Dr. TAIRA のブログII

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PCR検査の精度と意義

2020.06.08: 21:05 更新

はじめに

今日(6月1日)、テレビのワイドショーを観ていたら、PCR検査の意義に関する話題を取り上げていました。また新聞にもPCR検査の意義についての記事がありました。これらを見聞きしていると、PCRに関する情報の混乱やバイアスもあるように思います。ここで今一度、PCR検査の精度や意義について考えてみたいと思います。

1. テレビの伝え方

私が観たワイドショーはTBSテレビの「ひるおび」です。その中で、ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、COVID-19患者の発症前後で、PCR検査でSARS-CoV-2感染陽性と判定できる確率を調べた結果を取り上げていました。図1に示すように、発症4日前では、検査では陰性となり、発症前日、発症日、発症3日目でそれぞれ、33、62、80%の陽性となったことを紹介していました。

つまり感染者であるにもかかわらず、PCR検査で陰性と判定してしまう「偽陰性」の確率が、時系列で発症日より前で相当高くなり、問題だという指摘です。

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図1. テレビのワイドショーが伝えるジョンズ・ホプキンス大学PCR検査に関する研究結果

ここでデータを見るとき注意しなければいけないのは、一般に患者の確定診断はPCRで行なっているので、そのPCR確定患者総数の何%が、日にちを変えた時にまたPCRで陽性と判定されたかということです。つまり、分子も分母もPCR陽性数ということです。この分子も分母もPCRというのは、世間でPCRの精度として議論されている時の重要な基礎になります。

番組では、さらにジョンズ・ホプキンス大学チームの研究結果を受けて、「症状のない人も広く検査すべきだとの声もあるが、PCR検査だけでは感染の特定に非効率で今後慎重論も出そうだ」と続けていました(図1下)。

私は、これを見聞きしていて、またまた「おいおい」という感じになりました。なぜなら番組のこの見解は、完全にミスリードと思われるからです。このようなテレビの、原著の主旨を正確に伝えない脱線報道は枚挙にいとまがありません。

この情報の元になっているKucirkaらの原著論文 [1] をみてみましょう。この研究では、鼻咽頭または咽頭スワブを検体としてPCR検査した7つの既往研究群データ(1,330例)をプール解析しています。そして、感染後と発症後の時系列での偽陰性率について、階層ベイズモデリングを用いて算出しています。実測のデータではなく、研究設計の異なる独立したデータを集めて推定した偽陰性発生確率であるという根本的問題がありますが、ここではそれは省略します。

そして、図1で示された結果とともに、結論として以下のことが書いてあります(図2)。

感染予防という観点からは、特に感染初期におけるSARS-CoV-2のRT-PCRの検査結果は、解釈に注意しなければならない

もし臨床上の診断で(感染が)疑わしい場合は、RT-PCR単独の結果で感染を除外すべきでなく、臨床上、疫学上の状況も注意深く考慮すべきである

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図2. ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが発表した論文 [1].

つまり、原著論文では「偽陰性があるので)PCR検査だけでなく、他の手段も加えて総合判断で感染を見つけるべき」というニュアンスになっています。番組で伝えている、「無症状者を含めて広く検査という声に対して」、「PCR検査だけでは感染確定に非効率」、「慎重論も出そうだ」というのとは、明らかに主旨が違います。

ここで、論文ではRT-PCRとなっているのは、用いられているPCRの変法の略称です。SARS-CoV-2の検査では標準のPCRではなく、TaqManプローブを用いたリアルタイムPCR(RT-PCR)が使われています(→PCR検査をめぐる混乱)。

ツイッターなどのSNS上でも上記論文を取り上げて、論文の主旨を捉えることなく「偽陰性は感染は広げる」などと、わけのわからないコメントをしている人たちがたくさんいて閉口します。

2. 感度、特異度、偽陽性偽陰性

上記のテレビを観た後に、ネット上のさまざまなウェブ情報を探索していたら、「コロナ「全国民検査」は無意味である」という題目の記事が目に止まりました。朝日新聞科学コーディネーターである、高橋真理子氏の記事です [2]。彼女は、PCR検査はお金がかかりすぎるとか、手間が大変とかいう問題より以前に、そもそも意味がないとしています。その理由として、検査結果には常に曖昧さが伴うからだとしています。

私はこの記事を読んで、PCR検査の精度は高くない、だから検査を広げるべきではないとする人たちと、同じ誤りを犯していると思いました。それはPCR検査の精度が低いと主張される時に、必ずと言っていいほど持ち出される「感度」、「特異度」、「偽陽性」、「偽陰性」という言葉が、この記事でも使われていることです。そして、それらの言葉の使い方がきわめて不適切であり、そして読者をミスリードしているということがあります。

あらかじめ言っておきますが、PCRはもともと臨床検査の技法ではなく、非常に精度の高いDNAの増幅技術です。そして、曖昧さを伴うというものでもありません。だからこそ、分子生物学や医学などの分野で必須の技法として君臨しているだけでなく、骨の化石から古代人の遺伝情報や性質を明らかにしたり、犯罪捜査で血液や体液の一滴から犯人のDNAを特定化したり、キーボードやタブレット上の痕跡からさっきまで誰が触っていたかを暴いたりできるわけです。

そこで、一般の分析技法と、COVID-19感染のPCR検査のように臨床検査で用いられている「感度」、「特異度」、「偽陽性」、「偽陰性」の意味が異なるということを、以下のように述べておきたいと思います。それらをすべて合わせて、精度という言葉で括ることができます。この一般分析と臨床検査の診断特性における言葉の意味の違いは、前回のブログ記事「PCR検査をめぐる混乱」でも説明しました。

                

一般の分析の指標

●感度: どのくらいの量まで測れるかという検出限界の程度

●特異度: どのくらい標的の物質を間違えずに測れるかという特異性の程度

偽陽性:標的の物質が入っていないのに陽性のシグナルが出ること

偽陰性:標的の物質が入っているのに検出できないこと

臨床検査の指標(診断特性)

●感度: 陽性の検体(人)を陽性と判定できる確率

●特異度: 陰性の検体(人)を陰性と判定できる確率

偽陽性:陰性の検体(人)を陽性としてしまうこと

偽陰性:陽性の検体(人)を陰性としてしまうこと

                

上記から分かるように、一般の分析においては、分析の標的とする物質をいかに微量まで、そして間違えないで検出できるかという意味でそれぞれ「感度」、「特異度」が使われています。物質(測る物)が相手なのです。

一方、臨床診断の検査においては、被検者をいかに高い確率で陽性および陰性と判定できるかという、診断の指標として「感度」、「特異度」が使われていることがわかります。対象が人ですから、検査技法そのもの以外の要素(例:被検者の状態、検体採取のやり方など)が加わっていることに注意する必要があります。

PCRにおける分析指標としての感度や特異度は、用いる条件でほぼ決まっていますが、診断特性の「感度」や「特異度」は、分析条件を一定にしたとしても検体の採取法と時期、ヒューマンエラーなどでいくらでも変化するということになります。前記したように、一般分析の指標と臨床検査の指標は、同じ言葉でも見ているところが違うのです。

ウイルスに感染した100人がPCR検査を受けたとすると、その中で30人の検体がPCRの検出限界以下のウイルス量しかなければ、正確に30%が陰性となり、残りの70人(70%)が陽性となります。この意味でPCR自体の精度は非常に高いです。しかし、感染者30人を陰性と判定することになるので、この場合は偽陰性ということになり、臨床診断上の感度は70%となります。そこからPCRの精度が悪いという話に持って行く人たちがいるのです。

しかし、そもそも100人が感染しているという事実がわからないと、この話は成り立ちません。その事実はどのようにして知るかと言えば、それはPCR検査なのです。再検査で陽性と判定されて初めて、1回目の結果が偽陰性だったことがわかるわけです。ところが、感度70%の精度が悪い検査という話に固定してしまうと、2回やっても30%(30人のうちの9人)は陰性になり、3回目でも30%(9人のうち3人)は陰性になり、さらに4回目でも1人は陰性になり、偽陰性がなかなか証明できないという、矛盾したありえない話になるわけです。

つまり、上述したジョンズ・ホプキンス大学の報告で言えば、陽性率100%の日を基準として、発症前4日、前日、発症日の陽性が現れる確率(日毎の検査の感度)として論じているだけであって、これはPCR検査自体の感度ではないということになります。そして実際には検査で、前日や発症日においてすべて100%陽性になることも当然あります。

当該論文では、偽陰性発生が最も低い発症3日目でも感度80%になっていますが、これはプール解析というバイアスとベイズ推定確率論のためです。感度80%ということは比較対象とする100%(確定診断)があって初めて成立することなのですが、この論文では最大感度が80%というヘンな話になっています(つまりどのタイミングで確定診断しているかが不明)。この論文の矛盾や問題点については後日また取りあげたいと思います。

したがって、繰り返しますが、PCR検査の感度について固定値を用いた仮定の話はできません。そして、上記論文の主旨は、無症状症の段階で偽陰性となる確率が高くなる(感度が低くなる)場合の判断をどうするか、「感染が疑わしい場合は陰性として感染を排除するな」というものです。

偽陽性と特異度は、次のようなケースで考えると理解しやすいと思います。感染者でない人の検体に誤って他の感染者の検体が混じり込んでしまった場合、PCRで陽性となってしまいます。あるいは病気が治癒しているのに、体内にその病原ウイルスの残骸(RNA)が残っていた場合、陽性となることがあります。これは臨床検査の診断特性では、非感染者あるいは病気でない人を陽性と判定しているので偽陽性となり、特異度が低いということになります。

一方で、分析の指標では偽陽性ではなく完全な陽性です。つまりその検体に、汚染事故が原因だとしても、ウイルスの残骸だったとしても、目的の遺伝子が入っていたことを正確に証明したわけですから、特異性も高いということになります。

一般分析法としてのPCR偽陽性になること、つまり標的の遺伝子以外の遺伝子を誤って拾ってしまうことはほとんどありません。とくにSARS-CoV-2のPCR検査では、2-3種類の標的遺伝子を同時に検出したり、プローブPCR(TaqMan PCRという、三つの異なる配列を同時に狙って増幅する方法がとられているので、分析上の偽陽性になることはまずありません。 類似のウイルスとも交差反応は起こらないことが報告されています [3]。1,000人の非感染者を調べたら、検体の取り違えなどの事故や操作ミスがない限り、1,000人をすべて陰性と判定するでしょう。

この非特異的反応が起こらないPCR検査ということが重要な点であり、従来の交差反応などの非特異的反応が起こる一般の検査(抗原検査や抗体検査)と大きく異なるところです。この交差反応が起こるという古典的医学ドグマに拘泥して、それをPCR検査に投影して偽陽性を論じているところに問題があります。

実際にSARS-CoV-2のPCR検査で、非感染者を陽性者として確定し、そのまま患者として取り扱った事例は、私が知る限りないように思います。先のブログ記事「PCR検査の管理と体制改善」でも紹介したように、汚染事故や記載ミスで間違って陽性と判定された事例は確かにありますが、非常に稀なヒューマンエラーのケースであり、検査後すぐに訂正されています。

最近の論文で、過去のさまざまなウイルス検査で生じた偽陽性の発生率に鑑みて、SARS-CoV-2の偽陽性についても注意を向けるべきという報告がなされています [4]。しかし、この報告でも、このような偽陽性の例は、検体の汚染による可能性が高いとされており、そこに警鐘を鳴らしている例です。現行のCOVID-19用のPCRプロトコールにおいて、ほかのコロナウイルス、あるいは未知のウイルスを増幅してしまう可能性はゼロではありませんが、上述した技法上の工夫でこの危険性は限りなく排除できます。

3. ウェブ記事・新聞の伝え方

上記の一般分析と臨床検査の指標が異なることを踏まえて、高橋氏の記事のどこがおかしいか、見ていきましょう。彼女は「PCR検査は意味がない」という主張は、PCR検査の精度が低いという固定観念に基づいています。

彼女の記事では「感染者が正しく陽性と判定される「感度」は70%程度といわれる。もっと低いという説もあるが、ここでは70%と見ることにしよう。一方、非感染者が正しく陰性と判定される「特異度」は高い。これを99%と仮定して、..」という文章が出てきます。これらの仮定が、そもそもおかしいのです。

結論から言うと、PCRを確定診断(遺伝子の検出=陽性(感染)の確定)に用いているのに、事前確率を想定してベイズ定理に基づいて議論すること自体がおかしいのです。

PCRの感度が70%という言説は、中国の研究チームの報告 [5] に端を発しています。2020年2月19日に出版された当該論文では、COVID-19患者51人に対してPCR検査を行ったところ、診断初期では71%に相当する36名が陽性でした。したがって、このPCR検査の結果は、感度71%となります。一方で、CTでは98%に相当する50名が肺炎と診断されました。もちろん、この後100%PCRで陽性と診断されています。

この例のように初期段階で、PCRの「感度」が低かった理由として、著者らは、用いたPCR技法の問題、メーカーのキットの種類の問題、患者体内のウイルス量の少なさ、検体採取の不適切さを挙げていますが、最終的に理由はわからないとしています。そして、PCRが陰性の場合は、CTなどを含む臨床診断や疫学的情報を併用して総合的に判定すべきとしています。

この論文ではPCRの感度を論じていますが、そもそも感染者および非感染者を確定できる技法は、今のところPCRしかありません。少なくとも精度や感度でPCRを超える技法はありません。世界的にCOVID-19の唯一の確定診断法として使われているPCRが、"gold standard"と言われる所以です。

つまり、最終的に感染者を100%PCRで確定しているのに、それ(感度100%のPCR)と事前のPCRの結果を比べて「PCR検査の感度が70%」と解釈すること自体が、おかしいのです。PCRPCRを比べてPCR検査の感度70%と言うなら、分母になるPCRも感度70%ではないの?という、無限の矛盾ループに陥ってしまいます。上述したように、これは検体の時系列での検査の感度であって、PCR検査自体の感度ではありません。この簡単な解釈を、日本の医療専門家を含む多くの人たちが曲解していることが問題なのです。

PCRの診断特性を論じるためには、PCRより優れた異なる技法が登場して、それが確定診断法として、PCRと比べられるような状況にならないと成り立たちません。PCRより短時間で検査ができる抗原検査もSARS-CoV-2の「陽性」確定診断法に加わりましたが、PCRより精度が劣ります。したがって、現時点では、診断特性としてのPCRの「感度」も「特異度」も決められないのです。

高橋氏の記事にはPCRの感度70%と特異度99%という固定観念値を用いて、1億人の中に感染者が100万人いることを想定して、全員検査した場合の確率をベイズ定理に基づいて示しています(図3)。すなわち、70万人の陽性者と99万人の偽陽性者が出るとして169万人が隔離されると言っていますが、時系列や検体レベルでの感度を検査自体の感度としてすり替えた、まったくの欺瞞の想定です。

PCRには感度も特異度も当てはめられないのは上述したとおりです。つまり、感染者が何人いるか分からない集団をPCR検査して70万人の確定陽性者が出たら、それが結果のすべてです。

偽陰性は別の検査の比べる対象がない限り、その時点で偽陰性かどうかさえ、誰にもわかりません。30万人が偽陰性という想定自体が間違っているのです(図3-誤り1)。仮にそれが偽陰性かどうか判断するには、結局PCRでその30万人全員が陽性と判定されるまでPCR検査を繰り返さなければならない、しかし70%の検査感度ならそれは30万人の70%しかわからない、その次の検査も70%しかわからないという矛盾に陥ります。

また図3の、1%に相当する99万人の偽陽性が出るとする根拠もまったくありません(図3-誤り2)。これだけの偽陽性が出てくるとしたら、検体の取り違えが起こるとか、感染者の検体が非感染者の検体に混ざってしまうとか、検査員の操作ミスが起こるとか、非感染者99万人分について、陽性を生じるような事故やヒューマン・エラーが起こる必要があります。このようなことも現実にありえないことでしょう。

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図3. 高橋氏の記事 [2] にあるPCRの感度70%、特異度1%を想定した時の1億人全員検査の結果のシミュレーション.

図3の間違いは、日本の現状に照らし合わせて考えたらすぐにわかります。厚生労働省の集計データによれば、日本ではこれまで約47万件のPCR検査がなされています。1%と言えば4,700件に相当しますが、果たして4,700件の偽陽性が出ているでしょうか? そして、これらの偽陽性に相当する人たち全員が、あるいは一部が間違って隔離され、後から偽陽性だとわかった事例があるとでも言うのでしょうか。

当該記事では、日本疫学会のホームページを引用していますが、そのページ自体に「一概に感度は何パーセントであると言い切れないのが実情」と記されています。そしてPCRという技法自体が問題というわけではなく、とくに偽陰性が発生する可能性について、検体の採取法とか採取時期とか、操作上や運用上の注意を促しています。

この意味で、新聞がPCR偽陰性の問題を、今でもPCR自体の精度の問題として曲解していることも気になります [6]

残念ながら、医療従事者も含めた専門家から、そして地方医師会でさえPCRの「感度」や「特異度」を持ち出して、高橋氏の記事と同じ間違いを犯している論述がきわめて多いです [7, 8, 9, 10, 11]政府専門家会議のメンバーが中心になってつくられているコロナ専門家有志の会でさえ、同様の間違いを堂々とホームページ上に掲載しています(図4[12]。すなわち、診断特性としてのPCR検査の「誤って陽性となる人の割合」を1%程度(=特異度99%)、「誤って陰性となる人の割合」を30%程度(=感度70%)と記していますが、これらは決められないことは先に述べたとおりです。

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図4. コロナ専門家有志の会のHP上にあるPCR検査の感度と特異度 [12].

このような言説の多くは、「医療崩壊を起こさないために検査を広げるべきでない」「検査は無意味」という、不思議な論理からきています。検査を広げると「偽陰性の人が増えて、その人が陰性証明を受けたかのように外で活動することにより、かえって感染を広げる」という妄言が、今でも展開されています。逆に、検査を受けなかったら、感染者は活動を自粛して感染を広げないとでも思っているのでしょうか? 検査を受けなかったら、そもそも自分が感染者だと知る由もないわけです。

PCR検査を医療資源の範囲でしか捉えられず、だからこそそれを守りたいという考えから、無理に感度や特異度を持ち出して、話に矛盾を生じている現状が伺われます。

4. 再度PCRの精度

先週のテレビ朝日のワイドショーでは、PCR検査について「そもそも信頼性はどのくらい?」というテーマで、その精度を論じていました。その中で、全自動PCR検査機(→PCR検査をめぐる混乱)をフランスへ輸出しているプレジション・システム・サイエンス社(千葉県松戸市)の社長にインタヴューを試み、当社のシステムを導入している日本赤十字社の実績を紹介していました(図5)。

それによると、日本赤十字社では血液中のHIVや肝炎ウイルスを探し出すのにPCRを適用し、当社の自動検査機を使っているとのことでした。1999年から2014年まで採用していて、毎年500万人が献血した中で、C型肝炎ウイルスHIVの感染例は1例/年以下ということです。このことがPCRの精度の高さを証明していると思います。

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図5. テレビの情報番組(モーニングショー)が伝えるPCR検査.

上述したようにPCR技術は、世界中において分子生物学基礎医学分野の研究での常法であり、食品検査、犯罪捜査、親子鑑定などの社会分野でも広く使われている技法です。その精度と信頼性があるからこその実績だと思います。

そして、現状ではCOVID-19患者のPCR検査では、時系列で発生する偽陰性が問題になるということです。これは、とくに無症状感染者のウイルス量が検出限界以下のときや、検体の採り方が悪くてウイルスが十分に含まれなかったりするときの問題であり、post-testで陽性とする前の段階で、いかに総合判断で疑わしい患者の場合「感染を排除しない」ことを持ち続けられるかという課題なります。

言い換えると、たとえば院内感染防止の観点からは、たとえ被検者がPCRで陰性となったとしても、症状が疑わしい場合はそのまま陰性ととらず、偽陰性を疑うことで隔離処置をし、院内感染を未然に防ぐということです。したがって偽陰性が院内感染を広げる」という表現は正しくなく、「陰性判断が院内感染を広げる」とするべきです。これは、PCR検査という技法自体の精度の話でも、検査が無意味という話でもありません。

おわりに

PCR検査の精度という場合に、一般分析法の精度という場合と臨床検査の診断特性としての精度の場合が、しばしば混同して議論されていることが混乱の一因になっています。話がかみ合わなくなりますので、混同すべきではありません。

しかし、こんなことで「PCR検査を広げるべきでない」という声が上がり、混乱を招く日本は、実に不思議な国です。検査を広げるべきでない、限定すべきという人は、PCRより「感度」が低い抗原検査をどのように捉えているのでしょうか? 偽陰性を広げてしまうので、まったく無意味という論理をまた展開するのでしょうか。

PCR検査の運用上の話は単純で、感染をPCRで陽性確定する、しかし検査に限界もあるので、症状や背景の疫学情報を加味して総合判断するということです。また臨床検査と防疫、社会政策としてPCR検査の意義の違いを認識しておくべきだと思います。

高橋の記事は最後に、どこかに無症状感染者がいる、という状態は、残念ながらなくせない。それを前提とすることこそ、経済再開後の対策を考える一丁目一番地である」と結んでいます。 

いや、経済対策を考えるなら、感染症対策の基本である「検査と隔離」を徹底し、いち早く感染者を隔離することでしょう。すでにPCR検査や抗原検査などは、国際的には社会政策の一環として、感染者を外して経済活動を可能にする方向へ舵を取られつつあります。古典的な大規模接触削減のみでは経済や国民生活へのダメージが大きすぎるとわかった今、ICT技術とともに、検査という近代的ツールを最大限に活用し「安心感」を担保することが、経済活動を開始・維持するためにも必要なのではないかと思います。

引用文献・記事

[1] Kucirka, L. M.: Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction–based SARS-CoV-2 tests by time since exposure. Anal. Int. Med. 13 May 2020. https://www.acpjournals.org/doi/pdf/10.7326/M20-1495

[2] 高橋真理子: コロナ「全国民検査」は無意味である. 論座 2020.06.01. https://webronza.asahi.com/science/articles/2020052900006.html?page=3

[3] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045  

[4] Cohen, A. N. and Kessel, B.: False positives in reverse transcription PCR testing for SARS-CoV-2. medRxiv Posted May 20, 2020. https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.26.20080911v2

[5] Fang, Y. et al.: Sensitivity of chest CT for COVID-19: comparison to RT-PCR.Radiology Published Online Feb. 19, 2020 https://pubs.rsna.org/doi/10.1148/radiol.2020200432

[6] 市野塊、後藤一也: PCR陰性の感染者から広がった院内感染 精度に限界. https://digital.asahi.com/articles/ASN6134VXN5WULBJ00G.html

[7] 岩永直子: 新型コロナ、なぜ希望者全員に検査をしないの? 感染管理の専門家に聞きました. BuzzFeed News. 2020.02.26. https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-sakamoto

[8] 忽那賢志: 今日から新型コロナPCR検査が保険適用に PCRの限界を知っておこう. Yahoo Japanニュース. 2020.03.06. https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200306-00166273/

[9] 南郷 栄秀:新型コロナウイルスPCR検査は国民全員に行うべきなのか. 2020年5月8日. http://spell.umin.jp/thespellblog/?p=336

[10] 鈴木貞夫: PCR検査をめぐる「5つの理論」を検討する. 論座 2020.05.16. https://webronza.asahi.com/national/articles/2020051500010.html?page=1&fbclid=IwAR1qSGfOkdG-QW9fi-pcd11JS9eu6gjngt8Savt09pTgRyNhiOnMoctNTpA

[11] 神奈川県医師会:PCR検査の特性と限界. 2020年5月20日. https://kanagawa-med.or.jp/corona_news/pcr%E6%A4%9C%E6%9F%BB%E3%81%AE%E7%89%B9%E6%80%A7%E3%81%A8%E9%99%90%E7%95%8C/2020年6月8日追記:このウェブページはすでに削除・更新されている。詳細は次のブログ記事へ→PCR検査の精度と意義ー神奈川県医師会の見解」)

[12] コロナ専門家有志の会: 国が承認した「抗原検査」ってどんなもの? 2020年5月14日. https://note.stopcovid19.jp/n/n39ce45e14481

引用した拙著ブログ記事

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム 

2020年5月2日 PCR検査の管理と体制改善

2020年3月24日 PCR検査をめぐる混乱

                

カテゴリー:感染症とCOVID-19

カテゴリー:社会・時事問題