Dr. TAIRA のブログII

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米国 CDC の新しい指針

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

米国疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention, CDC)は、学校(K-12)における感染対策の新しい指針を発表しました [1]下図)。これまでは、SARS-CoV-2 を含む呼吸器系ウイルスによる感染症に対する指針がありましたが、今回は細菌感染症も含めた感染症全般への指針となっています。新指針は、最近発表された CDC 呼吸器系ウイルス指針に沿ったものです。

上記のページに指針の概要とまとめが書かれており、詳細は以下のページ(下図)に個別的に書かれています。

以下、新しい CDC 指針について、日米の学校向け指針の違いも取り上げながら、簡単に紹介します。

1. 新指針の概要

この新しい指針は、幼稚園から高校までの学校における感染症の蔓延を防止するために、証拠(エビデンス)に基づいて発表されたものです。CDC が数十年にわたり学校現場での感染予防に取り組んできた研究と専門知識に基づいていると述べられています。この指針には、インフルエンザやノロウイルスなどの呼吸器系・胃腸系ウイルス、溶連菌感染症などの細菌性疾患の蔓延を予防・抑制するために、学校が日常的に取ることができる行動が含まれています。

この指針の目的は、すべての生徒が学校に出席し、その恩恵を最大限に受けるということ、そしてそのために感染症の蔓延を防ぐということです。感染症防止の観点から、子供たちの健康と学習を維持するために学校が取るべき行動指針が更新されています。これは、2024-2025 学年度に向けた検討のためのもので、2 年間限定のようです。2 年を過ぎたらまた更新されるのでしょう。

これまで COVID-19 などの呼吸器系感染症に限定されていた指針と比較して、自宅待機の日数や濃厚接触者の扱いなどの記述が消えて、随分と簡略化されていますが、呼吸エチケット(respiratory etiquette)という新しい記述も登場しています。日本で言う咳エチケットに相当するものですが、同じというわけでもありません。

新しい指針に記載されている戦略は、基本的に、空気の清浄化清掃と消毒による衛生環境の維持手洗い呼吸エチケット(下記 2. 参照)、ワクチン接種です。

トップページには、基本戦略が以下のように記述されています(ここではマスク着用には触れていない)。

⚫︎適切な手洗いと呼吸エチケットを教え、強化する。

⚫︎学校の換気を改善し、より清浄な空気のための措置を講じる。学校は、改築時や新築時に換気の強化や設計を検討し、清浄な空気環境を最適化する。適宜、清掃、消毒、殺菌を行う。生徒や職員の予防接種を推進する。

児童や職員が病気になった場合、学校は感染症の蔓延を遅らせるために、以下のような対策を講じることができる、と記述されています。

⚫︎職員や生徒が病気の場合は、自宅待機させる(指針では、自宅待機が必要な具体的な症状を明示している)。

⚫︎該当する場合は、病気の子どもの世話をする学校スタッフに個人防護具(PPE)を使用する。

⚫︎手洗い、呼吸エチケット、清掃、消毒、殺菌は引き続き重要である。

発病率が高い場合、学校は予防のための重層的なアプローチの一環として、追加的な戦略の実施を検討することができるとして、別ページに、以下の公衆衛生的介入が挙げられています。

⚫︎マスクの着用

⚫︎生徒間のスペースと距離の拡大

⚫︎集団隔離

⚫︎濃厚接触追跡

⚫︎病気のスクリーニングの実施

⚫︎スクリーニング検査

CDC は、これらの戦略と対策が、感染症の発生前、発生中、発生後に学校が何をすべきかを計画するのに役立つと強調しながら、公衆衛生への介入をどのように実施するかを検討する必要性を述べています。すなわち、感染症発生の場合を含む学校の緊急時運営計画を更新または作成すること、および保健所、地域の医療システム、その他の地域医療提供者との重要なパートナーシップを確立し、維持することを推奨しています。

日本との違いは、換気を最適化できるように、校舎などの改築、新築時の設計にまで言及していることが挙げられます。また、発病率が高い場合の追加手段として、マスク着用、対人距離確保、集団隔離、コンタクト・トレーシング、スクリーニング検査などをセットとして挙げていることは、日本にはないものです。

2. 呼吸エチケット

日本の厚生労働省文部科学省は、感染対策の一つ咳エチケットを推奨しています。これに対応するものとして、CDC は呼吸エチケットという馴染みのない言葉で推奨しているようです(下図)。ただし、CDC の呼吸エチケットは日本の咳エチケットとは以下の 2 点で大きく異なります。

一つはマスク着用が含まれていないことです。マスク着用はエチケットではなく、独立した感染対策として別に記載されています。もう一つは、呼吸エチケットを教育の一環として「教える」事項に挙げていることです。すなわち、学校は、インフルエンザ、RSV、SARS-CoV-2 を含む呼吸器系ウイルスに感染したり蔓延したりしないよう、呼吸エチケットを教えることができるし、それを強化することができる、と述べています。

呼吸エチケットのやり方については、次のように記載されています。咳やくしゃみをするときはティッシュで口と鼻を覆い、使用後のティッシュはゴミ箱に捨てることを徹底する、そのためには、生徒が手に取りやすい場所(例えば、ワークステーションやプレイセンターの近くなど)にティッシュを置く必要があるかもしれない、と述べられています。

ティッシュが手に入らない場合は、くしゃみは手ではなく、ひじに向かってするよう注意をすること、鼻をかんだり、咳をしたり、くしゃみをした直後に手洗いを行うことが指示されています。

咳やくしゃみをカバーし、手を清潔に保つことで、重篤な呼吸器疾患の蔓延を防ぐことができますし、咳やくしゃみをするときにティッシュを使い、手を洗うことは、病原体の蔓延を防ぐ効果的な方法です。このような措置での蔓延防止の例として、インフルエンザ、COVID-19、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)、百日咳が挙げられています。

また、今回は、細菌の感染とその防止のための方法も同時に書かれています。細菌は、咳、くしゃみ、会話、汚染された表面や物・不特定多数が触れる表面や物への接触、洗っていない手で顔を触ることで感染します。細菌の蔓延を防ぐために、上記と同様のエチケットが推奨されています。

手洗いは、自分自身や大切な人が病気になるのを防ぐ最も効果的な方法のひとつであるとして、具体的方法が示されています。すなわち、石鹸と水で少なくとも20秒間手を洗う、石鹸と水がすぐに手に入らない場合は、濃度60%以上のアルコールベースの手指消毒剤を使って手を洗うことが推奨されています。

今回の指針で呼吸エチケットに言及されているのは、感染症全般に対象を広げたためと思われます。COVID-19 に限定して呼吸エチケットを推奨しても、それは単なるエチケットに過ぎず、空気感染のウイルスへ向けた感染対策としては効果が小さい(ほとんど効かない)からです。

3. マスク着用

新指針でも、マスク着用は独立した蔓延防止策として述べられています。すなわち、マスクを正しく継続的に着用することで、呼吸器ウイルス感染のリスクを下げることができます。感染者がマスクを着用することで、他の人へのウイルスの拡散を抑えることができ、また周囲の人から感染性の粒子を吸い込むのを防ぐことができます。

日本とは異なることは、マスクの質と防護レベルとの関係について具体的に述べられていることです。マスクによって保護レベルは異なります。長時間快適に着用でき、フィット感のある(鼻と口を完全に覆う)最も保護力の高いマスクを着用することが、最も効果的な選択肢である、と強調しています。そして、布製マスクは一般的に着用者の保護レベルが低く、手術用・使い捨てマスクは通常より高い保護レベルを提供し、国際的なフィルター付き面体呼吸マスク(KN95 呼吸マスクなど)はさらに高い保護レベルを提供するとしています。最も保護レベルの高い呼吸マスクとして、 NIOSH Approved® フィルター付き面体呼吸マスク(N95 呼吸マスクなど)が挙げられています。

マスク着用が手段として推奨されている場合は、呼吸器疾患の蔓延や欠席が多い時、流行が起きている時、流行病やパンデミック/公衆衛生上の緊急事態が起きている時などであり、地域の法律に合致している場合、学校は対応の一環として屋内でのマスク着用を選択することができるとしています。

また、もう一つ日本とは異なると感じるのが「学校は、病気の蔓延の程度にかかわらず、マスクや呼吸器の着用を選択する人を支援すべきである」として、既存のプログラム(いじめ防止プログラムなど)に組み込むことができる、と強調されていることです。疾病負荷が高くない場合でも、個人的な健康状態や嗜好により、マスクを着用する生徒や職員もいることにわざわざ言及されています。

日本では、逆に「マスクを外すことを妨げるな」という点が強調されていると思います。感染対策や公衆衛生介入の手段であるはずなのに、学校生活の充実を理由に「マスク外し」の不思議な指導がなされているのが現状でしょう。

おわりに

今回の CDC の新しい指針を見てみると、従来と比べて簡略化され、COVID-19 も含めた感染症全体へ向けた内容になっています。とはいえ、蔓延防止のための戦略として、基本になるところはしっかりと抑えられており、「何をなすべきか」がわかりやすく記述されています。呼吸エチケットを教育の一環として捉えていることも新しいものでした。

翻って日本の、文科省の学校向け指針はどうでしょう。判断困難な平時と流行時を分けるような、いかにも官僚的かつ観念的文章になっており、蔓延防止のために「何をなすべきか」が一向に伝わってこない内容になっています(→文科省のガラパゴス的マニュアルが校内感染を促す)。公衆衛生的観点から考えれば「マスク着用を求めない」に至っては何をか言わんやです。

米国では、今580万人の子どもが長期コロナ症(long COVID)に罹っていると報告されています [2]. 一方で、日本の子どもを含めた長期症状患者の実態はほぼ不明です。学校での感染症対策は、引き続き必要なことは言うまでもないことでしょう。

引用文献

[1] Centers for Disease Control and Prevention (CDC): CDC Releases Guidance for Preventing Spread of Infections in Schools to Keep Children Healthy and Learning. May 17, 2024. https://www.cdc.gov/media/releases/p-0517-guidance-k-12.html#print

[2] Moniuszko, S. and George, M.: Up to 5.8 million kids have long COVID, study says. One mother discusses the "heartbreaking" search for answers. CBC News. March 25, 2024. https://www.cbsnews.com/news/millions-kids-long-covid-study-symptoms-mother-searching-for-answers/

引用したブログ記事

2023年9月24日 文科省のガラパゴス的マニュアルが校内感染を促す

           

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