Dr. TAIRA のブログII

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鼻スプレーで感染予防?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

先日、シュプリンガー・ネイチャーから定期配信される雑誌目次一覧を見ていたら、興味深い記事が目にとまりました。Nature Communications 掲載の論文で、特定の糖脂質を鼻から吸いこむことで、SARS-CoV-2インフルエンザウイルスRSウイルス(RSV)など、呼吸器疾患を起こす様々なウイルスによる感染を防ぐ効果があることを確認したというものです [1](下図)

まだマウスなどの実験動物での評価段階ですが、自然免疫系であるナチュラル・キラー T (NKT)細胞を刺激する「7DW8-5」とよばれる糖脂質を吸引させることで、インターフェロン(IFN)γ をはじめ、多くのサイトカインの濃度が上昇させ、ウイルスに対する抵抗性ができるという結果が示されています。

この論文の筆頭著者は、コロンビア大学の辻守哉教授です。実は 1 年前にプレプリントとして投稿されており [2]、その時もウェブ記事で紹介されるなど話題を呼びました [3, 4]。私もこのプレプリントに目を通していたのですが、ブログ紹介をしそびれていました。今回査読済み論文として掲載されたことで、ここで紹介したいと思います。

1. 研究の背景

COVID-19 は依然として流行を繰り返していますが、ワクチンや抗ウイルス薬、モノクローナル抗体などの治療薬に登場によって重症化・死亡リスクは大幅に軽減され、急性期の病気としては以前ほどの脅威はなくなりました。しかし、高齢者や基礎疾患を有する人にとってはなお死亡リスクがあり、かつ全世代に対しては長期コロナ症(long COVID)という大きな問題もあり、感染を避けなければならない病気です。

さらに、原因ウイルスである SARS-CoV-2 は、免疫を逃避するように進化し続けており、ワクチンや治療薬によってそれが促進されるという問題もあります。特に抗原的に祖先型と最も異なるオミクロン変異体の出現以降、ワクチン・ブレイクスルー感染が頻繁に発生するようになりました。

汎用性の高い スパイクコード mRNA ワクチンは、スパイクタンパク質の中和抗体を誘発して COVID-19 の発症率を低下させることはできますが、感染予防効果は期待できません。したがって、予防の武器には、宿主の自然免疫系を利用し、迅速な感染制御を可能にするものなど、より多くの戦略を含める必要があります。

すでに、マウスを使った実験で、吸入型の Toll 様受容体作動薬(Pam2-ODN)を感染前または感染直後に投与すると、呼吸器系ウイルスを含む微生物病原体に対して広く防御効果があることが示されています [5]。これらの薬剤は、抗原提示細胞(APC)の活性化を誘導する結果、ウイルスのクリアランスを媒介する抗ウイルス性サイトカインが下流で放出されると考えられます。

NKT 細胞は、ナチュラルキラー(NK)細胞と αβT 細胞の両方の特徴を持つリンパ球のサブセットであり、自然免疫応答の重要な要素を形成しています。これらの細胞は、がん、自己免疫疾患だけでなく、様々な感染症からの防御においても役割を果たしている可能性があります。

NKT 細胞の中には、半変化型 T 細胞受容体(iTCR)を持つものがあり、不変型 NKT 細胞(iNKT細胞)と呼ばれています。この細胞は、抗原提示細胞(樹状細胞やDCなど)や B 細胞上の CD1d 分子に結合した特定の糖脂質を認識し、それによってサイトカインやケモカインのカスケードを引き起こします。したがって、外部からの糖脂質の吸入によって NKT 細胞を刺激すれば、抗ウイルス性サイトカインを放出できる可能性があります。

レトロウイルス、RSウイルス、インフルエンザウイルスなどの感染に対する iNKT 細胞の重要性を示す多くの研究があり、また適応的抗ウイルス免疫応答における NKT 細胞の役割も示されています。CD1d に結合する糖脂質として最初に同定されたのが、α-ガラクトシルセラミド(α-GalCer)です [6]。それ以来、現在までに十数種類のα-GalCer類似体が報告されています。これらはすべて、CD1d分子と関連して iNKT 細胞を刺激することができ、主にマウスモデルにおいて、さまざまな感染症、がん、自己免疫疾患に対する活性を発揮することが報告されています。

今回の研究 [1] で、辻教授の研究チームは、合成糖脂質のライブラリーから、α-GalCer類似体である 7DW8-5(図1参照)を発見しました。そして、この糖脂質のCD1d-iNKT細胞依存的作用が、SARS-CoV-2、RSV、インフルエンザウイルスによる感染を予防することを、動物モデル実験で示しました。

2. 研究結果の概要

上記したように、研究チームは、ヒトおよびマウスの in vitro iNKT 細胞系を使って、標的を絞った合成糖脂質のコレクションのなかから、より強力な免疫刺激作用を示す α-GalCer 類似体 7DW8-5 を探り当てました。そして、研究チームは、7DW8-5 による自然免疫系の免疫賦活作用が、マウスの SARS-CoV-2 などのウイルス感染を阻害するという仮説を評価しました。さらに、7DW8-5 の反復投与によって抗ウイルス効果が無くなり、NKT 細胞アレルギーを引き起こす可能性があるかどうかを検討しました。

それらの結果をまとめると以下のように要約されます。

●マウス・ハムスターにおける SARS-CoV-2 の 3 変異体、RSV、およびインフルエンザウイルスの感染は、感染前に 7DW8-5 を経鼻注入にすることにより、いずれも容量依存的に有意に抑制された。

●対照的に、感染後に 7DW8-5 を投与した場合には、感染阻害効果は見られなかった。

●7DW8-5 投与した動物では、コントロールの動物に較べて、インターフェロン(IFN)γ をはじめ、多くのサイトカインの血清濃度が有意に上昇した。

ノックアウトマウス(CD1d-KO マウス、IFN-γ-KO マウス)を用いた実験では、抗ウイルス効果は完全に消失した。

●したがって、7DW8-5 注入による抗ウイルス効果は、 CD1d 及び IFNγ 依存的であることが推定される。

これらの結果をまとめたのが図1です。

図1 糖脂質 7DW8-5 の化学構造と作用機序(文献 [1] より転載).

7DW8-5 経鼻投与は鼻腔内のウイルス量も約 50 倍減少させましたが、これは、この組織コンパートメントにおいてモノクローナル抗体で認められた阻止率よりも高いものでした。さらに、肺のウイルス量がより減少しました。しかし、ウイルス暴露後に 7DW8-5 を投与しても効果がなかったことから、この糖脂質が治療薬として有用でないこともわかりました。この糖脂質の免疫賦活作用が、増殖の速いウイルスを遅らせるためには、感染前であることが必須であることを、研究チームは強調しています。

7DW8-5 による防御効果は、野生型マウスではオミクロン亜系統の BA.1 および BA.5、K18 ヒト- ACE2 トランスジェニックマウスおよびハムスターではデルタ変異体を含む 3 つの SARS-CoV-2 変異体にも及ぶことが示されました。さらに、RSV またはインフルエンザウイルスの暴露後のマウスでも、同等の抗ウイルス活性が観察されましたた。これらの結果は、7DW8-5 がコロナウイルス、パラミクソウイルス、オルトミクソウイルスに対して幅広い防御効果を示すことを示しています。

親糖脂質である α-GalCer は iNKT 細胞の強力な活性化因子であり、大量の IFN-γ の産生を誘導し、CD8+ T細胞とDC、マクロファージ、B細胞などの抗原提示細胞(APC)の活性化を扶けます [7]。これらと同様に、7DW8-5 の抗ウイルス作用は、宿主のCD1d と iNKT 細胞(インターフェロン産生)の両方を必要とするメカニズム特異的であることがわかったということです。

7DW8-5 によって多くのサイトカイン/ケモカインが誘導されますが、IFN-γ-KO マウスでは全く防御効果を示さず、また野生型マウスは、ブロッキング抗 IFN-γ モノクローナル抗体による前処理を行うとほとんど抵抗ウイルス効果は消失しました。したがって、少なくとも CD1d と IFN-γ の両方が in vivo での 7DW8-5 の活性に必要であるが推定されます。しかし、IFN-γ の下流に重要なメディエーターが存在する可能性があるため、両方で十分かどうかは不明である、と論文では述べられています。

7DW8-5 のような化合物は取り扱いやすく、安価に製造可能であり、輸送や保管が簡単で、経鼻投与が容易であるなどの利点があります。さらに、親糖脂質 α-GalCer のがん患者を対象にした臨床試験では、毒性が見られないことも確認されています(後述)。7DW8-5 経鼻薬が実用化されれば、COVID-19 の広がりのスピードが抑えられるだけでなく、将来の呼吸器系ウイルスのパンデミックに対し、より有効なワクチンや治療薬が開発されるまでの長期間の代用として有用と考えられます。

問題は、今回得られたげっ歯類の結果がヒトに適用できるのだろうか?ということです。決定的な答えは臨床試験を実施してみなければわかりませんが、研究チームは、7DW8-5 がヒトにおいても同様の効果を示す可能性は十分にあると考えています。

根拠としては、まず、ヒト iNKT 細胞に対する強力な刺激作用に基づいて、類似体のライブラリーからこの糖脂質を選択していることです。7DW8-5 は α-GalCer よりもヒトCD1d に対して 80 倍高い結合親和性を示し、ヒト iNKT 細胞に対して α-GalCer よりも 140 倍高い用量温存効果を示しました。第二に、iNKT 細胞はヒトでもマウスでも末梢血単核球の最大 1% を占めます。最後に、7DW8-5 によって活性化されたヒト iNKT 細胞の上清が in vitro で抗ウイルス活性を示すこと、そしてその活性が抗ヒト IFN-γ 抗体によって阻害されることが示されたことです。

7DW8-5 が臨床開発の候補として考えられるようになるには、多くの課題を克服する必要があります。その最たるものが持続性と安全性です。なぜなら、TNF-α や IL-6 のようなサイトカインの誘導は、過剰な炎症反応をもたらす可能性があるからです。したがって、2 種以上の動物種を用いた正式な安全性/毒性試験が必要となります。

すでに、いくつかの観察結果からこの懸念は軽減されています。親糖脂質 α-GalCer を用いた先行臨床試験では、がん患者に投与(0.12 mg/kg を 6 回静脈内投与)した場合、毒性は認められませんでした [8]アカゲザルを用いたワクチンアジュバント試験では、最大 100 μg の 7DW8-5 を筋肉内に投与しても副作用は見られませんでした [9]。とはいえ、7DW8-5 の予防効果の持続期間を絞り込み、最適用量をより正確に決定し、長期にわたる反復使用によるアレルギーの証拠を評価するためには、さらなる研究が必要です。

おわりに

現在の COVID-19 ワクチンは、症候性感染、入院、死亡を減少させることにより、パンデミックの影響を緩和しており、当初からまん延していた過剰な脅威は、ほぼ解消されています。しかし、SARS-CoV-2 が抗原的に進化し続けているため、ブレイクスルー感染が頻発するようになり、長期コロナ症もまん延し、人々の日常生活に大きな支障をきたすようになっています。そのため、感染そのものに対する予防法が必要とされています。

マスク着用などの非医薬的介入は感染予防に有効ですが、もちろんこれだけでは十分ではありません。経鼻的処置としては、鼻うがいがありますが、これは生理食塩水に塩化ベンザルコニウムを主成分とする液で、細胞外で物理化学的ウイルスを不活化、排除するというものです。私も励行しています。

今回の糖脂質 7DW8-5 の鼻スプレーは、鼻うがいとは根本的にメカニズムが異なり、宿主の内面の自然免疫系を賦活化して、細胞内外でウイルスを減少させるというものです。安全性が確認されれば、COVID-19 や他の呼吸器ウイルス感染症との闘いにおけるきわめて有効な新たな手段となり得るでしょう。

引用文献

[1] Tsuji, M. et al.] An immunostimulatory glycolipid that blocks SARS-CoV-2, RSV, and influenza infections in vivo. Nat. Commun. 14, 3959 (2023). https://doi.org/10.1038/s41467-023-39738-1

[2] Tsuji, M. et al.: An Immunostimulatory glycolipid that blocks SARS-CoV-2, RSV, and influenza infections in vivo, preprints from Research Square July 14th, 2022. https://assets.researchsquare.com/files/rs-1785892/v1_covered.pdf?c=1659942428

[3] Alex, S. S.: Scientists evaluate immunostimulatory glycolipid against SARS-CoV-2 infection. News Medical Life Sciences July 18, 2022. https://www.news-medical.net/news/20220718/Scientists-evaluate-immunostimulatory-glycolipid-against-SARS-CoV-2-infection.aspx

[4] 橋本 款: 糖脂質を用いたCOVID-19の新しい予防戦略. 東京都医学綜合研究所. 2022.08.23. https://www.igakuken.or.jp/r-info/covid-19-info123.html

[5] Wali, S. et al.: Immune modulation to improve survival of viral pneumonia in mice. Am. J. Respir. Cell Mol. Biol. 63, 758–766 (2020). https://doi.org/10.1165/rcmb.2020-0241OC

[6] Kawano, T. et al.: CD1d-restricted and TCR-mediated activation of valpha14 NKT cells by glycosylceramides. Science 278, 1626–1629 (1997). https://www.science.org/doi/10.1126/science.278.5343.1626

[7] Fujii, S. et al.: Activation of natural killer T cells by alpha-galactosylceramide rapidly induces the full maturation of dendritic cells in vivo and thereby acts as an adjuvant for combined CD4 and CD8 T cell immunity to a coadministered protein. J. Exp. Med. 198, 267–279 (2003). https://doi.org/10.1084/jem.20030324

[8] Giaccone, G. et al.: A phase I study of the natural killer T-cell ligand alpha-galactosylceramide (KRN7000) in patients with solid tumors. Clin. Cancer Res. 8, 3702–3709 (2002). https://aacrjournals.org/clincancerres/article/8/12/3702/199729/A-Phase-I-Study-of-the-Natural-Killer-T-Cell

[9] Padte, N. N. et al.: A glycolipid adjuvant, 7DW8-5, enhances CD8+ T cell responses induced by an adenovirus-vectored malaria vaccine in non-human primates. PLoS ONE 8, e78407 (2013). https://doi.org/10.1371/journal.pone.0078407

        

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