Dr. TAIRA のブログII

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歴史に学ぶ、コロナ後で起こること

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

COVID-19の世界的な流行は4年目に入り、急性パンデミックへの対応から長期的集団障害の問題への取り組みに焦点が移りつつあります [1] 。COVID-19では、急性期の症状に続く長期の症状が一定の割合で発生することや、急性期から回復しても長期的な症状が出ることが知られています。いわゆる long COVID罹患後症状、ここでは長期コロナ症と呼称)です。長期コロナ症に苦しむ人の増加が米国 [2, 3, 4] や英国 [5] を中心に問題になっており、集団レベルでの長期障害が社会経済活動に大きな悪影響を及ぼすことが懸念されています。

米国における1年前の分析では、労働年齢(18歳から65歳まで)の約1,600万人が長期コロナ症患っており、そのうち200万人から400万人が、この病気により仕事を失っているとされました [2]。そして、これらの賃金損失だけで、年間約1700億ドル(潜在的には2300億ドル [33兆円])とされています。これらは現在に至るまで改善されておらず、最新の分析でも最大2300万人が長期コロナ症を患っているとされています [6]。英国やフランスでも200万人が長期コロナ症を患っているとされています。

日本では「コロナが終わった」というニュアンスで「コロナ後」とか「アフター・コロナ」という言葉が使われていますが、もちろん終わっていなくて、いま第9波が席巻中です。このブログ記事のタイトルの「コロナ後」は「COVIDパンデミックが発生して以降」というコロナ継続の意味であり、「コロナ後で起こること」とは、長期コロナ症患者の大量発生と社会経済活動への悪影響を指します。

1918年にはインフルエンザH1N1亜型(いわゆるスペイン風邪)によるパンデミックが発生し、その後2年の大流行が続いた後、様々な後遺症による社会的影響があったことが知られています。私たちは「コロナ後」を予測するのに、この歴史的事実を参考にすることができます。

このブログ記事では、いままさに歴史が繰り返されようとしていることを踏まえながら、米国の長期コロナ症の問題への取り組みと日本の現状を考えたいと思います。

1. スペイン風邪に学ぶこと

タイム誌は、COVIDパンデミック初年に、先のスペイン風邪流行(1918–1920年)と対比させたCOVID-19が及ぼす長期的影響について記事を配信しました [7]下図)。このパンデミック後、人々に様々な後遺症が現れ、社会経済活動に大きな影響があったことが記されています。同記事は、この後遺症について、長期コロナ症に習って、長期インフル症(long flu)とよんでいます。

タイム誌は、COVID-19とインフルエンザの長期的影響の類似点を考えると、おそらく歴史は、長期コロナ症について何を予測すべきかについて、私たちにいくつかの洞察を与えてくれるだろう、と述べています。タイム誌の記事は3年前のものですが、コロナ後を占う上で示唆的と思われますので、歴史的イベントの記述部分をここで翻訳・要約しながら紹介します。

1918–1919年のスペイン風邪が及ぼした影響については、南アフリカの歴史家ハワード・フィリップ(Howard Phillips)による研究書「ブラック・オクトーバー」に記述があります。インフルエンザとその後遺症によって引き起こされた能力障害は、しばらくの間、国の経済に深刻な影響を与えました。

今から100年前の世界経済の中心は農業でしたが、農業生産に大きな障害が起こったことが記されています。現在のタンザニアでは、1918年末に雨が降ったとき、生存者の衰弱した無気力状態のために作付けができなくなり、この後遺症が100年で最悪の飢饉である「コームの飢饉」を引き起こしました。植え付けができなくなっただけではなく、他の地域では収穫や羊の毛刈りの時期と重なったことも飢饉に拍車をかけました。

影響を受けたのは農業だけではありません。H. フィリップスは、1919年に事故に巻き込まれた列車の運転手が、運転中に停電に見舞われたと後で説明した例を紹介しています。 「彼は、これは前年にスペイン風邪にかかった後遺症だと主張した。同様の報告は世界中から寄せられた。英国の医師たちは、1919年と1920年に「メランコリア」(私たちが鬱病と呼ぶもの)を含む神経障害の症例が著しく増加したことを指摘した。学校の教師たちは、生徒たちが失地を回復するには数カ月から数年かかるだろうと嘆いた」と記述しています。

ニュージーランドの歴史家ジェフリー・ライス(Geoffrey Rice)が同時期に出版した別の作品集にも、「筋エネルギーの喪失 」から 「神経合併症 」に至るまで、インフルエンザによる長期的な症状に関する記述が散見されます。ニュージーランド南島のネルソンの病院に勤務していたジェイミソン医師は、無気力と抑うつ、震え、落ち着きのなさ、不眠を経験した回復者もいたと回想しています。

ニュージーランドのタラナキの農場に住んでいたキャスリーン・ブラントは、このパンデミック後に彼女の地区の農家が遭遇した無数の問題をG. ライスに語りました。「生産の損失による影響は長い間感じられた」と話しています。

1918年のパンデミックを論じる際に問題となるのは、それが第一次世界大戦と重なっており、その影響との関係をどのように評価するかということです。すなわち、その後の無気力や精神疾患の波に対する2つの災害の相対的な寄与を判断することは、不可能ではないにせよ、困難を伴います。いずれにせよ、パンデミックが及ぼした影響が大きいことは容易に想像できますが。

この分析における一つの解決法は、戦争の影響を受けなかった地域を対象とすることです。その点で、ノルウェーのような戦争で中立だった国の研究は、戦争による影響を考慮することなく、パンデミックの影響を垣間見ることができる貴重なものです。ノルウェーの人口学者スヴェン-エリック・マメルンド(Svenn-Erik Mamelund)、自国の精神科施設の記録を調べ、パンデミック後の6年間の平均入所者数が、パンデミックのなかったそれ以前の年と比較して、それぞれ7倍に増加していることを示しました。

以上が、記事に書かれている長期インフル症の歴史です。このような発見は貴重ですが、その解釈にはなお慎重を期す必要があるとタイム誌は述べています。ひとつには、インフルエンザと患者が罹患した精神疾患との因果関係を遡及的に証明する方法がないことです。もうひとつは、精神疾患にまつわるタブーが、当時は現在と同じかそれ以上に強かったため、この数字が現象の程度を正確に反映していない可能性があるということです。

1918年以降、「長期インフル症」がどの程度一般的であったかを測定することはほとんど不可能です。生存者のごく一部が罹患したに過ぎないというのが、作業上の仮定であり、これは、まだ大ざっぱなデータに基づく長期コロナ症に関する作業上の仮定でもあると記事は述べています。

しかし、これは3年前の見解です。SARS-CoV-2に感染した人は、世界ですでに7億人(3年前の記事では何千万人と記述)に達し、米国だけでも、現在、最大2300万人の長期コロナ症発症者いることを考えると、100年前と同じようなプロセスに至ることは必須だと思われます。すなわち、集団的障害がこれから継続し、社会的・経済的損失が長く続く可能性があります。上記したように、賃金損失はすでに計算・推定されています。

2. 政府による長期コロナ症への取り組み

長期コロナ症の主要な病態として神経症精神疾患があることはすでに認められているわけですが、同様な症状はパンデミックに伴う様々な物理的感染対策によってももたらされています。表面的な症状だけを診ていては、それが長期コロナ症なのか別の精神的疾患なのか区別が難しいです。その意味で、感染履歴があるか検査でしっかり確定しておく必要があり、実態把握とともに、長期コロナ症のメカニズム解明や治療についての研究も必要です。

国保健福祉省(HHS)は、長期コロナ症への対応と連邦政府全体の調整を主導する Long COVID Research and Practice (長期コロナ症研究実践室)の設立と、RECOVER Initiative を通じた米国国立衛生研究所(NIH)による 長期コロナ症臨床試験の開始を表明しました [6](下図)。RECOVERは、長期コロナ症を含むPASC(SARS-CoV-2の急性後遺症)に対する理解と予測、治療、予防の能力を向上させることを目的として開始されたプロジェクトです。

同省ザビエル・ベセラ(Xavier Becerra)長官は「我が国が長期コロナ症との闘いで前進を続ける中、この病気の影響に対処し、必要としている人々にリソースを提供することは極めて重要である」と述べました。「昨年バイデン大統領はHHSに対し、長期コロナ症への対応を調整するよう要請した。長期コロナ症調整室の正式な設立とRECOVER臨床試験の開始は、この問題を継続的な優先事項として確固たるものにする」と語っています。

同室は、COVID-19の長期的影響に対する政府全体の対応を継続的に調整する役割を担っており、これには、長期コロナ症とそれに関連する状態、および長期コロナ症に関する国家研究行動計画とCOVID-19の長期的影響に対するサービスと支援の実施が含まれています。目標として、長期コロナ症と共に暮らす人々の生活の質を向上させ、長期コロナ症に関連する格差を縮小することによって、この病気の影響を軽減することが挙げられています。

おわりに

スペイン風邪パンデミックがもたらした社会への長期的影響については断片的にしかわかっていませんが、この歴史から学べることは、COVID-19パンデミックが今後の集団的健康と社会経済活動へ多大な悪影響を及ぼすだろうということです。米国の1年前の分析 [2] と今のCOVID-19の流行から考えると、今後集団的的障害と社会経済活動への負担が増大していくことはあっても、到底収束など難しいことも想像させるものです。

社会経済活動における損失のみならず、パンデミックと長期コロナ症が及ぼす子どもの精神疾患心理的障害(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響)も大きな問題として横たわっています。

昨日(8月3日)のTV朝日「報道ステーション」で、気候変動によるニューノーマル(日本では季節性がなくなり、夏と冬だけになる)への意識転換を示唆していましたが、COVID-19パンデミックでもニューノーマルの意識改革が必要になるでしょう。すなわち、SARS-CoV-2の制御に失敗した人類は、今後社会に深く入り込んだこのウイルスと病気の負荷の下での生活を余儀なくされるという意識が必要だということです。病気としての長期コロナ症の理解、失職の原因としての理解と社会的支援、社会的格差、差別の解消、労働生産力低下への対策などがニューノーマルの基準となるでしょう。

米国の長期コロナ症研究実践室の設立は、この問題への取り組みの一端を伺わせるものです。一方で日本の状況はどうでしょうか。2, 3の長期コロナ症に関する報告(→ 長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響)はありますが、実態はほぼ闇の中で、どのくらいの人が、いま長期コロナ症に苦しんでいるかさえわかっていないと思います。むしろ、政府が率先して疫学情報の隠蔽とコロナ終息感を印象づける感染対策緩和に走り、その結果として第9波流行を招いているにもかかわらず、なおやり過ごそうという感が強いように思います。国としてきわめて重大な問題になる「コロナ後に起こること」への想像力が欠如しているのではないでしょうか。

引用文献・記事

[1] Suran, M.: Long COVID linked with unemployment in new analysis. JAMA. 329, 701-702 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2801719

[2] Bach, K.: New data shows long Covid is keeping as many as 4 million people out of work. Brookings August 24, 2022. https://www.brookings.edu/articles/new-data-shows-long-covid-is-keeping-as-many-as-4-million-people-out-of-work/

[3] Iacurei, G.: Long Covid has an ‘underappreciated’ role in labor shortage, study finds. January 30, 2023. https://www.cnbc.com/2023/01/30/long-covid-has-underappreciated-role-in-labor-gap-study.html

[4] Joi, P.: Long COVID has had a brutal effect on the workforce, study finds. VaccinesWork January 26, 2023. https://www.gavi.org/vaccineswork/long-covid-has-had-brutal-effect-workforce-study-finds

[5] Alwan, N. and Ayoubkhani, D.: Thousands of people in the UK are out of work due to long COVID. The Conversation May 22, 2023. https://theconversation.com/thousands-of-people-in-the-uk-are-out-of-work-due-to-long-covid-200297

[6] U.S. Department of Health and Human Sevices: HHS Announces the Formation of the Office of Long COVID Research and Practice and Launch of Long COVID Clinical Trials Through the RECOVER Initiative. July 31, 2023. https://www.hhs.gov/about/news/2023/07/31/hhs-announces-formation-office-long-covid-research-practice-launch-long-covid-clinical-trials-through-recover-initiative.html

[7] Spinney, L.: What long flu sufferers of the 1918-1919 pandemic can tell us about long COVID today. TIME December 31, 2020. https://time.com/5915616/long-flu-1918-pandemic/

引用したブログ記事

2023年7月26日 長期コロナ症が子どもに及ぼす精神的・心理的影響

2023年7月16日 コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

                    

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