Dr. TAIRA のブログII

環境と生物、微生物、感染症、科学技術、生活科学、社会・時事問題などに関する記事紹介

コロナ禍の社会政策としてPCR検査

はじめにーソフトバンクの試み

ソフトバンクグループ株式会社の孫正義社長は、2020年9月24日、子会社として新型コロナウイルス検査センター株式会社(千葉県市川市 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター国府台病院内)を本格稼働させたことを発表しました。

孫社長は「日本国内では新型コロナウイルスの影響で経済が疲弊している。正常化のためには、一刻も早く、より多くの人がPCR検査を手軽に受けられるようにしなければならない。会社は社会貢献の一環としてを立ち上げたもので、低価格・高頻度の検査の輪を全国に広げていきたい。」と語っています。

報道に [1] によればこの検査センターは、現在約4,000件/日の検査が可能であり、まずは自治体や法人向けに検査サービスを開始するそうです。そして、今秋中までには1万件/日の検査能力に向上させることが発表されています。

この施設の特徴は、非医療行為として、SARS-CoV-2の唾液PCR検査を専門に行なう点にあります。唾液検体の自己採取とウイルスを不活化・輸送を可能とする検査キットを導入したことで、検査作業も大幅に効率化され、検査費用も1回当たり2,000円(税抜、配送料・梱包費などを除く)という低価格に抑えられています。

そして何よりも重要なのはその実効性です。孫社長は、今年3月、SARS-CoV-2用の簡易PCR検査を100万人に無償提供する計画を表明しながら、「医療崩壊する」などの批判が殺到したことで撤回に追い込まれた苦い経験があります [2]。その反省もあってか、今回は、国立国際医療研究センターの指導と協力という形で万全を期して臨み、結果として衛生検査所としての登録を認可され、実効性を高めたと言えます。

このようにこのコロナ禍(パンデミック下)において、社会経済活動を維持していく対策の一環として、無症状者に検査を積極的に活用していく考え方があり、世界的にはすでに多くの国で試みられています。しかし、日本では政府が感染症対策と経済活動の両立を掲げているにもかかわらず、一部のプロスポーツ、エンターテイメント分野などを除いて、本格的には導入されていません。

ここでは、コロナ禍における防疫を含む社会政策としての無症状者の検査を日本はどのように考えているのか、米国と比較しながら考えてみたいと思います。

1. 厚生労働省の検査の捉え方

まずは、厚生労働省の検査の見解をみてみましょう。ホームページの「感染拡大防止と医療提供体制の整備」というページに「新型コロナウイルス感染症に関する検査について」という項目があります [3]。そこに、PCR検査、抗原検査、抗体検査についての説明がありますが、以下に示すように、基本的に患者の確定と濃厚接触者のために検査を行なうということが述べられています。

                  

新型コロナウイルス感染症に関する検査について」(厚労省HPより)

感染症法に基づく医師の届出により、疑似症患者を把握し、医師が診断上必要と認める場合にPCR検査を実施し、患者を把握しています。患者が確認された場合には、感染症法に基づき、積極的疫学調査を実施し、濃厚接触者を把握します。濃厚接触者に対しては、感染症法に基づく健康観察や外出自粛等により感染拡大防止を図っています。

この記載に見られるように、厚労省はあくまでも発症者に対して検査を行なうという立場であり、無症状者に対する検査の意義や感染拡大防止における検査の位置づけについては、いかなる説明もありません。

2. 政府分科会の考え方

新型インフルエンザ等対策有識者会議の下部組織である新型コロナウイルス感染症対策分科会(会長:尾見茂氏)は、無症状者の検査に関する見解を示しています。しかし、この見解は厚労省のホームページの中にはなく、リンクから内閣官房のページに行かなければいけません [4]

分科会については、相変わらず議事録や議事概要はありませんが、第1回(2020年7月6日)と第2回(2020年7月16日)の会合の資料の中に、無症状者の検査に関する考え方が記されています。その概要についての私の批判コメントは、先のブログ「新型コロナ分科会への期待と懸念」でも示しましたが、ここで再度挙げてみたいと思います。

分科会は検査の対象者を図1のように、1) 有症状者および 2) 無症状者にわけ、さらに後者を、a 感染リスク及び検査前事前確率が高い場合と b 感染リスク及び検査前事前確率が低い場合とに分けています。これらの中で、2)-bが社会対策としての検査に当たりますが、「個別の事情に応じて検査を行なうことはあり得る」という慎重な言い方です。

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図1. 政府分科会の検査体制に関する基本的考えと戦略(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月16日 [4]).

図1につづいて、2)-bの「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリットが述べられています(図2)。ここで注目すべきことは、メリットについては、図2左上にあるように4点についてサラッと述べられているに過ぎませんが、デメリットについては、スライドの2ページわたって延々と述べられていることです。そして最後に「2)-bに検査を実施することについての見解」として釘を刺しています。つまり、社会政策としての検査には消極的あるいは否定的というニュアンスになっています。

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図2. 政府分科会が示す「無症状者−感染リスク及び検査前確率が低い場合」の検査のメリットとデメリット(文献 [4] からの転載図に加筆).

この中でとくに気になったところに赤線(注1〜注6)を付けました。まず、図2注1に「膨大な検査をしても陽性者は僅かである。従って感染拡大防止に対する効果も薄い」とあり、検査の効果を否定的に捉えています。しかし、陽性者がわずかということは、逆に言えばそれだけ社会経済活動に復帰できる陰性の人が多くなることを意味しますので、メリットして挙げている海外渡航や興行(つまり経済を回すこと)に合致します。

図2注2の「 検査前確率が低いほど、偽陽性が出やすくなる」というのは、臨床検査における一般論であって、非特異的反応(交差反応)が起こりやすい、従来のインフル簡易抗原検査などに当てはまるものです。一方で、SARS-CoV-2検出に使われているプローブRT-PCRでは非特異的反応は起こりにくく [5]偽陽性の大部分は検体汚染というヒューマンエラーで起こるものです。つまり事前確率が低いと起こりにくくなり、極端な場合、汚染源である感染者が1人もいなければ、偽陽性はまず発生しません

図2注3の「再度検査を実施しても偽陽性を見分けることはできない」に至っては、誤謬であり、論理破綻しています。すなわち、PCRの場合、再検査をすれば偽陽性であったかどうかは無論判定することができますし、事実、国内で発生した数例の偽陽性事例は再検査で発覚しています。そしてもし「再検で偽陽性を見分けることができない」を前提とすると、すべての陽性が偽陽性と区別できないという矛盾に陥ります。

図2注4偽陰性の問題について「一般的にPCR検査の感度は70%程度といわれている」と述べているところは、一般論でも何でもなく、中国の研究チームが報告したCOVID-19患者の初回検査の値のみをチェリーピッキングした、彼ら自身を含めた日本の感染症コミュニティ"による創作言説です(パンデミック当初は海外でも見られた)。PCR検査の拡充の非合理性を説くために、これまで感染症専門家を中心に一部の医者やウェブ・メディアが散々持ち出してきた誤謬であり、このブログでも何度となく指摘しています(→コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁PCR検査の精度と意義PCR検査をめぐる混乱)。

図2注5では、検査に関わるコストという論点について、新宿区や東京都の全員検査を5日間で行なうという現実にはあり得ないことを事例として引用し、検査の拡大を否定するというダミー論証による詭弁を展開しています。

図2注6では、「適切な質が確保された検査を実施すること」としながら「簡便かつ低コストで負担がかからない」という無茶なことを言っています。「高品質」と「簡便・低コスト」は、現状の検査ではトレード・オフの関係にあります。あえて、簡便・低コストかつ高精度という実際にはあり得ない検査の例を挙げて、社会政策としての検査を否定するというニュアンスになっています。

以上のように政府分科会の検査についての基本的考えと戦略を見ると、経済を回すために検査を導入することにはきわめて消極的、あるいは否定的です。感染防止対策と社会経済活動を両立させるという(実際はそれは不可能に近いですが)、政府の方針に資する提言を行なうのが分科会の役割と思うのですが、そこには検査の活用がスッポリ抜けているように思えます。

一方で、「無症状の人を千人又は一万人ほど集めてPCR検査を推奨する考えもある」という、プール検査についての記載があったり(図3上-注1)、「下水のPCR検査も地域の感染状況を知るために参考になりえる」というサーベイランスにPCRを使うことにも触れています(図3下-注2)。

図3. 政府分科会が示すプール検査および下水検査(新型コロナウイルス感染症分科会 令和2年7月6日 [4]).

下水のウイルス監視は、先行指標である感染者全数をさらに先取りする(あるいは代替する)流行把握として有効であり(レーダーの役目)、各国で実用化されています。しかし、国内では、現在まで、プール検査も下水監視も実用化されていません。

3. コロナ専門家有志の会

政府分科会のメンバーを多く名を連ねているコロナ専門家有志の会のホームページを見ると、「感染防止対策と社会経済活動を両立させるために」というページがあります [6]。しかしこのページを見ても、本ブログを書いている時点で、検査には一切触れられていません。 

4. 関連学会および有識者団体

前のブログ記事「学会の検査の捉え方と1日20万件の検査の不思議」でも紹介したように、日本臨床検査医学会のホームページには「新型コロナウイルスに関するアドホック委員会」よる「新型コロナウイルス感染症検査の使い分けの考え方」(8月27日) という文書が掲載されており、COVID-19診断に関連する検査の見解があります。すなわち、検査の目的として以下の4つが掲げられています。

1) 有症状者を対象としたCOVID-19診断

2) 無症状者を対象としたスクリーニング(screening)

3) 濃厚接触者のスクリーニング

4) 渡航時やビジネス上の社会的ニーズ

このように、厚労省や分科会では明示していないスクリーニングや社会ニーズのための検査の活用について、臨床検査の中心である学会が具体的に挙げていることは注目されます。

より具体的に、社会政策も含めてPCR検査の利用目的を示しているのが日本医師会COVID-19有識者会議(座長:永井良三 自治医科大学長)です [7]。8月5日に発表されたCOVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言という文書に、PCR検査の利用目的が掲げてあります。

図4注1に示すように、PCR検査の利用目的と意義について4つが挙げられています。これらは、言い方は異なりますが、日本臨床検査医学会の見解と類似しています。これらの中で「社会経済活動の維持」と「政策立案のための基礎情報」が挙げられていることは注目に値します。

また、図4注2に示すように、事前確率(有病率)が高い場合、事前確率は低い(または不明だが)が集団リスクがある場合、無症状だが社会・経済的影響が大きい場合、に分けて行政検査と民間検査(自己負担)の振り分けを提案しています。

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図4. 日本医師会COVID-19有識者会議が示すPCR検査の利用目的(文献 [7] からの転載図に加筆). 

そして、図3注3に見られるように、「継続的な精度の確保のもとに、事前確率によらずにPCRの利用拡大することが必要である」と結んでいます。この見解は「日本医師会全体の見解を表したものではない」との断り書きがありますが、図1、図2に示した政府専門家会議の考え方とは明らかに異なり、より世界標準の考え方に近いと思われます。

世界標準とは何かと言うと、新型コロナの検査を「グローバルな公衆衛生、医療提供、社会経済、市民生活に多大な影響を与えるパンデミック」という観点から捉える考え方です。日本の政府分科会や感染症コミュニティの考え方は、「パンデミック」ベースではなく、「患者と医療」に重点を置いている(「エンデミック」ベースで考えている)ことに特徴があり、世界標準とは離れていると言えます。

さらに、有識者会議とは異なるメンバーでまとめられた「COVID-19感染対策におけるPCR検査実態調査と利用推進タスクフォース」中間報告書 (2020年5月13日)(座長:宮地勇人 東海大学医学部基盤診療学系)には、詳細な提言があります。

日本医師会COVID-19有識者会議の提言はきわめて真っ当で重要だと思われますが、なぜかマスコミにはほとんど取りあげられていません。しんぶん赤旗が記事にしている程度です [8]。さらに、この有識者会議の構成メンバーに舘田一博氏(東邦大学医学部微生物・感染症学教授、日本感染症学会理事長)の名もありますが、彼は政府分科会の構成員でもあります。政府分科会とはまったく異なるこの有識者会議の提言を、どう捉えているのでしょうか。

5. 米国の見解と実例

ここで諸外国の例として、米国を見てみましょう。米国におけるCOVID-19対策の主導的責務を担っているのが、米国疾病管理予防センター(CDC)です。米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の感染症対策の総合研究所であり、研究と広報の両方の役割を担っています。同様の組織は中国や韓国にもありますが、残念ながら日本にはありません。

CDCはパンデミック前の流行初期の2月21日には、COVID-19感染防止のためのガイドラインを公表しましたが、これはグローバルスタンダードとなっています。しかし、流行当初には、「健康な人はマスク不要」と発表して批判を受けたり、開発した検査プロトコールの不備や水際対策の失敗(初期対応の遅れ)もあり、対策に消極的なトランプ政権下ということもあって、世界最悪の大流行に至っていることは周知の事実です。

CDCは、COVID-19の検査について、日本の厚労省と同様な見解を示しています [9]。すなわち、検査を受けるべき対象として、1) COVID-19の症状を示している人、2) 濃厚接触者、3) 医師から勧められた人、の3つを挙げています。無症状者に対する検査の意義については、ここでは詳しく述べられていません。

一方で、米国食品医薬局(FDA)のホームページにはプール検体の検査とともに、スクリーニング、サーベイランスのための検査に関する解説があります [10]FDAは、米国保健福祉省(Department of Health and Human Services, HHS)配下の行政機関であり、文字どおり食品、医療品、化粧品などの安全管理を責務としています。SARS-CoV-2検出用の検査キットの認可も行なっています。

スクリーニングについては、「一つの集団内で個々について感染の疑う理由がなくても、意図的にCOVID-19感染を探し出すこと」と説明されています。つまり、ウイルス暴露がわからない無症状者を、検査の結果に基づいて陽性者かどうか判断するというものです。

スクリーニングは発症前の感染者を確定する場合と、無症候性者を探し出すという場合があり、それらの結果が、感染拡大を防止する対策の立案を可能とすることが述べられています。ここの下りは、日本医師会COVID-19有識者会議が述べているPCRの目的の一つと同様です。

FDAは、スクリーニングを、症状があるかどうか、ウイルスの暴露の疑いがあるかどうかに関わらず、社会経済活動再開を目的として実施されるものであると説明しています。そして、例として事業者が従業員に対して行なう場合や、学校が生徒や学生に対して行なう場合が挙げられています。

FDAは、スクリーニング用として高感度の検査が適切であることを示しています。これはおそらく標準検査法であるプローブRT-PCRを指していると思われます。これ以外の精度の低い検査を選択する場合には「相談してほしい」と勧告しています。このあたりの主張は、「簡便かつ低コストで負担のかからない検査」と言っている日本の政府分科会のそれとは、微妙に違います。

サーベイランスについては、個人の診断目的ではなく、社会・集団レベルでの流行の把握に使われるものであると説明されています。サーベイランスは、たとえば、政策としての物理的距離(ソーシャル・ディスタンス)の効果を見るために有効です。

プール検査については、被検者の数を増やす利点があることが述べられています。例として、4つのサンプルをひとまとめにして一つの診断用検体とすることが示されています。一方、希釈効果によって偽陰性が発生しやすいことにも言及があります。

サイエンス誌上 [11] で言及されているとおり、米国では、社会経済活動や学校の再開に向けて検査導入が進んでいます。すなわち、パンデミック下の検査方針です。このような検査方針については、日本とは異なり、専門家間や社会の中である程度コンセンサスができているように思われます。米国の動向については、日本語の記事でも紹介されています [12]

私も米国の知り合いの大学教授に尋ねてみましたが、大学の場合、全米的にではないにしろ、かつ課題もたくさんあるとしながらも、対面授業再開を可能とする事前検査について前向きであることを話していました。すでにいくつかの大学で、定期的なPCR検査[13, 14] や監視のための下水検査 [15, 16] が進められています。

米国は日本とは桁違いに感染者数も多いので、事情は異なりますが、日本が参考にできることも多いように思われます。とくに下水のサーベイランス(→下水のウイルス監視システム)は簡単で低コストがあり、日本でも施設、事業所、区域単位ですぐに行なうことのできる方法です。

6. 社会政策としての検査

社会政策としてのプール方式によるマス・スクリーニングについては、中国での成功例が有名です。たとえば、武漢市では1千万人近くの全市民のプール検査が行なわれ、300人の陽性者を検出・隔離しています。その後陽性者の発生は見られず、マス・スクリーニングの有効性が証明されています。

国内では東京都世田谷区の取り組みがあります。感染症の疑いがある有症状者や濃厚接触者のPCR検査に加えて、社会的インフラを継続的に維持するためのプール方式PCR検査(1,000人程度/日)の実施体制を整備・拡充する、としています [17]。課題は、国による支援を受けられるかどうかでしょう。

冒頭に、ソフトバンクによるPCR検査センターの設立を紹介しましたが、このほかにもポチポチと民間レベルでの社会政策としての検査の導入が進んでおり、メディア報道もあります。

最近では、学生の感染で一躍取りあげられることになった京都産業大学は、株式会社島津製作所との包括的連携協力を結び、対面授業の再開に向けて学内にPCR検査センターを設置しました [18]

那須塩原市では、レスポンシブル・ツーリズムという概念を提案し、条例制定を進めています。すなわち、観光客にも安全な観光を保証するために負担をしてもらうという考え方に基づき、入湯税を引き上げ、その一部を観光事業者の定期PCR検査にあてるという試みです [19]。この条例は今月28日に制定されるということです。

テレビでは先日、NHK「暮らし解説」が「新型コロナ、広がる検査とその課題」というタイトルで、社会政策としてのPCR検査を取りあげていました。とくに、リモートワークが困難な観光、建設、交通、エンターテイメント等の業種における、就業を可能とする検査のニーズについて解説していました(図5)。

番組では、検査で「職場の安心を確保したい」という言い方をしていましたが、「企業活動を可能とする科学的(客観的)根拠を得るための検査」という表し方がより適切であると思います。

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図5. NHK暮らし解説で取りあげた企業の検査ニーズ.

ところが、社会政策としての検査のメリットを紹介すると思いきや、「無症状の人への検査の注意点」として、解説委員が延々とデメリットを説明し始めました。基本的に図1、図2に示した政府分科会が強調する検査のデメリットと同じことです。さすがNHKと思いました。

図6に示すように、検査の限界として偽陽性偽陰性が発生すること、検査で陰性と判定されたとしてもすぐに感染する可能性があることが述べられていました。そして検査を受ける人の不利益にならないような確約が必要なことなどが強調されていました。

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図6. NHK暮らし解説で取りあげた無症状者への検査の注意点.

図6で示す検査のデメリットについては、さらに国際医療福祉大学の和田耕治教授が出てきて、以下のように解説していました。

「(検査によって)一瞬その場で不安がなくなり安心が増すかもしれませんが、それはあくまでも一時のもので不安はやがて生じてくるのだと思います。根底にあるのは陽性者を排除するという考えがどうしても残ってしまいます。それが行き過ぎると検査をしないことが責められるかもしれません。いわゆる自由意志による検査というのは忘れないでいただきたいと思います」。

7. 検査を巡る課題とロジスティクス

社会ニーズの検査体制については、上記のように、民間が先行して整えつつあります。しかし、政府の消極的姿勢とコンセンサスがない状況では、あらぬ批判も受けることもしばしばです。そのうちの一つが「もし検査で陽性者が出た場合はどうするのか」、「あとの診療フローは考えているのか」という指摘です。

そもそも「陽性者をどうするか」については、これは行政(厚生労働省)の仕事になりますので、この指摘はまったくの言いがかりであり、もし陽性者を無視すれば行政の不作為責任が問われるだけです。つまりこれは、厚労省の新型コロナ対策のロジスティクスの問題なのです。

厚労省は、今年5月、保健所の業務軽減のために、感染者全数把握のための入力システムHER-SYS(ハーシス)を導入しましたが、これは医師(医療機関)が確定診断した陽性者が対象です。保健所の業務軽減と言いながら、その実、労力・負担が医療で忙殺される医療機関に移っただけです。パンデミック下で多数の陽性者が想定される状況では、医師の確定診断に限定する理由はなく、市中検査を含めて検査結果が分かった時点、地点で担当者、あるいは受検者がリアルタイムで入力できる、効率的かつ労力分散のシステムに変更すべきでしょう

そのためには、120もある入力項目を簡略化する必要があります。現状では、ハーシス入力には、カルテの内容を理解する医療知識が求められるようですが、その知識がなくても入力できるような改修が必要でしょう。まずは、韓国が国民登録番号で一元管理しているように、たとえば氏名ではなく、国民健康保険者番号で管理するということが考えられます。これだけで氏名、性別、年齢、住所の入力作業が省略できます。全数把握だけなら数項目で済むはずです。

あらゆる場面での検査(自宅検査も含めて)でコロナ陽性かどうかを早期判定することは非常に重要であり、発熱外来への無用な殺到の防止、陽性者、陰性発症者のその後の医療アクセスの適切化などに有効に働きます。この検査を介したロジスティクスを考えるのが正しく厚労省の仕事なのです。

このためには、対策を担う厚労省も分科会も感染症コミュニティも、検査の位置づけとして「患者と医療」に限定するのではなく、パンデミックベースで考えることに頭を切り替えるべきです。逆に言えばここができないので、一向に検査が増えない、検査資源が充足されないということが起こっているわけですが、この先感染力を増したウイルス変異体の流行が襲来した時に、全く対応できない状況になり、深刻な問題となることは目に見えています。

おわりに

現在、新規陽性者数の下げ止まり感があり、これから再々度国内の感染拡大を抑える可能性があります。今だからこそ考えるべきは、感染拡大軽減策としての事前のマス・スクリーニング検査や市中検査の有効性です。10月1日から東京を加えてGoToトラベル事業を拡大するなら、検査とセットのパッケージツアーがあってもいいでしょう。日本政府は感染症対策と社会経済活動の両立を政策として掲げていますので、当然両方の対策に資する検査の導入があってもいいはずです。しかし、今なお積極的な方針を示していません。

また、政府分科会や感染症コミュニティの専門家は、社会の検査ニーズに対しては、検査のデメリットを挙げて、むしろ否定的な見解さえ示しています。政府アドバイザリー・ボードも現在の流行状況を静観しているように思えます。

したがって、日本医師会有識者会議などが、社会政策としての検査について真っ当な提言を行なっても、そもそも政府の見解が後ろ向きでありますので、残念ながら、日本では専門家の間でさえコンセンサスができていない現状になっています。これでは何も対策がとられず、ただ感染拡大を招くだけです。

パンデミック下において、いかに経済を回していくかは、ひとえに感染拡大をどのくらい抑えられるか、そして安全範囲をどの程度科学的に保証できるかにかかっています。人々は毎日更新される先行指標としての新規陽性者の数を横目に見ながら行動することでしょうし、有症状者の検査のみならず、無症状者の社会検査は、その行動範囲を決める補助手段として積極的に活用されるべきでしょう。

引用文献・記事

[1] ソフトバンクニュース: 検査費用は1回2,000円と実費負担のみ。「東京PCR検査センター」が本格稼働. 2020.09.25. https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20200925_02

[2] 天野高志、日向貴彦、小野満剛: ソフトバンク孫氏、新型コロナ100万人検査計画を撤回―批判相次ぐ. Bloomberg 2020.03.12. https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-03-11/Q71SKJT0G1KX01

[3] 厚生労働省: 感染拡大防止と医療提供体制の整備/新型コロナウイルス感染症に関する検査について. https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kansenkakudaiboushi-iryouteikyou.html#h2_1

[4] 内閣官房:新型インフルエンザ等対策有識者会議. 新型コロナウイルス感染症対策分科会 令和2年7月6日、7月16日. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/yusikisyakaigi.html

[5] Corman, V. M. et al.: Detection of 2019 novel coronavirus (2019-nCoV) by real-time RT-PCR. Euro Surveill. 25(3):pii=2000045 (2020). https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.3.2000045 

[6] コロナ専門家有志の会: 感染防止対策と社会経済活動を両立させるために. 2020.07.21. https://note.stopcovid19.jp/n/n72b2cb865af8

[7] 日本医師会COVID-19有識者会議: COVID-19感染制御のためのPCR検査等の拡大に関する緊急提言. 2020.08.05. https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/

[8] しんぶん赤旗: PCR検査拡充を医師会有識者会議の提言に見る. 2020.8.13. https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-08-13/2020081302_01_1.html

[9] CDC (Centers for Disease Control and Prevention): COVID-19 Testing Overview. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/symptoms-testing/testing.html

[10] FDA (U.S. Food & Drug Administration): Pooled Sample Testing and Screening Testing for COVID-19. https://www.fda.gov/medical-devices/coronavirus-covid-19-and-medical-devices/pooled-sample-testing-and-screening-testing-covid-19

[11] Service, R. F.: Radical shift in COVID-19 testing needed to reopen schools and businesses, researchers say. Science Aug. 3, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/radical-shift-testing-strategy-needed-reopen-schools-and-businesses-researchers-say

[12] 谷本哲也: 社会活動再開のための積極的検査@米国──コロナ世界最前線(11). Waseda Chronicle 2020.08.15. https://www.wasedachronicle.org/articles/covit19world/w11/

[13] REUTERS: 米大学、対面授業再開へ学生に新型コロナ検査実施. 2020.08.19. https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-usa-idJPKCN25F023

[14] Kaiser, J. Poop tests stop COVID-19 outbreak at University of Arizona. Sicence Aug. 28, 2020. https://www.sciencemag.org/news/2020/08/poop-tests-stop-covid-19-outbreak-university-arizona

[15] Carlson, J. and Faircloth, R.: University of Minnesota begins testing dorm sewage for COVID-19 at Twin Cities, Duluth campuses. StarTribune Sept. 21, 2020. https://www.startribune.com/university-of-minnesota-begins-testing-dorm-sewage-for-covid-19-at-twin-cities-duluth-campuses/572473121/

[16] Whitehurst, L.: Colleges combating coronavirus turn to stinky savior: sewage. The Denver Post Sept. 7, 2020. https://www.denverpost.com/2020/09/07/colleges-coronavirus-testing-waste-water-sewage/

[17] 東京都世田谷区: 世田谷区におけるPCR検査体制と社会的検査の概要(まとめ). 2020.08.24. https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/fukushi/003/005/006/011/d00187389_d/fil/HP20200824_2.pdf

[18] NHK WEB NEWS: 学内にPCR検査センター設置へ 京都産業大 学生ら対象に検査. 2020.09.03. https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200903/k10012597561000.html

[19] 日本経済新聞: 那須塩原市、宿泊施設にPCR 温泉街は客離れ懸念. 2020.09.20. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63995290X10C20A9ML0000/

引用した拙著ブログ記事

2020年8月26日 コロナ禍で氾濫するPCR検査に関する詭弁

2020年7月7日 新型コロナ分科会への期待と懸念

2020年5月29日 下水のウイルス監視システム

               

カテゴリー:感染症とCOVID-19