Dr. TAIRA のブログII

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東京五輪を支える見えざる手

米国のニューヨーク・タイムズ紙は、7月20日、「東京五輪を支える見えざる手」"The invisible hand behind the Tokyo Olympic"と題した記事を掲載しました [1]。見えざる手とは日本の広告会社電通のことです。

記事の冒頭に「電通は、日本の主要な機関に深く食い込む広告会社であり、今年の大会で日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックはその計画を台無しにしてしまった」と書かれています。このブログでは、こので記事の筆者による全翻訳を載せたいと思います。

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以下、筆者による全訳です。

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電通は、東京五輪の公式スポンサーではない。今週を待ち望んでいる何百万人もの視聴者には見えないままの存在だ。しかし、電通がなければ、東京大会は実現しなかった。

オリンピックの幕引きをしているのは、日本では神話的レベルの権力と影響力を持つ広告界の巨人、電通である。

電通は、世界第3位の経済大国の門番として、国際的なスポーツ界でも大きな存在となっている。東京五輪の招致に重要な役割を果たした後、オリンピックの独占広告パートナーに選ばれ、日本のスポンサーから36億ドルという記録的な金額を手に入れた。

電通は、オリンピックのマーケット利益をほぼ完全に掌握しており、今年のオリンピックでは日本最大の勝者となるはずだった。しかし、パンデミックの影響でオリンピックは大混乱に陥り、いつもトップを取ることに慣れていた電通は不慣れな状況に立たされることになった。

莫大な利益を期待していた電通の期待は裏切られた。オリンピック前の数ヶ月間にスポンサーが行う広告キャンペーンやプロモーションイベントが、中止されたり、縮小されたりして、電通はスポーツの祭典で最も儲かる部分の一つを奪われてしまったと分析されている。

そして、オリンピックが始まろうとしている今、電通の最大のクライアントのいくつかは手を引き始めている。トップスポンサーであるトヨタは、月曜日、オリンピックをテーマにしたテレビ広告を大会期間中に日本で行なわないと発表した。これは、イベントを主催する企業に対する世間の反発を懸念してのことである。

オリンピックの広告キャンペーンを継続するクライアントのためにどうすべきか、電通はメッセージコントロールのための重大なテストに直面している。世論調査では、国民の約80%がオリンピック開催に反対しており、東京は非常事態の中での開催となる。

今、どのようなメッセージを発信するのか。電通のスポーツマーケティング部門のベテランで、現在は桜美林大学(東京)の客員教授経営学)を務める海老塚修氏は、「これは本当に難しい問題で、スポンサーは間違いなく悩んでいます」と語る。

電通は、オリンピックに対するクライアントのアプローチをどのように形作っていくのか、という質問に対して、「スポンサーではない」ので、「コメントする立場にない」と答えている。

困難な状況にあっても、電通は日本で比類のない力を持つ存在だ。電通は国内最大のマーケティング会社であり、日本の膨大な広告予算の約28%を握る

電通は1901年に通信社としてスタートしたが、やがてコンテンツを広告としてパッケージ化した方が収益性が高いことに気づいた。第二次世界大戦前には、国営の通信社に統合され、日本帝国陸軍プロパガンダを流していた。

米国の占領下で、電通は広告代理店の電通と、日本の二大通信社である共同通信社時事通信社の三つに分かれた。それ以来、電通は日本のほぼすべての主要機関に深く根を下ろしている。多くの企業やメディアとのつながりに加えて、75年以上にわたってほぼ連続して政権を握ってきた自民党の非公式な広報部門としても機能してきた。

陰謀論者の間では、電通は「日本のCIA」としばしば呼ばれるが、それは、その広大なネットワークを駆使して情報を収集し、国の運命を左右する操り人形の担い手のような存在だからだ。

ライバル社である博報堂を経て、電通についての記事を書き始めた作家の本間龍氏は、この比較は想像にすぎないと言う。しかし、電通は間違いなく、日本株式会社にとって必要不可欠な存在である。

電通は国のフィクサーであり、どんなに困難なことでもやり遂げるという世評がある。長年にわたり、「悪魔の十戒」と形容される冷酷な労働倫理主義で知られ、社員には「死んでも仕事を手放すな」と指示してきた。

電通のクライアントは日本の企業の顔であり、世界のトップ広告主100社のうち95社が電通のクライアントであると言われている。電通は、東京の一流大学から社員を採用し、政治家や有名人、業界の大物の子息を好むと言われている。

日本以外の広告会社の多くは、特定の業界の1社のみを担当することで利益相反を回避しているが、日本の広告会社はしばしばそうではない。電通は、同じ業界の競合企業を担当することが多く、それが電通が幅を効かしていることでもある

電通は、コミュニケーションに関わるほぼすべてのサービスを提供している。電通の広告担当者は、電通が監督するCMを売り込むが、それは電通が担当する俳優を起用し、電通が広告販売を担当するテレビ局に売り込むというやり方である。

同社は、広告を販売する前に、放送時間をすべて買い取ってしまう。テレビ広告に対する同社の支配力は非常に強く、公正取引委員会から2度にわたって警告を受けている。

電通は、放送局や印刷会社などの伝統的なメディアに大きな影響力を持っている。そのため、彼らは広告費を失うことを恐れて、電通やそのクライアントを怒らせることを嫌がる。

電通によるテレビの支配は、もはや日本の政治家にとって電通が必要不可欠なパートナーということである。2016年のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で、安倍晋三首相に任天堂のゲームソフト「マリオ」のキャラクターに扮して登場するように説得したのも電通であり、この任天堂電通のクライアントである。

スポーツは長い間、電通のビジネスの重要な位置を占めてきた。電通は、国際的なスポーツイベントがクライアントの海外での知名度を高め、新たな市場への参入に役立つことをいち早く認識した広告代理店のひとつだったと、国際オリンピック委員会マーケティング部門を長年にわたって率いてきたマイケル・ペイン氏は話している。

電通は、日本の広告費の窓口としての役割を活かし、世界の陸上競技や水泳の財政に欠かせない存在となった一方で、サッカーの統括団体であるFIFAメジャーリーグ野球などとも強い関係を築いてきた。

オリンピックとの関わりは、電通が広報を担当していた1964年の東京大会にさかのぼる。当時のオリンピックはまだ商業化されておらず、電通の役割は、電通の地位と政治的影響力を示すということだった。

しかし、1984年にロサンゼルスオリンピックが初めて全額民間資金で開催されたとき、電通は急いでクライアント企業を参入させた。日本で2回目のオリンピックである、1998-冬季オリンピックが長野で開催されたときも、電通は招致活動を主導した。そして、東京が2016年の夏季オリンピックに立候補することを決めたときも、電通は当然のように選ばれた。

東京は、電通が主導した招致活動の際に、マズいやり方で法外な予算を使ったと広く批判され、リオデジャネイロに敗れた。しかし、当時の政府のヒアリングによると、電通は東京都の招致委員会の支出の約87%を手に入れた。

電通の2016年の業績に対する懸念は、2020年の招致活動で電通が重要な役割を果たすことを妨げるものではなかったと、プレゼンテーションの進行役として招かれたコンサルタントのニック・ヴァーレイ(Nick Varley)氏は話した。

招致委員会は、ヴァーレイ氏に、電通は関与しないと断言していたという。しかし、契約書を受け取ったとき、それが電通との契約であることに彼は驚かされた。少なくとも表面上は、電通が後方支援を行い、国内でのキャンペーンを担当していたと、ヴァーレイ氏は語った。

しかし、その裏では、状況はより不透明なものになっていたようだ。

フランス当局は、2020年の東京招致活動をめぐる汚職疑惑を何年もかけて調査してきた。その疑惑の中には、電通の有力な元社員が、結果に影響するような、電通と長年のつながりを持つ人々にロビー活動を行ったという役割も含まれている。

このスキャンダルにより、東京オリンピック委員会の委員長が辞任した。電通は、この問題には一切関与していないと述べている。

大会の勝敗にかかわらず、電通は莫大な利益を得ることができた。東京五輪委員会は、1年以内に電通マーケティング・パートナーに指名した。競合他社が「当然の結果」と評した入札プロセスを経てのことだった。

電通が最初に行ったのは、商品カテゴリーごとに1社しか代表になれないという慣習をなくすことだった。これまでの大会では、例えば銀行や航空会社が1社しかスポンサーになっていなかったが、東京2020大会ではそれぞれ2社がスポンサーになっている。これにより、電通は人脈を駆使して、70社近い国内企業を説得し、30億円以上の協賛金を支払ってもらうことができた。

スポーツコンサルタントで元国際オリンピック委員会役員のテレンス・バーンズ(Terrence Burns)氏は、「東京大会は、我々業界人の間ではさりげなく「電通大」と呼ばれてきたが、これは決して蔑称ではない、と述べている。

「日本でスポーツ・マーケティング・ビジネスをするなら、正直なところ、(電通は)最初で最後の砦のようなものだ。彼らは多くのカードを握っている」と付け加えた。

電通は勝利を必要としていた。一方で、デジタルメディアの台頭への対応に苦慮していた。巨額の過大請求を伴うスキャンダルや、過重労働文化に関連した自殺によってダメージを受けていた。また、新型コロナウイルスが発生する前から、同社は損失を計上し始めていた。

しかし、パンデミックの発生により、電通のオリンピックへの賭けは失敗に終わったのである。電通への正確な経済的影響はまだ不明だが、元役員の海老塚氏は「苦しんでいることは間違いない」と話す。

今のところ、電通にできることは、クライアントがこの不透明な状況を乗り切れるよう、最善を尽くすことだけだと海老塚氏は言う。

電通ができることといえば、クライアントのために最善を尽くすこと。そして「未来に向かって、一緒にパンデミックを乗り越えていきましょう」と彼は言う。

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筆者あとがき

今回のニューヨークタイムズの記事ですが、電通とはどういう会社か、そしてオリンピックにどのように関わっているかを簡単に知るのに格好の内容だといます。一方で、この会社に支配されている日本のメディアは、なかなかこのような記事は書けないのではないでしょうか。

パンデミックということがなければ、東京五輪はすんなりと開催され、日本中で盛り上がり、電通のことなど話題にならなかったかもしれません。一方で、危難時ほど、その国の体制の矛盾や欠陥が露呈しやすいものです。記事にあるように、ほぼ自民党1党と電通がセットになった戦後独占支配の問題点が、はからずしもパンデミック下の五輪強行開催で一気にあからさまになったと言えるのではないでしょうか。

電通のマインドで進められてきた東京五輪の活動が、おそらく大会組織委員会のマインドにまで影響し、人権や差別等に関する世界の常識や商業主義の問題に対してきわめて鈍感になっていたことが、当初の招致活動時や最近の関係者辞任に至るプロセスの各所に見ることができるようです。そして、電通の息がかかった今回の大会も、裏では怪しげな金に絡む欲望がうごめいていることを予感させるものです。

引用記事

[1] Dooley, B. & Ueno, H.: The Invisible Hand Behind the Tokyo Olympics. The New York Times July 20, 2021. https://www.nytimes.com/2021/07/20/business/tokyo-olympics-dentsu.html

               

カテゴリー: 社会・時事問題