Dr. TAIRA のブログII

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ヒトやイヌの精巣はマイクロプラスチックで汚染されている

カテゴリー:プラスチックと環境

はじめに

マイクロプラスチック(MP)とは、微細なプラスチックの総称であり、5 mm 以下のものを言います。また、極小のものはナノプラスチック(NP)とも呼ばれています。発生過程によって、一次的 MP、二次的 MP に大別されます。一次的 MP は工業的に小さい状態で生産されるもので、洗顔料、化粧品などのスクラブ剤、樹脂ペレットなどが含まれます。二次的 MP は、廃棄されたプラスチックが、環境中で長い年月をかけて小さくなったもので、海洋などで物理的な力で砕けたものや、紫外線によって光化学的に分解されたものがあります。

石油を原料として作られるプラスチックは、生物地球化学的循環(biogeochemical cycle)の外にある、生分解を受けない物質なので、廃プラスチックが出続ける限り、それが物理的に微細化されたとしても、環境中に溜まり続けます。近年、MP による環境汚染が深刻化し、海洋を含めた自然生態系への影響が懸念されています。

MP は環境汚染による生態系の影響のみならず、私たちが摂取する日常的な飲食品への汚染も懸念されており、潜在的健康被害の可能性についても今注目を集めています。健康被害のリスクについては、MP そのもののによる影響に加えて、MP が水中の残留性有機化合物(POPs)を吸着・濃縮する性質があることから、MP に吸着された POPs の影響についても関心が集まっています。

今回、米ニューメキシコ大学の研究チームによって、イヌやヒトの精巣中に MP が存在するという衝撃的な報告がなされました [1](下図)。英ガーディアン紙は、早速この論文を記事として取り上げています [2]

以下、この論文の概要を紹介するとともに、意義、解釈について述べたいと思います。

1. 論文の概要

MP やナノプラスチックは、どこにでも存在することから、それらがヒトの生殖系に与える潜在的な影響が懸念されています。しかし、ヒトの生殖系における MP の存在とその精子の質への潜在的影響に関するデータは限られてきました。

今回研究チームは、精巣内の MP の存在率と組成を定量化し、その特徴を明らかにすることを目的として、イヌとヒトの精巣について、精子数、精巣と精巣上体の重量との潜在的関連性を調べました。分析には、高度な感度を持つ熱分解-ガスクロマトグラフィー/質量分析計(Py-GC/MS)を用い、12 種類の MP を定量しました。検体として用いられたイヌの精巣は、去勢手術を行った動物病院から入手されたものであり、ヒトの精巣は病院で冷凍保存されていたものです。

イヌの精巣 47 個とヒトの精巣 23 個を検体として調べた結果、全ての検体に MP が含まれていましたが、個体間のばらつきが大きいものでした。平均 MP 総量は、イヌで 122.63 μg/g、ヒトで 328.44 μg/g でした。ヒトもイヌも主要なポリマーの比率は比較的類似しており、ポリエチレン(PE)が支配的でした。PE はスーパーのビニール袋などに使われている最も一般的なプラスチックです。PE に次いで PVC(ポリ塩化ビニル)が多く検出されました。

ヒトの精巣は保存検体であったため精子の数は測定できませんでしたが、イヌについては生殖器官重量と精子数のデータが収集できました。研究チームは、さらに、MP と生殖機能との関連を調べるために、記述分析、相関分析、多変量線形回帰分析などの統計分析を行いました。その結果、PVC 汚染の高いサンプルでは精子数が少ないことがわかりました。また、PVC や PET(ポリエチレンテレフタレート)のような特定のポリマーと精巣の規格化重量との間には、負の相関が観察されました。

これらの知見は、イヌとヒトの精巣の両方において、男性の生殖系に MP が広く存在し、男性の生殖能力に影響を及ぼす可能性があることを示唆するものです。この研究は MP 量と精子数との負の相関関係を示していますが、MP が精子数を減少させることを証明するには、さらなる研究が必要だ、と研究チームは述べています。

2. 研究の意義と解釈

男性の精子数は数十年前から減少しており、農薬などの化学汚染の影響が多くの研究で指摘されています [3, 4]。MP は最近、ヒトの血液、胎盤、母乳からも発見されており、今回の研究結果も含めて、人々の体が MP で広く汚染されていることを示しています。

MP の健康への影響は今のところ不明です。しかしながら、組織細胞を用いた実験では、ヒトの細胞に損傷を与えることが示されています。New England Journal of Medicine に掲載された論文では、血管に MP/NP が検出された頸動脈プラークを有する患者は、非検出の患者に比べて、追跡 34 ヵ月時点で心筋梗塞脳卒中、または何らかの原因による死亡の複合リスクが大幅に上昇していることが報告されています [5]

ガーディアン紙 [2] は、今回の論文の責任著者であるシャオゾン・ユー( Xiaozhong Yu)教授のコメントを紹介しています:「当初は、MP が生殖器官に浸透するかどうか疑っていた。イヌの結果が出たときは驚いた。ヒトの結果が出たときはもっと驚いた」。

分析された精巣は 2016 年の死後解剖から得られたもので、死亡した男性の年齢は 16 歳から 88 歳でした。環境中にかつてないほど多くのプラスチックが存在する今、「若い世代への影響はより懸念されるかもしれない」とユー教授は述べています。さらに、「PVC は精子形成を阻害する、内分泌かく乱作用の原因となる多くの化学物質を放出する可能性がある」と懸念を示しています。

ガーディアン紙 [2] は、また、2023 年に中国で行われた研究で、人間の精巣 6 個と精液 30 サンプルから MP が検出されたこと [6]。マウスを使った最近の研究では、MP が精子の数を減らしたこと [7]、異常やホルモンの乱れを引き起こしたこと [8] を取り上げています。

MP/NP の健康への影響はまだ不明ではあるものの、被害を与える可能性を示唆する状況証拠が増えてきているという段階でしょう。確実に言えることは、今を生きる人間の体は、広く MP/NP で汚染されているということです。

おわりに

これまで大量のプラスチック廃棄物が環境に投棄され、MP はエベレストの山頂から深海、両極まで、地球全体を汚染しています。人々は食べ物や水を介してこの微小粒子を摂取し、また空中から吸い込んでいることが知られています。例えば、海洋が広く汚染されている今、海水を使って作られる食塩は当然ながら MP を含むことになり、私たちは、食塩を含む料理や飲料物を通じて毎日のように MP を摂っていることになります。

MP の健康への害は、大気汚染の粒子のように、粒子が組織にとどまって炎症を引き起こす可能性が考えられます。MP に含まれる、あるいは吸着している化学物質が害を及ぼす可能性も予測されるところです。確定的な情報については、今後の研究の進展に待つしかありません。

生物地球化学的循環にない石油を、利便性と経済性だけで使い続けてきた因果と言ってしまえばそれまでですが、いま、MP を摂取し続けること、および体に蓄積し続けることが避けられないということは(特に若い人ほど)深刻なことだと思います。ただちに生分解性の代替プラスチックへの転換が望まれるところです。

引用文献

[1] Hu, C. J. et al.: Microplastic presence in dog and human testis and its potential association with sperm count and weights of testis and epididymis. Toxicol. Sci. kfae060, Published: May 15, 2024. https://doi.org/10.1093/toxsci/kfae060

[2] Carrington, D.: Microplastics found in every human testicle in study.  The Guardian May 20, 2024. https://www.theguardian.com/environment/article/2024/may/20/microplastics-human-testicles-study-sperm-counts

[3] Levine, H. et al.: Temporal trends in sperm count: a systematic review and meta-regression analysis. Human reproduction Update. 23, 646-659 (2017).  https://doi.org/10.1093/humupd/dmx022 

[4] Levine, H. et al. : Temporal trends in sperm count: a systematic review and meta-regression analysis of samples collected globally in the 20th and 21st centuries. Human Reproduction Update. 29, 157-176 (2023). https://doi.org/10.1093/humupd/dmac035

[5] Marfella, R. et al.: Microplastics and nanoplastics in atheromas and cardiovascular events. N. Eng. J. Med. 390, 900-910 (2024). https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2309822

[6] Zhao, Q. et al.; Detection and characterization of microplastics in the human testis and semen。Sci. Total Environ. 877, 162713 (2023). https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2023.162713

[7] Wei, Z. et al.: Comparing the effects of polystyrene microplastics exposure on reproduction and fertility in male and female mice. Toxicology. 465, 153059 (2022). https://doi.org/10.1016/j.tox.2021.153059

[8] Hou, B. et al.: Reproductive toxicity of polystyrene microplastics: In vivo experimental study on testicular toxicity in mice. J. Hazard. Mater. 405, 124028 (2021). https://doi.org/10.1016/j.jhazmat.2020.124028

         

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