Dr. TAIRA のブログII

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季節外れのインフルエンザ流行の謎

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

はじめに

この夏、COVID-19の第9波流行が拡大しました。9月に入り、患者数のピークは過ぎたようにも思えますが、まだ高いレベルにあり、油断できません。加えて、季節外れのインフルエンザも拡大し、全国的に患者数が増えています(図1)。まさしくCOVID-19とのツインデミックの様相を呈しています。

図1. 全国、北海道・東北、関東、および九州・沖縄におけるCOVID-19および季節性インフルエンザの患者数の推移(COVID-19とインフルで単位が異なることに注意、モデルナジャパンサイトからの転載).

季節性インフルエンザは冬に流行するのが常ですが(だから季節性とよばれる)、この夏からの流行は明らかに異常です。一体この原因は何なのでしょうか。専門家が異口同音に挙げているのが「コロナ禍における免疫低下」という俗説です。

1. 免疫低下が要因?

ここで、メディアが取り上げたインフルエンザ拡大の要因に関する専門家の発言、見解のいくつかを取り上げてみましょう。共通するのは、「コロナ禍におけるマスク着用などの感染対策の結果インフルエンザ感染が抑えられ、免疫が低下した」というものです。いわゆる免役負債(immune debt)に基づく発言です。

COVID-19の5類移行が行なわれた5月、すぐに季節外れの集団感染相次ぐという見出しでインフルエンザの集団発生を産經新聞が伝えました [1]。 その記事にある菅谷憲夫氏の発言を引用します。要因として集団免疫の低下と感染対策の緩和を挙げています。

慶応大の菅谷憲夫客員教授感染症学)によると、新型コロナ流行後、マスクの装着や会食の減少でインフルエンザの感染者が激減した。今年の長引く流行は、集団免疫の低下と新型コロナの5類移行に伴う対策緩和が原因といい「夏でも海外からウイルスが持ち込まれれば、集団感染が起きる可能性がある」と指摘。特に冬は要注意だとした。

この頃は、冬に流行した後、収まるはずのインフルエンザが落ちきれずに下げ止まりになっていました。テレビでもお馴染みの森内浩幸氏は、「集団免疫低下」に触れながら次のように述べています [2]

長崎大学大学院森内浩幸教授「(長引くコロナ生活で社会全体の)インフルエンザに対する集団免疫が弱くなってきたので、新学期や新学年が始まった後の学校生活で大きなクラスターが起こっているというのが今の東北地方。意識して換気に努めるということをしないと季節外れのインフルエンザの流行であれ、じわじわ戻ってきている新型コロナであれ拡大する恐れがある」

さらに7月になってもインフルエンザは収まらず、ここでも免疫低下が影響したという見解が述べられました [3]

流行が長引いていることについて、日本感染症学会インフルエンザ委員長の石田直・倉敷中央病院副院長は「2シーズン流行がなかったことで免疫が落ちているため、1人が発症すると周りに広がりやすい状況になっている。手洗いやうがいなど基本的な対策を心がけてほしい」と呼びかけている。

9月に入ってから、インフルエンザは急拡大しています。忽那賢志氏は、インフル流行のいくつかの要因を挙げながら、やはり免疫低下にも触れています [4]

この流行の原因について、感染制御学が専門の大阪大学・忽那賢志教授に聞きました。流行の主な要因は3つ考えられるということです。

(1)コロナ禍で、インフルエンザの免疫を持つ人が減った
(2)人の移動が増え、感染対策が緩和された。
(3)海外からの入国者が増え、海外由来のウイルスが持ち込まれるようになった。

忽那教授は、この他にもあると話します。

忽那教授:「詳しい理由は分かっていないが、熱帯や亜熱帯の地域では、インフルエンザが通年で流行している。近年、日本国内で猛暑が続いていることを考えれば、今後も夏に流行する状況は続くのではないか」

菅谷憲夫氏も、下記のように免疫低下に触れました [5].

感染症に詳しい菅谷憲夫・慶応大客員教授は「コロナの流行が始まって2シーズンはインフルエンザが流行せず、人々の免疫が低下したため、広がりやすくなっている。夏場の発熱患者の検査が増えた影響もあるだろう」と話す。

浜田篤郎氏も「流行がなかっため、免疫が大きく低下した」と述べています [6]

東京医科大の浜田篤郎特任教授(渡航医学)は「流行が長期間なく、人々の免疫が大きく低下した。マスク着用といった感染対策が緩和され、水際対策の撤廃で国際的な人の往来が増加したことも大きな要因」と指摘。日本では毎シーズン推計1000万~1500万人程度の患者が出るが、海外の状況から考えると今シーズンはこれを上回る可能性もあるという。

NHKは、小池都知事がインフル大流行の可能性に鑑みて対策をと呼びかけだことを報じましたが、この記事のなかで、ちょっとニュアンスは異なりますが、渡邉雅貴氏が免疫力が落ちていると述べています [7]

渡邉雅貴院長は、「この夏の猛暑による疲れで、免疫力が落ち感染症にかかりやすくなっている可能性がある」としています。

中原英臣氏もやはりコロナ禍でインフエンザ感染がなかったことによる免疫低下も要因として挙げています [8] 。

西武学園医学技術専門学校東京校の中原英臣校長(感染症学)は、流行の理由を「過去3年は新型コロナ対策でインフルエンザ感染者が減り、多くの人の免疫が低下したこと」と指摘。「今年は学校行事やイベントで感染対策の制限が減ったこと」などもあるという。

このように、専門家による免疫低下の大合唱のなかで、メディア自身も専門家の発言を引用することなく、「免疫低下」を要因として挙げるようになりました。一例としてTBSの報道を以下に引用します [9]

新型コロナが流行っていた数年は、インフルエンザの患者が少なく、多くの人の免疫が低下していることが一因とみられます。

そもそも免疫負債論が好きなのは、日本の医学界の伝統のようです。 以下のように、季節外れのインフルエンザが流行る前から、コロナ禍での免疫低下に言及があります [10]

時田章史院長時田氏は「コロナ禍における厳密な感染対策はさまざまなウイルスを遠ざける一方、子供たちが本来の年齢に免疫を獲得できない状況をもたらした」と指摘。コロナの流行抑制で衛生対策の緩みも生じる中、「免疫の貯金が十分でない子供たちの間で、想定外の感染症が広がりかねない状況が生まれている」とみる。

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小児科医で帝京大大学院の高橋謙造教授(公衆衛生学)は「子供たちは適切な時期に感染症にかかることで強い体を作っていく。手足口病などのウイルス性疾患に乳幼児期に繰り返し感染する一方で、ある程度の高熱にも耐えられる体ができる。

2. 世界の中で異常な日本のインフルエンザ流行

以上のように、ここに来てのインフルエンザ患者の急増について、専門家は集団免疫の低下を主要因として挙げているわけですが、果たしてそうでしょうか。少なくとも現時点においては、免役負債について科学的根拠はなく、単なる「物語」というのが世界の大方の専門家の見解です [11](→免疫負債?)。

私は、一様に免疫負債に基づいてインフルエンザ増加を説明する専門家に対して少々疑問があり、X(旧ツイッター)上でも疑問点をコメントしてきました。それは、日本のこの夏のインフルエンザ患者の急増を説明できないからです。

それは世界の中での日本を見れば分かることです。図2に、G7諸国における季節性インフルエンザの流行の推移を、検査陽性の割合で示します。インフル患者が多ければそれだけ陽性者の割合が多いということになります。

図から分かるように、各国とも秋・冬に患者が増え、夏になると収束するというパターンを繰り返していますが、2021年と2022年の冬には流行がなく、その年の秋から冬(2022-2023年)にかけて、流行が戻っています。ところが、特徴的なこととして日本だけが2023年の冬から落ちきれず、夏に再上昇していることが分かります。

図2. G7諸国におけるインフルエンザ検査の陽性割合の推移(Our World in Data より転載).

日本の専門家がこぞって言うように、もし2年間のインフル流行がなくて集団免疫が低下したとするなら、G7諸国すべてにおいて日本と同様なパターンになるはずです。しかし、海外では過去と同様な2023年冬の流行を経験し、その後収束しています。そして、海外で注目すべきは、2022年の3–6月にやや小さなインフルエンザの流行ピークが見られたことです。すなわち、日本より一年以上早かった感染対策・人流緩和の後に季節外れの流行が起こり、2023年冬の流行には季節性の流行に戻り、夏には例年通りちゃんと収まっているわけです。

日本でもCOVID-19の感染対策の緩和が影響してこの冬にインフルエンザが流行ったと思われるわけですが、夏に再上昇していることは、海外にはない要因を考える必要があり、そこを単純に「集団免疫の低下」とするには無理がありそうです。一番考えやすいのは、G7諸国から1年遅れの全面的感染対策緩和(水際対策の緩和や5類化前後からのマスク自由化)の影響です。

実は、日本のこの夏(8月1日時点)のインフルエンザ流行は、全世界でみると非常に希有な現象であることがわかります。図3に、全世界の各国におけるインフルエンザ検査陽性率の割合を示します。日本が異常に陽性割合が高く(真っ赤)、日本以外で赤く見えているのは、データがない国を除けば、アフリカの一部の国だけです。

図3. 世界各国におけるインフルエンザ検査の陽性割合(2023年8月1日の時点、Our World in Data より転載).

おわりに

上述したように、この夏の季節外れのインフルエンザの流行は、どうやら日本特有の現象と思われます。COVID-19パンデミックの当初の2年間、インフルエンザ流行がなかったこと、そして感染対策の緩和ととともに例年通りの季節性流行に戻っていることは世界共通の現象であり、その中で日本だけが落ちきれずに異常拡大しているわけです。これを、流行がなかった2年の間に集団免疫が低下したから今流行しているとするには、ちょっと無理があると思います。今冬である南半球からの来日客の増加のせいにするのも無理でしょう。北半球の先進諸国の中では、日本しか流行っていないのですから。

日本独自に見られ、かつ要因として考えられる急激な変化と言えば、繰り返しますが、COVID-19の5類移行の前後から、マスク着用が任意になり、感染対策が緩和されたことです。特に、学校では、文部科学省の旗振りで、むしろ「着用しない」方針が貫かれています。学校ではノーマスクの状態で様々な集団イベントが行なわれており、これが子どもの感染(コロナとインフルのツインデミック)を促進していることは疑いの余地がないことだと思われます。結果として、いま学級閉鎖、学校閉鎖続出の状態にあります。

ただそれにしも、この夏のインフルエンザの異常感染増加は謎の部分があります。もし免疫に関係するとしたら、それは過去2年間に感染しなかったからではなく、その他の要因(COVID感染や生物製剤導入など)での変化を考えるべきではないかと思います。もし海外と同様に、感染対策緩和の影響なら、来年には急激な季節外れの流行はないでしょう。

引用記事

[1] The Sankei News: 季節外れの集団感染相次ぐ インフル 免疫低下が原因. 2023.05.25. https://www.sankei.com/article/20230525-6OG3U4JZZ5LD3IECW56WKRV3AY/

[2] knb5: 季節外れのインフルエンザ患者 子ども中心に増加 コロナ禍で集団免疫が低下が影響か 長崎大学大学院 森内浩幸教授. 2023.06.06. https://www.khb-tv.co.jp/news/14926314

[3] 読売新聞オンライン: インフルエンザ、史上初めて7月もなお流行…コロナ禍で免疫低下が影響か. 2023.07.07. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230707-OYT1T50202/

[4] テレ朝news:【解説】原因は?インフル学級閉鎖“2週間で10倍”コロナと同時流行. 2023.09.14. https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000315957.html

[5] 読売新聞オンライン: インフル流行、昨年末から途切れず新シーズン突入…専門家「免疫低下で広がりやすく」 2023.09.15. https://www.yomiuri.co.jp/medical/20230915-OYT1T50285/

[6] nippon.com: インフル、異例の長期流行=収束せず新シーズンに―免疫低下・往来増が要因. 2023.09.16. https://www.nippon.com/ja/news/yjj2023091600312/

[7] NHK NEWS WEB:「インフル 4週間以内に大流行の可能性 対策を」小池都知事.  2023.09.22. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230922/k10014203791000.html

[8] Sponichi Annex: インフル猛威 感染者急増、東京最速21日に流行「注意報」 コロナ対策で感染者減少→免疫低下が影響か. Yahoo Japanニュース 2023.09.23. https://news.yahoo.co.jp/articles/c4da2e46205892eda3b99371a01788c770fb294b

[9] TBS News Dig: 季節性インフルエンザ 全国で前週から1.57倍増加 9月に“異例の流行” 厚生労働省. Yahoo Japan ニュース. 2023.09.22. https://news.yahoo.co.jp/articles/74f2beda6940c4d27ef1e3dca4dba0c72b044c43

[10] 三宅陽子: 子供の「免疫負債」波紋 感染症、適切な年齢でかからず コロナ対策の産物. 産經新聞. 2021.12.30. https://www.sankei.com/article/20211230-ZHHML7VBWJPLNMOCMUBZRTZQ64/

[11] Cruickshank, S.: Does COVID really damage your immune system and make you more vulnerable to infections? The evidence is lacking. University of Manchester. January 20, 2023. https://www.manchester.ac.uk/discover/news/does-covid-really-damage-your-immune-system-and-make-you-more-vulnerable-to-infections-the-evidence-is-lacking/

引用したブログ記事

2022年11月20日 免疫負債?

      

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