Dr. TAIRA のブログII

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無症状感染者は発症者と同じウイルス量を保持する

はじめに

新型コロナウイルス感染症においては無症状の感染者の割合が高いことは常識になっていますが、無症状者が発症者と同じだけのウイルス量を保持しているか、そしてどの程度の感染力(伝播性)を有しているかということについてはよくわかっていません。最近、韓国の研究チームは、無症状感染者が発症者と同等のウイルス量を保持している可能性があることを報告しました [1]。この研究報告については早速BBC Newsが取り上げ [2]、その日本語版も出ています。ここでは、原著論文に基づいてその内容を解説したいと思います。

1. 韓国における流行−日本との比較

本題に入る前に韓国と日本の流行状況を比べてみましょう。韓国では世界から「韓国モデル」とも言われる網羅的なPCR検査とICT活用の追跡・隔離の対策を行なってきました。この対策の特徴は、当初から無症状の感染者も積極的に検査してきたことです。図1に示すように、韓国における流行は3月上旬をピークとして発生しましたが、検査と隔離の対策が功を奏して急激に減衰しました。その後単発的なクラスターの発生と孤発例はありますが、ほぼ抑えられている状況です。

図1下に日本の流行状況を示します。ほぼ防疫に関しては無策の日本は、対照的に流行の再燃を許しています。

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図1. 韓国および日本における新規SARS-CoV-2陽性者数の推移(worldometerからの転載図).

韓国と日本におけるこれまでの累積陽性者数、累積死者数などの数値データを表1に示します。韓国は日本に比べて累積陽性者数、累積死者数とも大きく下回っていますが、逆に検査数においては日本を上回っています。100万人当たりの検査数では、日本の約4倍です。

表1. COVID-19流行における韓国と日本の比較(worldometerのデータに基づいて作表)

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2. 無症状者のウイルス保持期間

今回の研究では、天安市に臨時に設けられた治療センター(community treatment center)に収容・隔離された陽性者が調査対象とされました。2020年3月の6日から26日までのモニタリング期間において、303人の無症状、有症状陽性患者の上部と下部気道から検体が採取され、逆転写マルチプレックスRT-PCRを用いてウイルス(RNA)の量が調べられました。

RT-PCRにはSeegene社のキットであるllplex 2020-nCoV assayが用いられ、エンベロープ遺伝子envRNA依存RNAポリメラーゼ遺伝子RdRp、ヌクレオカプシド遺伝子Nの3つの領域を標的として、増幅・Ct値によるウイルス量算出が行なわれています。Seegeneはソウルに拠点をおく診断試薬・バイオテクノロジーの企業であり、韓国でのPCR検査に標準キットを提供しています。

調べられた303人の患者のうち、110人は隔離時においては全員無症状でしたが、このうち21人(19%)はその後発症しました。そして、26人の無症状者と58人の発症者は、その後の陰性判断に基づいて3月15–16に隔離を解かれています。

この研究では、合計1886件(無症状567件、有症状1,319件)の検査が行なわれました。その結果、検査日とCt値(RT-PCRでシグナルが検出されるサイクル数)に基づいて判断した場合、検査を受けた時点で無症状だった感染者(その後も無症状だった人も含む)からは、発症者と同量のウイルスが検出されました。例として下部気道検体のRT-PCR検査におけるCt値を図2に示します。プロットが細かくて見づらいですが、黒丸と黒線が無症候性、黄土色の丸と直線が有症状(発症前も含む)を示します。

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図2. 無症状者および発症者の下部気道検体からのSARS-CoV-2の検出(診断日からの経過日数に対するCt値)

具体的には、無症状(無症候性)の感染者が検査で陰性となるまでの期間の中央値は17日、発症者のそれは19.5日で、無症状の方がわずかに短いことがわかりました。つまり、無症状者と発症者とでは、ウイルス保持量にあまり差がないということが言えます。

3. 無症状者の感染源としての意義

陽性患者における無症状者が占める割合が高いことは、これまでにもたくさんの報告があります。陰性になる全ての期間で無症状であった無症候性(asymptomatic)患者発症前(pre-symptomatic)患者を含めた事例については、韓国内の長期療養施設で56.5% [3]、クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス号」で17.9% [4]アイスランドの研究で43% [5] という割合が報告されています。

一方、日本においては、これまでPCR検査を症状のある人にしぼってきたため、無症候性の感染者のデータは非常に少ない状況です。無症候性感染者がどのくらいウイルス量をもっているかについての具体的データもないように思われます。

今回の韓国チームの研究の特徴は、従来の研究とは違い、無症候性感染者が発症者と同様にウイルス量を長期間保持することを示したことであり、感染者におけるウイルスの体内での動きについて、新しい情報を付与するものになっていることです。とはいえ、無症状感染者からの二次感染という観点においては、そのウイルス量がどのような意味をもつか、わからないと研究チームは述べています。

今回の調査は治療センター収容された陽性者を対象としているため、重症患者は含まれていません。また、被検者は全体の平均よりも若く、健康状態も良好だったということから、「無症候性感染者の長期間のウイルス保持」ということを、COVID-19患者に一般化して考えることはできないとしています。

理論上は、症状の有無に関わらず同じ量のウイルスが同じ期間保持されていたとするなら、他人に伝搬させる可能性も同等だと考えられます。とはいえ、無症状であれば、空ぜきをすることはないので、その分ウイルスを空中に飛ばす機会はなくなると考えられます。

この点について、BBC Newsは、英国レディング大学の微生物学者、サイモン・クラーク博士のコメントを紹介しています [2]。彼は「無症状の患者の呼吸器粘膜には、発症者と同じだけのウイルスがある」と指摘した一方で、「発症者と同じだけ周囲にウイルスをまき散らすわけではない」、「せきをしてウイルスをまき散らす発症者の方がはるかにそのリスクは高い」と述べています。

さらに、英国バース大学の生物学者、アンドリュー・プレストン博士も、新型ウイルスの感染リスクはさまざまな要因が絡んでいると述べています [2]。たとえば、感染者の息の深さや速さ、その人と一緒にいた時間や距離、いわゆる3密条件(閉鎖空間)にいたかどうか、などがそうです。

とはいえ、無症状者からのウイルス伝播については、声の大きさが飛沫やエアロゾルの発生に関係するとした論文 [6] がすでにあります。頻度としては、咳をすることよりも、会話や発声による飛沫やエアロゾルの発生の方が、機会として多いのではないかとも考えられます。

最近の日本における陽性者の増加においては、感染の場所・機会として、職場、会食、家庭内というのが多くなっています。これはまさしく、無症状者・軽症者からの飛沫・エアロゾルが感染源になっているということを示しているのではないでしょうか。

おわりに

今回もまたしても、COVID-19やSARS-CoV-2に関する韓国の研究の先行ぶりが印象づけられました。上述したように、日本ではクラスター対策と積極的疫学調査における検査の方針のために、無症状感染者についてはほとんど検査されていない状況が続いてきました。また、無症状陽性者に焦点を当てて詳しく研究するという試みもなされていません。

この検査の方針によって、最近報告された分子疫学解析にも穴を生じているということも露呈しました。つまり、3月に流入した欧州系統のウイルスによる流行が十分に追跡できておらず、6月に突然現れた6塩基変異型ウイルスとのリンクの空白があるということです(→ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待)。

一方で韓国は、無症状感染者の追跡も行なっていて、今回のようなウイルスの保持量と期間に関する新知見を得ることもできました。最近では、サルにSARS-CoV-2を感染させることによって血管の炎症を誘発し、免疫抑制現象を引き起こすという新しい事実も突き止めています [7]。この研究ではサルにウイルスが投与された後の2日間、首や肺などでウイルスが急激に増殖し、その後急激に減少し、感染7日後には感染活動性のあるウイルスが感知されないという興味深い現象も観察されています。

このように感染者数や死者数ではむしろ日本よりも少ない韓国が、COVID-19やSARS-CoV-2関連の研究で先行している事実を見るにつけ、世界の中での日本の科学力の低下を感じざるをえません(→コロナ禍で浮き彫りになった日本の科学の脆弱性と今後 )。

引用文献・記事

[1] Lee, S. et al.: Clinical course and molecular viral shedding among asymptomatic and symptomatic patients with SARS-CoV-2 infection in a community treatment center in the Republic of Korea. JAMA Intern. Med. Published online August 6, 2020. https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2769235

[2] Schraer, R.: Coronavirus: Asymptomatic cases 'carry same amount of virus’. BBC News 7 August 2020. https://www.bbc.com/news/health-53665008

[3] Kimball, A. et al: Asymptomatic and presymptomatic SARS-CoV-2 infections in residents of a long-term care skilled nursing facility—King County, Washington, March 2020. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 69(13), 377-381 (2020). https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6913e1.htm

[4] Mizumoto, K. et al.: Estimating the asymptomatic proportion of coronavirus disease 2019 (COVID-19) cases on board the Diamond Princess cruise ship, Yokohama, Japan. Euro Surveill. 25(10), pii=2000180 (2020). https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.10.2000180

[5] Gudbjartsson, D. F. et al.: Spread of SARS-CoV-2 in the Icelandic population. N. Engl. J. Med. 382(24), 2302-2315 (2020). https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa2006100

[6] Asadi, S. et al.: Aerosol emission and superemission during human speech increase with voice loudness. Sci. Rep. 9, Article number: 2348 (2019). https://www.nature.com/articles/s41598-019-38808-z

[7] Koo B.-S. et al.: Transient lymphopenia and interstitial pneumonia with endotheliitis in SARS-CoV-2-infected macaques. J. Infect. Dis. Published 03 August 2020. https://academic.oup.com/jid/advance-article/doi/10.1093/infdis/jiaa486/5880024

引用した拙著ブログ記事

2020年8月7日 ウイルスの分子疫学と沖縄の流行把握への期待

2020年8月1日 コロナ禍で浮き彫りになった日本の科学の脆弱性と今後

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19