Dr. TAIRA のブログII

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ワクチンと治療薬がスーパー変異体の出現を促す?

カテゴリー:感染症とCOVID-19

2021.11.23更新

英ガーディアン紙は、いま COVID-19 パンデミックの主流を占めているデルタ変異体(Delta variant)に替わって新しいスーパー変異体が出現する懸念があるという、専門家の見解を伝えました [1]。記事のタイトルは "Is Delta the last Covid super variant?" となっていますが、新しい変異体が現れるかもしれない、しかも、それはワクチンや治療薬が促進剤になる可能性がある、というのです。

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パンデミックの行方を占う重要な見解を示す記事と思われますので、全文を訳しながらここで紹介したいと思います。

以下、筆者による翻訳文です。わかりやすくするために、適宜補訳を付記しています。

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毎週、米国北東部の疫学者グループは、世界中で報告されている COVID-19 の新しい変異体の最新情報を議論するために、Zoom の呼びかけ会議に参加している。

ハーバード大学チャン・スクール・オブ・パブリック・ヘルスの疫学者であるウィリアム・ハネージ(William Hanage)教授は、「これは天気予報のようなものだ。以前は、ここにガンマが少しあって、ここにアルファが出てきたと言っていた。しかし、今はデルタだけだ」と話す。

2020年12月にインドで初めて検出されて以来、SARS-CoV-2 デルタ変異体はどこにでも存在するようになり、かつての急速なウイルスの進化が、いまや"静止状態"に取って代わられたと考えるのは簡単なことではない。世界保健機関(WHO)によると、公的データベースに報告されている COVID-19 のゲノム配列の 99.5% が、現在デルタ型である。

最近の英国における AY.4.2 変異体あるいはデルタ・プラスなど、新しい株が続々と登場している。科学者の推定では、AY4.2 あるいはデルタ・プラスは、感染力が 10~15% 高いとされているが、正確なデータはまだない。しかし、あちこちにある小さな変異を除けば、元株のデルタとほとんど同じである。ハネージ教授は彼らを「デルタの孫」と呼んできた。

デルタプラス はかなりの数が存在する。「最近のラジオインタビューでは、デルタプラスとは、人々が今気になっていることをコード化したものだと話した。伝達性が格段に高いわけではない」。

しかし、ハネージ教授らが Pangolin や Nextstrain などのデータベースを毎週スキャンし、定期的に Zoom 呼びかけを行っている理由は、次に何が起こるかを予測するためである。デルタ型は本当に COVID-19 の終着点なのか、それとももっと不吉なものが未来に迫っているのか。その答えは誰にもわからない。

1 つの可能性としては、SARS-CoV-2 の遺伝子配列が最初にアルファ、次にデルタと劇的に変化した後、今後はゆっくりと着実に変異していき、最終的には現在のワクチンが効かなくなるが、それには長い年月が必要だということである。科学者たちは、自分たちの予測がほとんど情報に基づいた推測であることを強調しているが、中にはこのような結果になる可能性が最も高いと考えている人もいる。

UCL 遺伝学研究所のフランコイス・バロウクス(Francois Balloux)所長は、「私は、ウイルスが免疫システムから逃れるために徐々に進化していく、いわゆる抗原ドリフトのような進化が起こると予想している」と述べている。「インフルエンザやその他のコロナウイルスでは、血液中の抗体に認識されないほどの変化をウイルスが蓄積するのに、約 10 年かかることがよく知られている」。

しかし、それに替わるものがあるとすれば、感染力、病原性、免疫賦活性を変えてしまうような全く新しい株が突然出現することだ。グプタ教授は、このような株を「スーパー変異体」と呼び、80%の確率で別の株が出現するだろうと述べている。問題はその時期である。

「現在、デルタ型のパンデミックが起きている」とグプタ教授は話す。「この新しいデルタ・プラス変異体は、私が言っているようなものに比べると、比較的弱々しいものだ。デルタ型からの変異が2つあるが、それほど心配するようなものではないし、他の国では大々的に流行していない。しかし、今後 2 年以内に別の重要な変異があることは避けられず、それはデルタと競合し、デルタを凌駕するかもしれない」。

これにはいくつかの可能性がある。

●スーパー変異体は出現するのか?

2020 年の後半、疫学者たちは、SARS-CoV-2 の異なるバージョンが変異を交換して結合し、まったく新しい株を形成するという、ウイルスの組換えと呼ばれる気になる現象の兆候を観察し始めた。

幸いなことに、組換えはそれほど一般的ではないようだが、特に世界のかなりの割合の人々がワクチンを接種しておらず、ウイルス株が自由に流通している地域では、新たなスーパー変異体の原因となる可能性がある、とグプタ教授は言う。「デルタウイルスが圧倒的に重要なウイルスとなった今、その可能性は低くなった」と彼は話す。「しかし、地球上にはサンプリングされていない地域が多数あり、何が起こっているのかわからない。だからこそ、非常に現実的な可能性があるのだ」。

2 つ目は、一連の大規模な突然変異で、デルタを大幅に強化したものになるか、あるいは全く異なるものになるかである。そこには、まだ大きな可能性が残されていると考えられている。イスラエルのワイツマン科学研究所のギデオン・シュライバー教授(生体分子科学)は、「最近の変異体はデルタ型バージョンだが、このウイルスは将来的に進化する大きな可能性を秘めている。より複雑な変異が進化する可能性があり、複数の位置で同時に変異することもあり、これはより問題となるかもしれない」と話す。

ここ数週間で、新しい抗ウイルス剤、特にメルク社のモルヌピラビルの使用が、SARS-CoV-2 の進化を積極的に促すことで、この問題に貢献しているのではないかという懸念が浮上している。モルヌピラビルは、ウイルスの複製能力を阻害し、ゲノムに突然変異を起こさせて、ウイルスが複製できなくなるようにする。ウイルス学者の中には、これらのウイルスの変異体が生き残って他のウイルスに広がれば、理論的には新たな変異体の出現に拍車をかけることになると主張する者もいる。しかし、重篤な患者の命を救う可能性のある薬を使えなくするほどの問題ではないという意見もある。

グプタ教授によると、より大きな問題であり、スーパー変異体につながる可能性が高いのは、英国のような国で高い感染率が続いていることである。これはデルタがワクチンを接種した人の間で感染する能力を持っているためだ。1 の感染者数が多ければ多いほど、ある患者Xが感染し、その患者Xが免疫抑制状態にあるために T 細胞が十分に働かず、感染を除去できない可能性が高くなる。「結局、ウイルスは何日もかけて感染し、ワクチンによる抗体を回避する術を身につけ、それが流出してしまうのだ」。

今年の初め、グプタ教授は、このプロセスが、ウイルスを殺す抗体を含んだ回復期血漿を投与された重症患者にも起こりうることを示す論文を発表した。患者の免疫システムはまだウイルスを除去できないため、ウイルスはその抗体の周りで変異することを学んだ。パンデミックの初期に回復期血漿が広く使用されたことが、変異体の出現を促したのではないかと推測されている。

「はっきりしたことはわからないが、大量の血漿が使用され、それが変異ウイルス発生の要因のひとつになった可能性がある」と彼は言う。「血漿はブラジル、インド、英国、米国で非常に広く使用されたが、これらの国ではそれぞれ独自の変異体が発生した」。

●ワクチンと変異体の軍拡競争

疫学者たちは現在、新しいスーパー変異体がどのようなものかをモデル化しようとしている。これまでのところ、ウイルスの大きな変異は、その伝達性を高めることに役立っている。ハネージ教授は、デルタ変異体がそのような影響力をもった理由の1つとして、免疫システムが作動する前に、ヒトの細胞内できわめて急速に増殖することを挙げている。その結果、デルタ型に感染した人は、オリジナルの SARS-CoV-2 に比べて約 1,200倍 のウイルス粒子を鼻の中に保有することになり、2~3 日早く症状が出てしまう。

これは自然淘汰(natural selection)の結果である。ウイルスの多様なコピーは常に作られているが、生き残って優勢になったものは、新たな人を感染させる能力が高いものである。しかし、英国のように、ワクチン未接種者の人口の割合が減少している国では、この状況が変わっていく可能性がある。抗体を回避できるウイルス株がより優勢になる可能性が高く、次のスーパー変異体は免疫反応の少なくとも一部を回避できる可能性がはるかに高くなる

パンデミックのどの段階にあるかによって、最終的に生き残って優勢になるウイルスの系統は異なる」とハネージ教授は話す。「これまでは、ウイルスが、無防備な状態で残っている人々(ワクチン未接種者)に効果的に感染することがはるかに重要だった。しかし、それはいまとなっては変わったと思う」。

少し恐ろしい話に聞こえるかもしれないが、悪いニュースばかりではない。COVID-19 ワクチンはウイルスの進化を考慮して設計されているため、疫学者は新しいスーパー変異体があっても完全に使い物にならないわけではないと予想している。そして、過去 2 年間のような大規模な深刻なアウトブレイクにつながる可能性は、きわめて低いと考えている。

さらに、第 2 世代の COVID-19 ワクチンも開発されている。ワクチン開発会社の Novavax 社は、今後 2〜3 カ月のうちにこのワクチンの承認を取得したいと考えており、現在から 2023 年までの間にさらに多くのワクチンが発売される予定である。これらのプラットフォームは、将来起こりうる変異体に対抗するために、それぞれ独自のステップを踏んでいる。

米国の製薬会社 Gritstone 社は、第 2 世代の COVID-19 ワクチンを開発中であり、第 1 相臨床試験の段階である。その取締役副社長兼研究開発責任者であるカリン・ジョース(Karin Jooss)氏によると、Gritstone 社は既存の SARS-CoV-2 のすべての株の配列を決定し、それらの株の間で保存されているウイルスの領域に対する中和抗体反応を生成することを目指している。

しかし、疫学者たちは、ワクチンに頼るだけでは十分ではないと考えている。ラビ・グプタ(Ravi Gupta)教授(英ケンブリッジ大学臨床微生物学)は、英国でウィズコロナ戦略を模索するにしても、ウイルスの拡散を制限し、変異の機会を減らすために、何らかの制限を設けるべきだと話す。

「現在、感染者数は非常に多いことから、新たな感染を防ぐ方がはるかに効果的だ」とグプタ教授は言う。「言い換えれば、人混みや建物の中でマスクをせずにうろうろしてはいけないということだが、それは難しいことでもある。これまでに発生した変異ウイルスを見てみると、インド、英国、ブラジルなど、感染率が非常に高く、管理されていない国で発生したものばかりだ。シンガポールや韓国の変異体を聞いたことがないのには理由がある」。

これは、彼の同僚の多くが同意する哲学である。「ウイルスがサイコロを振る機会を制限したいのだ」とハネージ教授は話す。「自然淘汰とは、基本的に、問題を解決するための最も創造的な力を意味する。それは驚嘆すべきことであり、だからこそ、それに逆らうことはできない。私たちは、ウイルスは進化し続けるものだと思っている」。

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筆者あとがき

ガーディアンの記事を読んで直ぐに感じたことは、ヴァンデン・ボッシュ博士の仮説と部分的に重なったことです。ボッシュ仮説(→ ボッシェ仮説とそれへの批判を考える )では、mRNA ワクチンの使用が SARS-CoV-2 の突然変異と免疫逃避ウイルスの出現を促し、制御不能なスーパー変異体が蔓延してしまうと説明しています。この仮説はデマ呼ばわりされてきましたが、ワクチンや変異原の治療薬がウイルスの変異を促すというのは微生物学・ウイルス学の常識であり、世界中の専門家の間でも共通認識になりつつあるようです。

SARS-CoV-2 の突然変異は、ほとんどがC→U置換であり、宿主のシチジンデアミナーゼ(APOBEC)による RNA 編集による影響が推測されています(→流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅? エラー・カタストロフ限界説の誤解)。モルヌピラビルも C→U 変異を促す変異原であり、ウイルスをエラー・カタストロフに追い込む戦略の治療薬ですが、記事にもあるように、ウイルスの自然淘汰(適応者の生き残り)とのせめぎ合いになるでしょう。

モルヌピラビルを投与された患者内では、SARS-CoV-2 のほとんどは不活化されてしまうでしょうが、わずかに"生き残った"、変異を受けたヴィリオンが伝播して行く可能性は大いに考えられます。変異原治療薬が、ウイルスの進化の促進剤になってしまう可能性があるのです。

先のブログ記事(→ 流行減衰の再考と第6波に備えて)でも述べましたが、次の第6波流行は、組換えで進化したスーパー変異体で起こる可能性も大きいです。予測される性質は、病毒性についてはわかりませんが、少なくとも免疫逃避と感染力の向上です。このような性質によってパンデミック以来最多の感染者数を記録する可能性もあります。

ワクチン戦略に頼るだけではもはや感染拡大は抑えられないというのも共通認識ですが、世界の為政者や保健担当者は、ブースター接種を繰り返すことをより強化しているように見えます。国レベルで接種時期や抗体価の同調性を保つのは不可能であり、この多様な免役状態が、多様な免役逃避変異体を出現させる可能性があります。

言わば国家戦略として進められているワクチンや変異原治療薬の導入で決定的に抜けているのが、この「まだら模様の免役」で生じる多様なウイルス変異体の出現の可能性です。逆に言えば、ワクチンや治療薬の導入が、ウイルス制御を困難にしてしまう可能性があるのです。つまり、COVID-19は終息が難しいということです。

この意味で、質的、量的な非医薬的介入(non-pharmaceutical interventions)が、ますます重要になってきていると思われます。

記事更新部分(2021.11.23)

このブログ記事を書いたすぐ後に、中央日報がガーディアンの記事 [1] を要約したものを出しました。エッセンスを掴むのに有用だと思われますので、ここで引用しておきます [2]

引用記事

[1] Cox, D.: Is Delta the last Covid ‘super variant’?  Guardian Nov. 21, 2021. https://www.theguardian.com/world/2021/nov/21/is-delta-the-last-covid-super-variant

[2] 中央日報日本語版: デルタ株が最後の変異株ではない? 専門家「2年以内にスーパー変異株現れる」. 2021.11.23. https://japanese.joins.com/JArticle/285032

引用したブログ記事

2021年11月9日 エラー・カタストロフ限界説の誤解

2021年10月31日 流行減衰の原因ーウイルスが変異し過ぎて自滅?

2021年10月22日 流行減衰の再考と第6波に備えて

2021年8月14日 ボッシェ仮説とそれへの批判を考える

      

カテゴリー:感染症とCOVID-19