Dr. TAIRA のブログII

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感染対策としての手洗いの効果

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

手洗い、アルコール消毒などの手指衛生非医薬的介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)による感染症予防策の基本の一つです。手を薬用石けんで洗えば、手に付いた病原体を不活化できると同時に洗い流すという物理化学的な除去が可能であり、接触感染経口感染の防止に効果的です。

一方で、COVID-19 や季節性インフルエンザなどの呼吸器系感染症の場合はどうでしょうか。これらのウイルス感染症は、飛沫感染エアロゾル感染(空気感染)が主要な感染経路であり、接触感染はあったとしてもその可能性は低いと考えられます。とはいえ、感染症に対する危機管理はハードル理論(スイスチーズモデル)理論に基づいて行なわれるのが原則なので、マスク着用を含めた様々な NPI の組み合わせ(積み重ね)が予防に重要ということは言うまでもありません。

然るに、厚生労働省や専門家は、判で押したように、呼吸器系感染症予防策として「手洗い」を真っ先に挙げ、マスク着用については後付けか、場合によっては触れられないこともあります。これは、COVID-19 やインフルエンザの主要感染経路を考えると、奇妙なことです。

では、実際、手洗いなどの手指衛生について、歴史が長いインフルエンザやより新しい COVID-19 の予防策としてどのくらいの研究があるのか、調べてみました。

1. 手洗いの効果に関する研究

手っ取り早く、PubMedを使って、hand washing 、influenza というキーワードで「手洗いの研究」を検索してみました。そうしたら、339 件しかヒットせず、予想したよりもかなり少ない件数でした(図1)。これらの研究は 2009 年の H1N1 パンデミックの頃に集中しており、COVID-19 パンデミックになってまた少し増えているということがわかります。

さらに、covid-19、face mask というキーワードも加えて検索し、それらの結果を比較したのが以下です。マスクとCOVID-19、あるいはインフルエンザの組み合わせによる研究が多く、これらと比較しても手指衛生の研究が少ないことがわかります。 

 hand washing/influenza:339

 hand washing/covid-19:1159

 face mask/influenza:276

 face mask/covid-19:3843

これらの手指衛生研究の中で、総説やシステマティック・レビューでフィルタリングして検索してみましたが、非常に少なく、最近 5 年間になると数件しかヒットしませんでした。これらのなかで、COVID-19パンデミックになってから出版されたものとして、3本の論文 [1, 2, 3] がありました。

これら 3 本のうち、2 本は、いずれも電子ジャーナル BMC Public Health に掲載された論文でした [2, 3]。残りの一つは、反マスク論者である T. ジェファーソンらによるコクラン・レビュー [1] であり、今年 3 月に物議を醸したアップデート版が出版されています(→「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り。ここでは、BMC 誌に掲載された、COVID-19やインフルエンザと手指衛生との関係に特化したシステマティックレビューの一つ [3] を取り上げて解説します。

2. システマティック・レビュー

L. Gozdzielewska らによるこのレビュー [3] では、PubMed、MEDLINE、CINAHL、Web of Scienceの各データベース(2002年1月~2022年2月)を用いて、一般市民における手指衛生、COVID-19 またはインフルエンザの感染・伝播に関する実証的研究が検索されています。医療スタッフを対象とした研究などは除外されています。

これらには 22 の研究が含まれ、6 件は、インフルエンザに対する手指衛生教育や製品の提供、手洗いの有効性を評価した介入研究でした。そのうち、2 件の学校ベースの研究のみが有意とされましたが、バイアスのリスクが高いとされました。残りの 16 件の NPI 研究のうち、13 件がインフルエンザ、SARS または COVID-19 に対する手指衛生の予防効果を報告したものでしたが、やはりバイアスリスクが高く、不明確あるいは精度が低いものでした。そして、どれくらいの頻度で手指衛生を行うべきかに関する科学的証拠は一貫していませんでした。

結果として、手指衛生が、SARS-CoV-1SARS-CoV-2、および地域社会におけるインフルエンザウイルスの予防に有益であることを示唆する科学的証拠は限られており、このなかで明確なのは、学童におけるインフルエンザの予防に有効である可能性が示されたことのみでした。

他の最近のシステマティック・レビュー[1, 2] では、呼吸器系感染症の予防における手衛生指の有効性が述べられています。しかし、これらのレビューでは、マスク着用や社会的距離の取り方などとの組み合わせという、公衆衛生対策の範囲がより広かったり、ランダム化比較試験のみに焦点が当てられていたり、低・中所得国についての証拠に焦点が当てられていたり、手指衛生自体の評価には限界がありました。

このように、手指衛生を含めた介入研究では、多くがマスク着用との複合効果について検討されており、これらの手段の複合効果に対する手指衛生の寄与率は不明確なままです。さらに手指衛生とマスク着用は関連した行動である可能性が高く、流行の脅威が高まると一般的にガイドラインの遵守率が高まる可能性が高くなります。このレビューでは、今後の研究において、異なる介入構成要素の個々の寄与率を検討すべきであると強調されています。

手指衛生の研究の問題の一つとして指摘されているのは、タイミング、頻度、時間につして一貫性がなかったり、情報が不足していることです。たとえば、COVID-19 予防に関する研究のうち、1日 5 回以上など具体的な頻度を調査したのは 1 件のみであり、残りの 4 件の研究では、予防効果を得るための手洗いの回数については情報がありませんでした。ちなみに、日本において、2149人の一般市民を対象に実施された調査では、COVID-19 パンデミック時に自己報告された手洗い頻度の平均は、10.2回/日でした [4]

インフルエンザについては、5 件の研究のうち 3 件のみが、頻繁な手洗いによる有意な予防効果を示していましたが、回数については研究で異なっていました。SARS については、頻度による予防効果を調査したのは 1 件のみであり、1日に少なくとも 10 回の手洗いが SARS-CoV-1 感染に対する予防効果を示しました。

公衆に対する手洗い頻度の根拠が一定していないことに加えて問題なのは、医療スタッフのためのガイドラインの一貫性のなさです。専門家による手指衛生ガイドラインでは、単に頻繁な手洗いを推奨するのではなく、手指の汚染リスクが増加する特定の明確な時間、または瞬間的に手指衛生行動を伴うことが不可欠であるとされています。したがって、現状では、医療従事者が、いつ手を洗浄すべきかについての一貫した証拠がないことは懸念されるとレビューは述べています。

手指衛生について別の側面である、どれくらいの時間手洗いを行うべきかということについても情報は不足しています。このレビューに含まれた全研究のうち、少なくとも20秒間手洗いを行うことの予防効果を調査したのは 2 件のみであり、いずれも有意な効果は認められませんでした。

手指衛生の研究のもう一つの問題点として挙げられているのが、様々な交絡因子がこれらの知見の妥当性と信頼性に影響を与えた可能性です。これには、手洗い行動の測定に回顧的自己報告を用いた調査は、参加者が 1 日に何回を洗ったか、またはいつそれを行なったかを思い出せないこと、試験目的で参加者が手指衛生の技術が不足している可能性があること、研究者による面接時に参加者が手指衛生行動を誇張し、期待通りの回答をする傾向があることなどが含まれています。また、データの記述的分析のサンプルサイズが比較的小さいことも、研究結果をさらに混乱させています。

公衆向けの手指衛生のガイドラインを効果的にするためには、手指衛生行動の勧告に一貫性と具体性があり、かつ一般市民が実践できるほどシンプルでなければならない、とレビューでは強調されています。パンデミック感染症流行時には、いつ、どのように手を清潔にすべきかを具体的に伝える必要があり、異なる状況や地域集団に合わせて調整するリスクコミュニケーションのあり方も検討されるべきでしょう。

結論として、このレビューは、手指衛生の予防効果を支持する科学的証拠は一貫性がなく、方法論的な質によって制限されているとし、現行の手指衛生のガイドラインの妥当性を評価し、改善を推奨するには情報が不十分であるとしています。今後、どのような状況で、どのような頻度で、どのような製品を用いて地域で手指衛生行動を実施すべきかを明らかにし、流行時に地域でこれらの特定の行動を促進するための効果的な介入策を開発する必要があるとしています。

おわりに

一般論として、手洗いや手の消毒等の手指衛生が感染症予防に有効なことは、言うまでもないことです。ただ、感染様式の異なる感染症に対して、常にそれが優先されるべき感染対策であるかどうかは異なりますし、NPI のなかでの貢献度も当然違ってくるでしょう。

今回論文を探索してわかったことは、インフルエンザ予防策としての手洗いの意義と方法論に関するシステマティック・レビューがきわめて少なく、かつ今回のレビュー [3] では、手指衛生の有効性に関する科学的証拠に一貫性がないと指摘されていることです。実際には、マスク着用や対人距離の確保など、他のNPIとの組み合わせで感染予防が行なわれていることが多いため、手指衛生自体の貢献度を測ることが容易でないことも理解できます。

少なくとも、インフルエンザやCOVID-19のように、主として飛沫感染エアロゾル感染で伝播する呼吸器系感染症の場合は、それに見合った公衆向けの NPI のガイドラインが必要だと思われます。すなわち、マスク着用、換気、手洗い、対人距離など、予防策として貢献度が大きいと思われる順に、あるいは並列に挙げることが肝要です。例えば、感染者や濃厚接触者の場合、混雑する閉鎖空間に出向く場合、病院や施設を訪問する場合は、マスクを着用することは、最優先で行なうべき NPI であると言えましょう。

感染対策として手洗いは必要ですが、常にそれが全面に出されることにより、より貢献度の大きい NPI の意義が減ぜられるようであれば、リスクコミュニケーションとして誠に不備だということになります。しばしば、COVID-19やインフルエンザの感染対策としてマスク着用に触れない専門家がいたり、「咳エチケット」という具体性がない言葉で置き替えられたりするのは、不適切だと思います。

引用文献

[1] Jefferson, T. et al. Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database Syst. Rev. 11, CD006207 (2020).
https://doi.org/10.1002/14651858.CD006207.pub5 

[2] Veys, K. et al.:  The effect of hand hygiene promotion programs during epidemics and pandemics of respiratory droplet-transmissible infections on health outcomes: a rapid systematic review. BMC Public Health 21, 1745 (2021). https://doi.org/10.1186/s12889-021-11815-4

[3] Gozdzielewska, L. et al. The effectiveness of hand hygiene interventions for preventing community transmission or acquisition of novel coronavirus or influenza infections: a systematic review. BMC Public Health 22, 1283 (2022). https://doi.org/10.1186/s12889-022-13667-y

[4] Machida, M. et al.: How frequently do ordinary citizens practice hand hygiene at appropriate moments during the COVID-19 pandemic in Japan. Jpn. J. Infect. Dis. 74, 405-410 (2021). https://doi.org/10.7883/yoken.JJID.2020.631

引用したブログ記事

2023年3月「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り

2023年1月28日 感染制御のためのハードル(バランス)理論

       

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)