Dr. TAIRA のブログII

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COVID-19 はこの先の超過死亡を長引かせる

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 は、世界的にいまだに流行を続けており、高齢者を中心に死亡例も少なからず報告されています。日本における COVID 死者数は、記録にある直近 1 年間で約 4 万人です。さらに長期コロナ症(long COVID)の影響もあって、この先の人類の健康にどのように影響を及ぼすか、大きな関心事になっています。

とは言うものの、国やメディアから流される情報がほとんどないために、一般の人々にとっては「コロナ終わった」感が強いかもしれません。知らぬが仏という状態です。しかし、COVID-19 流行の影響を切実に捉えている人たちは沢山いて、たとえば、生命保険会社はその一つです。

昨日、COVID-19 の影響によって、この先の超過死亡が長引くだろうという報告書 [1, 2] が出されました。報告したのは、保険会社、中堅・大企業、公共部門を顧客とする大手保険会社であるスイス・リー(Swiss Re)の研究所であり、「COVID-19 パンデミックは過剰死亡率の代名詞」としています(下図)。

1. 研究の背景

2020 年のパンデミック発生から 4 年が経過しましたが、世界の多くの国々では、依然として自国民の死亡数が増加していると報告されています。この影響は、概して医療制度や従来の概念で考える集団の健康状態とは無関係のようです。つまり、この死亡数増加の傾向は、人口規模の変化や、国間比較を複雑にしているさまざまな死亡分類を考慮に入れても明らかであり、パンデミックの影響を考えざるを得ません。そして、実際は、超過死亡率の過少報告もある程度あると思われます。

COVID パンデミックという例外的な要因が加わったため、超過死亡率の定量化は 2020 年以降、重要な課題となっています。超過死亡率とは、想定される「予想」死亡数の水準を上回る死亡数を示す指標です(下記)。一般に、主要な死因による死亡数は、長期的なベースラインを前提とすれば比較的安定しているため、付加的要因がなければ、全死因死亡率超過はゼロ前後になるはずです。

超過死亡率の変動は短期的な傾向があり、大規模な医学的進歩や大規模な感染症の負の影響といった事態があれば、その上昇として反映されます。今は、そのような超過死亡の続いている状況にある(後述)ということです。しかし、社会がこうした出来事を吸収するにつれて、超過死亡率はベースラインに戻ることが予測されます。

重要なことは、予想死亡率の推定方法が異なれば、超過死亡率も大きく異なるということです。長期的なベースラインをどのように取るかでも影響を受けます。ちなみに、日本の感染症研究所が報告した超過死亡率の変動では、パンデミック後も含めたベースラインを設定したため、2023年度の超過死亡はないことになっています(後述)。

超過死亡は、生命保険と医療保険(L&H)にとって潜在的な課題です。一般的な人口の動向が被保険者人口にどのように反映されるかにもよりますが、今後数年間は死亡保険金が増加する可能性があります。死亡率の超過が続くと、L&H 保険の保険金と準備金に影響を及ぼすことになります。現在の予想を上回る死亡率超過が続けば、保有生命保険ポートフォリオの長期的パフォーマンスや新契約のプライシングに影響を与える可能性があり、L&H企業にとって深刻な問題となるわけです。

2. 研究の概要

スイス・リー研究所から出された今回の報告書 [1] ですが、筆頭著者はダニエル・メイアー博士です。ドイツのコンスタンツ大学でコンピュータ・サイエンスの学位を得ています。スイスー・リーでは、彼はリスクマネジメントを手掛けているようです。

この研究では、世界的な超過死亡率の傾向を分析し、その原動力となっている根本的な要因を細分化することによって、今後 10 年間の米国と英国の超過死亡率をさまざまなシナリオの下で計算しました。その結果、死亡率の超過は現在も続いており、今後 10 年間も続く可能性があることが分かりました。

2023 年の超過死亡率は、米国で 3-7%、英国で 5-8% の範囲にあります。一方、著者らの一般人口予測によれば、超過死亡率は 2033 年までに徐々に低下し、米国では 0〜3%、英国では 0〜2.5% になりました。つまり、2033 年までに、米国では流行前の水準より最大で 3%、英国では最大で 2.5% 高いままとなる可能性があるということです。

楽観的シナリオでは、米国と英国のパンデミックに関連した超過死亡率は 2028 年までに消失し、パンデミック前の死亡率予測に戻るとされました。一方、悲観的シナリオでは、超過死亡率は 2033 年まで高止まりし、パンデミック前の予測を上回るとされています。

この幅は、予測される死亡率のレベルを計算するために使用される死亡率改善の仮定が異なること、およびデータの質と報告方法が異なることで現れています。彼らの推計は、死亡率改善の仮定について独自の選択した方法を用いているため、他の機関が報告したものとは異なる可能性はあります。とはいえ、これらのパターンは、COVID-19 に対する各国の対応、特に予防措置の時期と効果、死亡率が予想された水準に戻る速度と相関していると考えられます。

現在の超過死亡の原因は何でしょうか。予想通り、パンデミックが始まった 2020 年以降の超過死亡のうち、呼吸器系死亡が毎年最大の割合を占めています。しかし、この期間に記録された死因には一貫性がなく、他の死因が COVID-19 として誤って分類された形跡があると著者らは述べています。

英国と米国のデータでは、2020年以降、心血管系疾患(CVD)に起因する死因が説明のつかないほど大きく急増しています。また、一部の国では、がんなどの他の主な死因について、パンデミック前の基準よりも過剰な死亡率が報告されています。COVID-19が直接的な死因でないにせよ、これらが他の病気による死亡の引き金になった可能性は否めないでしょう。

報告書は、現在の医学的傾向と今後の進歩を考慮すると、COVID-19 は依然として直接的・間接的に過剰死亡率を引き起こすと述べています。長期的には、メタボリック・ヘルスを悪化させ、肥満や糖尿病につながるライフスタイル要因が、集団の過剰死亡率のもう一つの複合要因になる可能性があります。結論として、死亡率超過の主要因は、COVID-19 の長引く影響であり、高齢者や社会的弱者に対する COVID-19 の影響を減らすことが、超過死亡率をゼロに戻す鍵であると強調されています。

3. 解釈と展望

今回の報告の内容について、スイス・リーの CEO であるポール・マレーは、以下のように述べています [2]

COVID-19 はまだ終わっていない。米国では、2023 年の COVID-19 による死亡者数が週平均 1500人と報告されており、これはフェンタニルや銃器による死亡者数に匹敵する。この状況が続けば、我々の分析では、超過死亡率が今後 10 年間にわたって上昇するシナリオの可能性を示唆している。しかし、過剰死亡率はもっと早く流行前のレベルに戻る可能性もある。その第一歩は、弱者に対するワクチン接種などの対策によって、COVID-19 を制圧することである。長期的には、医療の進歩、定期的な医療サービスの復活、より健康的なライフスタイルの選択が鍵となるだろう。

COVID-19 と心血管系の死亡の相互作用は、過剰死亡率に大きく影響するでしょう。ウイルスそのものが心不全などの死因の一因となるため、直接的な影響があるほか、将来的な合併症による死亡も想定されます。さらに、COVID-19は、パンデミック期に出現した要因である医療システムの混乱を通じて間接的な影響を及ぼしています。この混乱は、必要不可欠な心臓の検査や手術の滞りにつながり、高血圧などの疾患が過小診断され、その結果治療が行われないことを意味します。

現在の超過死亡率の水準は懸念すべきものです。しかし、保険会社や再保険会社には、この傾向に対処するための様々な手段があると述べられています。具体的な対応策としては、保険引受の考え方、リスク選好度、プライシングとリザーブにおける死亡率の前提を適合させることが挙げられます。保険会社は、保険契約者の予防プログラムを積極的に推奨することができるし、より長く健康的な生活をサポートするための共同努力を支援することができると述べられています。

おわりに

今回の報告書 [1] を見て、COVID-19 の死亡率超過に対する直接的、間接的影響について、大手保険会社が真剣に分析していることがわかりました。そりゃそうでしょう。彼らの売上や準備金に大きく影響する現実問題だからです。

翻って、日本の超過死亡率の分析はどうでしょうか。国立感染症研究所グループによる「日本におけるCOVID-19流行の影響: 超過死亡の研究からみえる実態」という報告がありますが、「2023年度における超過死亡はない」と述べられています [3]図1 に最近の超過死亡、過小死亡数の推移を示します。直感的に、2021 年以降右肩上がりになっているように見えるのですが、感染研の報告では、直近 1 年間の超過死亡はないとしているのです。

図1. 日本の超過および過少死亡数の推移(日本の超過および過少死亡数ダッシュボードより転載).

上記したように、超過死亡の分析では、ベースラインをどのようにとるかで、いかようにも結果は変化します。COVID-19 の影響を見るなら、パンデミック以前をベースラインに取るのが筋だと思うのですが、感染研の分析では、「新型コロナをエンデミック
として捉えた場合には,2020 年以降のデータを含める方がより解析として整合的であると考えられる」という理由 [4] で、パンデミック以降を含めたベースラインで超過死亡率を算出しているのです。

欧米の算出方法は異なります。世界保健機関(WHO)による超過死亡数の定義は、「平時に予想される死亡数と危機発生時の死亡数の差」 に基づいて算出されるものとなっています。したがって、WHO や米 CDC が公表する超過死亡数の推定では,そのベースラインにパンデミック期間である 2020年以降のデータを含めない計算方法が採用されています [4]

公衆衛生やビジネスに大きく影響すると考えられる COVID-19 流行下における超過死亡をより的確に捉え、実学として予防措置や経営戦略に活かそうとする世界の流れに対して、日本(感染研)の超過死亡の捉え方は、いかにも専門家の独りよがり的思考と言えるでしょう。COVID-19 をエンデミックとする理由はどこにもなく、危機管理的思考にも欠けると言えます。

引用文献

[1] Meier, D. et al.: The future of excess mortality after COVID-19. Swiss Re Inst. Sept. 16, 2024. https://www.swissre.com/institute/research/topics-and-risk-dialogues/health-and-longevity/covid-19-pandemic-synonymous-excess-mortality.html

[2] Swiss Re: Covid-19 may lead to longest period of peacetime excess mortality, says new Swiss Re report. Sept. 16, 2024. https://www.swissre.com/press-release/Covid-19-may-lead-to-longest-period-of-peacetime-excess-mortality-says-new-Swiss-Re-report/eadc133c-01bd-49e8-9f3a-a3025a3380e6

[3] 野村周平ら: 日本におけるCOVID-19流行の影響: 超過死亡の研究からみえる実態. IASR 45, 102-103 (2024). https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2640-related-articles/related-articles-532/12732-532r10.html

[4] 鈴村泰: 国立感染症研究所が提示する超過死亡数を解釈する場合の注意点. 臨床評価 52, 43–58 (2024). http://cont.o.oo7.jp/52_1/p43-58.pdf

        

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