Dr. TAIRA のブログII

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SARS-CoV-2の高度変異体 JN.1はより重篤な疾患を引き起こす

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

現在、世界的に SARS-CoV-2 の高度変異型である JN.1 による COVID 流行が起きています。日本でも JN.1 が増加しつつあり、第10波が本格的になりました。特に大地震で被災した地域では、インフルエンザとともに COVID 感染が懸念されるところです

JN.1 は、通称"Pirola"として知られる BA.2.86 の派生型ウイルスです。この BA.2.86 系統について、気になる二つの論文ががセル(Cell)誌に掲載されました。BA.2.86 がこれまでのオミクロン変異体よりも重症化する可能性があるというのです [1, 2]。このブログでその内容を紹介したいと思います。

1. セル誌に掲載された研究の内容

これら二つの論文は、セル誌に1月9日付けで同時掲載されています。一つは米オハイオ州立大学の研究チームによるもので [1]、もう一つはドイツとフランスの共同研究チームによる結果です [2]

オハイオ州立大学の研究者らは、実験室で作成した感染性のない BA.2.86 の疑似ウイルスを用いて様々な実験を行ないました。その結果、BA.2.86 変異体は、二価ワクチン誘導抗体による中和に対する耐性は低いけれども、mAb S309 に対する耐性は高く、FLip や他の XBB 変異体と比較してより効率的にヒトの細胞(CaLu-3)と融合し、肺の下部の細胞に感染することがわかりました(下図)。ワクチン mAb S309 が BA.2.86 を中和できないことは、D339H変異によるものとされています。

BA.2.86 変異体のこれらの特徴は、より致命的であったオミクロン以前の初期変異体と類似している可能性があります。

ドイツとフランスの研究チームも同じ結論に至っています [2]。すなわち、BA.2.86 は初期の SARS-CoV-2 に特徴的であった、肺細胞への強固な侵入という特徴を取り戻していると記載されています。この変異体は、TMPRSS2 を利用して効率的に肺細胞に侵入すること 、S50LとK356Tの変異が BA.2.86 の効率的な肺細胞侵入を引き起こすこと、抗体治療に対して高い抵抗性を示すこと、自然感染やワクチン接種で誘導される抗体を回避することが述べられています(下図)。

オミクロン変異体による病態は、それ以前の型によるものよりも軽いと考えられてきました。しかし、それが断定はできないことは、自然感染とワクチン接種の免疫への影響を考えればわかります。すなわち、オミクロンによって発病した人々は、その多くがすでに初期のウイルスに感染しており、感染の影響を和らげた可能性が高いからです。さらに、多くの人がワクチン接種を受けており、その効果も同じように考えることができます。

初期のオミクロンは上気道に感染する傾向があり、下気道には感染しませんでした。一方、今回の研究は、この傾向が逆転しつつあることを証明しています。

2. フォーチュンの記事

フォーチュン誌は、今回のセル論文2編を取り上げた記事を早速配信しました [3]。ここで、それを翻訳・要約しながら紹介したいと思います。

セル論文 [1] の責任著者であるシャン・ルー・リュー博士は、オハイオ州立大学ウイルス・新興病原体プログラムの教授兼共同ディレクターです。フォーチュン誌のインタビューに対して、「オミクロンがより重篤な形に進化している可能性を示す証拠を無視することはできない」と語りました。さらに、米国を含めて世界中で COVID-19 による入院が増えていることが、この議論を後押ししている可能性がある、と付け加えました。

COVID-19 感染症が再び重症化しているかどうかを見分けるのは容易ではありません。なぜなら、自然感染やワクチン接種による免疫付与の影響があるからです。ワクチン接種や先行感染による COVID に対する抗体疫は、病気の重症度を軽減したり、感染を防ぐことができます。しかし、それは3~6ヵ月後には減少します。理論的には、COVID に感染してから、あるいはブースターを受けてから時間が経てば経つほど、入院や死亡のリスクが高まります。

世界的にみて、2023年秋に発売された最新の COVID ブースターの接種率は期待に反して低調です。米国疾病予防管理センター CDC によれば、米国においても 20% 以下にしか過ぎません。

●JN.1はオミクロンより重症か?

JN.1 感染の重症度に関して、セル論文の研究が何を意味するのかについては、まだ結論は出ていません。しかし、リュー博士が言うように、JN.1 が消化管への感染を好んでいるのではないかという専門家の推測と今回の新しい知見とを合わせると、このウイルスの進化する性質についてさらに研究を深めるべきでしょう。

リュー博士のもう一つの懸念は、SARS-CoV-2 が動物体内で別のコロナウイルスと組み替えられ、再びヒトに感染するスピルオーバーの可能性です。つまり、パンデミックの物語に、また新たなウイルスの筋書きが加わることになるのです。オミクロンはこれまでの変異体に比べてきわめて変異が大きく、オミクロン感染はスピルオーバーの結果と主張する専門家もいます。

いずれにせよ、動物は過小評価されているワイルドカードである、とリュー博士は主張しています。例を挙げるならば、オハイオ州のオジロジカの多くが COVID 陽性と判定され、ウイルスが変異するための新たな個体群となっています(→スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染)。

リュー博士が抱く、おそらくより大きな懸念事項は、COVID ウイルスと致命的なウイルスとの融合(組換え)の可能性です。 たとえば、SARS や MERS の致死率はそれぞれ 10%、34%です。一方、ワクチン未接種の米国人における COVID 致死率は、オミクロン以前は 1% 程度、以後は 0.11% 程度です。

「何が起こるかわからない」、「次に何が起こるかを予測するのは本当に難しい」というのが専門家の一致した思いでしょう。動物がウイルスをさらに進化させ、人類に新たな変化球を送り込む力について言えば、結論は「人間よ、気をつけろ」でしょう。

おわりに

上記二つのセル論文は、慎重なものの言い方ですが、BA.2.86およびその派生型であるJN.1が下気道に感染しやすくなっていることは確実なようで、重篤化しやすい疾患を起こす可能性は高いでしょう。米国をはじめ、入院患者が増えているという傾向は、JN.1のこの特徴を後押しするものです。

JN.1 がオミクロン以前の変異体に回帰する病毒性を有するとすれば、また新たな脅威となります。ウイルスが徐々に減衰して風邪と同じ程度になるという「逸話」(→エンデミック(風土病)の誤解SARS-CoV-2の進化と将来のシナリオ)を信じている人々にとっては、都合の悪いニュースです。スピルオーバーによって、ウイルスがより強毒化したり、被害拡大したりする可能性も否定できません(→地球環境変動とスピルオーバー感染症の脅威 )。

ちなみに、JN.1の免疫逃避能力と感染力は、BA.2.86よりさらに強化されています。ワクチン抗体および自然感染の抗体から逃れる力は、それぞれBA.2.86の3.6~4.5倍、3.8倍と報告されています [4]。これらの能力から、JN.1はさらに全世界に拡大し、流行の主体になると考えられます。

不幸にして、日本は BA.2.86 系統 JN.1 による第 10 波流行と震災が重なりました。政府やメディアによる感染症対策への注意喚起が遅れがちなのは否めません(下記"X"へのポスト)。

この先、感染症の影響を含めた災害関連死の増加と日本全国への被害拡大が懸念されます。

引用文献・記事

[1] Qu, P. et al.: Immune evasion, infectivity, and fusogenicity of SARS-CoV-2 BA.2.86 and FLip variants. Cell. Published January 8, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.026

[2] Zhang, L. et al.: SARS-CoV-2 BA.2.86 enters lung cells and evades neutralizing antibodies with high efficiency. Cell. Published January 8, 2024. https://doi.org/10.1016/j.cell.2023.12.025

[3] Prater, E. : New, highly mutated COVID variants ‘Pirola’ BA.2.86 and JN.1 may cause more severe disease, new studies suggest. Fortune Well January 9, 2024. https://fortune.com/well/2024/01/08/covid-omicron-variants-pirola-ba286-jn1-more-severe-disease-lung-gi-tract-symptoms/

[4] Kaku, Y. et al.: Virological characteristics of the SARS-CoV-2 JN.1 variant. Lancet Infect. DIs. Published January 03, 2024. https://doi.org/10.1016/S1473-3099(23)00813-7

引用したブログ記事

2023年11月15日 地球環境変動とスピルオーバー感染症の脅威

2023年5月29日 SARS-CoV-2の進化と将来のシナリオ

2022年3月9日 スピルオーバー:ヒトー野生動物間の新型コロナ感染

2022年1月31日 エンデミック(風土病)の誤解

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)