Dr. TAIRA のブログII

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戦略的マスクキングと世界標準から外れた日本のマスク事情

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

日本を含めて東アジアの国々は、一般的に、欧米に比べて衛生対策としてのマスク着用に関する意識が、個人レベルで高い傾向があります。東アジアの国では、普段からマスクの習慣がある一方、欧米ではマスクは病人がするものであり(健康者はしない)、義務化されなければつけないという考え方・習慣の違いがあります。

マスク着用に関するこのような考え方・習慣の違いは、COVID-19パンデミックの初期において日本と欧米の明暗を分けました。すなわち、欧米では、2020年においてCOVID-19のまん延を許し、日本の約100倍の人口比死者数を記録してしまいました。マスク着用がいわゆる「ファクターX」の正体の一つと言われる所以です。

ところが、ワクチン接種プログラムの進行とともにウィズコロナ戦略が始まり、オミクロン流行になってから致死率が低下すると、日本では、流行波の度に最多死者数を更新して来たにもかかわらず、非医薬的介入(non-pharmaceutical intervention, NPI)の強度は弱まってきました。そして、今年 3 月にはマスク着用は、政府が言うところの「個人の自由」になり、COVID-19 の 5 類化を前後して、文部科学省は、学校で「マスク着用を求めない」という基本方針まで打ち出してきました。

日本ではメディアの偏った報道もあって、国民の中には、欧米では一切マスクをしていないし、マスク対策も緩やかという思い込みがあるようですが、そんなことはありません。日本は感染対策として一度たりともマスク着用の義務化を行なったことはありませんが、欧米では義務化を施し、解除し、また一部で義務化を復活させるというより厳しいメリハリのある感染対策を行なっています。

米国の今のマスク着用の考え方は、「戦略的マスク着用(Strategic Masking)」というものです。多くの先進国も基本的に同様な戦略をとっています。つまり、世界標準の戦略的マスク着用とは、もはや義務化がない状態で「いつ、どのような場面でマスクを着用するか」を基本とする方針です。その意味では、当初から日本は戦略的マスキングであったわけですが、今は「マスク着用を求めない」という基本方針になってしまい、世界の潮流からはすっかり脱落してしまいました。

言い換えると、「個人の判断」はどの国でも同じであっても、世界標準ではいつマスクをすべきか」というマスクの目的が維持されているのに対して、日本は「自由に外してよい」という、目的が隅に追いやられた「あべこべの基本方針」になっているわけです。

欧米はワクチンに依存したウィズコロナ戦略をとっています。一方で、COVID-19はまだ終わっていない、この冬には COVID-19、インフルエンザ、RSウイルス感染症トリプルデミックがやってくるという強い警戒感があり、それに向けてのマスク着用の強化も考えられています。

米イェール大学医学部は、先月、戦略的マスク着用についての解説をウェブ上で公開してました [1]。きわめて常識的な内容ですが(米国特有に事情も書かれている)、具体的な指針や提言があって、私たちにも参考になるところも多いです。日本ではすでに忘れられていること、指摘されないこともあります。ここで翻訳して紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳文です。

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食料品店やオフィスの会議など、人々が集まる場所でマスクをしているのが自分だけだと、孤立感を覚えるかもしれない。COVID-19 から身を守るために、マスクをつけることに意味があるのだろうかと疑問に思うかもしれない。

しかし、コロナウイルスは依然として人々を感染させている。この夏は、COVID-19 の感染者数、入院者数、死亡者数が増加し、例年のウイルスの季節的挙動から冬に急増する可能性もある。また、EG.5(エリス)と BA.2.86(ピローラ)という二つの新しいオミクロン変異型があり、これらは以前の変異体よりも感染力が強い可能性がある。

病気をもたらす感染力の強いウイルスは、COVID-19 をもたらす SARS-CoV-2 だけではない。インフルエンザや RS ウイルスも例年病院を圧迫させる。この三つの病気を合わせ、秋から冬にかけてそれぞれの感染者が同時に増加することから、「トリプル・デミック」と呼ばれるようになった。

全米では、最近の COVID-19 の急増を受けて、学校や企業などでマスクの着用が義務化されている。しかし、感染者数や入院者数はまだ例年より少なく、国全体がマスク着用に戻るとは誰も予想していない。つまり、この先人々は、自分を守る最善の方法を自分自身で決めなければならないことを意味するのだ。

COVID-19 患者を診ているイェール大学救急医学の専門医、カレン・ジュバニク医学博士は言う、「COVID-19 やその他の呼吸器疾患から身を守るためのマスクの着用について、人々は今、自分自身で選択するのです」。その結果、一部の人々は「戦略的マスク着用」と呼ばれる方法を採用している。ほとんどの人は常時マスクを着用したいとは思わないし、着用する必要もないが、「戦略的にマスクを着用することは理にかなっています」とジュバニク博士は言う。「個人の感染リスク、高リスクにある大切な人を守る必要性、個人のリスク許容度、特定の地域でウイルスがどの程度流行しているか、これらはすべて考慮すべき要素です」。

イェール医学部の専門家は、マスク着用を検討する際の混乱を防止するために、いくつかの推奨事項を提示している(以下の 1)〜6))。

1. 個人的リスクと、周りの人々のリスクを考慮すること

もし COVID-19 による重症化リスクが高い人の場合(詳細は後述)、 特にウイルスが流行している際には、公共の屋内ではマスクを着用するのが賢明である、とジュバニク博士は言う。自分が住んでいる地域の状況を把握するには、米国疾病予防管理センター(CDC)のCOVID-19の郡別入院数で、地域の入院数が少ないか、中程度か、多いかを調べることができる。

状況は人それぞれである。重症化のリスクが高い場合、CDCは、COVID-19 の入院患者数が中または高水準の時に、あなたやあなたの周囲の人々がマスクや呼吸器(詳細は後述)を着用すべきかどうか、医療従事者に相談することを勧めている。以下の場合、COVID-19 による重篤な結果になるリスクが他の人より高くなる。

●年齢が50歳以上であり、年齢が高くなるほどリスクは高くなる(COVID-19による死亡者の 81% 以上が 65 歳以上であり、これは 18 歳から 29 歳までの死亡者よりも97% 高い)

●年齢を問わず、心臓病、糖尿病、肥満などの特定の持病がある

●妊娠している

●長期介護施設に住んでいる

●健康保険がない、交通手段がない、育児で手が離せない、仕事を休むことができないなど、医療を受けるための障害に直面している(これらの要因は、重度の COVID-19 の一部の症例における人種的、民族的、社会経済的格差の一因となっている)

若くて健康な人も含め、ウイルスが蔓延している地域に住んでいる人は、状況によってはマスクの着用を検討してもよいだろう。個人的なリスクは高くなくても、感染を避け、大切な人を守るために、通常よりも多くの場面でマスク着用を勧める。自分がウイルスに感染しているかどうかはわからないし、症状がなくてもウイルスを広げる可能性があるのだ。

2. 診察室や病院でのマスク着用を考慮する

医師や病院を受診する際のマスク着用は、個人的な選択かもしれない。現在、すべての医療機関でマスク着用が義務付けられているわけではない。 しかし、COVID-19 感染者が最近増加していることを受けて、マスク着用の義務化をやめた医療機関の中には、着用義務を復活させることを検討しているところもある。

7月にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌に発表された論文の著者らは、COVID-19 ワクチンや治療法はこの病気による入院や死亡を減らすのに役立っているが、急性疾患によって患者が特に COVID-19 に感染しやすい病院では、特別な注意が必要かもしれないと述べている。論文で強調されていることは、このような環境でのマスク着用は、あなたや他の人を守るのに役立つだろうということだ。このウイルスは、肺疾患の再燃、不整脈、さらには死亡といった問題を引き起こし、基礎疾患を悪化させる可能性があることを考えておくべきである。

3. 外出時にはマスクを携帯し、使用するかどうかは自ら判断する

マスクは、ある状況では当然と思えるかもしれないが、他の状況では判断が必要である。ある人にとってはリスクが低いと思われる行動でも、別の人にとっては不安に駆られるかもしれない。後者の場合、人は自分が最も納得できることを行なうべき、とジュバニク博士は説明する。

いくつかの例を挙げよう:

ショッピング: 店の規模や人通りを考慮してマスクを着用するかどうかを決める。「天井が非常に高い大きなデパートに入り、長時間誰とも近づかないのであれば、マスクを着用するメリットはそれほどないかもしれません」とジュバニク博士は言う。「しかし、ホリデーシーズン中の小さくて混雑したギフトショップや、十分な換気のない場所であれば、マスクは感染予防に役立ちます」。

レストランでの食事: 当然ながら、食事中にマスクを着用することはできない。外食したいが、心配な場合は、レストランを選ぶようにしよう。

屋外で食事をする方が屋内で食事をするよりも安全である。屋内で食事をする場合は、換気がよく、テーブルが広々としている方が安全である、とイェール大学医学部の感染症専門医であるスコット・ロバーツ医学博士は説明する。

「12月や1月に同じ決断を下すでしょうか? それはわかりません」。「患者数を見てみないとわかりません」とロバーツ医学博士は言う。「冬に患者数が増えれば、外食を控えることになるかもしれません」。

旅行中 :CDC によると、COVID-19、インフルエンザ、風邪などの呼吸器感染症は、帰国旅行者が医療機関を受診する主な理由である。ジュバニク医師は、飛行機で旅行する際には予備のマスクを携帯し、共有し、電車やバスなどの公共交通機関でもマスクをするようアドバイスしている。

教会のサービス: 高齢者や COVID-19 によって重症化し死亡する危険性のある人を含む多くの人々にとって、礼拝に行くことは、パンデミック中に途絶えた重要な共同体意識を提供する、とジュバニク博士は言う。

教会は通常、閉ざされた空間に大人数を迎え入れ、大声で話したり歌ったりし、長時間他の人と近くにいるため、リスクの高い場所と考えられている。「ですから、教会の礼拝に出席する予定があるなら、マスクを着用し、予防接種を受けておくことをお勧めします」と彼女は言う。

重要なイベントや休日 :結婚式、休暇、休日の集まりなど、以前から計画していたイベントを控えている場合、その前の数週間はマスクを着用することで、感染リスクを下げ、いざという時に健康でいられる可能性が高くなる。「少なくとも、人混みの中や公共交通機関の中など、リスクの高い場面では」とジュバニク医師は指摘。「また、考えておかなければいけないことは、久しぶりに家族や友人と集まり、閉ざされた空間で一緒に過ごした後、COVID-19 の陽性反応が出たという報告も多いということです」。

学校に通う子供たちへ: マスク着用を義務化した学校もあるが、ほとんどの場合、マスクは個人の自由である、とイェール大学医学部の小児科医マグナ・ディアス医学博士は言う。しかし、学校でのマスク着用が原因で子供たちがいじめられる事態を懸念している。

「免疫不全の子供がいるのであれば、マスクを着用し、他の人にも親切にしてもらうことを勧めます。これは重要なメッセージだと思います」と彼女は言う。その他、COVID-19 の感染率が高い場所での混雑した状況では、大人と同じようにマスクを着用することが推奨される。「ただし、5歳以下の子供にはマスクを着用させるのは難しいので、リスクの高い状況でない限り、マスクを着用させることはお勧めしません」と彼女は言う。

CDC によれば、SARS-CoV-2 に感染した小児のほとんどは症状が軽いか、全く症状が出ない。一方で、基礎疾患、複数の持病、年齢(特に幼児期)により重症化するリスクが高くなる可能性がある。さらに、COVID-19 の症状が初感染後、数週間、数ヵ月、数年にわたり持続する重篤な症状である長期コロナ症(long COVID)を発症するリスクもある。

4. 室内で他の人と過ごす時間を考慮する

混雑した部屋など、「高リスク」な状況にいると予想される際の時間の長さが重要である。CDC によれば、COVID-19 に感染している人と 15 分以上接触すると、2 分間の接触よりも感染する可能性が高くなるという。「多くの人は、社交的な場や家庭の中で、人々が屋内にいて、密接に接触し、マスクをしていないときに感染します」とジュバニク博士は言う。

イェール大学公衆衛生大学院の研究者らが主導した研究が、8月に Nature Communications 誌に発表された。コロナウイルスに大量に暴露された場合、ワクチン接種および/または事前の感染による防御効果が減少したり、打ち負かされたりする可能性があるという長年の確信が立証された。

イェール大学の免疫生物学者である岩崎明子博士(この研究には参加していない)は、この研究結果は、ワクチン接種を受けている人であっても、マスキングや換気の改善などの緩和策が感染の可能性を減らすのに役立つことを示唆している、とネイチャー誌にコメントしている。

5. 身を守るマスクを着用する

CDC は、SARS-CoV-2 の感染を防ぐマスクと呼吸マスクの種類を具体的に示している。フィット感のある使い捨てサージカルマスクから KN95、NIOSH(National Institute for Occupational Safety & Health:米国労働安全衛生研究所)認定の呼吸マスク(N95 を含む)まで、さまざまな保護レベルを提供するマスクの選択肢について説明している。NIOSH は、顔にフィットし、常に着用できる最も保護力の高いマスクを着用することを勧めている。

6. マスクを唯一の予防策にしないこと

戦略的に着用するにしても、常時着用するにしても、マスクは感染リスクを減らすことができるが、完璧ではない。「混雑した部屋でマスクをしているのが自分だけなら、全員がマスクをしている場合よりも予防効果は低くなります」とロバーツ医師は言う。

だからこそ、マスクは呼吸器感染症から身を守るための数ある戦略のうちの一つであるべきなのだ。特にこの冬は、SARS-CoV-2、インフルエンザ、RSV が同時流行すると予想されている。

防御の第一線はワクチン接種である、とロバーツ博士は言う。この秋は、毎年恒例のインフルエンザワクチンに加え、9月初旬に FDA と CDC によって承認された COVID-19ブースターショットが、生後6ヶ月以上のすべての人に接種される。また、高齢者向けのワクチンや、乳幼児向けのモノクローナル抗体や、妊婦が生後 6 ヶ月までの新生児を守る抗体を得るために接種するワクチンなど、幼児向けの RSV 治療など、RSV 感染症の新しい予防法もある。

病人に近づかないこと、他人との距離を 6 フィート(約 1.5 メートル)保つこと、屋内の混雑した場所を避けること、きちんと手を洗うこと、空気清浄機を利用することなども効果がある、とロバーツ博士は言う。

また、マスク着用による予防効果は 100% ではないが、ゼロよりはましだとロバーツ博士は付け加える。「私は戦略的にマスクをするつもりですし、COVID-19 の数値が上がれば、どこでもマスクをするでしょう」と彼は言う。

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翻訳文は以上です。

筆者あとがき

日本では、パンデミック下でマスク着用は一度も義務化されたことはありません。あくまでの場面や場所に応じた推奨のみですので、もとより着用するか、着用しないかは個人の判断であり(同調圧力はしばしば存在する)、政府が「着用を求めない」というのは、法的にも感染対策の上でもおかしいです。その上で、日本人は当初より自主的にマスクを着けてきたと言えます(最初から今まで自主判断)。このあたりは、文化・習慣も含めて、米国とは少々事情が違います。

とはいえ、イェール大学医学部のマスク着用に関する解説(戦略的マスク着用)はきわめて常識的であり、日本人ならだれでも理解できる内容です。他の先進国でも基本的に同様な戦略をとっています。もし理解から外れるとしたら、日本政府、厚生労働省文部科学省、その他一部の専門家による「マスク外し」方針のプロパガンダ、メディアの偏向海外紹介に汚染されてしまったのかもしれません。

もはや義務化はしないから、あとは自己判断でTPOでマスク着用を考えろという目的を明確化している世界標準に対して、日本は当局がマスク着用の目的をすっ飛ばして「着用を求めない」、「自由に外してよい」としていることは、行政の詭弁と科学情弱の姿をさらけ出しています。

引用文献

[1] Katella, K.: Can ‘Strategic Masking’ Protect Against COVID-19, Flu, and RSV? Yale Medicine September 15, 2023. https://www.yalemedicine.org/news/can-strategic-masking-protect-against-covid-19-flu-and-rsv

       

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