カテゴリー:社会・政治・時事問題
はじめに
前回の記事(→都知事選ー石丸氏躍進、蓮舫氏惨敗で思うこと)で、都知事選の個人的感想を述べました。インターネット上では、特に石丸伸二氏が躍進したことについて、さまざまな意見が飛びかっています。彼を讃える意見、有望視する意見、逆に石丸叩きとも言える辛辣なネガティブ評価が数多く見受けられます。
私は、石丸氏の主張には刺激的ではあるけれども一貫性がなく、具体策も見えなかったので候補として否定的な見方をしていました。しかし、蓋を開けてみれば 2 位の得票数であったことで、その要因を探ることは今後の国政選挙などの活動の方向性を占う上で重要だと考えました。皆さん同様な考えだと思います。
一つには、石丸氏自身のパーソナリティに関する言及が見られる中で、彼に投票した有権者の特質について否定的な見解もあります。以下のような有権者に対する厳しい意見も見られます。
石丸現象なるものがあるとすれば、それは政治不信によるものでは全くない。「不信」とは、ある程度その人や団体を知って勉強したうえで、失望したり嫌いになるという感情だ。…
— 古谷経衡(作家,評論家,社団法人令和政治社会問題研究所所長,株オフィス・トゥー・ワン所属) (@aniotahosyu) 2024年7月11日
一方、私は、テクノロジーが進んだ今の時代の有権者の置かれた状況と行動との関係に興味を持ち、そこからの分析を行っています。一つの大きな要素は SNS の利用とインターネット・ミーム化です。と言っても、従来のありきたりの SNS での広がりではなく、YouTube や TikTok という画像に固守した頻回利用という特異な現象です。もう一つは、SNS をスマートフォン(スマホ)端末で利用するということが、大きく影響していると感じています。
ここでは、石丸現象は、既存勢力へのカウンターを主張する大衆煽動の手法が、スマホを多用する世代に新しい快楽報酬効果を与えた結果ではないか、という仮説を示したいと思います。
ポピュリズムは、既成システムの破壊、既存政治、リベラル・エリート層の否定 [1] という過激な政治思想や活動形態を指し、大衆からの人気を得ることを第一の目的としています。そのため、大衆を扇動するような急進的・非現実的な政策を訴えることが多く、現体制への象徴との対立軸をつくることが常套手段です。また、しばしば特定の人種など少数者への差別など排外主義と結びつくこともあります。
煽動による人気獲得自体が目的であるので、目指すものは常に抽象的です。多くの場合、人々がポピュリトの主張に乗って使ってみたけど不良品だった、使い物にならなかったということは歴史が証明しています。
私は石丸現象の前に、橋下現象、ホリエモン現象、ひろゆき現象、成田現象などがあって、それぞれ若干の違いはあっても、共通点があると思っていました。それは、30–50代の現役世代のインフルエンサーによく見られる傾向であり、既成概念・システムの破壊、エリート層の否定から話が始まること、あるいは話の一部にそれが含まれることです。つまり、ポピュリズムの手法を使っていることです。ただし、橋下徹氏は行政の長の経験があるので、それに裏打ちされた見解は随所にみられます。
ポピュリズム的主張者は、手法の性格上、非リベラルであり、いわゆる極右、極端な保護主義あるいは新自由主義の立場をとります。強者 vs 弱者、若年層 vs 高齢層、デジタル vs アナログという二項対立軸を設け、自らの位置からは遠い距離の存在を標的にします。
上記のインフルエンサーの多くは、新自由主義的立場であり、既存システム・エリートの否定とともに、ちょっとした刺激を与えたりします。これは、人気を得るのに最も簡単なアプローチであり、このために、しばしば論点ズラしやダミー論証、仮想の絶対論や究極論という詭弁も使われます。話が斬新的かつ明快で断定的であるので、話受けしやすい、共感が得られやすいという特徴があります。特に、50代以下の若年層、男性、無党派という属性は合致しやすいです。
私は彼らが意図してそのような手法を使っているかわかりませんが、メディアがエンタメ的感覚でそれらを取り上げ、それが人気を呼ぶという消費文化が形成されていることで、彼らのやり方が長く通用するものになっている感じです。そして、これらのインフルエンサーは、石丸氏に対しては共通性を見出しているのか、どちらかと言えば好意的な意見が目立ちます。
SNS の発達は、誰もが記者になり、容易に発言できる機会を与えました。それも、エコーチェンバーやフィルターバブルによって偏狭化された情報に影響されやすい環境が構築されています [2]。すなわち、知識に頼ることなく、SNS 上のタイムラインに流れる閉じた環境(エコーチェンバー)の情報を見るだけで、誰もが簡単に発言できるという時代になっています。特定アルゴリズムでバイアスがかかった情報(フィルターバブル)に気づくことなく、反射的に反応し、過激な情報ほど容易にリツイートするという状況を生んでいます。ポピュリストにとって、誠に都合がよい構造になっているわけです。
2. YouTube 依存症
私自身は、スマホを使って SNS を利用したり、 YouTube や TikTok で動画を観ることも稀ですが(もっぱら PC 利用)、一般の人々にとってはそれは当たり前のことになっています。スマホで SNS を利用する人々(特に若者)は「スワイプ」機能を多用することから、私は「スワイプ世代」と呼んでいます。
ユーザーは一般的に意識していないと思いますが、YouTube は利用者とメディア・パフォーマーとの非対称的な関係からなる「パラソーシャル(parasocial)な関係」の発達を助長します。これは、一方向から社会的関係を意味しますが、大きく分けて二つのユーザー現象を生みます。
一つは、作り手の意図や恣意的誘導に、それが一方的であるにも関わらず、簡単に乗せられてしまう傾向です。そもそもが興味本位で、あるいはある目的を持って動画を見ているわけですから、本筋で賛同したり、親和性をもつのは当然だとしても、動画に含まれる予期しない、あるいは新しい刺激にも飲み込まれてしまうことがあります。
もう一つは、作り手あるいは動画中の相手のことをよく知らないにも関わらず、その関係性が親密であると思い込んでしまう場合があります。もちろん、この関係性は「本物ではありません。これは、相手にリアルな世界で会ってみたいという願望や、相手に対する憧れから派生します。
このように、パラソーシャル関係とは、脳が錯覚してしまうことで起こる一方向社会的関係ですが、問題は、ユーザーはこれを意識しないことが多く、いつのまにか依存症になっていることが多いことです。しかも、フィルターバブルの世界にいることを意識せずにいると、さらに非常に狭い情報に依存することになります。科学的に十分な証拠があるわけではありませんが、このような依存症がさまざまな社会現象に関わってくる可能性があると、個人的に考えています。政治的行動はその一つです。
ユーザーはなぜ YouTube 依存症(あるいはTikTok依存症)になるのか?という決定要因に関しては、いろいろと研究されています。その一つとして、認知行動理論的枠組みに基づいて、社会不安、ユーチューバーとのパラソーシャル関係、YouTube 依存症の関係を検討し、依存症の決定要因を明らかした研究があります [3]。
この研究は、オンライン調査により 932 人の参加者からデータを収集し、ブートストラップ法を用いた重回帰分析と構造方程式モデリングにより、社会的不安と YouTuber とのパラソーシャル関係が、依存症の予測因子であることを見出しました。すなわち、パラソーシャルな関係が強いほど、YouTube 中毒性が高まるということです。
3. スワイプ、SNS の快楽報酬効果
スマホ依存症(中毒)は、俗に「ノモフォビア」(スマホが手放せない恐怖症)と呼ばれることもあります。多くの場合、インターネットの使い過ぎの問題によって引き起こさますが、結局のところ、強迫観念(スマホがないと不安)を生み出すのはスマホやタブレットそのものではなく、ゲームやアプリ、そして私たちをつなぐオンラインの世界です。
なぜ依存症になるかは、上記の YouTube で述べたパラソーシャル関係を含めたバーチャルな人間関係、情報過多が要因になっていますが、より根本的には、薬物やアルコールと同様、スマホは脳内神経伝達物質ドーパミンの放出を誘発し、気分を変化させる効果があることに関連すると思われます [4, 5]。依存症の専門家であるアンナ・レンブケ博士によれば、スマホは私たちをドーパミン・ジャンキーにしており、スワイプや「いいね!」クリック、ツイートのひとつひとつが、報酬効果欲求の習慣化の現れだと言います [5]。
また、ドーパミン合成能が低い人ほど、この社会的相互作用を求めるアプリの使用頻度が高いことが報告されています [6]。つまり、スマホ使用が、ドーパミンによる快楽を求める行為であることを証明しています。
図1. アプリ使用による社会的相互作用の割合の個人差は、両側後部被蓋におけるドーパミン合成能と共働する(文献 [6] より転載). A, 社会的相互作用の割合の個人差とドーパミン合成能力との逆相関(使用速度と1日の使用量を含む重回帰の調整済み反応プロット、挿入図は未調整データ); 破線は推定線形適合. B, 観察された重回帰の傾き(赤)は、アプリのカテゴリーラベルの1000のランダムな並べ替えで観察された関係(灰色)と比べて極端である.
スマホによるこの快楽報酬については急速に耐性ができ、今までと同じ快楽を得るために画面の前にいる時間がだんだんと長くなります。次々と新しい刺激を求める頻度も高くなり、スマホが常に手元にある状態になるわけです。
そしてスワイプやクリックの操作がこれを増長します。「スマホを見ているときは集中している」と思っているのは勘違いで、結局はアプリのスイッチングや画像送りなどを頻繁に行っており、まったく集中できていないのです [7]。短い動画、倍速動画、音楽の短いイントロ、簡単な文章や短い発言への嗜好性はその現れでもあります。TikTokは、特にこの嗜好性に合致したアプリです。
要するに、スワイプ世代は、日常生活においてスマホと共に集中力がなくなっている可能性が高いということです。英国の世論調査における、スワイプするクセによって、子どもたちの落ち着きがなくなった、忍耐力がなくなった、学校の授業や人の話をじっと聞いていられなくなった、というのもその現れでしょう(→コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?)。
スマホの多用は、ストレス、不安、うつ、孤独感など、他の根本的な問題の徴候であることが多いです。これらの問題を悪化させることもあります。社交的な場面での不安感や孤独感、気まずさを和らげるためにスマホを「安心のコート」のように使っているとしても、実際には不安を悪化させている可能性が高いのです。
上述のように、頻繁なスワイプ操作は、常に新しい刺激による報酬効果を求めている証拠です。時事や政治的情報に話を移せば、一般に、新聞、テレビ、雑誌、ネット記事などで得られるものですが、スワイプ世代にとっては、これはもはや快楽報酬手段としてはかなり困難になっているのでしょう。逆に、YouTube や TikTok を主な情報源とすることは刺激的ではありますが、情報の幅が著しく縮まり、かつパラソーシャル関係による傾倒リスクがあると言えます。
デジタル快楽報酬を得る世代にとっては、SNS 上における発言はこの上ない刺激になります。誹謗中傷はその極致であり、知識や合理性に基づく批判、批評と同程度の、あるいはそれを上回る快楽報酬効果をもたらすのでしょう。情報の井の中に閉じ込められれば、誹謗中傷と批判の区別もつかず、心地よい刺激だけが脳内を駆け巡ります。
4. 石丸現象の本質
ここからは、私の独善と偏見を交えた、石丸現象の本質を考察したいと思います。上記のポピュリズム的風潮の台頭、SNS の特性、スワイプ世代のスマホ依存、それに日本のメディアなエンタメ的消費記事の手法とネットミーム化に基づく簡単な考察です。
前のブログ記事(→都知事選ー石丸氏躍進、蓮舫氏惨敗で思うこと)に示したように、石丸氏が獲得した票は無党派による浮動票で、投票率を上げた新規の 67 万票、小池氏から奪った 74 万票、および蓮舫氏から奪った 28 万票がそれに相当すると推察されます。そして、若年層ほど石丸氏に票を入れていることを考えると、新規の 67 万票の大部分が若年層によるもので、今までほとんど投票に行かなかったか、あるいは今回が初めての投票だった可能性があります。
この層は、スマホに強く依存したスワイプ世代で、YouTube や TikTok の画像で日常的に情報を得ていますが、今回、既成政党や小池氏、蓮舫氏の情報はほとんど見ていないか、あるいは関心がなかったと思われます。両候補は、スワイプ世代が積極的に情報を取りにいくほどの、あるいは快楽報酬効果を満たすほどでの存在ではなかったということです。
もとより、このような世代に対して、旧世代の既成政党が、彼らがいう「真っ当な政策」を押し付けがましく、あるいはまるで「説教」のように話しかけてきても、ひたすら拒否感が増強されるだけでしょう。 真っ当な政策の理解という作業は、精神的負担になるだけと思われます。
ところが今回、これらのアプリ経由で突然石丸氏の情報が飛び込んできたわけです。あるいはすでに YouTube 等で画像を見ていた可能性もあります。石丸氏の既成システムを刷新する、政治屋を一掃するというポピュリズム的主張は、簡潔、明快であり、スワイプ世代には新鮮で大いなる刺激になった可能性があります。それが推し活的行動の拡散に繋がり、その行動がまたドーパミンの報酬効果を生むという連鎖につながったのではないかと想像します。
スワイプ操作は、ユーザーにとって刺激と興味のある画像の検索と関連しています。ユーザーは、フィルターバブルによって、ますます一定の傾向のある動画と情報の中に閉じ込められたと推察されます。次々とタイムラインで流れてくる石丸氏の動画に益々刺激され、それが推し活を促したのでしょう。高い快楽報酬の獲得が、フィルターバブルの外に行くことを阻害したのかもしれません。
YouTube の「おすすめアルゴリズム」は、ユーザーをイデオロギーのフィルターバブルに押し込むとさえ言われており [8]、特に政治的コンテンツでこの傾向が強いと報告されています [9]。SNS の一定の情報の中に閉じ込める性質(エコーチェンバー)は、フォロワー依存性が高い "X" や Facebook でも同じです。
要約すれば、石丸氏推しは、彼のポピュリスト的要素とスワイプ世代の刺激への要求性(快楽報酬効果)がピッタリハマって生まれた SNS、スマホ時代ならではの新しい潮流であり、これが石丸現象の本質ではないかと考えます。SNS での拡散をやりやすくする組織的動向も見逃せません。
この自説については、ここで挙げた以上の根拠となる情報は今のところ持ち合わせていませんが、次の衆院選挙でも新しい潮流になることが予想されます。石丸現象を生んだ手法を活用できたものが、次の総選挙で勝ち組になる可能性があります。
おわりに
今回の都知事選で、若者による投票行動で投票率を上がったことは評価したいと思います。一方で、それが幅広い情報収集の中から誘起された政治的関心によるものなのかについては懐疑的です。新しい「草の根民主主義」の現れだと評価する人もいますが、果たしてどうでしょうか。上述したように、スマホ依存の生活の中での新しい刺激の中から誘導された可能性が高く、既成政党同士のよりマシな選択を迫られる選挙になった時、依然として高い政治的関心を保てるかどうかは不明です。
石丸現象やさまざまなインフルエンサーに対する応答の傾向から言えることの一つは、SNS 世代はポピュリズムに非常に弱いのではないか(煽動されやい)ということです。この理由としては、もちろんスマホ依存で、特定のアプリから情報を得ているということ、快楽報酬を得る手段が限られているということがあります。
そして、SNS 世代が抱えるインフレ、格差、生活苦など問題は、もはや資本主義の限界自体に起因することが大部分ですが、ポピュリストの扇動に晒されると、あたかもそれが解決してくれるような錯覚を持つのではないかと思われます。民主主義を守ると言いながら権威主義、専制主義に陥っていく危険性があります。
スマホ依存は世界の若者に共通な現象であり、移民問題などに派生する各国のポピュリストの台頭はこの影響もあるのか?と思わせるものです。スマホを使うことと SNS の特性が、過激な発言と分断を生みやすい構造になっているのです。さらに、AI によるフェイク画像・ニュースはそれを加速化していくでしょう。
もちろん、快楽報酬の範囲が非常に広い情報リテラシーが高いスワイプ世代もいることも確かです。日本の若者には、パラソーシャル関係に依存しない、情報リテラシーの向上を切に願うものです。
引用文献・記事
[1] Molley, D.: What is populism, and what does the term actually mean? BBC. https://www.bbc.com/news/world-43301423
[2] 笹原和俊: ウェブの功罪. 情報の科学と技術. 70, 309–314 (2020). https://doi.org/10.18919/jkg.70.6_309
[3] de Bérail, P. et al.: The relations between YouTube addiction, social anxiety and parasocial relationships with YouTubers: A moderated-mediation model based on a cognitive-behavioral framework. Computer Human Behavior. 99, 190–204 (2019). https://doi.org/10.1016/j.chb.2019.05.007.
[4] Robinson, L. Et al.: Smartphone and internet addiction. HelpGuide.org. https://www.helpguide.org/articles/addictions/smartphone-addiction.htm
[5] Taylor, I.: How to finally break free from your smartphone addiction. BBC Science Forbes. 2024.02.04. https://www.sciencefocus.com/science/dopamine-fasting-smartphone-addiction
[6] Westbrook, A. et al.: Striatal dopamine synthesis capacity reflects smartphone social activity. iScience. 24, 102497 (2021). https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8170001/pdf/main.pdf
[7] 川島隆太: 「節約」どころか時間をドブに捨てている…動画を倍速で見る人の脳に起きている「スマホ中毒」の恐怖 「本を読むより動画がラク」では3歳児と同じ. PRESIDENT Online 2023.05.12. https://president.jp/articles/-/69035?page=1
[8] Tech Transparency Project: YouTube’s filter bubble problem is worse for Fox News Viewers. October 24, 2021. https://www.techtransparencyproject.org/articles/youtubes-filter-bubble-problem-worse-fox-news-viewers
[9] Ledwich, M. et al.: Radical bubbles on YouTube? Revisiting algorithmic extremism with personalised recommendations. First Monday, 27(12), December 5, 2022.
https://firstmonday.org/ojs/index.php/fm/article/download/12552/10752
引用したブログ記事
2024.07.08 都知事選ー石丸氏躍進、蓮舫氏惨敗で思うこと
2024.07.16 コロナ流行が及ぼした子どもの心への影響ーマスクの影響は?
カテゴリー:社会・政治・時事問題