Dr. TAIRA のブログII

環境と生物、微生物、感染症、科学技術、生活科学、社会・時事問題などに関する記事紹介

なぜ日本は感染拡大を抑えられた?ー高い衛生意識?

前回のブログ記事「日本の新型コロナの死亡率は低い?」、「COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価」において、欧米と日本を含むアジア・西太平洋の国々との間にある、COVID-19の感染者数と死者数の大きな違いについて解説しました。その違いを生んだ要因はまだ謎ですが、生活習慣の違い(マスク着用など)ウイルスの変異BCG接種血栓症、ACE2受容体、HLAなどにおける遺伝学的差異交差免疫男性ホルモンの差異などの可能性について考察しました。

京都大学教授山中伸弥氏は、この未知の要因を「ファクターX」と呼んでいます。

今日のお昼のTVワイドショーでは、やはりこの欧米と東アジアにおける感染者数と死者数の大きな違いを話題として取り上げていました(図1)。すでに世界的にも大きな話題になっています。

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図1. 新型コロナウイルス ー世界の感染者数と死者数(TBSテレビ「ひるおび」2020.05.21)

番組ではこの死者数と感染者の違いについて、「なぜ日本は感染拡大を抑えられた?」と言い換えて、日本人の高い衛生意識にその原因の1つがあるのではないかと紹介していました(図2)。

私はここで「おいおい」という感じになってしまいました。なぜなら、せっかく図1のように、日本とともに中国、韓国、台湾の東アジア諸国を挙げて欧米との差異を示していながら、「なぜ日本は感染拡大を抑えられた?」と、日本に限定した話にしてしまうのか、ということになるからです。

番組では、大妻女子大学名誉教授井上栄氏の「日本人は世界一清潔な国民性をもち、日本の文化や生活習慣にはウイルスがうつりにくい条件が多い」という弁を紹介していました。その例としてマスク着用や手洗いがあります。確かにそれは言えますが、それだけでは韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド、そしてヨーロッパのアイスランドスロバキアなどにおける、日本よりさらに低い感染者数・死者数の実績を説明できるものではありません。

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図2. なぜ感染を抑えられた?ー高い衛生意識:手洗い(TBSテレビ「ひるおび」2020.05.21)

番組ではさらに、1918〜1920年に起こったいわゆるスペイン風邪(インフルエンザ)のパンデミックを取り上げ、日本でマスク着用を励行せよという箝口令があったことを紹介していました(図3)。専門家コメンテーターとして登場していたKARADA内科クリニック院長井上昭裕氏、および東京歯科大学市川総合病院教授寺島毅氏はマスクの着用が有用であったのではないか?と述べていました。

先のブログ記事「新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効用」においても指摘したように、マスク着用の効果は大いにあると思います。大声でしゃべったり歌ったりすることは、むしろ咳やくしゃみよりもツバの微粒子の排出量が多いことが報告されています [1]。会話時のお互いのマスク着用は、微粒子の暴露を低減させることは確かでしょう。日本や東アジア諸国におけるユニバーサルマスクの効果は非常に高いと思われます。

ただ、寺島教授は同時に「日本は運がよかった..」風のコメントもしていました。運がよかったというのは言い得ています。

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図3. なぜ感染を抑えられた?ー高い衛生意識:マスクの効用(TBSテレビ「ひるおび」2020.05.21)

もっとびっくりしたのは、井上名誉教授による「日本語と英語の言語による発音の違いで飛沫の飛び方が異なる」という解説でした(図4)。私たちが日本語で会話することによって、英語を話す国民よりも飛沫がより抑えられ、感染拡大を抑制できたというのです。

確かに英語は、P、T、Kのような空気を多く吐き出す子音の発音がありますが、それだけだと、英語圏のオーストラリアやニュージランドにおける感染者数・死者数がより少ないことを説明できません。既出論文では、しゃべる時の飛沫排出は言語(英語、スペイン語アラビア語、中国語)に関わらず、声の大きさに比例するとされています [1]

欧米と比較して「なぜ日本は感染拡大を抑えられた?」と話を矮小化したために、このような日本語の発音の効果という変な理屈が出てくるのでしょう。

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図4. なぜ感染を抑えられた?ー使用言語による発音の違い(TBSテレビ「ひるおび」2020.05.21)

番組ではBCG接種の効果も紹介していたのですが、日本人の生活習慣の1つとしての衛生意識が高いことや言語の発音に重点がスライドしてしまった感があり、とても残念でした。山中氏のファクターXについてもチラッとボードで見せていましたが、スルーしてしまいました。手洗いやマスク着用が、少なからず感染予防に働いたことは容易に想像されますが、それよりも日本より感染者数や死者数が少ない周辺の国々のことを含めて、もっと要因を深堀りして語るべきでしょう。

レギュラーコメンテーターの野村忠宏氏が「なぜ東アジアでは感染者数が少ないのでしょうね?」風のコメントをしていましたが、彼が日本に限定しなかったところがむしろ医療専門家より視野が広く、科学的だと思いました。番組では、欧米と比較した日本の死者数の少なさについて、感染症の対策が功を奏したと誰も言わなかったことが、せめてもの救いでした。

いま世界中の科学者・研究者が、COVID-19に関する欧米とアジア・西太平洋諸国との間の被害の差異について注目しています。中国や米国では、すでに要因の1つとしての人種間の遺伝学特性に着目して研究を開始したと聞いています。

今日の報道ステーションでは、慶應大学京都大学の共同研究グループが、日本人の死亡者が少ないことには遺伝学特性が関係しているのではないかという仮説の基に、重症化に至る遺伝情報を解析に着手したことを報じていました。日本でもやっと研究が始まったようですが、国際間の競争が激しくなることが予想されます。

ただ、欧米と東アジアでは感染者数そのものに大きな違いがありますので、感染のしやすさを決定する要因があるはずです。感染した後の現象である重症化や死亡の要因に固守しすぎると、本質を見誤ってしまうことになるかもしれません。やはり、マスク着用などの非医薬的対策(日本においてはむしろ国民の自主性)が重要な要素になるでしょう。

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図5. 日本人の重症会に至る遺伝学特性の解明研究の着手(テレビ朝日報道ステーション」2020.05.21)

いま日本では、首都圏と北海道を除いて緊急事態宣言を解除できるほどまでに、感染流行が収束してきました。国民の手洗いやマスク着用が、感染症拡大抑制に重要なことは変わりありませんが(→ブログ記事「手洗いと消毒ーウイルス除去の基本」「新型コロナウイルスの感染様式とマスクの効用」)、なぜ日本において収束に至っているかをより合理的に考察しないと、この先の流行の対策を見誤ることになります。

緊急事態宣言はほとんどの県で解除されたとは言え、日本では今なお毎日10人前後が亡くなっており、死者総数は800人を超えそうな勢いです100万人当たりの死者数は6.3人に達し、東アジア2位になっていますが、これは一切報道されません。重症者もまだ200人以上います。一方で、「検査と隔離」を徹底した韓国、台湾、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランドなどの東アジア・西太平洋諸国では、今ほとんど死者は出ていませんが、これも報道されていません。

今回の接触削減要請に伴う外出自粛は、経済的副作用が大きいことがわかりました。検査体制を充実させ、重点的なスクリーニング検査とともに感染者の早期診断、早期治療を徹底的に行なっていくことが重要であるということになるでしょう。

引用文献

[1] Asagi, S. et al.: Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness. Sci. Rep. 9, 2348 (2019). https://www.nature.com/articles/s41598-019-38808-z

引用拙著ブログ記事

2020年5月18日 COVID-19を巡るアジアと欧米を分ける謎の要因と日本の対策の評価

2020年5月13日 日本の新型コロナの死亡率は低い?

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題