Dr. TAIRA のブログII

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樹木が大気汚染を起こす?

カテゴリー:気候変動と地球環境問題公園と緑地

はじめに

私たちは、植物に対して(穀物や野菜などの食料源は別として)どのようなイメージを持っているでしょうか。家の庭や花壇に草木を植えたり、公園に植栽をしたり、街路樹を植えたりなど、一般には生活を豊かにするためのきわめて身近な自然のアイテムとして捉えることが多いと思います。すなわち、健康被害を与えるような例(スギ花粉を撒き散らすなど)は別にして、植物を利益になる存在としてイメージすることが多いです。

一方で、植物は数多くの化学物質を排出していて、その中には大気汚染の原因になるようなものも含まれていることはあまり知られていません。ここでは、樹木が排出する有機態ガス(揮発性有機物質、VOCs)の知見について紹介したいと思います。そこから、樹木の伐採や植栽を伴う都市再開発の影響や考え方も見えてきます。

1. 植物が排出する揮発性物質

植物の多くは VOCs を大気中に放出しており、その量は年間 400 メガトン にも及ぼと言われています [1]イソプレンテルペン(イソプレンを構成単位とする炭化水素と呼ばれるものが、VOCs の主なものです。

代表的なテルペン(モノテルペン)として、柑橘類に含まれるリモネンがあり、柑橘特有の匂いのもとになっています。いわゆる「森の香り」として知られる α–ピネンは、針葉樹(マツなど)に含まれるテルペンです。一方で、このようなイソプレンは濃度が高くなると、都市ガスとよく似た臭いを発します。

イソプレンは、大気中における光化学反応性が高く、対流圏の酸化反応を全般的に支配している OH ラジカルを消費します。そのため,地球の大気環境に大きな影響を及ぼしている可能性が指摘されています。具体的には温室効果ガスである一酸化炭素、オゾン、二次有機エアロゾルを生成します。このような植物起源の VOCs は、北米大都市近郊の森林地域で観測される高濃度オゾンの潜在的一因であるこにも注目されてきました。

国立環境研究所の横内陽子氏は、大気中イソプレンとその反応生成物の日変化と季節変化を明らかにしました [1]。所内松林の大気モニター棟で,サンプル自動濃縮/キャピラリーガスクロマトグラフ質量分析計を用いて、イソプレンとその初期の反応生成物の濃度を調べた結果、イソプレン濃度は日中の方が夜間よりも濃度が高く、植物からの排出と大気中の反応が日中に行われていることがわかりました。

この結果は、樹木の光合成活性が大気中のイソプレンと反応生成物の濃度上昇に関係していることを示しています。ほとんどのイソプレン生産植物では、光合成による炭素固定量の~2%がイソプレンの合成に費やされます [2]

植物によるイソプレンやテルペンの排出量は、種によって異なります。オゾンや二次有機エアロゾルは、高濃度になると人の呼吸器系に対して影響を与える可能性がありますが、この潜在的リスクは、植物の種類に依存することが考えられます。

2001年、カリフォルニア州環境保護庁の空気資源委員会(California Air Resources Board, CARB)は、1,400種以上の樹木について、汚染物質と花粉の排出状況を調査した結果を報告しました [3]。これによると、主にイソプレンを排出する樹種として、オーク、ポプラ、ヤナギなどの落葉樹、主にモノテルペンを排出する樹種として、マツ、ヒマラヤスギ、モミなどの針葉樹、両方を出す樹種として、エゾマツ、ユーカリなどが挙げられています。

2. 樹木の正の役割と負の効果

上記の CARB の報告は、都市において公園の植栽や街路樹などで新しい樹木を選定する時は、樹木の正の役割と負の効果を考慮して行うべきであることを示唆しています。特定の樹木を広い面積で植栽すると、オゾンやエアロゾルの濃度が局地的に上がり、空気質に影響を与える可能性があります。光化学スモッグなどの問題が生じやすい都会では、低排出量の樹種を選択することが重要だということです。CARB が挙げている選定基準は、ヒートアイランド抑制の必要性(気温上昇の防止)、樹木からの排出物の種類と量、植樹する地域の気候の三つです [3]

樹木のプラスの役割として、ヒートアイランド防止(気温上昇抑制)、ある種の汚染物質の除去、景観の保全があります。マイナスの効果としては、大気汚染につながる VOCs の排出や花粉アレルゲンの排出があります。

CARB が挙げているプラスの効果を樹木は、日本で馴染みのある種としてエノキ、ケヤキなどの落葉紅葉樹があります。一方、マイナス効果を与える(空気汚染源となる)樹木は、アメリスズカケノキ(California sycamore)やレイランドヒノキ(London Plane)などが挙げられています(以下引用)。

Low-emitters include the Chinese Hackberry, Avocado, Peach, Ashes, Sawleaf Zelkova and the Eastern Redbud.  A few of the high emitters include the London Plane, California Sycamore, Liquidamber, Chinese Sweet Gum, Goldenrain Tree, and the Scarlet, Red and Willow Oaks.

このように、樹木は人間や環境にとって良い面と潜在的な負の面を持つので、都市公園や街路の植栽における樹木選定は、これらを慎重に考慮すべきと考えられます。米カリフォルニア・ポリテクニック州立大学の Urban Forest Ecosystems Institute(UFEI)は、SelecTree という樹木剪定の Web ガイドを公開しています。

そのほかに、水循環の面から植林を慎重に行うべきという指摘もあります [4]。一方、日本においては、もっぱら景観、美的価値、都市計画などの面から樹木選定が行われており、大気への影響についてはほとんど考慮されていないように思われます。

3. 温暖化と大気汚染

地球温暖化や大気汚染の防止は、人類が取り組むべき喫緊の課題です。ここ数十年における触媒コンバーターやフィルターシステムの開発、そしてエレクトロモビリティへの転換は、自動車の排ガスや産業廃棄ガスの排出を大幅に減少させ、人為起源による汚染を大幅に低下させました。しかし、世界規模で輸送機関からの排出量が減少しているにもかかわらず、北米と欧州の都市部は、依然として健康面を考えるべき大気汚染レベルに直面しています。

このため、VOCs の発生源に関して、主に人為起源に求める従来の理解には疑問が投げかけられてきました。すなわち、植物起源の VOCs も大気汚染に関わっているのではないかという疑いです。

最近、米カリフォルニア大学バークレー校の研究者らの共同研究チームは、ロスアンゼルスにおけるテルペノイドの発生源を特定するために、空中フラックス測定を用いて、400 種類以上の VOCs について広範な排出マッピングを行いました。結果は、原著論文としてサイエンス誌に掲載されています [5](下図)

研究チームは、夏のロサンゼルスにおいて、排出された VOCs の OH 反応性、オゾン、二次有機エアロゾル形成能の約 60% に生物起源のテルペノイドが寄与していることを明らかにしました。そして、この寄与が気温とともに強く増加することを実証しました。すなわち、日中の気温と粒子状物質およびオゾンへの暴露量には明確な相関関係があり、30℃以上では汚染物質が急激に増加しました。彼らは、植物由来のテルペノイドが高温で発生するのが主因であり、次いで溶剤からの排出物の寄与があり、この両者が排気ガス中の窒素酸化物と反応して、オゾンと粒子状物質を形成すると考えました。

今回の知見は、窒素酸化物の制御がロサンゼルスのオゾン形成を減少させる鍵であることを示唆すると同時に、大気汚染の緩和努力は、気候変動と地球温暖化によって排出量と組成が大きく変化することを考慮しなければならないことを意味しています。

他方で、今回の結果は、地球温暖化、大気汚染、および植物起源の VOCs の関係の解釈を非常に複雑にしています。植物は、暑さ、干ばつ、害虫に対してストレスを受けますが、排出する VOCs の量と組成はストレスによって変化します。これらは、人為起源の排気ガスから発生する窒素酸化物と反応してオゾンを形成し、有害な粒子状物質だけでなく、気候を冷却する効果のあるエアロゾルの形成にも寄与する可能性があります。現在急速に進んでいる熱帯林の破壊は地球上のイソプレン発生量を大幅に減らすことになりますが,そのことが将来対流圏大気に深刻な影響を及ぼすのか否かについては予測が難しいです。

さらに、上述したように、植物の種類や植生が VOCs の組成に関係することを忘れてはいけません。論文 [5] の筆頭著者である E. ファナースティル博士は、ロサンゼルスの街並みの特徴として、モノテルペンを放出するユーカリの木が多いこと(樹木全体の約5%)、この地域で最も一般的な樹種のひとつであるジャカランダの開花も、飛行測定で検出されあたモノテルペンとセスキテルペンの高濃度に寄与している可能性があること、を述べています。

今回の論文の限界性は、人為的影響の少ない森林での測定を対照として行なっていないことです。植物起源のテルペンが大気汚染に関与するということだけが強調されると、樹木自体が悪者扱いされかねません。人為的影響がない針葉樹林帯で大気汚染が起こるという話は聞いたことがありません。あくまでも都市における人為的窒素酸化物の排出が、テルペンとの反応によって大気汚染を起こす筋道で考えるべき話でしょう。この論文の結論でも、人為起源の窒素酸化物の排出量を50%下げることが必要という主張がなされています。

ファナーシュティル博士は、今年からドイツに移り、彼女の新しく開発した分析手法を使って都市や森林から大気中に放出される物質を測定する予定のようです [6]。これまでは、森林のストレス反応に関するこれまでの計算は、多くの場合、少数の小さな樹木を使った実験室での測定に基づいています。これらの実験室での試験結果を、大規模な飛行測定データと比較すれば、既存のモデルを改良できます。

ちなみに、今回のサイエンス論文には、横内氏の先行論文 [1] やCARB の報告 [3] は引用されていません。少し残念な気がします。

4. VOCs サイクル

陸上植物は、地球全体でイソプレンの 90% 以上を生産しており、特に熱帯地方では、樹木と低木からの寄与が最も大きいと報告されています。これだけ、植物によるイソプレンの生合成と排出量が大きければ、大気中に溜まり続け、大気汚染の大きな原因になるようなイメージもありますが、実際は長い進化の過程で、一定のターンオーバーが構築されていると思われます。すなわち、地球上の VOCs サイクルによって、生成と分解を繰り返し、全体としては、人為的影響が過度にない限り、平衡状態を保っていると考えられます。

では、植物によってつくられ、排出される VOCs はどこに向かうのでしょうか。実は土壌が部分的な吸収源になっているのです [2, 7](図1)。

図1. 地球上のイソプレンの循環(文献 [2] から転載).

土壌中の微生物がイソプレンの生物学的吸収源として働くことは、割と古くから知られています。温帯、熱帯、北方林の土壌を用いた実験室実験では、385 ppbvで添加したイソプレンが一般的に急速に枯渇すること、温帯林に設置した野外実験室では、508 ppbvで添加したイソプレンが1時間以内に検出限界の5 ppbv以下まで消費されることが報告されています [8, 9]。イソプレン分解に関わっている土壌微生物として、これまで主に放線菌門(Acitnomycetaota)の細菌が報告されています [2]

土壌はまた VOCs の発生源でもありますが、VOCs の重要な吸収源としての役割は見逃されています。この方面の研究はまだ萌芽的段階であり、今後の研究の進展が望まれます。

おわりに

樹木は、景観の保全ヒートアイランド防止効果、ある種の汚染物質の除去など(いわゆる生態系サービス)の面で私たちに恩恵をもたらしています。一方で、多くの種がVOCs を排出し、それが大気汚染の原因になることもわかってきました。

とはいえ、森林が大気汚染の原因であるとの報告はこれまでありませんし、もしそうであるなら地球の大気は大昔から汚染されているはずですが、大気汚染が顕著になってきたのは産業革命以降であり、特に化石燃料を使う自動車が普及してからの話です。

自然界では、VOCs のサイクルが確立しており、植物が発生させる VOCs はそれらが生えている土壌に吸収されて長年バランス(平衡状態)をとってきたと推察されます。ところが、人為起源の窒素酸化物が増加することによって、そのバランスが崩れ、植物起源の VOCs も大気汚染の原因物質に含まれることになったということでしょう。

そして、植物の種類によって、そして温暖化の影響によって、排出される VOCs の量と質が変化するということが重要です。都市の再開発においては、それまでの樹木を伐採し、新たな植樹で置き換えるということがありますが、この面での考慮、配慮は皆無と言っていいでしょう。これまでの科学的知見は、単に樹木の本数を増やせばいいという問題ではないこと、現存樹木のリスク・ベネフィット比の評価が重要であることを示しています。

引用文献・記事

[1] Yokouchi, Y.: Seasonal and diurnal variation of isoprene and its reaction products in a semi-rural area. Atomos. Environ. 28, 2651–2658 (1994). https://doi.org/10.1016/1352-2310(94)90438-3

[2] McGenity, T. J. et al.:  Microbial cycling of isoprene, the most abundantly produced biological volatile organic compound on Earth. ISME J. 12, 931–941 (2018). https://doi.org/10.1038/s41396-018-0072-6

[3] California Environmental Protection Agency Air Resources Board: Air quality and pollen: How the tree you choose can effect the environment. Release nummber: 01-20. July 9, 2001. http://www.arb.ca.gov/newsrel/nr070901.htm

[4] ルールー・チャン: 環境保全のための植林には注意が必要 – 問題が増える可能性も. Our World-国連大学マガジン. 2020.03.11. https://ourworld.unu.edu/jp/planting-trees-must-e-done-with-care-it-can-create-more-problems-than-it-addresses

[5] Pfannerstill, E. Y.: Temperature-dependent emissions dominate aerosol and ozone formation in Los Angeles. Science. 384, 13324–1329 (2024). https://www.science.org/doi/10.1126/science.adg8204

[6] Juelich, F.: Study shows rising temperatures affect air quality over Los Angeles. Phys.org. June 21, 2024. https://phys.org/news/2024-06-temperatures-affect-air-quality-los.html#google_vignette

[7] Yang, K. et al.: Exchange of volatile organic compounds between the atmosphere and the soil. Plant Soil. Published online: March 6, 2024. https://doi.org/10.1007/s11104-024-06524-x

[8] Cleveland, C. C. and Yavitt, J. B.: Consumption of atmospheric isoprene in soil. Geophys. Res. Lett. 24, 2379–2382 (1997). https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/97GL02451

[9] Cleveland, C. C. and Yavitt, J. B.: Microbial consumption of atmospheric isoprene in a temperate forest soil. Appl Environ Microbiol. 64, 172–177 (1998). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC124689/

         

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