Dr. TAIRA のブログII

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室内二酸化炭素濃度によるコロナ空気感染確率の推定

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19は、SARS-CoV-2空気感染(エアロゾル感染)によって主に伝播していくことが知られています。したがって、閉所・室内環境の感染防止では換気や空気浄化が重要になるわけです。換気効果の指標として二酸化炭素(CO2濃度も使われていますが、一方で、どの程度の CO2 濃度であれば感染防止として有効なのか、これまで研究例と明確なデータはきわめて少ないように思います。

数少ない研究事例の一つとして、Adzicら [1] は、閉所 CO2 濃度とSARS-CoV-2のRNAコピー数の関連を調べています。Di Gilioら [2] は、教育施設内の CO2 濃度をを用いて感染リスクを分類し、各分類において取るべき行動を列挙しました。この分類では<700 ppmを低リスクとして「何もしなくてよい」、1,000 ppmを超高リスクとして、「ドアを常に開け、授業時間終了時に10分間窓を開ける」という基準が示されています。

最近、日本の研究チームが、室内 CO2 濃度に基づいてSARS-CoV-2の空気感染率を推定した結果を誌上発表しました [3](下図)佐世保中央病院のチームによる研究で、従来空気感染確率の推定に用いられているWells-Rileyモデルを改良し、CO2 濃度をモニターすることでオミクロン変異体の空気感染確率を推定し、このモデルの実臨床における妥当性を評価しました。

この研究では、3例の感染事例を解析しており、サンプルサイズとしては小さいですが、CO2 濃度に基づく感染確率と感染防止基準を示すものとして価値ある情報を提示していると考えられます。このブログで紹介したいと思います。

1. 研究の背景

まずは、当該論文 [3] の序文を翻訳しながら研究の背景を述べたいと思います。

COVID-19の急性期症状はインフルエンザや風邪に似ており、臨床症状のみでは区別が困難です。SARS-CoV-2に感染してから発病するまでの潜伏期間は1〜14日で、通常は5日です。COVID-19は発症前から感染力があり、発症直後はさらに感染力が強くなります。その高い感染力と発症後早期の無症状性および無症候性感染が、市中感染の原因と考えられます。したがって、蔓延の抑制が難しく、これがパンデミックに繋がった要因です。

日本政府は、2023年5月8日から、COVID-19の感染症法上の分類を季節性インフルエンザと同様の5類に引き下げることを決定しました。しかし、病院や診療所などの施設では、感染によって多臓器不全で重症化したり、死に至る可能性のある脆弱な患者を多く受け入れているため、今後も従来どおりの感染予防に取り組む必要があります。

研究チームの病院では、2022年4月4日から18日までに当該院を受診したCOVID-19患者を観察し、本疾患の重症度を調べました。その結果、感染者の38.1%(223/584人)が中等症・重症例に分類されました。この結果は、COVID-19が5類感染症に分類されたとしても、一部の患者にとってリスクが高いことを示唆しており、SARS-CoV-2感染症の予防は依然として必須であると考えられます。

COVID-19ワクチンの有効率は約90%と報告されていますが、新しい変異体の出現により、その効果が薄れてしまう可能性があり、次々と出現する変異体の免疫逃避は周知の事実です。また、ワクチンによって免疫反応に異常が生じるケースも報告されています。このように、COVID-19の感染予防においては、ワクチン接種だけに頼ることはできず、非医薬的介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)が依然として必要です。その中でも、主要感染経路である空気感染を断つ対策が重要になります。

SARS-CoV-2は、接触、飛沫、エアロゾルを介して感染します。接触感染は、感染者の手を介して直接、またはフォマイトと呼ばれる無生物上のウイルス粒子の存在を通じて間接的に起こります。飛沫感染は、感染者が咳やくしゃみ、会話などによってウイルス粒子を含む呼吸器飛沫を大量に発生させることで起こります。この場合、ウイルスは口、鼻、目から感受性の高い人に感染しますが、この感染様式では、ウイルス粒子が地面や周囲の表面に沈着するまでの移動距離が比較的短いため、通常は密接な接触が必要です。

一方、空気感染は、エアロゾルを介して液滴核と呼ばれる感染性粒子が拡散して起こるもので、粒子サイズが小さく、長時間空気中に浮遊し、移動距離が長いことで、飛沫感染とは異なります。エアロゾルの濃度や粒径は、問題となる活動(呼吸、会話、咳やくしゃみなど)により変化します。

Coccia [4] は、風速や大気汚染とCOVID-19の拡散との関連性を調べ、風速が弱い都市では大気汚染が起こりやすく、そのような環境ではCOVID-19が拡散しやすいと結論づけました。また、大気汚染だけでなく、気象条件もCOVID-19の拡散に関与していることが報告されています [5]。Moritzら [6] は、集団集会における換気率やマスクの使用・不使用がSARS-CoV-2感染率に与える影響について調査し、換気率が高いほどSARS-CoV-2陽性率および入院率が低くなると報告しています。

多くの病院では、アルコールによる手指消毒やサージカルマスク・フェイスシールドの使用により、それぞれ接触感染や飛沫感染を防止しています。それにもかかわらず、SARS-CoV-2の院内感染が継続して発生しており、一部クラスター感染も確認されています。研究チームの病院でも、空気感染経路で感染したSARS-CoV-2院内感染症例を数例経験しており、論文で紹介されています。

上記のように、手指消毒、サージカルマスクやフェイスシールドによる接触飛沫感染防止などの対策は、多くの病院で行われていますが、窓やドアを開けて換気を良くし、N95マスクの着用による空気感染防止などの対策は、あまり行われていません。これは主に、病院内の空調システムの効果が換気によって低下し、結果的に光熱費が増加するためです。

この状況に鑑みて、室内の空気感染の高リスク条件を評価し、それを低減するための測定方法(窓やドアを開けるべき数、時間、頻度、サイズ)を明らかにすることが重要です。空気感染確率の推定には、従来からWells-Rileyモデルが用いられていますが、このモデルに必要な室内換気量の予測は、部屋の構造、風速、風量、エアコンや換気扇の性能、ドアや窓を開ける頻度に大きく依存するため、実際の推定は容易ではありません。

そこで研究チームは、室内の CO2 濃度を換気の指標として使用し、空気感染確率を予測することを考えました。このために、室内 CO2 濃度を挿入したWells-Rileyモデルの改良版を設定し、本モデルにCO2 モニター機器を用いて測定した室内 CO2 データを適用して、空気感染確率を予測することを試みました。

2. 研究の成果と意義

本研究では、室内 CO2 濃度を挿入したWells-Rileyモデルの修正版が提案されていますが、ここでは、このモデルについての詳細な説明は省略します。空気感染予防のための換気の重要性とともに、Wells-Rileyモデルに基づく有用な推奨事項を提案した研究はこれまで少数しかなく、その意味で、そして室内 CO2 濃度を用いた空気感染モデルの実臨床への適用を示唆している点で、本研究はユニークと考えられます。

なお、論文中、パラメータとして基本再生産数(R0 が出てきますが、正確にはこれは実効再生産数と読み替えられるべきと思います。

研究チームは、佐世保中央病院に来院した空気感染の疑いのある3症例に、改良Wells-Rileyモデルを適用し、その有効性を確認しました。そして、R0 が1を超えないために必要な室内 CO2 濃度を本モデルに基づいて推定しました。以下、この3ケースについて記します。

●ケース1

2022年7月15日,1歳男児が定期健診のため母親に連れられて小児科診察室で受診しました。日本では BA.5 が流行していた時期でしたが、当時院内感染の記録はありませんでした。小児患者は発熱しており、大泣きしていました。部屋には、患者、母親、小児科医、看護師、研修医の5人がいました。患者の母親はサージカルマスクを着用していましたが、小児自身はマスクはしていませんでした。小児科医、看護師、研修医はサージカルマスクとフェイスシールドを着用しており、いずれもSARS-CoV-2感染歴やその他の基礎疾患はありませんでした。外来診察室には窓はなく、3つのドアはすべて閉めたままでした。診察は約30分でした。2日後、小児科医、看護師、研修医が微熱と喉の痛みを訴え、PCR検査の結果、SARS-CoV-2陽性と判定されました。一方、彼らと接触した他の全員は検査陰性と判定されました。数日後、小児の母親から電話でSARS-CoV-2に感染していることが知らされました。

室内 CO2 を用いた修正Wells-Rileyモデルにより、上記1症例目の空気感染確率が推定されました。ほぼ同じ状況(同じ診察室に5人が入り、3つのドアをすべて閉めた状態)での室内 CO2 濃度は 1,116 ppm であり、感染確率は79.7%、R0 は3.19と推定されました。つまり、算出された R0 は、このケースで実際に感染した人数とほぼ同じでした。

●ケース2

BA.5が流行していた2022年8月29日、当院の病棟に3名の患者(A, B, C)が入院してきました。いずれの患者もマスク着用はなく、会話もせず、病棟の窓や扉は閉められたままでした。患者たちのベッドは医療用カーテンで仕切られていました。

患者Aは82歳の女性で、関節リウマチとシェーグレン症候群のためにクエン酸トファシチニブ10mg/日とプレドニゾロン5mg/日の投与を受けていました。腰椎椎間板ヘルニアのため当院に入院しましたが、その後他院に転院し、PCR検査でSARS-CoV-2陽性となりました。胸部コンピュータ断層撮影では、多発性のすりガラス様混濁が認められ、その一部は発症後数日経過していたと考えられました。その後、患者BとCもPCR検査陽性となりました。患者Bは、関節リウマチのためプレドニゾロン 5 mg/日とメトトレキサート 8 mg/週の投与を受けている80歳の女性で、右上腕骨頸部骨折のため上腕骨骨接合術を受けました。一方、関節リウマチのためメトトレキサート 8 mg/日を投与されている72歳の女性患者Cは、橈骨遠位端骨折で骨接合術を受けました。患者に接した医療従事者は、全員、PCR検査陰性と判定されました。

2例目の室内 CO2 濃度は、ほぼ同じ状況(同じ病室に4人、ドアや窓を閉めたまま)で測定され、1,187 ppm となりました。修正モデルによる空気感染確率は99.6%、 R0 は1.99と推定され、本事例の実際の感染者数とほぼ同じになりました。

●ケース3

呼吸器科の定期受診で74 歳の男性が来院しました。来院当日は無症状でしたが,翌日にPCR検査でSARS-CoV-2陽性となりました。診察医,医療秘書,看護師2名(うち1名は過去にCOVID-19に感染していた)は,毎日のPCR検査ですべて陰性でした。患者はサージカルマスクを着用し、医療スタッフ全員がフェイスシールドとサージカルマスクを着用していました。診察室では、隣室に通じる2つのドアとすべての窓が開かれていましが、廊下に通じるドアは閉じられていました。

ほぼ同じ条件(同室5名、ドア2枚開放、窓をすべて開放)、室内の CO2 濃度を測定した結果、549 ppm となりました。室内 CO2 を用いた修正モデルによる感染確率は4.79%、 R0 は0.191と推定され、今回実際に感染した人数(0)とほぼ同じになりました。

上記の3ケースで示したように、今回適用した修正Wells-Rileyモデルは,許容できる精度で感染確率を推定でき、R0 を近似できることが示されました。すなわち、本修正モデルによる R0 は,外来に滞在する5人の感染者のうち3人が3.19,病室に滞在する3人の感染者のうち2人が2.00,外来に滞在する5人の感染者のうち1人が0.191となり、実際の感染者数と極めて近い値となりました。

これらの結果に基づいて研究チームは、典型的な外来患者を考えた場合,R0 が1を超えない室内 CO2 濃度を算出しました。それらは、マスク未装着の場合 620 ppm 以下,サージカルマスク着用の場合 1,000 ppm 以下,N95マスク着用の場合 16,000 ppm以下となりました。一般的な入院患者の場合は、これよりもやや低い許容濃度になりました。すなわち、R0 が1を超えない室内 CO2 濃度は、マスクなしで 540 ppm 以下、サージカルマスクで 770 ppm 以下、N95マスクで 8,200 ppm 以下となりました。

これらの結果から、病院における空気感染予防のための効果的な戦略を立てることが可能となりました。

パンデミックの脅威に対する予防戦略は、社会における感染症による被害を軽減するために、効率性、柔軟性、対応力、回復力に基づく必要があります。ここで提案されている改良Wells-Rileyモデルは、飛沫感染接触感染の影響を無視しており、定常状態しか適用できないなどの制約がありますが、室内の CO2 濃度をモニターすることで、SARS-CoV-2の空気感染を確率的に防止できる許容濃度を推定できます。それに基づいて、換気を良くする、マスクを着用する、感染者への曝露時間を短くするなどの予防策をとることができます。

研究チームは本研究のいくつかの限界を示しています。まず、Wells-Rileyモデルでは、エアロゾルの均一な分布を可能にするために、室内の空気が十分に混合されていることが必要であり、均一環境の空気感染は考慮できますが、飛沫感染接触感染は考慮できません。この研究では修正Wells-Rileyモデルが使われていますが、主な感染経路が飛沫感染接触感染である場合には、適用できません。第二に、このモデルは定常状態にのみ適しているため、多くの人が出入りする場所では使用できません。第三に、このモデルは室内の CO2 濃度を考慮しているため、オープンスペースには不向きです。

本研究では、オミクロン変異体について空気感染確率とR0を推定していますが、これにはDai & Zhao [7] が提示したオミクロンの q 値(quantum generation rate)を採用しています。q 値は R0 の関数であり、Dai & Zhao [7] はオミクロンの q 値を2345/h、 R0 を12としています。

より最近流行のXBB.1.5やBQ.1.1といった変異体についての解析がほしいところですが、q 値が明らかになっていないため、空気感染確率や R0 を推定することはできなかったと著者らは述べています。近い将来、これらの菌株の q 値が明らかになれば、空気感染確率と R0 が明らかになると思われます。

おわりに

今回の研究で、室内 CO2 を用いた修正Wells-Rileyモデルの妥当性を検証したのは、わずか3例です [3]。したがって、このモデルの有効性を確認するためには、さらなる症例での適用や追試(動物実験など)が必要です。とはいえ、 室内 CO2 濃度から空気感染率を推定し、ウイルスの再生産数を算出できた点で、非常に価値ある研究だと思われます。

感染が成立しにくい室内 CO2 濃度は、マスク未装着の場合 620 ppm 以下,サージカルマスク着用の場合 1,000 ppm 以下という今回の試算は、病院内だけではなく、教室や公共交通機関内でも当てはめることができるのではないかと思われます。

引用文献

[1] Adzic, F. et al.: A post-occupancy study of ventilation effectiveness from high-resolution CO2 monitoring at live theatre events to mitigate airborne transmission of SARS-CoV-2. Build. Environ. 223, 109392 (2022). https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2022.109392

[2] Di Gilio, A. D. et al.: CO2 concentration monitoring inside educational buildings as a strategic tool to reduce the risk of Sars-CoV-2 airborne transmission. Environ. Res. 202, 111560 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.111560

[3] Iwamura, N. and Tsutsumi, K.: SARS-CoV-2 airborne infection probability estimated by using indoor carbon dioxide. Environ Sci Pollut Res Int. Published  June 7, 2023. https://doi.org/10.1007/s11356-023-27944-9

[4] Coccia, M.:How do low wind speeds and high levels of air pollution support the spread of COVID-19? Atmos. Pollut. Res. 12, 437–445 (2021). https://doi.org/10.1016/j.apr.2020.10.002

[5] Núñez-Delgado, A. et al.: (2021) SARS-CoV-2 and other pathogenic microorganisms in the environment. Environ. Res. 201, 111606 (2021). https://doi.org/10.1016/j.envres.2021.111606

[6] Moritz, S. et al.: The risk of indoor sports and culture events for the transmission of COVID-19. Nat. Commun. 12, 5096 (2021). https://doi.org/10.1038/s41467-021-25317-9

[7] Dai, H. and Zhao, B.: Association between the infection probability of COVID-19 and ventilation rates: An update for SARS-CoV-2 variants. Build. Simul. 16, 3–12 (2023). https://doi.org/10.1007/s12273-022-0952-6

      

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