Dr. TAIRA のブログII

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COVID ワクチンに関わる抗原原罪の可能性

はじめに

COVID-19 パンデミックが始まってから、まる 4 年が経過しました。この間、いわゆるワープスピード作戦によって、1 年も経たないうちに、この原因ウイルスである SARS-CoV-2 に対する最初のワクチン(mRNA 型生物製剤ほか)が開発されました。

mRNA テクノロジーに基づくワクチンは 重症化・死亡リスクが高い人々を中心に投与され、最終的に史上最大のワクチン接種キャンペーンに発展しました。2023 年までに世界人口の 70% 以上が少なくとも 1 回のワクチン接種を受け、日本では人口 83% が完全接種を完了しました [1]。mRNA ワクチンは、重症化、発症を予防効果を実証し他ことが多くの論文で示されています。

一方で、様々な 免疫逃避型のSARS-CoV-2 変異体の出現により、ワクチンによる免疫では感染防御が不十分であることも明らかとなってきました。そして、従来型のウイルスに対する免疫の刷り込み(immune imprinting)が、新たな変異体に対する免疫の誘導に阻害的であるという、抗原原罪(original antigenic sin)へ繋がる問題も浮上してきました。

抗原原罪は、インフルエンザやデングウイルス感染についてよく知られています。SARS-CoV-2 に対する免疫については、パンデミック初期の頃から季節性コロナウイルスへの過去の感染による刷り込みの推測がなされており、後に実験によっても実証されています [2]

今回、抗原原罪の可能性に関して、ワクチン接種済みの患者と、ワクチン未接種者およびワクチン未接種オミクロン感染者という 2 つの対照群における、オミクロン・ブレイクスルー感染に対する適応免疫反応を評価した論文が出ました [3](下図)。論文では、ワクチン接種による SARS-CoV-2 免疫の刷り込みは、新しい免疫逃避変異体が出現した場合、オリジナルの抗原原罪の発生につながるかもしれないという、これまでの推測が裏付けられています。

著者の日一人は、"X"に以下のように「ツイート」しています。

この論文の内容をここで紹介したいと思います。

1. 背景

現在流行しているオミクロン変異体の派生型は、免疫逃避を促進するスパイクタンパク質に高度の変異を有しているため、ブレイクスルー感染を起こしやすくなっていますす。ワクチン接種者が、オミクロン型変異体に対して優れた血漿中和能を示すことは明らかになっていますが、これが単にワクチンによって誘導された広域特異的中和抗体の増強によるものなのか、あるいはナイーブ B 細胞のプライミングと変異した中和エピトープを標的とする抗体の産生によるものなのかは不明のままです。

ワクチン免疫は、接種によって刷り込まれた初期の変異体だけではなく、後発の変異にも適応することができるかどうかが鍵です。刷り込まれた免疫応答は、ウイルスが適応免疫系によって効率的に中和されないところまで変異すると、ウイルスは認識できるものの、その複製を制御できなくなる可能性があります。

アップデートされたワクチンの登場と新変異体の絶え間ない出現により、SARS-CoV-2 に対する免疫はきわめて複雑になってきています。すでにいくつかの研究によって、過去に SARS-CoV-2 に感染していた人やワクチン接種を受けた人が新しい変異体に感染した場合、最初の抗原曝露による刷り込みが影響することが示唆されています。一方で、オミクロン以降の派生型ウイルスはブレイクスルー感染の頻度が高いことから、ワクチンメーカーはより高い感染防御効果が期待される改良型ワクチンの開発に迫られるという、イタチごっこの現状があります。

しかし、2 価型の野生型/オミクロン型 mRNA ブースターに関する研究では、1 価の野生型ブースターワクチン接種と比較して、予防の有効性は高くありませんでした。これは、野生型中和抗体価がオミクロン中和抗体価よりも優先的に拡大したためと言われており、抗原刷り込みの方向性をさらに示唆しています。

注意すべきこととして、これらの研究はすべて、オミクロンの変異領域を特異的に認識する抗体よりも、オミクロン変異体と結合できない既存の SARS-CoV-2 特異抗体の方が優勢であることを示しているにすぎないということです。このことは、必ずしもオミクロンタンパク質の変異エピトープに対する de novo 反応の障害を示しているものではありません。重要なことは、このような de novo 応答がない場合にのみ、新たな変異体が、抗原原罪のメカニズムによる免疫制御から逃れる可能性があるということですが、この可能性については結論が出ていません。

今回の研究 [3] は、野生型ワクチンの接種を繰り返すことで変異の激しいオミクロン変異体に対する反応が刷り込まれるかどうかを明らかにするため、ワクチン接種済みの患者と、ワクチン未接種、ワクチン未接種オミクロン感染者という 2 つの対照群における、ブレイクスルー感染に対する適応免疫反応を評価したものです。

2. 研究の概要

今回論文を発表したのは、ドイツの研究チームです。研究チームは、mRNA 野生型ワクチンを 3 回接種済みで、後にオミクロンに感染した患者の適応免疫反応を調べ、ワクチン未接種者、ワクチン接種未感染者のそれらと比較しました。すなわち、最新の免疫学的アッセイを用いて、オミクロンタンパク質の変異領域に特異的な血漿中の抗体、末梢血B 細胞,オミクロン SARS-CoV-2 表面タンパク質の変異領域に特異的な T 細胞のレベルを直接測定しました。

その結果、ワクチン接種歴のある人では、オミクロン感染後のウイルスタンパク質の変異領域に対する B 細胞応答が損なわれていることがわかりまし。一方、スパイクタンパク質の変異ペプチドに対する T 細胞の反応は両群間で同等であり、変異に対する T 細胞の寛容性が高いことが示されました。

SARS-CoV-2 のスパイクタンパク質を標的とする抗体は、感染またはワクチン接種後の免疫防御の最も明確な指標です。他の研究と同様に、今回も、SARS-CoV-2のブレイクスルー感染の有無にかかわらず、ワクチン接種者では、高レベルのオミクロン RBD(receptor-binding domain) 特異的 IgG が観察されました。ブレイクスルー感染者では、IgG のほとんどが RBD の保存領域に結合しており、オミクロン・ブレイクスルー感染に対する抗体反応は、ワクチンによって誘導された記憶の想起であることが示されました(つまり、新しくオミクロン変異体に応答したものではない)。

また、3 回接種済み感染者における変異した RBD エピトープを標的とする IgG のレベルは、ワクチン未接種者よりも有意に低く、ワクチン未接種感染者と同程度でした。このことは、おそらく抗原刷り込みのためと思われ、オミクロン・ブレイクスルー感染後、ワクチン接種者のほとんどが変異エピトープに対する液性応答を発現しないことが示されました。

さらに、ワクチン未接種者の中には、オミクロン SARS-CoV-2 に暴露されたことがないにもかかわらず、変異 RBD エピトープを標的とする抗体が検出可能なレベルを保っていました。これはおそらく、既存の交差反応性抗体が血漿中に存在するためであろう、と研究チームは考察しています。

結論として、今回の調査から、ワクチン接種感染者においては、オミクロン表面タンパク質の変異領域に対する液性応答とメモリー B 細胞応答は損なわれていることがわかったということです。一方、オミクロン・スパイクタンパク質の変異エピトープに対する T 細胞応答は、de novo 応答の形成よりも、むしろ、ワクチン誘導 T 細胞の高い交差反応性によるものだと言えます。

このようなワクチン接種による SARS-CoV-2 免疫の刷り込みは、今後新しい免疫逃避の変異体が出現した場合に、抗原原罪の発生につながることを示すものです。

3. 解釈と意義

インフルエンザパンデミックなどの研究から、新しい変異型に対する免疫応答は、感染やワクチン接種によって過去のウイルス変異型にさらされることによって刷り込まれる可能性が示唆されてきました。SARS-CoV-2 の進化と様々な変異体の出現は、パンデミックにおける抗原刷り込みの役割に関する推測を、さらに確実なものにしてきたと言えます。このような刷り込みは、抗原原罪を生み、最終的には変異の激しいウイルス変異体の複製を制御できなくなる可能性があります。

多くの先行研究において、SARS-CoV-2 変異体のブレイクスルー感染や変異体に適応したワクチンブースターに対する免疫反応が調べられ、野生型特異抗体価とオミクロン特異抗体価の比率を比較することで、ワクチン接種による抗原刷り込みの可能性が指摘されてきました。しかし、これらの知見は、記憶 B 細胞や T 細胞といった免疫学的記憶の他の構成要素には触れておらず、スパイクタンパク質の変異エピトープに対する de novo 反応の形成についても十分に言及していないという限界がありました。このため、ワクチンによって抗原原罪が形成される可能性については結論が出ていませんでした。

今回の研究 [3] は、中和抗体自体だけでなく B 細胞や T 細胞の反応も評価し、競合 ELISA や中和アッセイを用いて変異エピトープに対する反応を直接検出し、その結果を感染者だけ、あるいはワクチン接種者だけの対照群と比較することで、SARS-CoV-2 免疫の刷り込みに関する重要な知見を提供したと言えます。全体として言えることは、ワクチン接種歴のある人においては、オミクロンのブレイクスルー感染に対する de novo 液性反応が低下するということです。

重要なことは、オミクロン・ブレイクスルー感染者は、変異したオミクロン-RBD 領域に結合するIgG+ B細胞の頻度が、ワクチン未接種感染者と同程度であり、ワクチン未接種感染者よりも有意に低かったことです。このことから、オミクロン・ブレイクスルー感染に対する B 細胞応答は、そのほとんどがワクチンによって誘導された記憶の想起であり、変異に対応したものではないということです。つまり、オミクロン・スパイクタンパク質の変異領域に対する応答は、ワクチン接種歴のある人では抑制されるということが、今回の研究でさらに確実になったということになります。

T 細胞は適応免疫応答のもう一つの部分であり、SARS-CoV-2 感染を抑制する役割は十分に確立されています。今回の研究では、オミクロン・ブレイクスルー感染後のオミクロンスパイク特異的 CD4 および CD8 T 細胞応答に対するワクチン接種の影響も検討されましたが、従来の知見と同じく、オミクロンスパイクに特異的な T 細胞の頻度増加は観察されませんでした。

これは、T 細胞の特異性が B 細胞に比べて低く、エピトープ内の変異に対する寛容性が高いためであると考えられます。従来、SARS-CoV-2 の特異的 T 細胞では高度の交差反応性が観察されています。CD4 T 細胞の場合、変異エピトープを標的とするオミクロン・スパイク特異的細胞の割合は、ワクチン未接種感染者の方が高かったことから、CD4 T細胞の反応は、ほとんどがワクチンによって誘導されたT 細胞記憶の想起であると考えられます。

まとめると、オミクロンスパイクの変異領域に対する T 細胞応答は、オミクロン・ブレイクスルー感染者において観察されましたが、これは変異したスパイク領域に対する de novo 反応というよりも、変異に対する T 細胞の高い寛容性によるものだということです。

今回の知見は、将来の変異体がワクチン誘発免疫をかわすような場合、ワクチン接種による SARS-CoV-2 免疫の刷り込みが、抗原原罪の発現につながる可能性を示しています。適応免疫応答の形成が阻害されるということは、新しい免疫逃避変異体による感染は重症・死亡リスクを高くするということです。したがって、ワクチン開発に求められることは、スパイクタンパク質の保存された領域に対する反応を高めるだけでなく、従来から言われているように、変異エピトープを標的とした de novo 反応をも引き起こすような、変異型に適応できるというものです。

今回のデータからは、オミクロン中和抗体のエピトープが、オミクロン・ブレイクスルー感染者では変異の多い RBD の外側にシフトしていることが示されています。したがって、スパイクタンパク全体ではなく、変異型 RBD をワクチンの主成分として使用すれば、抗原原罪を克服し、変異エピトープに対する反応を引き起こす可能性があります。

おわりに

本論文 [3] では、オミクロンのブレイクスルー感染に対する適応免疫応答に及ぼす mRNA ワクチン接種歴の影響が検討されました。その結果、ワクチン接種歴があるほど中和抗体価が高くなり、SARS-CoV-2感染に対する抵抗性があることが示されました。

一方、ワクチン接種が SARS-CoV-2 ブレイクスルー感染に対する B 細胞応答を刷り込み、オミクロン表面タンパク質の変異エピトープに特異的な抗体およびメモリー B 細胞の産生を阻害することがわかりました。このことは、ウイルスが高度に変異し、広域特異的抗体で効率的に中和されなくなった場合に、抗原原罪につながる可能性があります。

B 細胞とは対照的に、T 細胞は、オミクロンスパイクタンパク質の変異エピトープに対する de novo 反応を示しました。しかし、これは T 細胞の高い交差反応性によるものであり、適応免疫の刷り込みをさらに裏付けています。

COVID パンデミックでは、緊急性の面から mRNA ワクチン接種プログラムが早期に世界的に推し進められたわけですが、いくつかの重要な問題点も指摘されていました。抗原原罪はそのうちの一つです。mRNAテクノロジーの利点の一つが、ウイルスの変異に即応して設計変更できるというものでしたが、現実には必ずしもうまくいくものではないこともわかってきたということです。

引用文献

[1] NHK感染症データと医療・健康情報: 世界のワクチン接種状況. https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/world_progress/

[2] Aydillo, T. et al.: Immunological imprinting of the antibody response in COVID-19 patients. Nat. Commun. 12, 3781 (2021). https://doi.org/10.1038/s41467-021-23977-1

[3] Pušnik, J., Zorn, J., Monzon-Posadas, W.O. et al. Vaccination impairs de novo immune response to omicron breakthrough infection, a precondition for the original antigenic sin. Nat. Commun. 15, 3102 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-47451-w

          

カテゴリー:感染症とCOVID-19 (2024年)