Dr. TAIRA のブログII

環境と生物、微生物、感染症、科学技術、生活科学、社会・時事問題などに関する記事紹介

第2章 生物の進化と多様化 2.1 生命の誕生


生物の大絶滅が起こったと認識するには、当然それに至るまでの生物の進化があり、化石の証拠を残すような多種多様な生物の発生がなければいけません。すなわち、ある年代を境にして、その前と後との間でまったく生物の種類が異なれば、そこで大量絶滅があり、そしてまた新しい進化と多様化が起こったと考えることができるわけです。そこで、この章では、地球史における生物の進化と多様化を簡単に辿ってみることにしましょう。

原始の地球と生命の起源

地球は今から46億年前に生まれました。当時の地球は熱い球であり、とても生命が存在できるような環境ではありませんでした。やがて大気中に蓄積していた水蒸気が冷えて、大量の雨となって地上に降り注ぎ始めました。雨は長期間続き、地球全体を被う熱い海ができあがりました。海の中では、数億年に亘って生命体が存在しない物質のみの進化、すなわち化学進化が続きました。この過程で、多くの物質が隕石と共に地球に降り注ぎ、生命を創り上げるのに必要なアミノ酸やそのほかの多くの有機物が蓄積されました。そして、有機物スープの中で最初の生命が誕生しました。

生命が誕生した場所としては、生物に有害な紫外線が届かず、化学エネルギー源が豊富な海底の熱水噴出孔に似た環境とするのが有力です[1]。実は、生命は地球上で誕生したのではなく、隕石と共に宇宙から飛来したとする説にも多くの信者がいます。いまは永遠の謎といったところでしょう。

その意味で、宇宙天体における生命体は言うに及ばず、それを支える水や有機物などの調査は、生命の起源の研究においてはきわめて重要です。たとえば、土星の衛星エンセラダスは、さまざまなガス成分や有機物が含む海水を噴き出していることが探査機の観測結果から分かっており、内部に熱水環境を含む可能性も指摘されています[2]

2018年に入ってからは、火星における興味ある発見が続いています。無人火星探査車キュリオシティーは、火星上の35億年前の岩石から有機物を検出するとともに、大気中に、その量が季節変動するメタンを検出しました[3]メタンは、地球上ではアーキアという原核生物の一部が生産するガスとして知られています。また、欧州宇宙機関ESA)の探査機「マーズ・エクスプレス」に搭載された地下探査レーダーは、火星の南極にある氷冠の下に、液体の水でできた湖が存在することを明らかにしています[4]

これまで、地球外の天体から生物が見つかったことはありませんが、エンセラダスや火星における最近のさまざまな発見は、このような天体にも微生物が生育できる条件があることを示唆しています。少なくとも、原始の地球において、生物の材料になるさまざまな有機物が宇宙からもたらされたと考えることは、きわめて妥当なことです。

炭素の同位体比を使って生命の起源を探る

地球上に最初の生命が生まれた時期は、約40億年前と推定されています。もちろんこの時期の生命体は、ごく小さな細菌のような微生物であり、私たちの目に直接写るような化石の証拠を残す生物は存在していません。では、生命の誕生時期をどのようにして推定するのでしょうか。それには炭素同位体の分析法を用います。

地球上には多量の炭素が存在しますが、その約99%が質量数12の炭素(12C)です。残りの約1%は質量数13の炭素(13C)であり、そのほかごく微量の14Cが存在します。このように同じ元素で質量数(中性子の数)が異なる核種は同位体とよばれ、炭素の場合14Cが放射能をもつ放射性同位体12Cと13Cが放射能をもたない安定同位体になります。

興味深いことに、CO2を炭素源として固定する(栄養として摂りこむ)植物やそのほかの独立栄養生物は、質量数12の炭素でできている12CO2を選択的に取り込んで有機物をつくります。結果として植物や独立栄養生物の体は12Cで構成されることになります。それゆえ、これらの生物を起点として食物連鎖上に順に並ぶすべての消費者、すなわち動物も、12C生物になります。もちろん私たち人間も12C生物です。

ここで分かるように、生物体を構成する炭素は地球のバックグランドに比べて13Cを含んでいない分だけ、軽くなっています。したがって、地球上のどの場所でもよいですが、炭素を含む物質を採取してその13C/12C比を質量分析機で測定し、それが生物起源かどうか証明できるわけです。図2-1に示す炭素同位体比の式でδ13Cを算出すれば、原理的に地球のバックグランドは"ゼロ"になり、生物起源の有機物は大きくマイナスの値をとります。

イメージ 1
図2-1. 炭素同位体比の考え方と求め方

グリーンランドのイスア地方には、地球上で最も古い38億年前の地層が残されています。ここから産出する岩石は38億年前の海底の堆積泥が変化したものであり、地球創世期の情報を記録した貴重なタイムカプセルとして世界中の研究者が注目してきました。

まず、1990年代に生命の起源に関する重要な調査報告がありました。イスアの岩石に 38 億年前の生命活動の痕跡がグラファイト(石墨、炭素から成る元素鉱物)として残されているという報告です。しかし、懐疑的な見方も多く、その後論争になっていました。

この論争に一応の決着がついたのは、2014年の東北大学コペンハーゲン大学の共同研究による報告です[5]。すなわち、イスアの岩石中に、現生生物が示すものと同じ炭素同位体組成が検出され、さらに現生生物が含む炭素に特徴的に現れるナノ組織や外形が見いだされました。これらの結果に基づいて、38億年前の海に生息していた微生物の痕跡であると結論づけられました。この結論から、38億年より前に生命誕生を想定する時間的証拠が出たわけです。ここに、約40億年前には初期生命が誕生していたとする根拠があります。

その後、先の炭素同位体組成分析による生命痕跡のデータを支持するかのように、ストロマトライトとよばれる微生物の化石が同じイスアの37億年前の岩石中に発見されました[6]。すなわち、岩石中に残る層状の模様の中に明らかに異質な模様が発見され、微生物の死骸や泥などによって形成された化石であると報告されました。ストロマトライト形成に要する時間や条件を考慮すると、この構造物をつくりだした微生物はさらに1億年古い38億年前には存在していたと考えられます。


参考文献

1. Martin et al.: Hydrothermal vents and the origin of life. Nat. Rev. Microbiol. 6, 805–814 (2008). https://doi.org/10.1038/nrmicro1991

2. Hsu, H. W. et al.: Ongoing hydrothermal activities within Enceladus. Nature 519, 207-210 (2015). DOI: 10.1038/nature14262. https://www.nature.com/articles/nature14262

3. Webster, C. R. et al.: Background levels of methane in Mars’ atmosphere show strong seasonal variations. Science 360, 1093-1096 (2018). DOI: 10.1126/science.aaq0131. http://science.sciencemag.org/content/360/6393/1093.full

4. Orosei, R. et al.: Radar evidence of subglacial liquid water on Mars. Science  25 July, 2018: eaar7268. DOI: 10.1126/science.aar7268. http://science.sciencemag.org/content/early/2018/07/24/science.aar7268

5. Otomo, Y. et al.: Evidence for biogenic graphite in early Archaean Isua metasedimentary rocks. Nat. Geosci. 7, 25–28 (2014). DOI: 10.1038/ngeo2025. https://www.nature.com/articles/ngeo2025

6. Nutman, A. P. et al.: Rapid emergence of life shown by discovery of 3,700-million-year-old microbial structures. Nature 537, 535-538 (2016). DOI: 10.1038/nature19355. https://www.nature.com/articles/nature19355