カテゴリー:社会・政治・時事問題、感染症とCOVID-19 (2024年)
はじめに
私は、COVID-19 パンデミックが起こって以来、この病気やウイルス関連の情報を収集してきました。そして、このブログで、文献・情報分析の記事を書いてきました。
このようななか流れてきたのが 、TBS テレビの「水曜日のダウンタウン」という番組が、COVID 感染対策をネタとして取り上げるという情報です。「コロナ対策いまだに現役バリバリの現場があっても従わざるを得ない説」、「やりすぎコロナ対策」という触れ込みです。
www.youtube.com私は、この番組を一度も観たことはありませんでしたが、コロナ感染対策ということで興味を抱き、8 月 28 日の放送を視聴しました。そして、知り合いの 2 人の日本在住留学生(日本語ペラペラ)にも連絡して観てもらいました。いずれも本番組を観るのは初めてということでした。
番組で、高橋 MC は、「今、あの頃の制限をもっかい持ってきたら、芸人は果たしてツッコむのかどうか」と、企画の趣旨を説明しながら、感染症対策を徹底していた時期について、「現役バリバリのコロナ」と語っていました。コロナ対策を徹底したドッキリを仕掛け、これに芸人 2 人がどのような反応を見せるか、それをお笑いにするという趣旨のようでした。
番組を観た感想ですが、事前にある程度予想はしていたものの、率直に言って、感染対策をネタにして芸人の反応を笑いに変えるという手法に、今の日本のエンタメ番組の下劣さを感じました。留学生 2 人の感想は、芸人の反応は滑稽に見えるけれども、何が笑えるのかわからないというものでした。「感染対策」という題材とともに、笑える要素(ユーモアやアイロニー)がないということです。
以下に、メディアの反応記事も拾いながら、COVID-19流行の現状を紹介し、そして今回の番組の何が問題かを考えてみたいと思います。
1. 番組に関するメディアの報道
番組に対して、メディアは早速反応し、視聴者の賛否両論を載せながら、記事にしています。SNS 上ではきわめて批判的なコメントが多いので、ここでは敢えて、肯定的な意見を拾ってみます。おそらく、番組のコアな視聴者の意見でしょう。
まずはデイリーの記事です [1]。
ネットでは「めっちゃウケる」「懐かしくて笑える」と、当時の「あるある」を単純に懐かしんで楽しむ意見が上がった。
次は、日刊スポーツの記事内肯定的意見です [2]。
マジでコロナ禍当時のテレビ現場あるあるすぎて(特に前半は)こんなバカバカしいことやってたんだなと再認識 改めて言うけど、決してコロナで苦しんだ人や亡くなった人、医療従事者をバカにしてる訳ではない。
たぶん皮肉でこの企画やってるよなあ。コロナ対策がいかに馬鹿げたことだったか、理屈が通らないことしてたか、と。まだコロナに踊らされている人に対していい加減気づけ、と言っているようにも見える。
水曜日のダウンタウンのやりすぎコロナ対策どっきりが放送前から批判されてたけど、別に医療従事者を揶揄してるでもなく出演者も『すごい時代を乗り越えた』って言ってるし、思い出話に花を咲かせるくらいは良いんじゃないかな。
FLASH の記事の中にある肯定的な意見は以下のとおりです [3]。
笑いにしたかったのは、いきなりステーキみたいなマスクもどき使ったり、次亜塩素酸水?を持ち上げたりした「おかしみ」なんじゃないかな。
番組がコロナ自体をイジってるのではなく、コロナ対策をイジってる事に気づけたのかな?
女性自身の記事からは以下のとおりです [4]。
「水ダウ、コロナ対策自体をバカにしているのではなく、テレビ業界としてかなり不正確なコロナ対策をして、それで合意を得てしまった結果、タレントやスタッフのモチベーションを下げていたことに関する反省がこもった企画と読めたんだけどな 脊髄反射で怒りすぎだと思う。
水ダウ見てたけど私は不快に思わなかった。実際にやってた対策は笑いにはしてなかったし、逆に番組が考えたやりすぎ対策はドッキリで騙して笑いに変えるってやり方だった。コロナ対策自体をバカにはしてなかったよ。
最後は、excite ニュースの記事からです [5]。
ほんと数年前は異常な社会だったな。
やっぱコロナは茶番だったってわかるね。
こんなのが当たり前だったけど今見たら狂気。
これらの意見に対する私の論評は後記するとして、まずは、「COVID-19 は流行中である」という現実をこれから述べたいと思います。なぜなら、番組では、あたかも「コロナは終わった」という前提(つまり事実誤認)で話が進んでいた気がしたからです。
2. COVID-19流行の推移と現在
上記番組の後半には別のテーマになり、そこで「現在進行形」という言葉が用いられていました。メディアはほとんど報道しなくなりましたが、COVID-19 はまさに現在進行形であって、番組でこの言葉が出ることがなんとも皮肉です。ここでは、TBS はもとより、テレビが報道しない COVID-19 の現況について記したいと思います。
2023 年 5 月に COVID-19 が感染症法上の 5 類に移行されてから、感染者数は直接カウントされなくなっています。したがって、現在に至るまで何人が感染したのか、具体的な数字として知ることができません。ちなみに、5 類化直前の日本の感染者(陽性者)数は約 3 千 4 百万人、死者数は約 7 万 5 千人です(worldometer による)。
そこで、厚生労働省が公表している「献血時の残余血液を用いた新型コロナウイルスの抗体保有割合実態調査」のデータに基づいて、感染者数を推定することにしました。図 1 に示すように、SARS-CoV-2 抗 N 抗体の保有割合は、記録がある 2022 年 11 月から増加し続けており、今年 1 月の時点で 58.8% になっています。
このデータは、COVID-19流行が現在進行形であること、そしてこの抗体調査が日本全体の感染状況の推定に適していることを示すものです。これに単純に日本の人口を掛け算すると、感染者数は約 7 千 3 百万人になります。
図1. SARS-CoV-2 抗N抗体の保有割合の推移.「献血時の残余血液を用いた新型コロナウイルスの抗体保有割合実態調査」に基づいて作図.
しかし、抗 N 抗体の保有割合は年齢で異なり、高齢者ほど低くなっています(図2)。そして、この調査データには、最も感染率が低いと推定される 70 歳以上の高齢者が含まれていません。おそらく、この層を加えると抗体保有率の平均値は若干下がると考えられます。さらに、抗N抗体が時間とともに検出レベル以下になることも考えられます。それを考慮したとしても、日本人の、最低でも、6−7 千万人がすでに感染していると考えるのが妥当でしょう。感染者の 1 割前後は長期コロナ症(long COVID)に移行すると言われていますので、この数字から長期コロナ症患者は、累計で数百万人と推定できます。
図2. 性別、年齢別のSARS-CoV-2 抗N抗体の保有割合.「献血時の残余血液を用いた新型コロナウイルスの抗体保有割合実態調査」から転載.
次に、厚労省の「死亡診断書(死体検案書)の情報を用いたCOVID-19関連死亡の分析」に基づいて、COVID 死者数(COVID-19を原死因とする死亡数 [人口動態統計])の推移をグラフ化してみました。図3 に示すように、2022-2023 年の冬の第 8 波流行で最多を記録して以来、死者数は減少していますが、今年になってもなおオミクロン波以前の流行を凌駕する死者数を記録しています。累計死者数は約 12 万人となり、なお上昇し続けています。
図3. COVID-19 を原因とする死亡者数の推移. 厚労省「死亡診断書(死体検案書)の情報を用いたCOVID-19関連死亡の分析」に基づいて作図.
全国各地の下水サーベイランスのデータは、COVID 流行が衰えていないことを明確に示しています。例として、札幌市のデータを図4 に示しますが、2022 年以降最高のウイルス排出量になっているありさまです。
図4. 札幌市における下水中のSARS-CoV-2 濃度の変化. 「札幌市下水サーベイランス」から転載.
モデルナの「新型コロナ・季節性インフルエンザ・RSウイルス リアルタイム流行・疫学情報要」サイトでは、COVID-19 患者数の推移を見ることができます(図5)。最新の第 11 波流行は、過去のオミクロン流行と比べても遜色ないレベルであり、ここに来て峠を越えたように思えますが、いまなお 5 万人/日レベルで患者が発生しています。ちなみに、モデルナサイトの患者数は、国が公表している定点調査の患者数の 10 倍以上になります。
図5. オミクロン波以降の COVID-19 患者数の推移. 「moderna 新型コロナ・季節性インフルエンザ・RSウイルス リアルタイム流行・疫学情報」から転載.
上記のデータから分かるように、COVID-19 は現在進行形の感染症であるということです。一部の人たちにとっては命にかかわること、集団感染や長期コロナ症が及ぼす社会・経済活動への影響、将来の合併症や健康被害のリスクなどを考えると、積極的に感染対策を緩める理由はありません。
現に、世界的に、保健当局は感染対策の継続を呼びかけています。世界保健機構(WHO)や米 CDC の最新指針は、衛生学的処置(手洗い、咳エチケット、子どもへの教育)、マスク着用、対人距離の確保、空気の入れ替え、空気清浄機の設置などを推奨しています。
3. 何が問題か
上記のように、COVID-19 は現在進行形の感染症です。その上で、今回の番組の何が問題かと言えば、非薬理学的介入(NPI)を中心とする感染対策を、公共性の高い電波でネタにする必然性はあるのか?ということです。命や健康被害に関わる事柄について、それをエンタメの笑いに変える必然性が問われているわけであり、笑いにしてしまった向こうには、感染対策や治療に関わった多くの人の血の滲むよう努力や、沢山の犠牲や健康被害が進行中の厳然たる事実があるのです。
世界は未曾有のパンデミックに襲われ、未知のウイルスに対して、さまざまな感染対策を施してきました。そして情報の蓄積とともに感染対策も修正・改善され、今から見れば効果が薄いという対策もありますが、全て初めての経験と試行錯誤の上で施されてきた結果であり、現時点での総括や批判はよいとしても、それらを拾い上げて笑いのネタにはすることは憚れるでしょう。なぜなら、繰り返しますが、感染対策の中で、救われた命もあれば亡くなった人もおり、今なお病気で苦しんでいる人もいるからであり、感染対策とともに感染予防に取り組んでいる人々も沢山いるからです。
そこへの想像の幅や COVID-19 のちょっとした知識があれば、感染対策を題材として取り上げることには当然ためらいがあるでしょう。逆に、思考や知識がそこまで及ばない(無神経である)からこそ、社会的影響にまで想像が行かず、偏向した笑いを通すということになると言えます。現実問題として感染症と向き合う医療従事者や患者や長期コロナ症に苦しむ人たちも含めて、SNS 上で沢山の人から今回の番組批判がなされていますが、当然の成り行きであり、そこへ想像がいかなかったのでしょうか。
今回初めてみた番組ですが、仕掛けやドッキリへの芸人の反応をスタジオや画面の右上でニヤニヤ、ゲラゲラ笑うのが番組のスタイル、定番と見え、あたかも弱者へのいじめを観覧しながら嘲笑してようで、これ以上ないというくらい下劣に感じました。「隠し味がわからず(味覚障害)で感染者扱い」しているシーンがありましたが、長期コロナ症の人を侮辱しかねないものでしたし、「感染者ゼロという村」を訪れたシーンでは、感染対策に取り組む集団の言動を誇張したイジリそのものでした。
他者を対象として笑えないものを笑いに変えるという思考は、社会的弱者、人種、少数民族、移民、ジェンダーなどに対する嘲笑、偏見、差別に通じるものがあり、認知能力の低さ、無知、経験の無さ、閉鎖的思考から来る可能性があります。他者をイジリ笑い、高見から嘲笑することは、社会性や倫理性とは無関係のところで可能です。認知能力が低いほど、閉鎖的思考性が強いほど、偏見を持ちやすくなることが主流の学説です(→頭が悪いと差別的、右翼的になる?-SNS による偏見の助長)。
番組制作のスタッフは、彼らの頭の枠内(つまり、自らを笑いの対象にするのではなく、他者をイジる嘲笑的なもの)でしか笑いをとらえることができないならば、偏見やそれを電波に乗せた時の社会的影響にも気づくこともないでしょう。番組のタイトルにある「コロナ対策いまだに現役バリバリの現場があっても従わざるを得ない説」自体に無知が現れています。ネタとして成立しないものを、自己流でネタ化することで自らの無知と偏見を露呈しているということです。
つまり、今回の件は、番組スタッフやコアな視聴者にとっては、内輪で笑いが成立する話かもしれませんが、ネタとして取り上げた感染対策に関わりの深い当事者や COVID で苦しんでいる人たちまで、そして幅広く番組を観ていない人たちや感染症が蔓延する今の社会にまで広げて考えれば、通用しない話になってくるのです。
上記したメディアの記事における肯定的な意見は、おそらく番組のコアな視聴者からのものでしょう。「コロナ自体をイジってるのではなく、コロナ対策をイジってる」、「不正確なコロナ対策をして..モチベーションを下げていたことに関する反省がこもった企画と読めたんだけどな」、「実際にやってた対策は笑いにはしてなかったし、逆に番組が考えたやりすぎ対策はドッキリで騙して笑いに変えるってやり方」、など様々なコメントがありますが、いずれも「笑いの対象が何かに矮小化」した話です。
「コロナで苦しんだ人や亡くなった人、医療従事者をバカにしてる訳ではない」という意見は、当事者や社会がどう受け取るかへの想像力に欠けます。事実、批判的意見が沢山出ているわけです。「コロナ対策がいかに馬鹿げたことだったか」、「やっぱコロナは茶番だったってわかるね」に至っては、事実誤認で、もはや論外です。
上記のように、笑いの対象に矮小化したり、想像力に欠けたり、事実誤認まで出てくる状況は、これ自体がこの番組が抱える問題を露呈しているようなものです。問題の本質は、SNS 上で沢山の批判が出ているように、番組を観て不快に思う人や自らの不遇に投影する人が大勢いること、番組が及ぼす社会的影響があることに想像力が働かず、単に商業的意図から公共の電波を使うテレビ局の姿勢が問われているということなのです。
おわりに
COVID-19は、高齢者や基礎疾患を持つ人にとってはリスクが高いことはもちろんですが、その本質はむしろ長期コロナ症であり、その予防は、SARS-CoV-2 に感染しないことが第一です。したがって、NPI を含めた感染対策が今でも重要なことは言うまでもありません。感染症法の上文にあるように、感染対策、公衆衛生の維持、蔓延防止は、COVID-19 が何類であろうと関係ないのです。
翻って、今回の番組は感染対策を題材にしたところから不適切だったということでしょう。そして、「コロナは終わったもの」と言う誤った認識や、「感染対策は馬鹿げている」という風潮を作り出したり、すでにそう思っている人たちの言動を増長させたりするリスクもあらためて生み出したと言うことでも問題です。
引用記事
[1] デイリー:皮肉、滑稽、不謹慎、爆笑【水ダウ】やり過ぎコロナ対策企画にネット反応さまざま「めっちゃウケる」「懐かしくて笑える」「やり過ぎ」. 2024.08.28. https://www.daily.co.jp/gossip/2024/08/28/0018058236.shtml
[2] 日刊スポーツ:「コロナ対策をネタ化「水ダウ」予告通り放送に賛否 出演者は「すごい時代を乗り越えた」と感想. 2024.08.28. https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202408280001620.html#goo
[3] FLASH編集部: 「憎らしい」「マジ最低」コロナ対策いじった『水ダウ』に批判殺到…医療現場からも集まる苦言. 2024.08.29. https://smart-flash.jp/entame/303356/1/1/
[4] 女性自身編集部:「失礼だし有り得ない」『水ダウ』「コロナ対策」イジる企画に批判続出…番組の放送中止求めるハッシュタグまで. 2024.08.29. https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/236
[5] excite ニュース: 賛否集まる『水ダウ』のコロナ対策ドッキリ ヒコロヒーは“超冷静なツッコミ” . 2024.08.30. https://www.excite.co.jp/news/article/Sirabee_20163334589/
引用したブログ記事
20224.08.06. 頭が悪いと差別的、右翼的になる?-SNS による偏見の助長