Dr. TAIRA のブログII

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2023年を迎えてーパンデミック再考

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)

2023年を迎えました。新春早々には明るい未来について語りたいものですが、やはり気になるのはパンデミックです。1年前には「2022年を迎えてーパンデミック考」を記しましたが、ここでまたパンデミックについて簡単に考えみたいと思います。昨年の11月には「パンデミックの行方」について書いています。

思えば、1年前の全国の新規COVID-19陽性者は500人台であり、デルタ波以降の急速な減衰により、世の中には「コロナ終わった感」が蔓延していた時期でもあったように思います。しかし、その少し前からSARS-CoV-2の組換え体であるオミクロン変異体がヒタヒタと忍び寄っており、事実年を明けてから爆発的な感染拡大(第6波)となったことは記憶に新しいところです。

昨年夏にはBA.5変異体による第7波が襲来し、第6波を上回る被害(死者数最多更新)を出しました。そして現在の第8波ですが、またもや死者数最多更新がなされようとしています(→第8波流行でまた最悪被害を更新か)。事実、日毎の死者数では過去最多の400人超えとなりました。これから500人、1000人台となっていく恐さがあります。

マスコミはほとんど触れませんが、日本は、新しい流行波が襲来する度にCOVID死者数を最多更新している世界でも希有な国です(図1)。そして現在の死者数、人口比死亡率は世界でもトップクラスです(G7諸国のなかでは最悪)。

図1. 日本のCOVID死者数の推移(世界平均との比較、Our World in Dataより転載).

このように、なぜ日本ではCOVID死者数が増えているのでしょうか。死者数増加の要因について、厚生労働省アドバイザリーボードの脇田隆字座長は「説明は難しい」としたうえで、「感染者が増えることによって、医療への負荷が高まってきている」と話しています [1]。つまり、説明は簡単で、医療提供のキャパシティ以上に感染者数が増え過ぎてしまい、検査・治療の対応が遅れ、救急搬送困難事例も増え、いたずらに死亡事例を増やしているということなのです。

日本は高齢化率で世界トップクラスであり、致死リスクの高い高齢者の感染には特に気をつけなければならない国です。にもかかわらず、一切の規制がなくし、感染を野放し状態にしたことで容易に高齢者や基礎疾患を有する人への伝播が起こり、死者数を増加させている状況があります。高齢者だけではありません。いま30–60代の現役世代の死亡数もパンデミック期間で最多となっています。これもメディアは伝えません。

この背景には、ワクチンが普及することで病気が抑えられるという見通しの甘さ、およびオミクロンについて「症状は軽い」、「重症化率、致死率は低くなった」という、病気の質に偏った認知的錯覚があります(→コロナ被害の認知的錯覚による誤解)。実害は致死率と感染力の掛け算によって決まります。病気の致死率は低下しても、ウイルスは変異によってワクチン免疫逃避を繰り返し、その感染力は波を経るごとに著しく高くなり、結果として死亡の絶対数が増えているのです。

繰り返しますが、要するに、病気の重症化率・致死率の低下に拘泥し、mRNAワクチンに過大に期待するあまり、免疫逃避と感染力増強というウイルスの性質が忘れ去られ、医療提供キャパ以上に感染者数を増やして、救急搬送困難、治療困難となり、死者数を増やすということが波が来る度に繰り返されているわけです。この意味で、「感染抑制だけを目的にする時代は過ぎた」、「自主的な努力を」という政府分科会の尾見茂会長の発言は無責任極まりないと言えるでしょう。

mRNAワクチンの効果に関しては、接種者と未接種者との間でCOVID死亡の差がないことは、アドバイザリーボードの資料でも見ることができます(→オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?)。いま亡くなっている高齢者のほとんどはブースター接種者と思われます。憶測の域を出ませんが、ブースター接種を繰り返すことで、特に持病持ちの高齢者に悪影響が出ている可能性もあります。

これからパンデミックはどのように進むのでしょうか。おそらく新しいパンデミックの時代(第二段階のパンデミック)に突入していくと個人的には予測します。それは中国の「zeroコロナ策」の放棄からくる爆発的感染と、欧米各国の「withコロナ戦略」による流行蔓延から新しいウイルス変異体の循環が加速すると思われるからです。私は、先月、以下のツイートでこの懸念を示しました。

各国は早速中国からのウイルス流入について検疫強化の方針を示しました [2]。中国からは逐次ウイルスの遺伝子配列が提供されていますが、今のところBF.7型やBA.5.2型など、世界の他の場所で見つかった変異体とほぼ同じであり、懸念される新しい亜系統が出現したという情報はまだないようです [2]。しかし、それは時間の問題かもしれず、限られた情報共有の中で、知らぬ間に危険な変異体が国境を越えて流入してくるかもしれません。

同様な懸念は米国にもあります。米国ではいまBA.5に替わって広がっていたBQ.1、BQ1.1が、さらに感染力と免疫逃避能が高まったXBB.1.5に取って代わられようとしています [3]図2)。死亡数から見る限り、米国はいまCOVID流行が慢性状態にあり、中国同様、新しい変異体の出現と循環の巣窟になっている状態です。

図2. 米国の流行におけるオミクロン亜系統の割合の推移(文献 [3] より転載).

ちなみにBQ.1、BQ1.1は、日本の第7波流行を起こしたBA.5の亜系統です(図3)。一方、XBB、XBB.1、XBB.1.5は、第6波の亜流行を起こしたBA.2の亜系統です。

図3. オミクロン変異体亜型の無根系統樹(文献 [4] より転載).

これらのオミクロン亜型の出現によって、mRNAワクチン戦略も怪しくなってきました。このワクチンの利点の一つとして、いつ新しい変異体が現れてもその都度設計変更できるということが実しやかに言われてきましたが、もはやウイルスの進化に即応することは困難になりつつあります。

現在のB4、B5を標的とするブースター用ワクチンは、モデルナ社とファイザー社のパートナーシップによって設計されたものですが、その適用前にBQ.1およびBQ.1.1変異体が出現し、拡散しました。そしていま、XBB.1.5が頭角を現し始めています。ワクチンの商業性を考えると、これらの変異体の出現の度に設計変更することはほぼ不可能でしょう。

最近出版されたセル誌論文 [4] によれば、オミクロンのBQ亜型とXBB亜型は、現行のCOVID-19ワクチンにとって深刻な脅威であり、認可されたすべての抗体を不活性化させ、抗体回避の特徴から集団内で優占している可能性があるとされています。

日本や各国が進めてきた、ワクチン一本足打法に身を委ねて非医薬的介入を放棄したwithコロナ戦略ですが、どうやらmRNAワクチン戦略そのものが頓挫してしまった印象です。このウイルスはもはや制御不能で、社会に深く入り込み健康を蝕んでいく存在になりつつあります。

それにしても、日本政府、政府分科会、そしてメディアは、COVID-19を季節性インフルエンザ並みと見なし、ことごとく感染症法上の分類を5類に引き下げようとする風潮を作り出してきました。一方で、今回の中国からの入国者、帰国者の検疫強化 [5] は、この流れとは全く矛盾する動きです。5類引き下げの主張が、科学的データに基づくものではなく、政治的判断であったことを物語るものでしょう。つまり、エネルギーを要する感染症対策は放棄して経済優先していけばその方がはるかに楽であるし、それで日常が戻るという希望的観測、幻想に基づく判断です。

多くの日本国民は、これらの創られたコロナ収束感のなかで、あたかも日常が戻っているような錯覚に陥っているのでないかと思われます。年始の渋谷スクランブル交差点の騒ぎや初詣のにぎわいを見るにつけ、そう思わざるを得ません。現実には、各国の検疫強化に見られるように、これから始まろうとしている第二段階のパンデミックへの警戒感が高まっていると言えます。

引用文献・記事

[1] テレ朝news: コロナ死者420人 2日連続“最多更新”…死者数増加の要因「説明難しい」 Yahoo Japanニュース. 2022.12.30. https://news.yahoo.co.jp/articles/c3f25b9b58757d577c2bed55b5ecd35eb1cb685a

[2] Muller, M.: Covid-mutation risk drives rush to test travelers from China. Bloomberg 2022.12.31. https://www.bloomberg.com/news/articles/2022-12-30/covid-mutation-risk-is-key-driver-behind-curbs-on-china-travel?leadSource=uverify%20wall

[3] Centers for Disease Control and Preventioh: COVID Data Tracker. https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#variant-proportions

[4] Wang, Q. et al.: Alarming antibody evasion properties of rising SARS-CoV-2 BQ and XBB subvariants. Cell. Published Dec. 13, 2022. https://doi.org/10.1016/j.cell.2022.12.018

[5] 読売新聞: 中国本土からの入国者への検疫強化、成田空港で始まる…結果が出るまで1~3時間. 2022.12.30. https://www.yomiuri.co.jp/national/20221230-OYT1T50133/

引用したブログ記事

2022年12月17日 第8波流行でまた最悪被害を更新か

2022年11月26日 パンデミックの行方

2022年9月4日 コロナ被害の認知的錯覚による誤解

2022年5月6日 オミクロンの重症化率、致死率は従来の変異体と変わらない?

2022年1月2日 2022年を迎えてーパンデミック考

                    

カテゴリー:感染症とCOVID-19(2023年)