Dr. TAIRA のブログII

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感染症法を崩壊させた政府ーそして第9波流行

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2023年)

2023.9.12更新

第9波の COVID-19 流行が収まる気配がありません。今は感染者数も死者数も把握されていませんので、受診した患者数の記録で推測するしかありませんが、モデルナのサイトで公表されるデータに基づけば、現在10万人/日を超える患者数で推移していることがわかります(図1)。ちなみに、本来夏には収束するはずの季節性インフルエンザが今年は下がり切らず、そのまま上昇に転じています。

図1. COVID-19患者数と季節性インフルエンザ患者数の推移(モデルナジャパン「新型コロナ・季節性インフルエンザ リアルタイム流行・疫学情報」より転載). COVID-19 とインフルエンザで単位(縦軸)が異なることに注意.

とはいえ、現在はたとえ症状があったとしても自主的な簡易抗原検査で陰性であれば受診しない人が多いですし、受診しても有料の検査を避ける患者もいて、図1のデータは実際の発症感染者数を大きく過小評価していることは明らかです。これは、各地の下水サーベーランスのデータで判断することができます。実際は、COVID パンデミックが始まって以来最悪の第9波流行と言えるでしょう。これについて先日、私は、以下のように"X"上でコメントしました。

第9波流行の結果、救急医療はひっ迫し、学校現場では学級閉鎖学年閉鎖が相次いでいます。いま EG.5 が流行の主要ウイルス変異体ですが、この先 BA.2.86 の台頭が予測されています。この状態のまま冬の流行に向かうのでしょうか。多分、EG.5 から BA.2.86 の系統に置き換わるに伴って、冬の流行が起きるでしょう。

第9波流行に至った原因は、よく言われていますが(本ブログでも何度も指摘していますが)、政府の5類化に伴う感染対策の緩和、公衆衛生上の取り組みの放棄、それに疫学情報の遮断です。政府は、こともあろうに5類移行後は感染対策を「個人に委ねる」としました(図2)。これが公衆衛生の放棄です。

図2. 厚生労働省および内閣官房のCOVID-19への対策メッセージ

なぜ、公衆衛生の放棄といえるか、それは感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の目的を見ればよくわかります。感染症法では、第一章総則、第一条で目的を以下のように規定しています。

第一条 この法律は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関し必要な措置を定めることにより、感染症の発生を予防し、及びそのまん延の防止を図り、もって公衆衛生の向上及び増進を図ることを目的とする。

感染症の発生予防まん延防止公衆衛生の向上と増進が明確に述べられています。つまり、法律上は、COVID の感染拡大を抑え、公衆衛生の維持に努めることが求められているということです。したがって、法律に基づき「個人の選択を尊重」とか「自主的な取り組み」などと表現することはありえないのです。2類相当から5類に移行したということは、政府・行政の責任による措置(緊急事態宣言や行動制限など)ができなくなるということだけで、その勢いで公衆衛生に関して「個人に委ねる」としてはいけないのです。

上位には日本国憲法25条の生存権の規定があり、国は公衆衛生の向上および増進の義務を有します。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

然るに、一旦個人の自由とか個人に委ねると言ってしまえば、後段でいくらマスク着用推奨などを言ってもムダです。人々を勘違いさせるには十分なメッセージとなります。

このように、感染症のまん延防止と公衆衛生の維持・向上は、感染症の分類変更とは関係なく、その上位の総則の第一条や日本国憲法でしっかりと書かれているわけです。では公衆衛生とは何を意味するのでしょうか。いくつかの定義がありますが、最もよく引用されているものに、Gatseva and Argirova (2011) の論説 [1] があります。この論文のアブストラクトを翻訳して引用すると、以下のようになります。

公衆衛生とは、「社会、組織、公私、地域社会、個人の組織的な努力と情報に基づいた選択を通じて、疾病を予防し、生命を延ばし、健康を促す科学と技術(Winslow 1920)」である。世界保健機関(WHO)は、健康とは「身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に病気や虚弱がないことではない」と定義している(WHO 1946)。公衆衛生は、発展途上国でも先進国でも、地域の保健制度や国際的な非政府組織を通じて、疾病予防の取り組みに重要な役割を果たしている。今日、ほとんどの政府は、疾病、障害、老化の影響の発生率を減少させる上での公衆衛生プログラムの重要性を認識しているが、公衆衛生は一般に、医学に比べて政府からの資金援助が著しく少ない。

すなわち、要約すれば、公助、共助、自助のすべての組織的努力を通じて、疾病を予防し、集団レベルでの健康を科学的に保つということです。日本語では public heath を「公衆健康」ではなく「公衆衛生」と対訳しているため、「衛生レベルを保つこと」と誤解している人も多いですが、まさに集団レベルでの健康のことであり、それを組織的に維持することであり、そしてそれらに関する科学と技術だということです。

組織的に公衆の健康を科学的に維持するという目的からは、優先的に「個人の自由」とした政府のメッセージはあり得ないことですが、5類移行にかこつけて政府はこれをやってしまいました。政府は法律を曲解したのでしょうか、意図的に行なったのでしょうか。いずれにしても、これは大きな不作為と暴挙であって、感染症法の崩壊とともに憲法違反とも言えるでしょう。

不作為と言えば、5類移行に伴って、定点医療機関での患者数把握が行なわれていますが、これも流行の基準が作られないままです。基準を作らないなら一体何のために定点把握はあるのでしょうか。もともと定点把握は、COVID 流行状況を先取る指標としては不適当なのですが、基準がないとすればそれこそ全く意味をなさなくなります(小児科を中心とする定点の平均患者数をただ見ているだけ)。

国のこの不作為は、都道府県の対応にも多大な影響を及ぼしており、他の5類感染症については流行状況が公表されるなかで、COVID-19 は流行状況さえ知らされません。つまり、5類感染症の扱いでさえないのです。もちろん第9波という言葉もこれまで使われていません。地域行政も教育委員会も右にならえで、流行の定義さえないというへ理屈まで繰り出す始末で呆れるばかりです。感染症法が完全に無力化しているのです。

私は、このおかしな対応の代表格とも言える千葉県にメールで尋ねてみました。問いの主旨は「他の感染症では流行状況を明示しているのに、コロナについてはなぜこれをやらないのか、データが乏しいというのは理由にならない」というものです。然るに千葉県健康福祉部からは以下の回答が届きました(回答文書を直接引用)。

国(厚生労働省)は、新型コロナウイルス感染症の流行に関する基準(目安)を示すためには、長期間のデータの蓄積や一定の流行パターン(季節性など)が必要となるため、現時点において、明確な流行の基準を示すことは困難としており、当県もその考え方に準じております。

当県において、流行状況をお示ししているインフルエンザ、小児科定点把握疾患(RSウイルス感染症等)、眼科定点把握疾患(急性出血性結膜炎等)は、いずれも過去の多くのデータと流行パターンの蓄積があるため、統計学的手法を用いて過去の発生状況と比較して流行状況を明示することが可能ですが、新型コロナウイルス感染症については、現時点ではデータ量が乏しいため、科学的に妥当性のある流行の基準を設定することは困難です。

また、新型コロナウイルス感染症については、5類感染症に位置付けが変更された後においても、感染者数の増減を繰り返していくものと見込まれ、特に重症化リスクのある方を感染から守る観点からの対策は続きますが、位置付け変更前の「特別な病気に対する特別な対応」から「一般的な病気に対する普遍的な対応」へとシフトしてきております。

感染症法に照らし合わせて、ここにも行政のヤル気のなさと不作為が見られるのです。2類→5類という法令上の扱いが変わっただけで、病気やウイルスは今までと変わりなく、もちろんコロナは明けてもいません。しかし、「コロナは普通の病気」だから、流行もない、あったとしても大したことはないというスタンスなのでしょう。ちなみに千葉県は、学校における脱マスク方針を率先して行なっている県の一つでもあります。

人々は、政府による「個人の選択を尊重」というメッセージを「自由になった」「コロナは終わった」と勘違いし、疫学情報の不足もあって、ノーマスクも含めて、感染対策を徹底的に緩めてしまいました。政府が感染症法を意味のないものにした結果、国民にもマスコミにもそれが伝播したというわけです。

その結果として、いま、過去最悪の第9波流行が襲来しているのに、過去最低のマスク着用率になっているという矛盾が見られます。感染対策の緩みは、季節性インフルエンザの「季節外れ」の増加ももたらしており、ツインデミックの様相を呈してきました。

政府や行政の「コロナは明けた」と思い込ませる情報の歪曲と疫学情報の無力化が国民に伝播し、それがウイルスの伝播を許すという事態になっているわけですが、本来はマスコミがこれらの情報をチェックする役割を担っているはずです。しかし、日本のメディアの情報リテラシーの低下は甚だしく、政府の情報をそのまま垂れ流し、感染症法の崩壊に手を貸してきました。

岸田首相は、COVID 流行については「われ関知せず」、「意に介さず」、「終わったもの」という姿勢を貫いていて、外遊や政権人事に勤しんでいます。COVID 流行にも、拡大する学級閉鎖にも、増える長期障害の人たちにも全く関心がないということなのでしょう。

2023.9.12 更新

COVID-19の国内の感染状況について、加藤勝信厚生労働相は、9月11日、大阪市内での講演で「『第9波』と言われているものが今回来ている」と述べ、第9波流行を認めました [2]

引用文献・記事

[1] Gatseva, P. D. and Argirova, M.: Public health: the science of promoting health. J. Public Health 19, 205–206 (2011). https://doi.org/10.1007/s10389-011-0412-8

[2] 藤谷和広: コロナの「第9波」来ている 加藤厚労相、講演で発言 注意よびかけ. 朝日新聞デジタル 2023.9.11. https://www.asahi.com/articles/ASR9C633SR9CUTFL010.html?iref=pc_ss_date_article

         

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