Dr. TAIRA のブログII

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オミクロン波以降マスクの効果はない?

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 パンデミックにおいては、感染・伝播防止の手段として非薬理学的、非医薬的介入(non-pharmaceutical interevention, NPI)が実施されました。このうちの一つとしてマスク着用があります。欧米の多くの国ではマスク着用が義務化され、ワクチン接種が行き渡るまでそれが続きました。

オミクロン波によって感染者数は急増しましたが、一方で自然感染とワクチンによる免疫によって、見かけの感染者と死者数は次第に減少し、COVID-19 自体も軽症の病気とみなされるようになりました。対照的に、日本では、オミクロンの流行波(第 6 波以降)が襲来するたびに感染者数と死者数は増えていき、5 類になった現在でも極端に減少していないという状況が続いています。

ただ気をつけなければいけないのは、欧米で感染者と死亡者が激減したとしても、人口比死亡率はようやく日本並みに下がってきたということであり、今の日本と欧米の流行には大きな差はないと思われます。

今回、NPI の効果に関して、オミクロン波前とそれ以降ではリスク因子が大きく変化したとする結果を示した論文がプロス・ワンに掲載されました [1]下図)。マスク着用については、オミクロン波以降、効果はなくなった(むしろリスクが上がる)という見解を示しています。この成果の概要はウェブ記事 [2] でも紹介されています。

この論文では、マスクを含めた NPI の効果が薄れたとする理由として興味深い仮説を提示しています。キーワードはオミクロンの感染力と感染による免疫です。この研究の限界と問題点も含めて、本ブログで紹介します。

1. 研究の背景

COVID-19 パンデミックは 2019 年 12 月から始まりました(実際のパンデミック宣言は翌年 3 月)。それ以来、COVID-19 の有害な転帰(outcome)に至るリスク因子は何かということについて、数多くの報告がなされてきました。しかし、それらの論文の多くは入院、重症化、死亡などの病気の程度についてのリスク因子についた述べたもので、発症したか否かに関わらず、感染自体のリスク因子を特定するために研究設計されたものは比較的少ないものでした。

有力な研究の一つは、UK Biobank コホートに基づくもので、約 25万人 のコホートを分析しています。この研究では、2020 年 3 月から 5 月(英国において医療が必要な人、または職業上のリスクがある人に検査が実施的に限定された時期)にかけての感染について、男性、黒人、社会経済的困窮がリスク因子として挙げられています 。

また、2020 年 2 月から 4 月までに確認された患者の COVID-19 感染のリスクと転帰の格差に関するエビデンスについて、政府機関による包括的な早期レビューが行われましたが、ここでは年齢と民族性が感染と重篤転帰の主な因子であることが判明しました。これらのパンデミック初期の研究およびその他の COVID-19 リスク研究は、ほとんどが症候性疾患の患者に関するものでした。

英国における症候性感染とは対照的な感染に関する地域ベースの研究で、行動リスク因子についても報告しているのは、英国国家統計局(CIS ONS)が実施した感染調査だけです。これは、2 歳以上の 15 万人を 2 週間ごとにサンプリングすることを目的としたコホート研究であり、COVID-19 の有病率と発生率の推定値を毎週発表していて、最後の報告は 2023 年 3 月です。

さらに ONS は、2021 年 6 月から 2022 年 11 月まで、毎月 1~2回、「特性報告書」でリスク因子分析を公表しました。これらの分析には、事前のワクチン接種と感染、職業要因、年齢と性別、海外渡航、マスク着用などに関する 2 週間ごとのリスク推定値が含まれています。

今回、英国ノリッチ医科大学の集団衛生学の研究チームは、ONS のデータを利用して、オミクロン変異体の出現後、感染のリスク因子がどのように変化したかに関する研究を行いました。マスク着用などの NPI によるリスク回避行動が、引き続きリスク低減と関連しているかどうかについて検討し、その成果を論文発表しました。

2. 研究の概要

研究チームは ONS から得た、2 週間ごとの COVID-19 の検査を受けた 20 万人の調査データにメタ回帰を適用して分析し、パンデミック期間中、監視されていた潜在的リスク因子が一定であったかどうかを判定しました。この期間は複数の SARS-CoV-2 変異体亜系統をカバーしており、デルタ変異体の最後の数週間とオミクロンの BA.1 と BA.2 が含まれています。

その結果、いくつかのリスク因子は、感染リスクと一貫した関係を持っていました(モニタリング期間を通じて、常に感染予防的であったか、常に高リスクと関連していた)。その他のリスク因子はパンデミック期間中感染リスクとの関係が変化し、特にオミクロンBA.2 優位の出現と相関していると考えられました。これらの変動因子には、マスク着用、海外渡航歴、世帯規模、就労状況(退職しているかどうか)、子供や 70 歳以上の人との接触が含まれます。

マスクについては、職場や学校、密閉された空間でマスクを常に着用していた大人と子どもと、全く着用していなかったそれらの集団と比較しました。その結果、成人と子どもで若干異なりましたが、オミクロンの第 1 波では、マスクを着用しなかった場合、感染リスクは成人で約 30%、子どもで 10% 上昇しました。しかし、2022 年 2 月以降の BA.2 変異体によって引き起こされた第 2 波では、マスク着用は成人にはほとんど予防効果がなく、子どもでは、逆に感染リスクが増加する結果が得られました。

結論として、感染のリスク因子と NPI の有効性は固定されたものではなく、パンデミックの過程で変化するということになりました。このような変化の、少なくとも部分的な説明として、流行が進むにつれて感染リスクの高い人々の免疫が増加すること、そして繰り返しウイルスに暴露されることによって、免疫が維持される速度が変化することが挙げられています。

3. 解釈と意義

COVID 感染のリスク因子について多くの研究がなされていますが、今回の研究 [1] は、オミクロン BA.2 変異体が優勢になった頃に、いくつかのリスク因子に変化があったことを示したことが新しいと言えます。研究によれば、パンデミックの初期にはリスク低下と関連していた NPI が、オミクロン以降防御的でなくなり、あるいはリスク上昇とさえ関連するようになったとしています。

重要なことは、これを説明するためのメカニズムは何なのかという点です。同様に、パンデミックの初期にはリスク増加と関連していた変数が、後に感染リスクと関連しなくなったのはなぜか、という疑問もあります。

著者らは、これらを説明するために 2 つの生物学的メカニズムを仮説として考えています。一つ目の仮説は、オミクロンの感染力が以前の変異型よりも格段に強くなっていることに関わります。それまで実効再生産数を 1.0 に近づけて抑えていた NPI がオミクロンになって効かなくなり、それまでは比較的リスクが低かった状況でも感染リスクが高まったというものです。つまり、マスクで言えば、今まで着けていて防ぐことができたものが容易に突破されるようになったということです。

海外渡航に伴うリスクがオミクロン出現後に大幅に増加したという今回の発見は、この仮説を支持するものです。とはいえ、海外渡航に関連するリスクの変化は、海外渡航が急速に容易になった時期(パンデミックによる渡航制限が緩和された時期)に当てはまることには、注意が必要です。この機会の変化は、記録されていない他のリスク因子や行動の変化と相関している可能性もあります。

いずれにせよ、第一の仮説は、学校でのマスク着用に関連したリスク減少が、オミクロンで増加に変化したことを含めて、今回の調査結果のすべてを説明することはできないと著者らは述べています。

この著者らの見解には不可解な点があります。マスク着用の有無に関わらず同様に感染するという話なら理解できますが、マスクを着けたために感染リスクが上がるというのはどういうことでしょうか。これについては何ら説明されていません。おそらく、何らかの分析上のバイアスでしょう。

二つ目の仮説は、先行感染による免疫に関連するものです。リスクの高い行動をする人々は、感染経験が多くなる可能性が高いため、パンデミック後期には自然感染による免疫によって、感染リスクが低くなる可能性があります。英国では 2021 年 12 月までに、ほとんどの人が複数回のワクチン接種を受け、野生感染を少なくとも 1 回は経験ししていました [2]。しかし、COVID-19 は再感染に対する免疫が長続きしない感染症であることもすでに知られています。自然感染と免疫は、数カ月という比較的限られた期間しか再感染に対する免疫を提供しません。

ある流行から次の流行へと移行するにつれて感染の要因は変化し、感染率の主な要因は免疫が失われる速度になります。この時点で、流行の初期には感染を遅らせることに大きな影響を与えたであろう NPI の影響力は小さくなります。パンデミックの初期段階から分かっていた NPI の価値は、ワクチンが利用可能になるまで、ほとんどの人の感染を遅らせることにありました。

つまり、著者らが言いたいことは、パンデミック初期には再感染に対する免疫が不十分、あるいはすぐに消失するためにマスク着用の意義はあったが、オミクロン以降では、野生感染の繰り返しとワクチン接種で獲得された免疫の低下速度が遅くなり、マスクの効果は薄くなったということです。

論文の責任著者でジュリイ・ブレイナード博士は、The Epoch Times 紙への電子メールで、いくつかのリスク因子がパンデミックの全期間を通じて変化しており、それが今回の結果を説明していると回答しています [2]

「社会的距離を置くルールやマスクの着用は完全な防御にはなりませんでしたが、おそらく 2020 年の多くの感染を防ぎ、ワクチンが開発されるまでの時間稼ぎには役立ったでしょう」、「しかし、ワクチン接種と野生感染の繰り返しが功を奏し、2022 年初頭までの平均的な重症度は非常に軽く、そのために多くの人が感染したことに気づかずに感染してしまう可能性がありました。マスクをしている人はほとんどいないのです」と彼女は述べています。

ブレイナード博士によれば、SARS-CoV-2 のようなウイルスに対して、私たちの免疫システムが永久的な免疫を形成しないことも要因の一つです。その結果、ウイルスが人間社会を永遠に循環するため、人々は一生、一般的に(少なくても急性期では)軽症の COVID-19 感染を繰り返す可能性があります。

4. 研究の限界と問題点

今回の論文には具体的に書かれていませんが、本研究の限界は、不顕性感染やマスク着用の仕方・質に何ら触れられていないことです。若年層(特に子ども)は感染しても症状を呈さない不顕性感染が多いことが知られています。英国ではほぼ全員が少なくとも 1 回は感染していて、繰り返し感染も多く、実際には免疫の持続による不顕性感染であるのに「マスクをしなくても感染していない」とみなしている可能性もあるかもしれません。

マスクを含めた NPI の意義は感染を遅らせることにあることは、論文で述べられているとおりです。とはいえ、論文の結論である「NPI はワクチン接種までの手段であり、オミクロン以降は効果がない」という認識は、少なくとも日本では当てはまらないように思います。日本では欧米と比べて、オミクロン波以降感染者と死亡者を増加させてきました。確かに、これはまさしくマスクの効果の低下の現れだと思います。ウイルスは流行を繰り返すほどに感染力を増強させ、マスクを突破してきた結果が、そのまま日本の流行パターンに現れているわけです。

しかし、日本における自然感染に由来する N 抗体の保有率は、平均でまだ 64.5% しかなく、特に60歳以上の高齢者では 52% にしかなっていません [3]。これは、オミクロン波になっても、5 類化以降ゆるゆるの NPI になったとしても、依然として行動制限(高齢者の場合)やマスク着用の効果が十分に現れている(感染を遅らせている)とみなせるわけです。

マスクの付け方や材質を変えなければ、ウイルスの感染力が高まるほどに、突破される機会は高くなります。日本の流行パターンは、まさにその反映と思われます。特に子どもはつけ方が甘く(通常の不織布マスクでは隙間ができやすい)、より質の高い KF94、KN95、N95 を着けている場合も大人よりも少ないと感じます。英国でも同様ではないでしょうか。そもそも英国ではほぼ全員が自然感染+ワクチンによる免疫のせいで、マスクをつけようがつけまいが同じ結果というのは上の仮説のとおりです。

ブレイナード博士は、共著者であるポール・ハンター博士とともに、マスク着用に「あまりにも過大な信頼」を寄せている人々がいると感じているとインタビューに答えています [2]。2020 年のシステマティック・レビューを挙げながら、感染者と非感染者の双方がマスクを着用した場合、インフルエンザ様疾患の感染リスクを約 19% 減少させるだけだったとしています。

また、今の COVID-19 は感染力は強いが症状がかなり軽く、小さな社会的サークルや家庭内で広まるには容易な感染症であるとして、家の外でマスクを着用することは、それほど有用な防御手段ではなくなった可能性があると述べています。

しかし、このような彼らの見解に対しては「日本を見ろ」と言いたくなります。

さらに、ブレイナード博士は、新しい病気が出現したときに見られるように、自然な流行の進行もまた、今回の研究結果を説明する可能性があると述べています。SARS-CoV-2 の後期の変異型は感染力が強くなり、病気にかかりやすいが、時間が経つにつれて軽症になる可能性があるとしています。

しかし、これは必ずしも一般的な自然な流行のパターンではありません。RNA ウイルスは宿主の抗ウイルス活性(RNA 編集)の影響を受けながら、C→U 変異の十分な蓄積が起こるまでどのようにも変異できます。SARS-CoV-2 が自然の流行と異なる点は、スパイクコード mRNA ワクチンや抗体医療薬が導入されたことで、強い人為的選択圧の中で進化しているということです。

従来から言われているように、新しい感染症は時間の経過とともに伝播性が高まり、危険性が低下する傾向があるというのはいささか逸話的です。COVID-19 は持続感染による長期コロナ症(long COVID)のリスクを提示しています。集団が新しい病気に対する免疫を獲得するということについても、SARS-CoV-2 については長期的な集団免疫は形成されない可能性が高いです。

おわりに

自然感染を繰り返し、ワクチンも接種し、免疫の低下速度が遅い欧米では、感染しても急性期の症状が現れる人はもはや少ないと思われます。したがってマスクをする人も非常に少ないという現状になっていると思われます。その上で、ようやく日本並みの死亡率と流行の状況になってきたと言えるでしょう。

しかし、急性期の症状は大したことはなくても、感染を繰り返すとそれだけ長期コロナ症(long COVID)になりやすいことは、モデルナの記事 [4] でも紹介されています。今回の論文では COVID-19 は軽症になったと言っていますが、それは急性期のみに注目した場合であり、この病気の本質とも言える持続感染による長期症状や合併症の健康への影響はまだ不明の部分が多いのです。

COVID-19 は人類が初めて遭遇した感染症であり、免疫も長続きしないということがわかり、もはや根絶も難しいことも分かってきました。感染を繰り返すことにより、知らず知らずのうちに寿命を縮めている可能性もあります。この先を見ないと、この病気の本当の恐ろしさはわからないかもしれません。脱マスクにできる答えはまだ出ていないのです。

その意味で、感染と繰り返し感染はできる限り避けるべき病気であり、そのためのマスク着用を含めた NPI は依然として有効であると考えるのが妥当です。日本の N 抗体保有率がそれを証明しています。COVID-19 の 5 類化以降、マスク着用も含めた NPI はユルユルになってきた日本ですが、それらも、これからの健康へのリスクも、何も欧米並みにすることはないと思います。

引用文献・記事

[1] Hunter, P. R. and Brainard, J.: Changing risk factors for developing SARS-CoV-2 infection from Delta to Omicron. PLoS One. Published: May 15, 2024. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0299714 

[2] GulfInsider: Masks found to be ineffective after first Omicron wave: New study. May 31, 2024. https://www.gulf-insider.com/masks-found-to-be-ineffective-after-first-omicron-wave-new-study/

[3] 厚生労働省: 第 8 回献血時の検査用検体の残余血液を用いた新型コロナウイルスの抗 体保有割合実態調査. 調査期間:令和6年3月4日〜18日. https://www.mhlw.go.jp/content/001251912.pdf

[4] Mansi, J.: Long COVID awareness day: Amplifying the patient voice. Moderna. March 15, 2024. https://www.modernatx.com/en-US/media-center/all-media/blogs/long-covid-awareness-day-2024

                  

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