はじめに
昨日インターネットでいろいろなニュースを見ていたら、BBCニュースの記事が目にとまりました。「プラスチックを食べる酵素」という言葉がタイトルにある記事です [1]。さらっと見た瞬間「おー、BBCが取り上げたか」という感じです。今回は、プラスチックを食べるバクテリア、および分解酵素の話題を取り上げます。
1. プラスチックを食べる生物の発見
実は、これまで石油由来のプラスチックを分解できる生物はほとんど知られていませでしたが、この2年の間に「プラスチックを食べる」という内容でちゃんとした論文が2報出ました。一つが、サイエンス誌に掲載されたバクテリアがPET(ポリエチレンテレフタレート, ペットボトルの原料)を食べるという論文 [2]、もう一つがカレント・バイオロジーに掲載された昆虫のイモムシがポリエチレンのレジ袋を食べるという論文です [3]。
両方の論文にはすぐに懐疑的な意見も出されたのですが、少なくともバクテリアの論文は著者たちがまっとうな回答をしていて、その後別の研究グループが酵素も含めた分解メカニズムに関する追試・展開論文を出しています [5, 6]。
2. PET分解菌「イデオネラ・サカイエンシス」
PETを食べるバクテリアは、日本の共同研究グループによって堺市のペットボトルリサイクル施設から発見・分離されました。このバクテリアは新種だったことから、分離源にちなんでイデオネラ・サカイエンシス Ideonella sakaiensis と命名されました [7]。
イデオネラというのは既知の属名ですが、その属の含まれる新種ということで、場所を示す種形容名でサカイエンシスと名付けられたわけです。本菌は、極鞭毛で運動する桿菌で (図1)、イデオネラ属細菌そのものは好気性有機栄養細菌としてごく普通に環境中に存在します。
図1. イデオネラ・サカイエンシス株の細胞形態を示す電子顕微鏡写真(文献7より転載)
3. PET分解酵素
イデオネラ・サカイエンシスはPETを食べることがわかったわけですが、その分解にはPET hydolyse(PETase)とよばれる分解酵素が働いています。PETaseは立体構造も解明され、構造進化上の解析も行われています。
PETのようなポリエステルは自然界にたくさん存在しますが、石油系プラスチックのポリエステルは天然ポリエステルよりも生分解されにくい性質があります。事実、PETaseはPETよりも植物由来のポリエステルを効率的に分解することがわかりました。この意味は、元々天然のポリエステルを分解してエサにするために発明されたバクテリアの酵素が、人為生産物であるPETに対しても分解できるように進化したということになります。ペットボトル(図2)が世の中に出回り始めて、まだ半世紀ちょっとにしかなりませんが、この間に酵素が進化し、まだ発展途上ながらPET分解活性をもったという考え方ができます。
図2. 市販のペットボトル商品の例(左)とリサイクマーク(右)
PETはいまリサイクルされていますが(図2右)、その再生工程はすべて物理化学処理です。PETaseを進化工学的に改変し、このリサイクル過程に応用できるようになれば、より効率的で経済的なPETリサイクルができるかもしれません。
おわりに
石油からできたプラスチックは、自然界では分解されないというのがこれまでの常識でした。事実、世界中で排出されたたくさんの廃プラスチックがたまり続け、海洋をはじめとして環境を汚染しています。ちなみに、生ゴミ処理過程にプラスチックを入れてもそのまま残ります。このような背景から、天然ポリエステルを原料とする生分解性プラスチックが徐々に世の中に出回るようになっています。
とはいえ、PET分解菌の発見は、これらの常識を超えて偉大なバクテリアの力をあらためて私たちに教えてくれます。
引用文献
[2] Yoshida, S. et al.: A bacterium that degrades and assimilates poly(ethylene terephthalate). Science 351, 1196–1199 (2016).
[3] Weber, C. et al.: Polyethylene bio-degradation by caterpillars? Curr. Boil.
27, R744-R745 (2017).
[4] BBC NEWS JAPAN:プラスチックを食べる毛虫、ごみ減量につながるか. 2017年4月25日.
[5] Han, X. et al.: Structural insight into catalytic mechanism of PET hydrolase. Nat. Commun. 8, 2016 (2017).
[6] Joo et al.: Structural insight into molecular mechanism of poly(ethylene terephthalate) degradation. Nat. Commun. 9, 382 (2018).
[7] Tanasupawat, S. et al.: Ideonella sakaiensis sp. nov., isolated from a microbial consortium that degrades poly(ethylene terephthalate). Int. J. Syst. Evol. Microbiol. 66, 2813–2818 (2016).
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