Dr. TAIRA のブログII

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日本の研究はもはや世界に通用しない-理由はここにある

カテゴリー:科学技術と教育

日本の科学研究力の低下が言われて久しいですが、今回ネイチャー誌に、サイエンスライターAnna Ikarashi(五十嵐杏南)氏による「日本の研究はもはや世界に通用しない」という記事が掲載されました [1]下図)。強力な研究労働力はあるのに、研究の質的低下は止まらないという添え書きがあります。ネイチャー誌は、以前から日本の研究の凋落ぶりを掲載し続けていますが、今回もいよいよダメ押ししてきたという感じです。

この記事は、最近で出版された日本の科学技術・学術政策研究所 [NISTEP] の報告書に基づいて書かれたものですが、本質的な指摘です。この記事の中に豊橋技術科学大学建築・都市システム学系の小野悠(おのはるか)准教授の名前が出てきますが、豊橋技科大は私が20年間勤めていた大学です。そのこともあって、ここでこの記事を翻訳して紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳文です。

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10 月 25 日に英文で発表された文部科学省の報告書によると、日本は、世界最大級の研究コミュニティを有するにもかかわらず、世界レベルの研究への貢献度は減少し続けている。

2023 年版日本科学技術指標報告書の執筆者の一人である伊神正貫氏(科学技術・政策研究所 [NISTEP] 科学技術予測・政策基盤調査研究センター長)によると、この調査結果は、日本が世界的地位を向上させるために探求すべきいくつかの分野を浮き彫りにしていると言う。「日本の現在の研究環境は理想的とは程遠く、持続不可能です。研究環境は改善されなければなりません」。

報告書によれば、日本の研究者総数は中国、米国に次いで世界第 3 位である。しかし、この規模は 20 年前と同じレベルのインパクトのある研究を生み出しているわけではない。最も引用された論文の上位 10% に占める日本の研究論文の世界シェアは、6% から 2% に低下し、国際的地位の低下に対する日本の懸念が強まっている。

伊神氏は、研究成果の質という点において、他の国が日本を追い抜いている状態と説明する。「日本の研究者の生産性が落ちたわけではありません。しかし、他国の研究環境はこの数十年で非常に改善されました」と言う。

時間と資金

この研究低下の一部はお金に起因しているかもしれない、と伊神氏は言う。上記報告書によると、大学部門の研究費は過去20年間でアメリカとドイツでは約 80%、フランスでは 40%、韓国では 4 倍、中国では 10倍 以上に増加している。対照的に、日本の支出は 10% 増にとどまっている。

しかし、たとえ研究者により多くの資金が提供されるようになったとしても、日本の科学者が実際の研究に費やす時間自体が減少しているため、インパクトのある研究を生み出すことは難しいかもしれないと、伊神氏は言う。文部科学省による 2020 年の分析によると、大学研究者が科学に割く時間の割合は、2002 年から 2018 年の間に 47% から 33% に減少している。

「大学研究者は、教育、産業界との連携、地域社会への関与など、多様な役割を担うことがますます求められています。医学の分野では、若手研究者が病院の収益を維持するために臨床業務により多くの時間を割くようになっています。「大学が多様な方法でより広い社会に貢献することには利点がありますが、研究に使える時間は制限されています」。

この報告書の調査結果は、以前行われた若手研究者を対象とした調査の結果を裏付けるもので、研究時間の不足が仕事に対する不満の顕著な要因であると指摘している。調査グループの一員である豊橋技術科学大学の土木技師、小野悠氏によると、回答者は事務的な仕事が負担に感じているという。「外国人研究員のビザの手続きから、学生が家賃を滞納しているという家主からの電話への対応まで、研究責任者であれば何でも責任になります」と彼女は言う。

研究環境の変革

日本学術会議で若手研究者の代表を務める東京大学の情報生物学者、岩崎渉氏は、研究時間を確保するために、事務職員や実験技術者、民間企業との共同研究を促進するためのビジネス専門知識を持つ職員など、サポートスタッフの増員を望んでいる。現在、日本の大学では研究者20名につき技術者 1 名が配置されているが、この数字は 2023 年版報告書に掲載された他国と比べて著しく低い。

サポートスタッフの充実はまた、日本で一般的な階層的研究室モデルからの脱却の傾向を強めるだろう、と小野氏は付け加える。伝統的な研究室構造では、上級教員が研究の方向性やリソースを管理し、若手教員は補助的な役割を担うことが多い。例えば、東北大学は日本の新しい大学基金に選ばれ、より多くの若手研究者を主任研究者に任命することを約束した。しかし、サポートスタッフがいなければ、若手研究者にとっては、突然の自律研究活動は逆効果に終わるかもしれない。

小野氏によれば、彼女が主任研究者になったとき、研究室運営の経験がない状態から、専門的なサポートなしに、学生の指導をやりながら自分の研究目標を達成しなければならない状況になった。「それに伴う不安は、長期的で影響力の大きい研究を試みるには建設的なものではありませんでした」と彼女は言う。

伊神氏は、研究室のメンバーが年功序列で苦労しているのを見て、若手研究者が研究のキャリアを追求するのを躊躇しているのではないかと言う。博士課程の学生の数は、過去 20 年間で 21% 減少しているという。学部生や修士課程の学生よりも研究経験が豊富な博士課程の学生を研究室に多く集めることは、日本にとってよりインパクトのある研究を促進するために非常に重要である、と彼は言う。

「日本の研究環境は過去から進歩していませんし、大学が研究者を時限付き雇用することが増えているため、学術界でのキャリアの見通しは悪くなる一方です」と彼は言う。

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翻訳は以上です。

筆者あとがき

私が民間から豊橋技科大へ移った時は、まだ国立大学の法人化(2003年)前で、比較的自由に研究ができる環境にありました。エフォート割合で言えば50%以上を研究に注ぐことができたと思います。しかし、法人化以降、徐々に研究に割ける時間は減り、運営、会議などの仕事が著しく多くなっていきました。

思えば、法人化の頃から日本の大学の研究環境は悪くなっていったように感じます。特に、国による運営交付金の毎年 1% 削減といわゆる「選択と集中」は、研究の裾野拡大に全く背を向けた措置で、ことごとく国立大学の研究力を削いできたと思います。

日本の研究力は20年で凋落して来たわけですが、それを取り戻そうとしても20年以上はかかるでしょう。一方で、海外はこれからもそれ以上の改善や進歩をしていくわけですから、勝ち目はないように思えます。

少子化も止められていないわけですから、自動的に高度教育に進む人口も減っていきます。国民がクローニズム、ネポティズムのいまの与党政治を後押しする限りは、予算配分の適正化は望むべくもなく、世界に通用しない日本というのは、仕方のないことかもしれません。

引用文献

[1] Ikarashi, A.: Japanese research no longer world class — here's . Nature published October 25, 2023. https://www.nature.com/articles/d41586-023-03290-1

       

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