Dr. TAIRA のブログII

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マスク顔に対する幼児の感情認識力は"慣れ"で向上する

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 パンデミックが始まってから、多くの国においてマスク着用が義務化されました。それに伴い、諸外国ではマスク着用が及ぼすコミュニケーションや感情認知への影響の可能性について議論を呼び起こし、特に子どもにおける悪影響が懸念され、数は少ないながらも学術的研究もなされてきました。

この面で代表的な研究の一つがイタリアの Goni ら [1] の研究で、マスクの使用は年齢に関係なく表情を推測する能力に影響を与え、マスク着用時の顔から感情を読み取る能力は、特に3–5歳の幼児において著しく低下することを示しました(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?)。この観察から、マスク着用による顔の視覚的特徴の喪失が、幼児期の顔知覚に関連する社会的スキルの発達を変化させたり遅らせたりするのではないか、という懸念が生まれました。

日本では元々マスク着用の習慣があることから、海外ほど大きな話題にはなっていませんが、それでもマスク着用の習慣が子どもに及ぼす悪影響が懸念されてきました [2]。このようななか、静岡大学の研究チームは、マスクの着用が、未就学児の感情の読み取りに大きな懸念となるほどのネガティブな影響を及ぼさないことを示しました [3]

今月、マスク顔が幼児の感情認知へ悪影響を及ぼすとした、前述のイタリアの研究チームによる関連テーマについての続報が発表されました [4]下図)。幼児はマスク顔に慣れてくると、学習により感情認知能力が向上するという、先行研究の結果を修正する形になっています。ここで紹介したいと思います。

1. 研究の背景

既往研究では、他者の感情を即座に知覚するためには、顔の動きの観察に頼ることが多いことが実証されています。COVID-19 パンデミックの緊急事態下では、マスクの普及により、口元や顔の下部から得られる視覚的情報なしに他人の顔を読まざるを得なくなり、社会的相互作用が生じる日常生活に多少なりとも影響を及ぼしてきました。

ここ数年、大人と子どもを対象に、マスク着用が表情の認識や感情の推論に及ぼす影響についていくつかの研究が行われています。マスクの着用が知覚、社会的認知、コミュニケーションに及ぼす影響について、まだ完全に理解されているわけではありませんが、一連の研究の結果は一致した傾向を示しています。

一つは、マスク着用が顔の感情認識を多少なりとも妨げますが、大人においては、マスクの有無による認識のパフォーマンスは大きく変わらないということです。もう一つは、感情認識の困難さは個人に依存し、異文化間、性別、性格、年齢でも異なるということが報告されています 。

一方で、18 歳未満の子どものデータは不足しており、マスク着用が発達過程に及ぼす影響に関する知見は一般化していません。就学前児童では、顔のマスクが感情認識能力に大きく影響し、マスク時の怒った顔は他の感情よりも認識しやすいとされています。顔の覆面が、発達初期や敏感期に顔の読み取りにどのような影響を与えるかを評価することの重要性が指摘されています。

上述したように、当該研究チームは、先行研究において、顔の一部がサージカルマスクで覆われている場合、幼児、小児、成人において、表情を認識する能力がどのように損なわれるかを調査しました [1] 。この試験では、5つの特定の感情(怒り、悲しみ、喜び、恐怖、中立)に関連する人間の表情を表す静止画像にマスクで覆った条件を加え、大人、6~8歳の子ども、3~5歳の幼児の3つの異なる年齢の被験者に見せて、表情認識の回答を得ました。

その結果、感情認識能力が発達段階である幼児(3–5歳)では、マスク着用が表情認知に与える影響が強いことが示されました。一方、非マスクからマスク着用で感情を読み取る成績の低下は、子ども(6–8 歳)と大人で同程度でした。

この調査で注意が必要なのは、被験者はイタリア人で、大人も子ども、マスク着用の顔をほぼ初めて体験しているということです。そのため、マスク着用に慣れ親しんでいる日本人とは違って、顔の下部が覆われた表情から感情を推測する努力がより必要であったと思われます。

今回の追跡調査 [4] では、マスク着用から 1 年ほど経験して他者との相互作用においてマスクに慣れ親しんだ条件となっていることから、マスクに不慣れな条件だった先行研究との比較することは意義が高いと思われます。この 2 つの条件を比較すれば、マスク顔に晒される経験が、部分的に隠された顔の特徴から感情を推測する幼児の能力に与える影響を調べることができると考えられます。

研究チームは、幼児がマスク顔に長期間慣らされることで、時間の経過とともに適応と学習が促されるのであれば、パンデミック前の状況と比べて、マスク顔の表情認識において向上したパフォーマンスを示すはずであり、成人の熟練度に近づく可能性がある、と作業仮設を立て、今回の調査を行いました。

2. 研究の概要と解釈

研究チームの先行研究において、マスクの存在が、あらゆる年齢において、表情を通して伝達される感情を正確に推測する人間の能力を損なうことを実証しました [1]。そして、顔を覆うことによる障害の程度は、3歳から5歳の子どもにおいて顕著でした。今回の研究では、COVID-19 パンデミック発生から 1 年が経過し、社会的交流が発生する日常生活のほぼすべての場面でマスク着用が義務化された時点で、追跡調査として同じ試験(上記)を実施しました。

その結果、すべての年齢の参加者が、マスクが存在することによって感情を認識する際の課題が増加しましが、前回と同じく、大人は幼児よりも全体的に良好な認識結果を示しました。このことは、マスク越しでも、成人は他者の感情を推測することが比較的容易であることを示唆しています。

ところが、幼児(3–5歳)においては、以前のデータ [1] とは対照的に、日常生活でフマスク顔に少なくとも 1 年間慣らされた後では、マスクによる障害は顕著ではありませんでした、すなわち、マスクをした表情から感情を推測する際に、大人と比較しても障害の影響が不釣り合いに現れることはありませんでした。この結果は、パンデミック前と比較して、3-5 歳児の間で、マスク着用時の表情の認識に顕著な改善が見られたことを示しています。

これらの知見は重要な意味を持ちます。すなわち、幼児は当初の環境的制約を克服し、顔の下部からの視覚的手がかりがない場合でも、表情を解釈する能力を経時的に向上させているということです。この結果は、3–5 歳児がマスク顔の感情を識別する能力の向上は、マスク着用の大人や集団保育に多く接することと相関していることを示しています。

イタリアでは、法令で 6 歳以上にのみマスク着用が義務付けられていたため、幼児は他の子どもたちよりもむしろ、大人と接するときにマスク顔を経験することがほとんどだと推測されました。今回、成人には改善が見られませんでしたが、これは 18–64 歳の健常者による感情読み取りにおいては、マスク顔に長時間さらされることとは比較的無関係であることを示しています。

研究チームの以前の結果では、COVID-19 パンデミックに伴うマスク着用の義務化によって、顔の形状を見ることができなくなり、幼児の感情推論の発達や社会的相互作用スキルの獲得に悪影響を及ぼす可能性を示唆していました [1]。そして、この問題が、社会的・制度的レベルの両方で注目を集めてきました。

世界保健機関(WHO)とユニセフは、意思決定者や当局に対して、子どもと接する際のマスク使用に関するガイドラインを提示し、一般的に、5 歳までの幼児に接する場合は、マスク着用を推奨していません。しかし、今回の知見は、こうした懸念を払拭する前向きな視点を提供しており、潜在的なリスクの一部は、学習と適応のプロセスによって軽減される可能性があることを示しています。

今回の結果を説明するために、研究チームは、日常の様々な社会的・教育的場面でマスクに 1 年間さらされたことで、幼児は感情を推測するための戦略を発達させた可能性があり、顔処理の向上が発達段階にある子どもの脳神経の可塑性と関連しているのではないかと推測しています。つまり、視覚的な手がかりが制限されている状況でも脳が適応して情報を読み取ることができるという、感情認識能力を高める戦略の発達を加速させた可能性があるということです。

結論として、本研究で得られた知見は、マスクに 1 年間さらされた幼児は、マスクの表情から感情を解釈する能力を大人並みに向上させることを示しています。この観察は、COVID-19パンデミック時のマスク着用が、幼児期における感情認識能力の発達を妨げたり、遅らせたりするのではないか、という当初の懸念に対する回答を与えるものです。すなわち、全くそのようなことはなく、逆に感情認識の発達は促進されることを示しています。

脳の回復力と適応力は、たとえ困難な状況下であっても、幼児期の顔処理能力を向上させ、社会的相互作用にうまく関与できるようにする適応を促進すると考えられます。

おわりに

今回の結果 [4] の特徴は、同じ研究チームが前回の研究結果で得られたことを修正し、その時に出した懸念を払拭していることです。すなわち、幼児がマスクをした顔に接すると、感情認識に著しい障害を生じると言っていた研究チームが、今度は 1 年間マスク付きの顔に慣らされると、感情認識能力が大人並みに向上すると結論づけたわけです。

このような研究は日本でもありますが、単発的であることが多いようです。今回は、関連テーマで研究をやり続けたところに価値があると言えるでしょう。なぜなら、今回の追試がなければ、マスク着用は幼児の感情認識の発達を遅らせるという、当初の仮説が定着した可能性があり、非薬理学的対策にも大きな影響があるからです。

いずれにせよ、マスク着用が、子どものコミュニケーションや感情認識に悪影響があるという逸話的な話は、部分的には今回の研究で否定されたことになります。

引用文献

[1] Gori, M. et al.: Masking Emotions: Face Masks Impair How We Read Emotions. Fron. Psychol. 12, published online: May 25, 2021. https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2021.669432/full

[2] Sato, K. et al.: Association between the COVID-19 pandemic and early childhood development. JAMA Pediatr. Published online July 20, 2023. https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2807128

[3] Furumi, F. et al.: Can preschoolers recognize the facial expressions of people wearing masks and sunglasses? Effects of adding voice information. J. Cogni. Develop. Published online May 24, 2023. https://doi.org/10.1080/15248372.2023.2207665

[4] Gori, M. et al.: Lesson learned from the COVID-19 pandemic: toddlers learn earlier to read emotions with face masks. Front. Psychol. 15, published online: July 3, 2024. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2024.1386937 

引用したブログ記事

2023.07.16.  コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?

        

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