Dr. TAIRA のブログII

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日本の都市が抱える緑の問題ー樹冠被覆の概念の欠落

カテゴリー:気候変動と地球環境問題公園と緑地

はじめに

私は、大学教員として働いていた頃、年に数回海外出張していました。特に欧州や豪州の都市を訪れた時、そして出張から帰ってきた時によく感じることがありました。それは、日本の大都市に樹木が非常に少ないということです。東京を例にすると、欧州・豪州の主要都市(例えば、アムステルダム、フランクフルト、チューリッヒシドニーなど)と比べて、街中心部の高木数は半分をはるかに下回るくらいに感じてきました。

日本の都市では公園の数が少なく、広さもないこともありますが、何よりも街中の樹木の数が少ないことが気になっています。そして、生えてきた自然木を、割と簡単に伐採してしまう感覚が日本人の中にあるように思います。理由は様々ですが、邪魔だから、落ち葉が嫌だから、陰になるから、見通しが悪くなるから、単に「雑木」だから、という声をよく聞きます。

そして、今回の東京都知事選挙の数年前からクローズアップされていたのが、東京の都市再開発に伴う樹木の伐採です。明治神宮外苑の再開発、日比谷公園の再整備、玉川上水緑道の再整備などがあります。これらに伴い、以前から指摘されていることですが、日本の緑化に関する認識が世界とズレていることも、あらためて顕著になったと思います。 

日本では都市の緑地の確保という面からは、緑化率緑被率が指標として多用されていまます。緑化率とは、建物などの敷地面積に対する緑化施設の面積の割合を指します。緑化施設とは、屋外(建物の屋上や建物外のスペースなど)にある、植栽や花壇、樹木類のことです。緑被率とは、一定の地域や区域で、樹林・草地、農地、園地など、空撮において緑で覆われる土地の面積割合を指します。

日本は、先進国の中では緑被率の比較的高い国ですが(約 23%)、都市内における樹木で覆われている割合となると著しく低くなります。従来、都市の緑地は収益を生み出しづらいという認識が一般的であり、都市開発や経済活動において樹木は簡単に伐採されてきたという経緯があります。2017 年の都市公園法の改正では、民間事業者の収益性を考慮した公園施設の設置を進めるための「公募設置管理制度(Park-PFI)」が創設されましたが、これ以降、樹木伐採はさらに加速化したように思います。

世界主要都市では、緑地の確保やグリーンインフラの整備という面で、緑化率や緑被率が使われることはほとんどありません。樹木の機能をベースにした樹冠被覆の概念が浸透しており、樹冠被覆率(Tree canopy coverage, TCCを高めていくという方向で都市の緑化が進められています。

1. 樹冠被覆率という概念

私たちは、高い樹木の下に行くと涼しく感じることを経験します。これは主に樹冠(Tree canopy)による日陰のためであり、樹木が草本の植物と比較して冷却効果が高い理由になります。樹冠が「緑の日傘」の役目をするわけです。樹木の枝葉が地面を覆うことによって涼しくなることは、都市のヒートアイランド(uraban heat islands, UHI)の緩和、冷房に関わる省エネルギーという面できわめて重要になります。

TCC は、このような樹木の機能や意義の面から出てきた概念であり、いわゆる「緑がどの程度多いか」という場合に用いられる世界標準の指標になっています。世界が気候変動対策と温暖化防止に取り組むなか、海外の諸都市は樹冠最大化を目標に掲げています [1, 2]

樹木は微気候効果を発揮するための重要な要素であり [3]TCC が大きくなると冷却効果と加湿効果がより顕著になります [4]。また、樹木の形態学的特性も冷却効果に大きな影響を与えます。例えば、樹冠直径と葉面積指数は、主に樹冠の日射に対する遮光範囲と遮蔽能力を決定し、地面に到達する日射量に直接影響します [5]。木の幹の高さ(幹高)は、木の下の空間の開放性を決定し、風環境に影響を与えます。

したがって、都市の緑化において樹種を選択する際には、広い樹冠と高い樹幹の利点を一緒に考慮することができれば、より良い微気候を作り出すのに有益であり、UHI の緩和にも効果的になります。この観点から世界主要都市の行政は目標を定めて、樹冠最大化を目指しているのです。

例えば、メルボルン市では、2012 年時点では 20% 程度にとどまる市街地の樹冠被覆率を、2040 年までに 40% にするという目標を掲げているようです [2]ニューヨーク市では、現状は 22% 程度である樹冠被覆率を 2035 年までに少なくとも 30% に引き上げることを目指していると報道されています [6]。ちなみにこの目標達成には、今後 10 年あまりで 200 万本近い木を植える必要があるということです。

このような樹冠被覆に焦点を当てた試みは行政が主導して行うばかりでなく、民間レベルでもビジネスとして展開されています。この例として、豪州、米国、カナダに拠点を持つ Citygreen があります。都市景観サービスを提供する上での樹冠被覆の意義と重要性について、1) 気温調節、2) 空気質改善、3) 雨水管理、4) 生物多様性の維持、5) 景観維持・美観向上、6) 健康とウェルビーイング、7) 経済的価値(観光ビジネス的要素)、そして 8) 省エネルギーを挙げています。

上記の 8 つの項目の多くは、自然や環境の時空間から恩恵を受ける生態系サービスと呼ばれるものです。普段私たちは意識することはあまりないと思いますが、公有地、私有地に関わらず、その空間が一定以上の規模があり、景観、行動、時間経過(歴史)、文化・習慣の面でも市民生活と共有されるようになると、生態系サービスの公共財としての価値が高くなります。

このように、都市のアメニティ(快適性)という面で生態系サービスの価値が高まった環境は、土地所有者や一部利権者の一存では容易に現状変更することが難しくなります。なぜなら、環境変更が多くの人の生活と快適性に影響するからです。このような環境で樹冠の縮小を伴う開発の場合には、少なくとも周辺住民が納得できる理由を説明すべきであり、十分な説明ができないのであれば、伐採を伴う開発をやめるべきでしょう。

樹冠被覆をベースにした都市林の最適化や都市の緑化においては、近年、コンピュータを用いた数値シミュレーションや AI 技術が用いられることが多くなっています。特に、TCC のみならず、上記した植物形態学的特性の影響に焦点が当てられており、都市林の温熱環境の解析や予測に利用されています [7, 8, 9]

2. ヒートアイランド緩和、快適性に向けた都市林の最適化

近年の都市化、都市への人口集中、都市再開発に伴い、大都市では多くの緑地が都市ビルに取って代わられ続けており、不透水性表面(アスファルトやコンクリートなど)の面積が増加しています。このため、都市内に過剰な熱エネルギーが蓄積され、気候変動・地球温暖化の影響もあって夏は猛暑が頻発し、UHI 現象が悪化しています。

UHI は、都市の冷却エネルギーコストを高めるだけでなく、住民の健康にも直接悪影響を与えます。つまり、公衆衛生の維持に関係してくるわけです。特に高齢者や免疫力の低下した人など、社会的弱者の間で、熱に関連する病気の発生率が増加させ、社会全体に対しては熱中症のリスクを高めます。

最近では、真夏日酷暑日が多くなるにつれて、換気が少ない冷房閉所空間で過ごす機会が多くなり、呼吸器系感染症を増やす要因になっています。COVID-19 は、毎年夏冬に流行を繰り返していますが、冷房と暖房を伴った閉所環境内での滞在・居住時間と関係していることは明らかです。

さらに、温暖化と乾燥化は、樹木の衰退を促進します。乾燥の負荷がかかると、樹木体内の水の通りが悪くなり、最終的にエネルギー源である糖が欠乏して枯死に至るということがわかっています [10]

これまで、夏季の UHI 現象を効果的に緩和するための都市林の効果や最適化の研究が数多く行われています。都市林は、都市の微気候の調節に大きな影響を与えるだけでなく、人間の熱的快適性にも間接的に影響を与えます。熱的快適性の定量的評価には、生理的等価温度(PET)、予測平均気温、ユニバーサル熱気候指数など、さまざまな熱指標が提案されています。その中でも PET は、気温や相対湿度のような様々な気象学的パラメータと人間の熱感覚を包括的に考慮できる利点があります。

例えば、都市緑化を最適化することで、夏の熱感を「暑い」(34.92°C) から「暖かい」(26.16°C)に変えられることが実証されています [7]。住民が最も頻繁に利用する都市林である住宅緑地を例にとると、高層住宅地(建物の高さ 33 m)では、TCC 比が 45% に増加すると、夏の午後の PET は 10℃ 低下することが報告されています [8]

既往研究の多くは、緑化における単一の要素の変化が温熱環境に及ぼす影響のみを検討している場合が多いですが、最近では様々な緑化要素の複合効果がどのように温熱快適性を促進するかについても検討されています。一例として、Xueら [9] の中国の都市の気候におけるシミュレーション研究があり、日本でも参考にすることができます。

この研究では、熱的快適性を向上させる上で、樹木の被覆率と形態的特性はどのような可能性があるか、 緑化要素は期間によって熱的快適性に異なる影響を与えるか、 熱的快適性の調節における 4 つの緑化要素(TCC、幹高、葉面積指数、樹冠径)の重要性の順位はどうなるか、について検討し、中国の暑い夏における熱的快適性の改善におけるTCC と形態学的要素の最適な組み合わせを分析しました。

その結果、温熱環境に対する様々な要素の寄与率は時間と共に変化することがわかりました。検討した要素では、PET に対する TCC の寄与率は、朝、昼、夕方の時間帯で一貫して 50% より高く、夕方には 67% のピークに達しました。樹冠直径、幹高、葉面積指数の寄与率は、それぞれ昼間、午前中、正午に最大となり、対応する寄与率はそれぞれ約 22%、10%、9% になりました。

彼らの研究は、都市公園における熱的快適性に影響を与える要素の順位は、(葉面積指数よりも幹高の影響が大きい午前中を除けば)一般的に、一日を通して TCC樹冠直径、葉面積指数、幹高であることを示しています(最適な要素の組み合わせは、TCC = 85%、幹高 = 4 m、葉面積指数 = 3.9、樹冠直径 = 7 m)。すなわち、人間の活動にとってより快適で心地よい空間を作り出すために、樹木の配置を最適化することの重要性を浮き彫りにしています。

3. ガラパゴス化した日本の都市の緑化

上述したように、都市の樹木や緑地が、気候や UHI の緩和、公衆衛生の維持など様々な側面で重要な役割を果たしています。TCC は、都市の森林の広がりとそれに伴う恩恵を評価するための最も単純な指標の一つであり、世界の多くの都市は、都市化と気候変動の影響を緩和する手段として、都市の樹冠面積の増加を目標としています。

一方、日本では、都市環境の改善に緑化率や緑被率が相変わらず使われており、TCC の重要性は必ずしも高まっているとは言えないのが現状です。どちらかと言えば、TCC を減少させる方向に都市再開発が進んでいると言え、世界に立ち遅れた日本の現状があります。

最近、東京大学大学院新領域創成科学研究科寺田徹氏のグループは、東京 23 区における 2013 年から 2022 年までの 9 年間の樹冠被覆の時空間的変化を調べた結果を報告しました [11]。それによると、東京 23 区内の TCC はこの期間、9.2% から 7.3% に減少しました。つまり、樹冠被覆の約 2 割が消失したことになります。

私はこの報告と Statista のデータに基づいて、世界の主要都市と東京の TCC を比較した図を作ってみました(図1)。この図は、公園の TCC を除いてありますが、東京の貧弱ぶりが一目瞭然であり、もし公園を加えるともっと差が大きくなると思います。私が海外に行った時に感じていた緑(樹木)の差が、裏付けられたと思います。

図1. 世界の主要都市の公園を除く樹冠被覆率 (TCC).  Statista-"Tree canopy coverage worldwide in 2017, by select city" および文献 [11] に基づいて筆者作図.

気候変動の時代、温暖化と UHI の悪化が益々顕著になるなか、東京の TCC が減少している現状は何とも残念というか、都行政の鈍感さは深刻です。TOKYO 2020 の誘致から始まった国政と都政の一連の流れは、グリーンインフラの面からは東京を劣化させ続けています。小池都政もこの 8 年間、何をやっていたのかという思いです。

海外の都市は、完全に樹冠被覆をベースにした科学的グリーンインフラの整備に舵を切っています [1, 2]。このような整備は、UHI の緩和、都市のアメニティの確保、都市の生物多様性保全、災害対応、公衆衛生の維持などの面で必須であり、日本でも、TCC の意義と都市林の最適化を考慮した科学的分析の基で進められるべきでしょう。

国土交通省は、都市緑地のグリーンインフラとして 23 の機能(効果) を挙げています。しかし、この中での樹冠被覆の概念や意義は示していません。緑地や樹木とこれらの機能との関係の解釈が曖昧で、漠然とした機能の提示になっている感があります。樹冠被覆と科学的見地に立脚した方向でのグリーンインフラの整備を望むものです。

私は、東京都政策企画局の東京グリーンビズも見てみましたが、樹冠被覆という言葉は見つけられませんでした。この資料の27ページ目には、2010 年から 2018 年にかけて、千代田区中央区、および港区で緑被率が 0.8–2.2% 増加していることが述べられていますが、上述した東京23区の TCC の減少とは整合性がありません。

本来、私たちは、科学的(学術的)価値を認識して、多種多様な樹木を保全・管理することや、樹木固有の価値や美的な価値を認識しながら大事にするということで、緑との関わりを持ってきました。自宅の庭に木を植えたり、学校や職場の敷地に樹木を植えるということを、当然のようにやってきたわけです。

一方で、自分たちが関わった植栽以外の自然木については、雑木としていとも簡単に伐採したり、都市の中の樹木については収益のない対象とみなして、伐採することをやってきたように思います。そこには日常の暮らしの快適性を保証するグリーンインフラとしての考えが希薄だった面があります。

それは、2017 年の都市公園法の改正で導入された「公園の利活用」の考え方に、まさに象徴されています。これは、グリーンインフラを向上、充実させるという面よりも収益や商業性が優先される公園の改造に主眼をおいたものです。そして、樹木の機能を正しく評価できないまま、都市の TCC を減少させてきた根底には、依然として緑被率や樹木の本数などに基づいた緑の価値の捉え方があることは否めません。

東京の無秩序に増えていく高層ビルの街並みやあちこちの再開発事業に鑑みて、日本では今なお不動産価値や商業主義に基づいた 20 世紀型の事業が進められている感があります。その根本原因は、繰り返しますが、樹冠被覆の意義と生態系サービスの概念が事業者側や許認可権を持つ行政に希薄であることだと思います。その結果として、大都市の暮らしの快適性が損なわれている可能性もあるのです。

地球温暖化が年を追って進行していく中、新しい高層ビルを次々と建て、過酷な暑さの夏に「冷房下で過ごせ」だけでは、大量の排熱で益々 UHI を悪化させ、電力消費とコストを上げ、公衆衛生の維持を難しくさせるだけです(上述)。温暖化ガスの排出削減と同時に、天然の冷房効果を持つ樹木群を最大化していく努力をしなければ快適性は保てない時代に、とっくに突入していると思います。

5. そして明治神宮外苑再開発問題

私は毎年、明治神宮外苑を訪れ、特に建国記念文庫の森の観察・調査を行なってきました。この区域の大きさは約 0.2 ha で街区公園程度の広さしかありませんが、常緑広葉樹と落葉紅葉樹(約 200 本)が混在しながらほぼ全域を樹冠が覆っており、その意味では樹冠被覆の機能を十分もつ森(樹林地)だと思います。

ちなみに、Google の冬の落葉した空撮写真を参照しながら、"X"上の投稿で、「森と言ってるけどスカスカだ」と嘲笑的に言っている人がいたのには呆れました。この森を知らない、訪れたこともない人のコメントでしょう。

外苑全体で言えば、2 千本近い樹木(樹高 3 m 以上)があり、都市公園としての機能を十分に果たすもので、環境の面からは東京を冷やすための重要な緑地とみなせます [12]。有名な銀杏並木は、上記の「景観・美観」、「健康とウェルビーイング」、「経済的価値」の面で、大きな役割を果たしています。敢えて言えば、これらの3点では、むしろ「立ち入り禁止」の内苑の森を上回る価値があるかもしれません。

明治神宮外苑の再開発事業は、大きく二つの問題があると考えています。一つは、都市公園が果たす役割がほとんど考慮されず、事業者側の論理だけで進められていることです。東京都事業者の説明を見ても、スポーツ施設の老朽化、オープンスペース・回遊性の不足が再開発の理由であり、現在の外苑樹木地の機能や環境の快適性(つまりグリーンインフラの側面)が、再開発によってどのように変わるか(向上するか)言及されていません。高層ビルなどの新設による不透水面積の増大は、単純に熱蓄積面積の拡大につながり、UHI の面で悪化するように思えます。

緑化については、敷地に対する緑の割合が現在の約 25% から約 30% に増えることが強調されていますが、機能面で重要な樹冠被覆率の変化については全く言及されていません。世界が気候変動対策や UHI の緩和の面で都市の樹冠の最大化を目指しているのに対して、樹木の機能を無視した緑被率や本数だけで議論するのは全くの時代遅れで、幼稚としか言わざるを得ません。

計画にあるような樹木全体の 40% を伐採すれば、その分樹冠被覆はほとんどゼロになり、新植しても元の機能に戻るには30年以上かかるでしょう。計画されている移植(全体の13%)も機能を維持するのは容易ではありません。その間の微気候環境は以前より悪くなる可能性があります。再開発に伴う微気候の変化については言及がなく、おそらくシミュレーションもしていないと思われます。

現存量に対する伐採と緑化の影響については、炭素固定力の違いも考慮しなければなりません。熱帯と温帯の樹木 403 種を対象としたグローバルな分析では、ほとんどの樹種において、質量成長率は樹木の大きさとともに連続的に増加することが示されています [13]古木では単位葉面積当たりの生産性は低下しますが、炭素固定の影響力においては樹木の総葉面積の増加の方が上回っていて、トータルでは葉が少ない若木よりも優れているということです。

簡単に言えば、固定された炭素量は樹木の大きさということになります。樹木の機能において重要な微気候調節、UHI 緩和の面に加えて、炭素固定力の点からも、さらには樹木ちの保水性の面からも単純に緑被率の問題ではないことがわかります。

明治神宮外苑は、約 66% が私有地とは言え、国民の寄付と献木によるデフォルト設定から始まり、100 年の歴史を経て都民や観光客に対する環境公共財としての価値を高めてきた現実があります(事実、1957 年に、東京都市計画公園「明治公園」として定められた)。再開発を「まちづくり」というのなら、その歴史と価値を踏まえた上で、環境の快適性と微気候面で今以上にどのように改善されるのか、具体的に述べる必要があります。

もう一つの問題は(これがそもそもの問題の発端ですが)、外苑再開発事業が、政治的な思惑とともに、一部の利権者と東京都によってブラックボックスの中で進められてきたことです。この流れについては東京新聞 [14] NHKネット記事 [15, 16]、その他の記事 [17, 18] で詳しく参照することができます。

外苑の大部分の所有者である明治神宮は宗教法人であるため、固定資産税の免除等の税制上の優遇を受けていますが、一方で公金の援助を受けることができません。この再開発事業は、明治神宮が、内苑の維持管理費などを捻出するために、民間企業を抱き込むことを思いついたこと、それと一部政治家の思惑が合致したことに端を発すると言えるでしょう。そして、この計画を東京都が主導した経緯があります。一民間事業という単純な話ではないのです(そこに矮小化する主張が一部メディアや SNS 上でも見受けられますが)。

東京都は、2013 年 12 月に「公園まちづくり制度」を創設しました [19]。公園という名はついていますが、何のことはない、民間事業者に公園のスペースを与えて活用してもらうという制度です。それを以下のような文章で小難しく(わかりにくく)表現しています。

民間からの提案を基本とすることで、民間活力を効果的に活用しながら緑地等を創出し、地域の防災性の向上や緑豊かな都市空間の形成など、公園機能の早期発現を図ります。

つまり、この事業は、神宮外苑地区を市街地として再開発することを都が計画し、再開発事業を可能とするために、公園区域指定を一部外したり、容積率割増などの過大な優遇措置を土地所有者と事業者に与えてきた大前提があります。この過程で、都から事業主である三井不動産に 14 人も天下りしている事実もわかりました [20]。事業に法的な瑕疵はなくても [21]、結果として行政を民間が買った不適切な形に見えます。

おわりに

日本では緑化を進めるにあたって、依然として緑化率や緑被率の指標、および樹木の本数が重要視されています。そしてグリーンインフラの整備に関心が高まってきたとは言え、樹冠被覆の機能に関する考え方が欠落していることは大きな問題だと思われます。この欠陥が、都市の再開発事業にも大きく影響していることは明らかでしょう。

気候変動、温暖化、ヒートアイランドが同時に進む今日、都市の生活の快適性を確保するために、そして乾燥ストレスによる樹木自体の枯死 [10] を防ぐためにも、都市林による天然の冷却効果を前提に早急に対策を進めるべきです。樹木の機能を最大限に活用するためには、科学的根拠やシミュレーションに基づいて、樹木の種類や配置も考慮すべきでしょう。

都市の樹木は大気汚染の原因になるという報告もあります(→樹木が大気汚染を起こす?)。しかし、これは人為起源の窒素酸化物が多くなると、樹木が排出する揮発性有機化合物(イソプレンやテルペン)がそれと反応して大気汚染の原因となるというものです。また、樹木の種類によって揮発性有機化合物の排出量は大きく異なり、さらに土壌が吸収源になっているということもあります。

この観点からも、緑化においては、どの種類の樹木を選ぶか、どのように配置するかということと、樹冠被覆の大きさの分だけ土壌の面積も確保することも重要なことを示唆するものです。

引用文献・記事

[1] 藤井英二郎ら: 街路樹は問いかける-温暖化に負けない〈緑〉のインフラ. 岩波ブックレット、2021.08.05. ISBN: 9784002710501. https://www.iwanami.co.jp/book/b587785.html

[2] 吉永明弘: 世界から大きく取り残されている、日本の「都市再開発」の残念な実態ー環境倫理学からの提言とは? 現代ビジネス. 2022.08.17. https://gendai.media/articles/-/98596?imp=0

[3] Karimi, A.; wt al.: Evaluation of the thermal indices and thermal comfort improvement by different vegetation species and materials in a medium-sized urban park. Energy Rep. 6, 1670–1684 (2020). https://doi.org/10.1016/j.egyr.2020.06.015

[4] Yan, H. et al.: Influence of a large urban park on the local urban thermal Environment. Sci. Total Environ. 622–623, 882–891 (2018). https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2017.11.327

[5] Liu, Z. et al.: An in-depth analysis of the effect of trees on human energy fluxes. Urban For. Urban Green. 50, 126646 (2020). https://doi.org/10.1016/j.ufug.2020.126646

[6] 八田浩輔: ニューヨークで考える神宮外苑再開発=八田浩輔(NY支局). 毎日新聞. 2023.09.13. https://mainichi.jp/articles/20230912/k00/00m/030/022000c

[7] Teshnehdel, S. et al.: Effect of tree cover and tree species on microclimate and pedestrian comfort in a residential district in Iran. Build. Environ. 178, 106899 (2020). https://doi.org/10.1016/j.buildenv.2020.106899

[8] Li, Y. et al.: Quantifying tree canopy coverage threshold of typical residential quarters considering human thermal comfort and heat dynamics under extreme heat. Build. Environ. 233, 110100 (2023).  

[9] Xue, S. et al.: Impact of canopy coverage and morphological characteristics of trees in urban park on summer. Forests. 14, 2098 (2023). https://doi.org/10.3390/f14102098

[10] Kono, Y. Et al.: Initial hydraulic failure followed by late-stage carbon starvation leads to drought-induced death in the tree Trema orientalis. Commun. Biol. 2, 8 (2019). https://doi.org/10.1038/s42003-018-0256-7 

[11] Shiraishi, K. and Terada, T.: Tokyo’s urban tree challenge: Decline in tree canopy cover in Tokyo from 2013 to 2022. Urban For. Urban Green. 97, 128331 (2024). https://doi.org/10.1016/j.ufug.2024.128331

[12] 中村瞬: 樹木研究の第一人者が語る神宮外苑の価値  都会の緑の重要な役割とは. 朝日新聞DIGITAL 2022.04.30. https://digital.asahi.com/articles/ASQ4X54VMQ4TULEI002.html

[13] Stephenson, N. et al.: Rate of tree carbon accumulation increases continuously with tree size. Nature 507, 90–93 (2014). https://doi.org/10.1038/nature12914

[14] 森本智之ら: いつ、誰が、何のために… 神宮外苑再開発、その歴史をひもとく 連載〈解かれた封印 外苑再開発の真相〉. 東京新聞 TOKYO Web. 2024.02.05. https://www.tokyo-np.co.jp/article/305097

[15] NHK首都圏ナビ: 神宮外苑再開発 警告で考える「再開発のあり方」 伐採計画どうなる? 2023.12.25. https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20231225a.html

[16] NHK首都圏ナビ: 神宮外苑再開発 なぜ再開発が必要? なぜ“公園”に高層ビルが? 事業者の単独インタビュー. 2024.04.05. https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20240405a.html

[17] 田幸和歌子: 「現状で苦情がある訳じゃないのに…」神宮外苑の再開発保留の影でひっそりと進む「日比谷公園」再整備. FRIDAY Digital. 2024.05.28. https://friday.kodansha.co.jp/article/374520

[18] 田幸和歌子: 神宮外苑再開発問題、日比谷公園…木を伐っても伐っても「東京に緑が増えている」発言への違和感. FRIDAY Digital. 2024.07.04. https://friday.kodansha.co.jp/article/380395

[19] 東京都都市整備局: 公園まちづくり制度について . 最終更新日: 2024.03.29. https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kiban/kouen_2.htm

[20]  しんぶん赤旗: 都幹部14人 三井不天下り 選手村・外苑…知事肝煎り再開発. 2024.06.16. https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-06-16/2024061601_01_0.html

[21] 産経新聞: 神宮外苑再開発、事業停止認めず確定  最高裁、1人反対. 2024.03.08. https://www.sankei.com/article/20240318-5RJKAPTOMVIUPKJQUIASPFAZBI/

引用したブログ記事

2024.07.07. 樹木が大気汚染を起こす?

        

カテゴリー:気候変動と地球環境問題公園と緑地