研究結果を報告しました。この報文は、6月1日付けの JAMA Network Open に掲載されています [1](下図)

この報告はウェブ記事でも取り上げられ [2]ツイッター上でも紹介されています。従来、COVID-19 は若者を中心に感染、拡大していくことが知られていましたが、オミクロン以降、とくに子どもや学校を中心に感染拡大しているということです。

今回の報告は、学校が保育施設が COVID-19 を感染拡大させる役割を担っていることを示すものですが、日本の学校では脱マスクをはじめとする感染対策解除への方向へ舵を切っていることに鑑みて、あらためて警鐘を鳴らすものとも言えます。そして、技術的には、スマートフォン接続の体温計を用いた大規模な参加型ネットワークによってデータを収集し、解析を行なった特徴があります。このブログ記事で紹介します。

1. 研究の概要

今回、研究チームは、COVID-19 感染症の代理マーカーとして「発熱」を用いました。スマートフォン接続の体温計を被検者(848,591 世帯、1,391,095 人)に渡し、発熱状態をモニターし、COVID-19 の発症分布を推定しました。モニター期間は、2019 年10 月から 2022 年 10 月までの3年間であり、検温回数は 23,153,925 回に及びました。つまり、調査を始めたのはパンデミック開始直前だったわけですが、結果としてパンデミックの時期と重なったわけです。

発熱の定義は測定部位で異なっています。直腸および耳からの測定では 38.0℃以上、口腔からの測定および不明な部位からの測定では 37.8℃以上、腋窩からの測定では37.2℃ 以上と定義されました。そして、34℃ から43℃ の範囲外の温度測定は、異常値として除外されています。

結果として、全測定値のうち、57.7% は成人からのものでした。世帯の 62.3% は 1 人のみから検温を報告しましたが、残りの 37.7% は複数からの報告であり、全測定値の51.6% に及びました。子どもの報告の場合、年齢層は 8 歳以下が多く(58.0%)、各年齢層で男性より女性が多く含まれていました。

報告があったなかで発熱の基準を満たすと読めるものは 15.8% で、発熱件数は779,092 件に上りました。これらの症例のうち、15.4% が家庭内感染とされ、その割合は 2021 年 3 月から 7 月の 10.1% から、オミクロン BA.1/BA.2 流行波では 17.5% に上昇しました。発熱は様々な疾患、感染症に由来するものではありますが、パンデミック期間における発熱数は、COVID-19の新規発症例を予測するものであり、発熱を感染の代理として用いることに妥当性があると、研究チームは述べています。

2. 若い子ほどウイルスを伝播させている可能性

大人と子どもの両方が参加したのは、複数参加世帯の 51.9% に当たる 166,170 世帯の516,159 人であり、その 51.4% が子どもでした。そして、これらの世帯では 38,787 件の発熱症例が発生しました。同一世帯における最初の発熱と二次症例を比べると、子どもから子どもへが 40.8%、子どもから大人へが 29.6%、大人から子どもへが 20.3%、大人のみが 9.3% の割合で起こっていました。初回発熱症例と二次症例の間の連続間隔の中央値は 2 日でした。

全世帯の感染経路をまとめると、70.4% が小児から始まり、その割合は 36.9% から87.5% の間で週ごとに変動していました。小児感染は 2020 年 9 月 27 日の週に 68.4% と最高値を記録し、2020 年 12 月 27 日の週には 41.7% と最低値に落ちました。次の高値は 2021 年 5 月 23 日の週の 82.0% で、6 月 27 日まで安定し(81.4%)、8 月 8 日には 62.5 %まで低下しました。

その後、子供から始まる世帯の割合は、9 月 19 日までに 78.4% に上昇し、11 月 14 日(80.3%)まで推移し、2022 年 1 月 2 日の週には 54.5% に低下しました。3 月 6日には83.8%に上昇し、7 月 24 日の週には62.8%に低下し、10 月 9 日の週には 84.6% に上昇しました。8 歳以下の子供が感染源となる可能性は、9 歳から 17 歳の子供よりも高い傾向にありました(7.6% 対 5.8%)。そして、パンデミックのほとんどの期間において、小児からの感染割合は、地域のCOVID-19の新規症例と負の相関がありました。

研究チームは、パンデミックのほとんどの期間において、小児の COVID-19 感染が地域の新規感染者と負の相関を示したという知見は、先行研究の知見と一致すると述べています。これは、先行研究において、地域感染の少ない時期には小児が、地域感染の多い時期には大人が、それぞれ主な感染媒介者であったと示されていることと一致しているというものです。

他の研究例では、教育現場における SARS-CoV-2 感染のリスクは地域感染率と相関があるけれども、学校内の小児の感染拡大は地域内の成人より低いことを示されています。COVID-19 の発症率が上昇すれば、コミュニティでの成人の感染リスクが高くなり、結果として大人が家庭内感染の媒介者となる可能性が高まります。一方、COVID-19 の発症率が低い場合、非医薬的介入の全体的な頻度が下がり、小児に多い SARS-CoV-2 以外の病原体も含めた発症率の増加とともに、小児の媒介頻度が高まる可能性があるというわけです。

3. 対面式の学校が感染伝播の役割

今回の報告では、大人と子供のいる家庭での感染の70%以上は子どもからの感染であることが示されています。この割合は毎週変動して、その時の当局による非医薬的介入の措置や学校の再開などと関係があることが述べられています。

大人と子どもの両方がいる 166,000 以上の世帯では、600 万以上の温度測定値が記録されましたが、2020-2021 年と 2021-2022 年の両期間で学校が再開された後、子どもが感染事例の大半を占めることがわかりました。一方、これらの感染事例は夏期および冬期の学校休暇中に減少しました。これは、登校が SARS-CoV-2 の伝播の増加と関連し、休校が伝播の減少を示すものです。すでにインフルエンザを含めた呼吸器系ウイルスの伝播において子どもが重要な役割を果たすことが知られていますが、SARS-CoV-2 の伝播に対する子どもの貢献も明らかになったということになります。

パンデミック初期には、学校閉鎖が世界中で一般的であったため、学校での感染が制限され、SARS-CoV-2 感染の推進役としての子どもの重要性は大人よりもはるかに低くなっていました。しかし、2020年秋に学校が再開されると、子どもたちは地域の他の人々とより多く交流することができるようになり、その結果、子どもの COVID-19 症例の数は増加し、この増加が全体の拡散に影響を与えたと述べられています。

研究チームは、多数の先行研究で報告されている同様な証拠を挙げています。 たとえば、冬の流行の期間、イギリスの子どもは大人よりも家庭内にウイルスを持ち込む傾向がありました。病院での子どもの症例から、子どもから家庭内の接触者への感染がカリフォルニアとコロラドで頻繁に見られました。デルタ波では、シンガポールの家庭内で子どもが感染を広げる傾向が高くなりました。これらはいずれも、学校登校時に家庭内での感染が拡大し、子どもの役割が重要であったことを示すものです。オミクロン波では家庭内感染が多かったという今回の調査事実も、先行研究と一致しています。

結論として、著者らは、SARS-CoV-2 の拡散には子どもが重要な役割を担っており、対面式の学校の活動も実質的な拡散につながったとしています。

4. スマホアプリの活用

これまでの既往研究で、スマートフォン体温計による実際の発熱モニターによって、COVID-19 の震源地の検出や、インフルエンザ、およびインフルエンザ様疾患の予測に使用されています。今回の研究でも、スマホアプリの体温計を用いた発熱頻度のモニターによって、集団レベルの COVID-19 患者数を予測することができました。このような参加型デジタルネットワークを通じて、感染を推測できることが証明されたわけです。参加型監視システムは、従来の監視システムを補完する情報を提供し、リアルタイムの重要なデータ源となり得ることが強調されています。

スマートフォン接続機器によるサーベイランスというアプローチでは、調査員や接触トレーサーを必要とせず、家庭内で調査を行うことができます。将来的には、参加型ネットワークから推測される感染を、追加のデータ収集や実験室での確認のために、現地訪問や他の契約追跡アウトリーチで検証することも可能です。著者らは、デジタル技術を活用したシステムについては、公平なアクセスを確保するために、あらゆる努力をしなければならないと結んでいます。

5. 日本の先行研究

ここで、対照的とも言える結論を導いている日本の先行論文の一つを紹介したいと思います。JiCA の今村忠嗣氏を筆頭著者とする COVID-19 感染の小児および青少年の二次伝播リスクに関する論文で、東北大学の押谷仁氏が責任著者として名を連ねています [3]。結論として、子どもの感染者が二次症例を発生させるリスクは、家庭外環境では限定的であるので、学校閉鎖などの学校の感染対策の有効性を慎重にすべきである、としています。

この論文では、二次感染者の割合は、成人と比べると乳幼児や児童・青少年では低いことが示されています。したがって、小児および青少年が二次感染するリスクは、インフルエンザと COVID-19 とで大きく異なることが述べられています。

驚くのは、この知見に基づいて、いきなり「本研究は、家庭以外の環境、特に中学生以下の子どもたちにおけるCOVID-19の伝播において、子どもと青少年が公衆衛生に与える影響は限定的であることを浮き彫りにした」と導かれていることです。そこから、子どものCOVID-19感染軽減策としての学校閉鎖を慎重に検討すべきと述べています。

子どもや青少年の感染者が大人より少ないとしても、そこから子どもが他者に二次伝播させるリスクが低いとはならないはずです。著者ら自身が、子どもの無症候性感染者や軽症者の割合が高いため、彼らの症例発生率が過小評価されている可能性も否定できない、と述べているのですから。

この論文では、子どもの感染率が大人より低いという Vinter らの先行論文 [4] も引用されていますが、学校内で集団発生した例は引用されていません。Vinter らは、大人と子どもの二次伝播の様式の比較が重要であることや、保育所や学校での感染率のモニタリングや接触者追跡調査も重要であることもきちんと述べています。

おわりに

感染症は、大人の非特定多数の中で二次伝播が起こり、その感染者が職場や家庭内に病原体持ち込んで感染拡大するというのが一般的です。また施設や学校が二次伝播の震源地になることがあります。その場合でも、最初の持ち込みは感染した大人ということになります。

一旦ある家庭内に病原体が持ち込まれると容易に子どもに感染し、その子どもが登校することによって学級内クラスターが起こり、その二次感染者の子どもが家庭内に持ち込んで家庭内感染が連鎖的に起こるということになります。今回の研究は、デジタルトレーシングというアプローチによって、この連鎖の感染における子どもと学校の役割を明らかにしたものです。これまでのマスク事情は米国と日本で異なりますが、今回の知見は日本にも当てはまると考えられます。

その意味で、対面授業を行っている学校での感染対策がきわめて重要になってくるわけですが、今回の論文では、マスク着用や手洗いを含めた公衆衛生対策については何も触れられていません。学校閉鎖の有効性についても然りです。

一方で、日本ではいま学校の感染対策緩和が進められています。今村氏らの先行論文 [3] の結論も影響しているのでしょうか? この面で先頭を切っているのが、学校での脱マスク化を進める千葉県です [5]

事は子どもの命と健康の問題であり、学校が感染拡大の震源になっている可能性に鑑みて、文部科学省や各自治体には慎重に対策を進めていただきたいと思います。さもなければ、子どもの健康被害を拡大させ、学級閉鎖・学年閉鎖・休校という事態を深刻化させ、子どもの健康と学ぶ機会を奪ってしまうことなります。

下水サーベイランスにしろ今回のアマホアプリによるサーベイランスにしろ、欧米では先行研究事例があり、実用化も進んでいますが、翻って日本の後進ぶりは目を覆うばかりです。日本の COVID 対策では、いまだに非科学的やり方と精神論とアナログ感覚が支配しており、さらに、5類化という日本独自の法的措置に乗じて COVID 被害情報を積み重ねることさえも放棄してしまいました。世の中ではいつのまにか「コロナは終わった」という思いこみが横行している傍ら、学校やコミュニティでの感染者は急増しています。

引用文献・記事

[1] Tseng, Y.-J. et al.: Smart thermometer–based participatory surveillance to discern the role of children in household viral transmission during the COVID-19 pandemic. JAMA Network Open 6,e2316190 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2805468

[2] Van Beusekom, M.: More than 70% of US household COVID spread started with a child, study suggests. June 2, 2023. https://www.cidrap.umn.edu/covid-19/more-70-us-household-covid-spread-started-child-study-suggests

[3] Imamura, T. et al.: Roles of children and adolescents in COVID-19 transmission in the community: A retrospective analysis of nationwide data in Japan. Front. Pediatr. 9, Published: August 10, 2021. https://doi.org/10.3389/fped.2021.705882

[4] Vinter, R. M. et al.: Susceptibility to SARS-CoV-2 infection among children and adolescents compared with adults: A systematic review and meta-analysis. JAMA Pediatr. 175, 143-156 (2021). https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2771181

[5] 千葉県教育振興部保健体育課長: 学校におけるマスク着用の考え方について(通知). 2023.5.19. https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/anzen/hokenn/documents/mask-kenritsu.pdf

      

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