Dr. TAIRA のブログII

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長期コロナ症についてわかったこと、わからないこと

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

前のブログ記事(→軽症COVID-19から回復した人のウイルス持続性)でも示したように、COVID-19に感染・回復した軽症患者であっても、SARS-CoV-2 が様々な組織・臓器に持続し、それが長期コロナ症(long COVID)と関連することが、最新の研究でわかってきました。これは、中国の Zuo ら [1] の研究によるものですが、長期コロナ症とウイルスの持続性との関連を示してきた先行研究の知見をさらに拡大・補強するものです。

長期コロナ症患者の血液サンプルのトランスクリプトーム解析では、対照群との間で発現に差のある 212 個の遺伝子が同定され、SARS-CoV-2 のヌクレオカプシド、ORF7a、ORF3a、Mpro(ニルマテルビル+リトナビル[パクスロビッド]の標的)、アンチセンス ORF1ab RNA など発現上昇が認められました [2]。特に、アンチセンス ORF1ab RNA のアップレギュレーションは、進行中のウイルス複製を示唆しています。

先週、ランセット系列誌に、今回の Zuo らの研究を論評する記事が掲載されました [3](下図)。長期コロナ症について新たにわかったこと、そしてまだ理解されていないことについて簡潔にまとめられています。ここで紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳文です。

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The Lancet Infectious Diseases 誌に掲載された Wenting Zuo ら [1] の研究では、軽症の COVID-19 から回復した 225人 の患者におけるウイルスの持続性が明らかにされた。すなわち、患者から採取された組織検体の SARS-CoV-2 ウイルス RNA を調べたところ、感染から4ヵ月後まで 10 種類の固形組織、血漿、血球に分布していることがわかった。重要なことは、ウイルス RNA の検出、およびその高いコピー数は、COVID-19 後の長期症状(long COVID)と有意に関連していたことである(関連を示すオッズ比=5-17、95%CI 2-64-10-13、p<0-0001)。

SARS-CoV-2 RNA およびタンパク質が体内の様々な組織や細胞で持続的に存在すること、および COVID の長期化が関連していることについては、独立した研究による多くの先行文献があるが、今回の知見はこれらをさらに補強し、拡大するものである。

SARS-CoV-2 の持続性は、直接的な宿主細胞の変化、免疫活性化、潜伏ウイルスの再活性化、あるいはこれら 3 つの組み合わせによって、長期症状を引き起こす可能性がある。免疫活性化の観点からは、最近の研究で、長期コロナ症患者は、血栓性炎症の徴候を伴う補体調節異常、様々な慢性炎症状態に関連する非従来型単球の循環濃度が高く、T-ヘルパー2 細胞に傾いた CD4+ T 細胞の活性化と一致するT 細胞表現型がみられる

SARS-CoV-2 感染後、特に長期コロナ症患者において、SARS-CoV-2 RNA や粒子が複数の組織に長期間残存することは、現在ではよく知られている。しかし、長期コロナ症の炎症性徴候は、ウイルス持続性の結果なのだろうか?

それを示唆する証拠はいくつかある。岩崎氏ら [4] は、長期コロナ症患者の SARS-CoV-2 スパイクおよび S1 に対する IgG 濃度が、ワクチン接種をマッチさせた対照群と比べて高いことを発見し、ウイルス抗原の持続性を示唆した。さらに驚くべきことに、Pelusoら [5] は、SARS-CoV-2 感染から 2-5 年後まで、ウイルス RNAが確認された腸などの体の部位で T 細胞の活性化を観察しており、組織ウイルスの持続性が長期にわたる免疫学的障害と関連している可能性を示唆している。別の研究では、SARS-CoV-2 断片が体内の特定の免疫分子の作用を模倣することによって炎症を引き起こす可能性が示された。

これらの知見は、ウイルスの持続性が免疫学的活性化や長期コロナ症と関連していることを示唆しているように思われるが、この病態の理解は完全とは言い難い。実際、COVID 感染後のウイルスの持続性は、SARS-CoV-2 だけに限った新しい現象ではなく、逆にごく一般的なウイルス疾患のシナリオかもしれない。Pyöriä ら [6] によるエレガントで先見の明のある研究により、ヘルペスウイルス、パルボウイルス、パピローマウイルス、アネロウイルスを中心とする 17 種のDNA分子が、ヒトの体内に微量ながら残存していることが明らかになった。

同様に、SARS-CoV-2 の持続性と T 細胞活性化の亢進は、長期コロナ症を発症していな多くの健常者でも観察されているSARS-CoV-2 がどのようにして他のウイルスの再活性化につながるのか、また、COVID-19 の後に、一部の人だけに長期にわたる症状や免疫介在性の新たな病態が現れる理由も不明である。

このような疑問が未解決であるにもかかわらず、ウイルス感染と慢性持続性や予後不良を結びつける物語に驚く必要はない。エプスタイン・バーウイルスやパピローマウイルス、さらには麻疹やエンテロウイルスなど、慢性炎症、自己免疫疾患、がんにつながるウイルス感染については、小児患者において数十年の経験がある。また、パンデミックの初期から、小児で長期コロナ症が報告されていることも忘れてはならない。

小児の多系統炎症症候群(MIS-C)は、SARS-CoV-2 への曝露歴と明らかに関連する重篤な症状である。興味深いことに、SARS-CoV-2 のリザーバーが両方の集団(長期コロナ症および MIS-C 患者)に存在することが示されている。また、SARS-CoV-2 の腸内リザーバーは、MIS-C で起こる急性期の制御不能な免疫活性化と関連している。

私たちは、Zuo ら [1] による小児を対象とした研究のような、微生物学的・免疫学的な詳細な研究を目指すべきである。MIS-Cをより深く理解することは、川崎病のような一般的な疾患をより深く理解する機会を与えてくれるだろうし、長期コロナ症を理解することは、同じく若年者の筋痛性脳脊髄炎-慢性疲労症候群をより深く理解することが可能になるだろう。

これらの知見はすべて、同じ統一されたメッセー ジを提供している。客観的な生物学的事象は、ウイルス感染後に慢性疲労や他のいくつかの衰弱症状を発症する一部の患者から始まる。このような患者は、これまで無視され、まれな例外を除いて、治療を拒否されてきた。しかし今、その状況は変わりつつある。

Zuo ら [1] の研究は、ウイルスの持続性と臓器特異的な長期コロナ症との関連や、この観察結果の具体的なメカニズムを明らかにするものではなかったが、このような大規模な研究は、感染症の急性期以降の転帰に重点をおき、そのメカニズムが明らかにされるような、医学の新時代を開くものである。まだ始まったばかりだが、これは社会全体に利益をもたらすだろう。

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翻訳文は以上です。

筆者あとがき

従来、COVID-19 は急性期の発熱や呼吸器系症状、およびその治癒が優先され、長期症状については無視されがちでした。今回の Zuo らの研究成果を踏まえたこの論説 [3]は、むしろこの病気の本質は長期コロナ症にあり、このメカニズムの解明が新しい医学の新時代を開くものであると強調しています。

翻って、日本における長期コロナ症患者の実態はどうなのでしょう。メディアで取り上げられることもほとんどなく、テレビは「コロナ禍が終わった」かのような雰囲気を醸し出しています、長期コロナ症など、まるで忘れ去られたかのようです。

引用文献

[1] Zuo, W. et al.: The persistence of SARS-CoV-2 in tissues and its association with long COVID symptoms: a cross-sectional cohort study in China.
Published: April 22, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00171-3

[2] Menezes, S. M. et al.: Blood transcriptomic analyses reveal persistent SARS-CoV-2 RNA and candidate biomarkers in post-COVID-19 condition. Lancet Microbe. Published: April 24, 2024. https://doi.org/10.1016/S2666-5247(24)00055-7

[3] Buonsenso, D. and Tantisira, K. G.: Long COVID and SARS-CoV-2 persistence: new answers, more questions. Lancet Infect. Dis. Published: April 22, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00216-0

[4] Klein, J. et al. Distinguishing features of long COVID identified through immune profiling. Nature 623, 139–148 (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-06651-y

[5] Peluso, M. J. et al. Multimodal molecular imaging reveals tissue-based T cell activation and viral RNA persistence for up to 2 years following COVID-19. medRxiv. Posted: July 31, 2023. https://doi.org/10.1101/2023.07.27.23293177

[6] Pyöriä, L et al.: Unmasking the tissue-resident eukaryotic DNA virome in humans.
Nucleic Acids Res. 51, 3223–3239 (2023). https://doi.org/10.1093/nar/gkad199

引用したブログ記事

2024年4月24日 軽症COVID-19から回復した人のウイルス持続性

         

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)