Dr. TAIRA のブログII

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長期コロナ症(long COVID)の社会・経済的影響

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)

はじめに

COVID-19 は重症から軽症まで様々な病態を示しますが、多くの人にとっては軽い急性期症状で済んでいます。パンデミック初期でさえ、感染急性期において半分近くが無症状か軽症であったと報告されています [1]。とはいえ、高齢者や基礎疾患を抱える人にとってはなお致死的である場合もあり、米国では子どもと若年層(0–19歳)で死因のトップであることも忘れてはなりません [2]

今では COVID-19 は全身性疾患であること、合併症と長期的影響(サイレントキラーの質)があること、そして症状が長引く長期コロナ症(long COVID)に少なからず移行することが本質であると認識されています。長期コロナ症は、すでに世界中で推定 4 億人に影響を及ぼしていると言われています。

今月上旬にネイチャー・メディシン誌に掲載された、アル・アリィ(Ziyard Al-Aly)教授と他のトップクラスの研究者数名による総説は、長期コロナ症の難しい事実と現状を明らかにしました [3](下図)

300 以上もの文献を引用したこの学際的な総説は、長期コロナ症が個人の生命に壊滅的な影響を及ぼし、その複雑さと有病率の高さから、保健システムや経済にも大きな影響を及ぼし、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた進展を脅かすことさえあると論じています。そして、長期コロナ症という課題に対処するには、野心的で協調的な、しかし今のところ存在しない世界的な研究と政策対応戦略が必要であると説きながら、ロードマップを示しています。

このブログ記事で、アル・アリィらの総説に基づいて、COVID-19(主体は長期コロナ症)の社会的・経済的影響についてを紹介します。

1. COVID-19 流行の現状

長期コロナ症に襲われるリスクは、ウイルス(SARS-CoV-2)そのものへの感染を繰り返すことで上昇します。したがって、偏に感染しないことが重要であり、最新の COVID 流行に常に注視する必要があります。現在、世界的に流行の波が押し寄せています。COVID-19 の急性期症状としては、発熱は少なくなる一方で、喉の痛みが相変わらずの特徴で、針で刺されるような強い喉の痛みを訴える患者が多いことが特徴です。

SARS-CoV-2 は絶え間なく進化しており、現在、米国では FLiRT と総称される複数のウイルス変異体が席巻しています。最新ウイルス亜型の一つである KP.3.1.1 は、昨年冬に流行した JN.1 から派生した強力な変異体であり、より大きな実効再生産数を示します東京大学医科学研究所の佐藤佳教授らのグループは、まだプレプリント段階ですが、 KP.3.1.1 がこれまでのどの変異体よりも高い免疫回避性と感染力をもつことを報告しました [4]

彼らは、シュードウイルスを用いた感染力価試験で、KP.3.1.1が KP.3 よりも約 2 倍ほど高い値を示すことを報告しました。この感染力価の向上は、S31del というスパイクタンパク質の欠損変異による効果であると考えられこの変異が次の流行株の鍵となるる可能性があります。

米国疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国での COVID-19 による重篤転帰や死亡例はパンデミックの初期に比べて大幅に減少しています。しかし、廃水中のデータによれば、ウイルスの活動は全国的に「高水準」であり、35 の州で COVID-19 感染が増加しています(図1)。

総説の共著者であるエリック・トポル(Eric J. Topol)教授は、SNS 上で、現在米国だけで1日あたり90万人が新たに感染しているという推定数字を示しながら、新たな大きな波が押し寄せていると述べています。

図1. 米国における廃水中の SARS-CoV-2 の濃度の推移(米 CDC COVID Data Tracker より転載)

日本においては第 11 波流行の真っ最中です(図2)。夏休みに入ると、お盆期間に至るまで受診する人が減って患者数が減るのは例年の傾向で、お盆明けからまた患者数が急増するでしょう。公的には、現在、定点把握による週あたりの患者数のカウントがなされていますが、入院患者数は 5 類化以降最多になっています [5]

図2. 日本の COVID-19 患者数の推移(Moderna 新型コロナ・季節性インフルエンザ・RSウイルス リアルタイム流行・疫学情報より転載)

現在の流行変異体は KP.3.3 と KP.3.3.3 です(図3)。今年初頭に流行したKP.3.1.1(図3 の黄色)から、暑くなるにつれて徐々に置き換わっています。

図3. 日本における SARS-CoV-2変異体の系統割合の推移(文献 [5] より転載)

政府機関やメディアから COVID-19 に関する情報が発せられなくなったのは、世界的傾向です。しかし、研究者たちは、依然として COVID-19 とSARS-CoV-2 の脅威を追求し続けています。総説 [3] の著者らは、マスク着用、換気システムの改善、COVID-19 と季節性インフルエンザの予防接種をペアにして接種の拡大とワクチン接種プログラムの改善など、予防政策上の提言を数多く提示しています。

上述したように、この問題の本質は、長期コロナ症および個人の健康と社会に与える長期的影響であるにもかかわらず、多くの人がまだその危険性に気づいていないか、あるいは関心がないと思われます。長期コロナ症の影響を防止するために、感染自体を防ぎ、たとえ一度感染しても感染を繰り返さないことが重要であるわけですが、多くの人々が細心の注意を払っているのかどうかについては疑問が残る、と総説でも述べられています。

2. 長期コロナ症の病態と保健・医療への影響

長期コロナ症は、COVID-19 パンデミックの最初の年である 2020年 に症例が特定され、定義されました。それから時間が経つにも関わらず、総説 [3] では、2023 年 8 月の調査で米国成人の 3 分の 1 が長期コロナ症を知らなかったと述べられています。この事実は危機的です。なぜなら、多くの人にとって、その症状は何年も、あるいは生涯続く可能性があり、その影響は、知らぬ間にあらゆる種類の関連する問題や費用の問題を引き起こす可能性があるからです。

総説で述べられているように、長期コロナ症では 200 以上の症状が確認されています。一般的な症状としては、記憶障害、集中困難、疲労、動悸、慢性的な咳、息切れ、繰り返す頭痛などがあります。恐いのは、心臓血管系、免疫系、消化器系、生殖系を含むほぼすべての臓器系に影響を及ぼし、それが長期的障害につながることです。すなわち、この病気は、長期にわたる健康影響の総体であり、重篤な身体障害を引き起こす可能性のある複雑な多臓器障害なのです。

長期コロナ症を発症する場合、その事例が非常に多いため、感染急性期で重症化する人よりも軽症の人の方が大部分になります。また、ウイルス感染を繰り返すたびに、たとえ以前に重症化を経験していなくても、長期コロナ症の発症リスクが高くなることが知られています。

悩ましいことに、総説でも指摘されていますが、長期コロナ症からの回復に関する研究は一貫性がありません。ウイルスの個々の症状を綿密に評価した研究では、1 年後の回復率はかなり低く、2 年後に完全に回復した人は、わずか 7–10%でした。何百万、何千万という人々にとって、長期にわたる COVID-19 による影響と衰弱はまさに現実のものなのです。ちなみに、私が関わっている知人の一人は、長期症状 1 年で軽快しましたが、もう一人は 2 年以上も悩まされています。

総説では、このような長期コロナ症の複雑さと多系統への影響による、医療システムに多大な負荷を強調しています。長期コロナ症患者は、複雑な症状を管理するために、継続的な医療と複数の専門医による診察を頻繁に必要としています。このような医療需要の増加は、医療システムに対する既存の負担を悪化させ、待ち時間の長期化、必要不可欠なケアの遅延の可能性、コストの増大を招く危険性があります。

米国では、長期コロナ症の医療ニーズに対して十分応えられていない現状があるようです。要因として、患者の医療費の問題や必要な時の受診予約の困難性などがあります。日本では、受診の窓口がさらに狭いという問題があります。このような問題は、低・中所得国ではさらに悪化するでしょう。さらに、長期コロナ症に対する標準化された診断基準、治療プロトコール、ケアモデルがないことが複雑さを増し、医療提供者にさらなる負担を強いています。

おそらく保健システムに対する永続的な挑戦は、SARS-CoV-2 感染が増えた分、非感染性疾患(NCDs;例えば、心血管疾患や糖尿病)の負担が増加したことにあるでしょう。NCDs は、生涯にわたるケアを必要とする慢性疾患ですが、ここに COVID-19が加わることにより、医療システムへのアクセスや質を競う利用率に影響を与え、医療費を上昇させることになります。

長期コロナ症の原因はまだ十分にわかっていません。しかし、ウイルスの持続性、免疫調節異常、ミトコンドリア機能障害、補体調節異常、内皮炎症、マイクロバイオーム異常など、いくつかの機序経路が関与していることが指摘されています。根本的な原因究明は医療の改善にも大きく関わります。

アル・アリィらは、各国政府、特に米国の保健機関に対し、長期コロナ症の実態を調査し、そのメカニズムや経路についてさらに理解し、感染をより効果的に阻止するワクチンを開発するための活動レベルを向上させるよう提案しています。また、何が効き、何が効かないかを迅速に知ることができるよう、複数の薬剤を同時に試験する大規模なプラットフォーム試験を推奨しています。現在の mRNA ワクチン戦略は、獲得免疫による主に重症化予防のためのものであり、感染予防に向けたものではありません。

3. 社会・経済への影響

長期コロナ症は、患者個人の幸福感や自己意識、ならびに仕事、社交、介護、家事管理、地域活動への参加能力に深刻な影響を及ぼします。その影響は患者の家族、介護者、地域社会にも波及します。また、患者の多くは、社会的排除、孤立、スティグマ(差別、偏見)を経験しており、その多くは医療提供者からであるようです。この問題は、障害や慢性疾患を持つ人々の受容に対する社会的障壁によって悪化しています。

総説 [3] によれば、長期コロナ症患者の 4 分の 3 以上において、一般的な幸福感に中等度または重度の影響があるとされています。高い頻度での認知症状や身体症状は、個人のアイデンティティや自己意識、そして仕事にも影響を及ぼします。長期コロナ症患者の 4 人に 1 人は、仕事を続けるために仕事以外の活動を制限しており、仕事自体も続けられない状況も多く見られます。

したがって、長期コロナ症は、個人の経済的健康を損ないことはもとより、国民経済にも広く深い影響を及ぼすことになります。多額の直接医療費に加え、支援サービスや障害給付にも経済的負担がかかります。さらに、長期コロナ症は、影響を受けた本人やその介護者の労働参加、雇用、生産性に大きな影響を及ぼし、貯蓄の枯渇、食料・住居不安をもたらし、労働力不足に拍車をかけます。

様々な調査によると、長期コロナ症のかなりの割合の人が、就労能力の低下を経験するか、まったく働けなくなっている可能性があります。米ブルッキングス研究所の報告書によると、2022 年には 200–400 万人の米国成人が長期コロナ症によって仕事に就けないと推定されました。米国連邦準備銀行の報告書によると、長期コロナ症の人は、感染していない人に比べて雇用される可能性が 10% 低く、雇用された場合の労働時間も 25%から50% 短いとされています。

一方、欧州では、英国労働組合議会の調査データによると、長期コロナ症の人の 20% が働いておらず、さらに 16% が労働時間を短くして働いているとされました。欧州委員会の分析によると、長期コロナ症によって、2021 年には 0.2〜0.3%、2022 年には0.3〜0.5%、欧州の労働供給にマイナスの影響を及ぼすことが示唆されました。

アル・アリィらは、「生活の質の低下と労働参加率の低下」に起因する経済的影響は、米国で年間約 1 兆ドル(世界経済 [GDP] の約 1% に相当)に至ると推定しています。また、長期コロナ症が及ぼす経済的影響総額の定量的試算についても述べています。2022 年の研究では、米国における生活の質の喪失(2兆1,950億ドル)、逸失利益(9,970 億ドル)、医療費(5,280 億ドル)を含む 3 つの主要パラメータの経済的コストを試算すると、その総額は最大 3 兆 7,000 億ドルに達しました。1 ドル=150 円で換算すると、555 兆円に相当します。

この金額は、米国民 1 人当たり 11,000 ドル(165 万円)になり、2019 年の国内総生産GDP)の 17% に相当します。この経済損失は、実に、2008 年の世界的大不況に匹敵します。さらに、これらの推計に含まれる仮定は、長期コロナ症による障害の負担は ME/CFS と同程度であり、長期コロナ症は平均 5 年間続くというものです。

米国における年間 1 兆ドルの経済損失は、経済協力開発機構OECD)加盟国も巻き込んでいます。OECD 諸国においては、予備的かつ控えめな推計ですが、医療の直接費用を除いた場合、生活の質や労働力参加の低下により、年間 8,64 0億ドルから 1 兆 400 億ドルものコストを与えている可能性があります。

この総説は、エコノミストインパクト(エコノミスト誌のシンクタンク)による分析も紹介しています。2024 年における COVID-19 の長期化による経済的コストは、いくつかの大規模経済圏の GDP の 0.5%–2.3% 程度になると予想されています。エコノミック・インパクトは、日本における長期コロナ症の経済損失についても分析しており、約 11 兆円と試算しています(以下、3 ヶ月前の筆者のツイート)。

注意しなければならないのは、総説で述べられている米国の経済的影響の年間1兆ドルの価格タグは、あくまでも「生活の質の低下と労働参加率の低下」に起因するものであることです。財政的な亀裂が深まる可能性が高いもう一つのカテゴリーとしては、医療にかかる直接的なコストがありますが、これは考慮されていません。

4. SDGsへの影響

アル・アリィら [3] は、さらに長期コロナ症の SDGs に及ぼす影響にも言及しています。COVID-19 パンデミックによって引き起こされた直接的な健康、社会、経済の甚大なショックは、2030 年までに SDGs を達成する多くの国々の能力を損ないました。パンデミックの直接的な影響に加え、COVID-19 の長期化という流れは、SDGs にとって直接的な初期の混乱よりも深刻かつ永続的な課題となっています。

総説では、長期にわたる COVID の多面的な影響は、多くの SDGs の項目、特に健康と経済的福祉の促進、不平等の是正を目的とした項目の進捗を危うくすると述べられています。長期コロナ症の具体的影響として、医療へのアクセスと質の制限、労働参加の減少、貧困の悪化、経済生産性の阻害、既存の不平等の悪化が挙げられています。

さらに、長期コロナ症が影響を及ぼす SDGs の項目として、貧困解消、飢餓ゼロ、良好な健康と幸福、質の高い教育、男女平等、適正労働と経済成長、不平等の削減、持続可能な都市と社会、目標に向けたパートナーシップの 9 つを列挙し、これらへの影響に対処するためにどのような協力的なマルチセクターのパートナーシップと行動が必要かを明示しています。一方で、SDGs に対して長期コロナ症の影響がどの程度であるのか、どの程度弱体化させるか、情報はまだ発展途上であり、完全に定量化することは難しいと述べています。

おわりに

COVID-19 の疫学、臨床経過、生物学的特徴については、ここ数年でかなりの進展がみられますが、まだ多くの課題が残されています。長期コロナ症については、その規模とその広範囲に及ぶ影響から、強固で協調的な研究と政策対応戦略が必要です。アル・アリィら [3] は、感染症に関連した慢性疾患は何十年もの間無視されてきたと指摘しながら、この理解とともに長期コロナ症の影響を受けている人々の研究とケアのニーズに対応することは、次のパンデミックに対する備えを最適化し、広範な利益をもたらすと述べています。

翻って日本の状況はどうでしょうか。COVID 流行については、政府は定点把握のデータを流しているだけであり、メディアもこれに追従するだけで、社会や人々の間では、むしろ「コロナは終わり」「罹っても大したことはない」という風潮が蔓延しているだけではないでしょうか。この病気の本質である長期コロナ症については、一部の医療従事者や病院は取り組んでいますが、多くはやり過ごしているだけのように思われます。

ましてや、今回の総説にあるような長期コロナ症の社会・経済や SDGs への影響については、肝心の政府や経済界、政治家の間では、ほとんど関心が払われていないように感じます。この観点から、メディアが COVID を報じることも皆無と言っていいでしょう。

引用文献

[1] Spinato, G. et al.: Alterations in smell or taste in mildly symptomatic outpatients with SARS-CoV-2 infection. JAMA 323, 2089–2090 (2020). https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2765183#google_vignette

[2] Flaxman, Assessment of COVID-19 as the underlying cause of death among children and young people aged 0 to 19 years in the US.  JAMA Netw. Open. 6, e2253590 (2023). https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2800816

[3] Al-Aly, Z. et al.: Long COVID science, research and policy. Nat. Med. Published: . https://doi.org/10.1038/s41591-024-03173-6

[4] Kaku, Y. et al.: Virological characteristics of the SARS-CoV-2 KP.3.1.1 variant. BioRxiv Posted July 17, 2024.

[5] 国立感染症研究所感染症疫学センター: 新型コロナウイルス感染症サーベイランス月報: 発生動向の状況把握. 2024年7月. https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/covid19/pdf/COVID-19_2024m07.pdf

        

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