Dr. TAIRA のブログII

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呼吸器感染症予防のためのマスクに関する最新レビュー

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 パンデミックが始まって以来、呼吸器感染症防止のためのマスクやレスピレーターの効果について様々な研究がなされ、公衆衛生上の非薬理学的介入策の一つとして用いられてきました。一方で、マスクの効果については論争も起こってきました。

今回、この問題に区切りをつけるような総説論文が、米国微生物学会の公式雑誌の一つである Clinical Microbiology Reviews 誌に掲載されました [1]下図)。現在、マスク着用をどのように考えるべきか、将来への指針も含めて詳しく書かれています。ここで紹介します。

総説は長文なので読むのに力が入ります。ここで詳細に紹介することもできないので、論文の後半にある要約や結論に書かれていることを中心に、かい摘んで述べたいと思います。

1. 論文の概要

論文を発表したのは、オーストラリア、ニュージーランド、およびカナダの共同研究チームです。この論文が執筆された理由のひとつは、マスクは効果がないという決定的な証拠を提供していると解釈された例のコクラン・レビュー [2] (→「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り)をめぐる論争にあるとしています。研究チームは、マスクとレスピレーターの効果に関する広範なとメタ分析を行い、マスク自体の理工学的効果、着用の有益性、そして実用性、不利益、有害性、個人的、社会文化的、環境的影響に関する広範な証拠(エビデンス)を挙げています。

メタ分析と厳選された一次研究から得られた証拠の総合的検証の結果、以下のような 7 つの重要な知見が得られたとしています。

1) SARS-CoV-2 と他の呼吸器病原体の空気感染には、強力で一貫した証拠がある

2) マスクは正しく一貫して着用されていれば、呼吸器系疾患の感染を減らすのに効果的であり、用量反応効果を示す。

3) レスピレーターは医療用マスクや布製マスクよりもはるかに効果的である。

4) マスク着用義務は、全体として呼吸器系病原体の地域社会での感染を減らすのに効果的である。

5) マスクは重要な社会文化的シンボルである一方、マスク不着用、反マスクは政治的・イデオロギー的信条や、広く流布している誤報・偽情報と関連していることがある。

6) マスクが一般集団にとって有害でないという多くの証拠がある一方で、特定の病状を持つ人にはマスク着用が比較的禁忌であり、免除が必要な場合がある。さらに、特定のグループ(特に聴覚障害者)は、他の人がマスクをしていると不利になる。

7) 使い捨てマスクやレスピレーターによる環境へのリスクがある。

今後の研究課題として、マスク着用を推奨または義務付けるべき状況の特徴づけの改善、快適性と受容性への配慮、マスクを着用する環境における一般的なコミュニケーション支援と障害に焦点を当てたコミュニケーション支援、ろ過性、通気性、環境への影響を改善するための新しい素材とデザインの開発を提案しています。

2. 具体論と結論

以下、論文の後半に書かれた要約と結論を中心に、翻訳しながら述べていきます。

マスク着用の効果は、しばしば、ランダム化比較試験(RCT)で論じられる場合があります。しかし、これは、メカニズムとして証拠があるマスク自体の効果を、わざわざ交絡因子が多い不特定多数の着用条件に投影して評価するもので、これだけで結果を論じるのは間違いです。異なる学術分野や研究デザインから得られた複数の証拠(エビデンス)の流れを幅広く検討し、RCT に基づく「論証枠組み」のみならず、メカニズム的証拠や実世界の証拠を含む複数のデザインから得られた証拠を体系的に統合する必要があると著者らは強調しています。

このようなアプローチを用いて、著者らは、よりニュアンスの異なる一連の結論を示しながら、マスク自体とマスく着用の科学に関するある種の不正確な仮定や欠陥のある推論が、特定集団の間で広く受け入れられているように見える理由を明らかにしています。

この研究では、著者らはまず、SARS-CoV-2 およびその他の呼吸器系病原体の伝播に関する基礎科学的証拠を検討し、これらの病原体が主に空気感染経路によって伝播するという強力かつ一貫した証拠があることを示しています。また、マスクは呼吸器系病原体の伝播を減少させるのに効果的であり、フィットした人工呼吸器が非常に効果的であること、そしてこれらの道具は用量反応効果を持つことを示しています。つまり、マスクの着用が増加するにつれて防御レベルが増加するという効果です。

次に、呼吸器疾患の流行やアウトブレイクの制御におけるマスクの臨床試験について、一般的なデザイン上の欠陥のリストアップを含め、方法論的批判を行っています。方法論的に欠陥のあるメタ分析を繰り返すことも含め、RCT から得られた証拠を要約しながら、レスピレーターが医療用マスクや布製マスクよりも、すべての潜在的に危険な状況で実際に着用される場合に、有意に効果的であることを示しています。全体として、マスク着用とマスク着用義務は、呼吸器疾患の地域内感染が多い時期に、地域内感染を減少させるのに効果的であることを示す、広範な観察結果とモデル化された証拠を提示しています。

マスクの悪影響と有害性についても検討しています。結果として、「マスクは一般市民にとって危険である」という反マスク派の主張を否定する強力な証拠があるとしています。同時に、特定の病状を持つ人にはマスク着用が比較的禁忌である可能性があること、特に聴覚障害者のような特定集団にとっては、他者によるマスク着用は不利益になることも示しています。

興味深いのは、複数の国や異なる文化から得られた証拠をまとめた上で、マスクは、人々が(肯定的であれ否定的であれ)深く関心を寄せる重要な社会文化的シンボルであると述べていることです。そして、マスク不着用への固執および反マスクは、政治的・イデオロギー的信条や、広く流布している誤報・偽情報と結びついていることがあり、それゆえに、それを変えることが難しいことも述べています。

マスク政策のセクションでは、呼吸器感染症の予防と制圧のために、政府や組織がマスクを使用する際の明確な政策を必要としていることを説明し、リスクのあるグループの個人的な保護、職場や医療施設を含む特定の環境における保護、季節性呼吸器感染症パンデミックについて取り上げています。これらの方針は、健全なリスク評価と実施原則に基づく必要があるとしています。

最後に、使い捨てマスクやレスピレーターが環境に与える影響について検討し、性能が向上し、かつ環境リスクの少ない新しい素材やデザインについての方向性に言及しています。

ここからは、著者らが述べている具体的に六つのポイントについての紹介です。

第一に、マスクは効果がないという主張は明らかに間違っていると結論づけています。マスクやレスピレーターは、よく設計されており(例えば、高ろ過性素材でできている)、実際にフィットした装着がなされていれば機能します。効果がないとする間違いが起こる理由として、欠陥のある仮定、欠陥のあるメタ分析法、推論の誤り、メカニズム的証拠を理解しない(または認めない)こと、批判的評価と証拠統合の限界の組み合わせを挙げています。

著者らは、マスクに関する RCT の意味の無理解を批判しています。研究者がなすべきことは、狭い認識論に基づく研究デザインを排除し、「マスクは効果があるのか」という二元的な問いに取り組むことから脱却すべきであることであり、そして、学際的デザインを通じて多面的な問いを追求する時期に来ている、と投げかけています。

具体的には、実験データ、観察データ、モデル化データを組み合わせることで、呼吸器感染症の流行時にどのようなタイミングで普遍的なマスクが導入されるべきということです。また、そのような流行時にさまざまな状況や環境、特にリスクの高い集団に対して、どのようにマスク政策を推進し、支援するのが最善であるかについての理解を深めるべきであるということです。

室内環境との関係については、換気に関する科学と、感染症伝播やマスク着用に関する科学とをより直接的に対話させるべきであるとしています。つまり、いつ、どのような室内状況であれば、「空気の質」に基づいてマスクが不要と判断されるのか、あるいは、勧告や義務付けがなされるのか、という問題に対処すべきであり、そのために学際的なモデリングを行う余地があるとしています。

第二に、マスク着用は呼吸器感染症のまん延を抑制するための、完全ではないけれども効果的な介入であり、パンデミックの初期段階(病原体が未知であり、薬剤やワクチンがまだ利用できない時期)には特に重要である可能性があります。そのことを考えると、科学者、臨床医、政策立案者、そして一般市民の間で、マスクや呼吸器の有効性に関する理解を深めることが緊急の優先課題である、と強調しています。

この問題に関して、感染予防・管理コミュニティの多くが不誠実な態度を取り続けることは、将来のパンデミックにおいて公衆衛生にとって大きな脅威となる可能性があると警鐘を鳴らしています。なぜなら、特にそのような人物は、世界や国の公衆衛生の意思決定機関において影響力のある地位を占めることが多いからです。

第三に、マスク政策は、経験的根拠のない推測上のリスクで影響されてはならないとしています。例えば、マスク着用時の二酸化炭素の滞留などや、適用除外でカバーできるような特定の定義されたグループ(自閉症の人の一部など)などへの悪影響を過度に強調すべきではなく、マスクの実際のリスクと害をよりよく反映すべきであるということです。むしろ、コミュニケーション障害、身体的不快感、皮膚反応など、広く経験されているマスクの副作用に対処することで、効果的なマスク使用をサポートすることに焦点を当てるべきである、と述べています。

コミュニケーションは人間にとって不可欠な欲求であるため、コミュニケーション資源と最適化ガイドラインは、マスク着用が必要または推奨されるすべての環境において、マスク政策と運用に不可欠であるべきです。著者らは、マスクの物理的な悪影響は、より良いマスクデザインによって対処されるべきであり、それは研究の優先事項であるべきだ、と強調しています。

第四に、研究の余地がある課題として、人々が快適で、美的にも魅力的で、自分にぴったり合うマスクを見つけるのを助けるというアプローチを挙げています。特定のリスク状況下でマスク着用が標準化されるためには、装着、フィット感、使用に影響する多くの身体的・社会文化的要因を考慮し、さまざまなサイズ、形、色、デザインのマスクや呼吸器が利用できるようにする必要があります。このような研究の流れは、臨床的に脆弱な人々(例えば、免疫抑制者)にとって特に重要です。なぜなら、彼らは、多くの時間またはすべての時間、場合によっては生涯にわたってマスクを必要とするからです。

第五に、快適性が改善され、呼吸抵抗が低く、廃棄物や環境汚染を大幅に削減する良質の再利用可能なマスクにつながる可能性のある新規材料の研究を継続すべきである、と指摘します。装着感が悪く、不快で、非生分解性材料で作られたプラスチック製医療用マスクは段階的に廃止し、ろ過効果、通気性、装着感、環境の持続可能性に関してより高い基準を満たすマスクやレスピレーターに置き換えるべきである、と強調しています。また、マスクの廃棄物をリサイクルするための選択肢を最大化するための研究も必要と述べています。

最後に、著者らが強調していることは、COVID-19 パンデミックが 5 年目に入り、そしておそらく今後も続く中、イデオロギーに基づく反マスクの物語が公衆衛生と世界保健にもたらす重大な危険性を認識すべきであり、体系的に対処すべきであるということです。反マスク感情は、反ワクチン感情とともに増加しており、これは現在と将来のパンデミックの両方にとって悪い兆候です。広範な偽情報の問題に対する単純な解決策はないですが、マスクやその他のミッション・クリティカルなトピックについて、公衆衛生機関が明確かつ一貫したメッセージを発信することが必要と結んでいます。

おわりに

今回の総説論文は、COVID-19のような呼吸器感染症の防止のために、マスクがどのような効果があるか、どう考えるべきか、将来はどのようにあるべきかについて、現時点での解釈が丁寧に述べられています。研究者、専門家のみならず、一般人にとっても公衆衛生の政策者にとっても有用な情報源です。

自然感染とワクチン接種による免疫で、COVID-19の発症が「軽く」なった今、専門家の中でさえ、「マスクは意味がない」、「マスクの過剰な信者」がいるという見解を示す人がいます(→オミクロン波以降マスクの効果はない?)。しかし、「マスクが有効か否か」という二元論はもはや意味がなく、多元的なアプローチと解釈で有効な非薬理学的介入策の一つとして考えていくべきという著者らの指摘は、きわめて合理的です。我が国の保健衛生担当者にも、是非取り組んでもらいたいと思います。

引用文献

[1] Greenhalgh, T. et al.: Masks and respirators for prevention of respiratory infections: a state of the science review. Clin. Microbiol. Rev. Published online: May 22, 2024. https://doi.org/10.1128/cmr.00124-22

[2] Jefferson, T. et al.: Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database Syst. Rev. 1: CD006207 (2023). https://doi.org/10.1002/14651858.CD006207.pub6

引用したブログ記事

2024年6月3日 オミクロン波以降マスクの効果はない?

2023年3月12日 「マスク効果なし」としたコクラン・レビューの誤り

            

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